12.19 仕事のことばは、どこから来たか — Epoché
この課で分かるようになること ★ 英語の語彙の三層 が言える。 ★ 同じ意味の三つ組 を作れる。 ★ 仕事の語がなぜ硬いか が分かる。 ★ 商いの語の出どころ が分かる。 前提 : 12.18 まで。商は 11.18 まで。読は 8.192 まで。語は 4.76 まで。 ★英語の語彙は、三層でできている ★ 英語の語彙は、 三つの層 が重なってできています。 どの層か いつ入ったか ★ 一 本来語 ★ もともとあった(ゲルマン系) ★ 二 仏語 ★ 一〇六六年のあと、三百年かけて ★ 三 ラテン・ギリシャ語 ★ 十六世紀以降、書きことばから ★ だから、 同じことを言う語が三つある ことがあります。 本来語 仏語 ラテン語 ask question interrogate rise mount ascend kingly royal regal end finish conclude go depart exit ★ 右へ行くほど 硬く なります。 ★ 意味はほとんど同じ です。★ 違うのは、 どこで使われるか です。 どの層の語か どこで使うか ★ 一層め ★ 家と、口 ★ 二層め ★ 役所と、法廷 ★ 三層め ★ 学問と、専門の文書 ★なぜ二層めが役所のことばになったか ★ 一〇六六年に、 ノルマンディ公がイングランドを取りました 。 ★ 王と、貴族と、裁く人が 仏語を話す人に入れ替わった のです。 ★ そのまま 三百年 続きました。 ★ そのあいだ、 統べることば は仏語で、★ 暮らすことば は英語 でした。 ★ だから、 同じものに二つの名 が残りました。 生きているとき(本来語) 食べるとき(仏語) cow beef pig pork sheep mutton deer venison ★ 育てる人は英語を話し、 食べる人は仏語を話した ——★ という話がよく引かれます。 ★ 話としては出来すぎていますが、 語の分かれ方そのものは事実 です。 ★ 4.76 語編 で置いた beef は、 この二層めの語 でした。 ★仕事のことばは、上の二層にある ★ 第 7 期で通した語を思い出してください。 どの語か どの層か contract ・ invoice ・ purchase ★ 二層め(仏語) liability ・ accountability ・ amortization ★ 三層め(ラテン語) buy ・ sell ・ bill ★ 一層め(本来語) ★ だから、 仕事の文書は硬く見えます 。 ★ 硬いのは 中身ではなく、語の出どころ です。 ★ 3.56 型編 で「やさしい語で書く」と置きました。 ★ その意味が、ここではっきりします ——★ やさしい語に直すとは、 一層めに戻すこと です。 三層めの語 一層めに戻すと utilize use commence begin terminate end purchase buy assist help ★ ただし、 いつも戻せばよいわけではありません 。 ★ 契約書では、 三層めの語のほうが意味が狭い ことがあります ——★ 狭いことが値打ち です( 11.12 商編 )。 ★ ここで一つ、 誤解しやすいこと を断っておきます。 ★ 三層めの語が 「えらそうな語」だ というわけではありません ——★ 学問の文章では、 三層めのほうが取り違えが少ない ことが多い です。★ 一層めの語は、 使われてきた年月が長いぶん意味の幅が広く 、★ 文脈が無いと どの意味か決まりません 。 ★ だから、 やさしく書くとは短い語を並べることではなく、読む人が取り違えない語を選ぶこと です。 ★ もう一つ、 層と難しさは同じではありません 。 ★ get は一層めの語ですが、★ 意味の数がたいへん多く、 外国語として学ぶ人にはいちばん難しい語の一つ です。 ★ 逆に terminate は三層めの硬い語ですが、 意味は一つしかありません 。 ★ 学ぶ側から見ると、 硬い語のほうがやさしい ことがある ——★ これが、 日本語を母語とする人が書いた英文がしばしば硬くなる理由 です。 ★ 硬いのは背伸びではなく、 覚えやすい語から先に覚えたから です。 日本語の三層と、重ねてみる 日本語の語彙も三層です。和語・漢語・洋語——そして使われる場所が、英語の三層とよく似ています。 日本語の層 どこで使うか 英語のどの層に近いか 和語 家と、口 一層め(本来語) 漢語 役所と、学問 二層め・三層め 洋語 新しい物と、商い 借りてきた語 重ねてみると見当が付きます。「きく・質問する・尋問する」は ask ・ question ・ interrogate の並びと同じ段差ですし、「はじめる・開始する」は begin ・ commence と同じ段差です。つまり 層のある語彙 そのものは、英語に特有のものではありません。 ただし、 一つだけ向きが逆 です。日本語で硬い語に替えると、書いた姿は 縮みます ——「はじめる」と書くところが「開始」の二字で済みます。英語では逆で、硬い語のほうが 伸びます —— begin に対して commence 。日本語では、短く詰めようとすると自然に漢語が選ばれるのです。 この癖を英語へ持ち込むと、「短く書こう」としているのに三層めの長い語を選ぶことになります。上で「覚えやすい語から先に覚えたから硬くなる」と書きましたが、理由はもう一つ、 母語の勘が逆を向いている ことです。英語で引き締めるときは、語を短くするのではなく 層を下げる ——これが 3.56 型編 の言う「やさしい語で書く」の中身です。 ★二重語 — 二つ並べる癖 ★ 英語の法の文書には、 同じ意味の語を二つ並べる癖 があります。 どんな組か どの層どうしか free and clear ★ 本来語+仏語 terms and conditions ★ 本来語+仏語 null and void ★ ラテン語+仏語 will and testament ★ 本来語+ラテン語 ★ なぜ二つ並べるのか。 ★ 説はいくつかあります ——★ どちらのことばの人にも分かるように 、★ 意味の幅を取りこぼさないように 、★ 言葉のしらべのため 。 ★ どの説が正しいにせよ、 読む側にとって大事なのは一つ です ——★ この二つは、 別のことを言っていない 。 ★ 別のことだと思って読み分けようとすると、 無い違いを探すことになります 。 ★商いの語は、イタリアとオランダから ★ 三層のほかに、 商いのための語 が別の道から入っています。 どの語か どこから bank ・ bankrupt ・ credit ★ イタリア語 net ・ cash ・ carat ★ イタリア語 freight ・ dock ・ skipper ★ オランダ語 ★ 十四世紀から十六世紀にかけて、 両替と海運でいちばん進んでいたのがイタリアの都市とオランダ だったから です。 ★ bank は、 両替商が金を置いた 台 ——★ そして bankrupt は、 その台が壊されたこと です。 ★ 簿記の用語も、 イタリアから来ました 。 ★ 十五世紀の終わりに 複式簿記 が書物にまとめられ、★ そこから欧州じゅうに広まった からです。 ★ 8.191 読編 の四半期報告に出てくる語の多くが、 その時代までさかのぼれます 。 ★そして、英語が出してゆく側になった ★ 二十世紀のあいだに、 向きが変わりました 。 ★ 英語は、 借りる側から貸す側 になりました。 ★ 日本語に入った 「コスト」「リスク」「マーケット」 ——★ どれも、もとはラテン語か仏語 です。 日本語の語 もとの層 ★ コスト ★ 仏語(二層め) ★ リスク ★ イタリア語 ★ マーケット ★ ラテン語(三層め) ★ つまり、 英語を通って日本語に入った語 の多くは、★ 英語にとっても 借りものだった ——★ ことばは、 何度も手を変えて渡ります 。 やってみる ★ 三つ組を五つ作る 。★ 本来語・仏語・ラテン語 で同じことを言う語を並べる。★ 辞書の語源欄 を見ながらでよい。 ★ 自分の英語を一層めに戻す 。★ 直近に書いた英文から三層めの語を五つ選び、 やさしい語に直す 。 ★ 直さないほうがよいものがあれば、理由を書く。 ★ 二重語を探す 。★ 手元の契約書から 二つ並んだ組 を三つ探す。 ★ ほんとうに同じ意味か、違うのかを調べる。 ★ 自分の分野の語の出どころを調べる 。★ よく使う専門語を五つ選び、 どの言語から来たか を調べる。 ★ 入った時期も書く。 この課のまとめ ★ 英語の語彙は三層 ——本来語(ゲルマン系)・仏語(一〇六六年以後)・ラテン/ギリシャ語(十六世紀以後)。 ★ 同じことを言う語が三つある —— ask / question / interrogate 。右ほど硬い。 ★ 使われる場が違う ——一層めは家と口、二層めは役所と法廷、三層めは学問と専門の文書。 ★ 同じものに二つの名が残った —— cow / beef 、 pig / pork 。 ★ 仕事の語は、ほとんど二層めと三層め 。硬いのは中身ではなく、語の出どころ。 ★ やさしい語に直すとは、一層めに戻すこと ( 3.56 型編 )。 ★ ただし、契約書では三層めのほうが意味が狭い ——狭いことが値打ちになる( 11.12 商編 )。 ★ 二重語は、別のことを言っていない —— free and clear 、 terms and conditions 。 ★ 商いの語は、イタリアとオランダから —— bank ・ bankrupt ・ freight 。 ★ いまは英語が出してゆく側 。ただし、出してゆく語の多くも、英語にとっては借りもの。 次の課へ 次の課は 12.20 、 法の考え方 です。★ この課では 語の出どころ を見ました。 ★ 次の課は、 その語が乗っている考え方 です ——★ なぜ英語の契約書は あれほど長い のか。 答え 「やってみる」の四つの答えです。 ★ 三つ組を作ってみると、 三つそろわないもの が多いと分かります。 ★ 二つで止まるのがふつう ——★ そして、 欠けているのはたいてい三層め です。 ★ 三層めは 書きことばから入った ので、★ 日々の語には対応するものが無い から です。 ★ 直さないほうがよいものが、 必ず一つは出ます 。 ★ たいていは 法か会計の語 です ——★ terminate を end に直すと、 契約の終わり方の指定が消えます 。 ★ だから、 読む人が専門の人かどうか で決めてください。 ★ 二重語を調べると、 ほんとうに違う組 も見つかります。 ★ terms and conditions は いまではほぼ同義 ですが、★ costs and expenses のように 会計で使い分ける組 もあります。 ★ 「全部同じ」と決めてかからず、 その分野で調べる ——★ 11.11 商編 の「同じ語の二つの顔」 です。 ★ 自分の分野の語を調べると、 入った時期がかたまっている と分かります。 ★ その分野が 学問になった時期 です ——★ 12.18 知編 で見たとおり、 名前が付いたときに語もそろいます 。 参考文献 この課に引用はありません。例はすべて Epoché の作例です。