11.41 劉禹錫 陋室銘 — 何の陋しきことか之れ有らん — Epoché
この篇でできるようになること 韻を踏む句末の字を拾い、最後の引用の音の違いを示せます。 山と水の話から部屋の話へ進む理由を説明できます。 最後の目的語を動詞の後ろへ戻し、現代語にできます。 前提 :11.40「杜甫 春望」。句の対を、今回は長さのそろわない短い文章で読みます。 刻む文を、音で読む 銘は、器物などに刻む短い文章です。韻を踏み、対句を多く使います。詩と同じ字数の句が続くわけではありませんが、句末の響きと、向かい合う句が文章を支えます。 作者を劉禹錫とするのが通説です。ただし作者を疑う説もあり、流された先で書かれたという成立の事情も伝えとして受け取ります。作者の人生を先に断定してから、部屋の意味を一つに決める必要はありません。 対になる二句の後半(偶数句)の句末から、 名 ・ 靈 ・ 馨 ・ 青 ・ 丁 ・ 經 ・ 形 ・ 亭 を拾ってください。これらが韻を踏みます。現代の発音がすべて同じだということではなく、文章で響きをそろえる字として読みます。前半の句末の字は韻を踏みません。最後の引用の 有 だけがこの韻から外れます。 高さや深さだけでは決まらない 山不在高 は、山が高い所にない、ではありません。山の価値は高さによるのではない、という話です。ここでの 在 は、ある・いるという場所の説明とは分け、現代語の 不在于 と比べられます。 有仙則名 では、仙人がいれば名が立つ、と条件と結果をつなぎます。 則 は、現代語で条件と結果をつなぐ 就 に当たり、 有……就…… の形で言い換えられます。次の水の話も、深さで決まるのでなく、龍がいれば霊験があるという形です。 名 と 靈 が、それぞれ結果を述べる述語になっています。 山と水の話を二度置いた後で、 斯是陋室 と部屋へ移ります。大きさより中にいるものが大事だという理屈が、先に示されています。そのため、粗末な部屋でも住む人によって価値があるという話につながります。 山不在高 を、山が高い場所に存在しない、と訳さないでください。続く仙人の条件と合わせ、何によって価値が決まるかという話として読みます。 景色、人、することの対 部屋を出した後は、苔と草の景色、話して行き来する人、琴や書物を楽しむことが並びます。外から見た小ささだけで、部屋の中身まで乏しいとは言えないように描きます。 A 読み B 読み 違い 苔痕上堦綠 苔が石段に上がって緑になる 草色入簾青 草の色がすだれに入って青い 外の景色を対にする 談笑有鴻儒 談笑するのはすぐれた学者 往來無白丁 行き来する者に白丁はいない 人の交わりを有無で対にする 無絲竹之亂耳 音楽が耳を乱すことがない 無案牘之勞形 役所の文書が体を疲れさせることがない 妨げのない暮らしを対にする 冒頭の山と水、末尾の二つの住まいも対になっています。 音楽が耳を乱すこと、をまとめる 絲竹之亂耳 は、音楽が耳を乱すこと、というまとまりです。音楽が主語で、耳を乱すことが述語になります。その間の 之 が、主語と述語の組を一つにまとめ、 無 の対象にします。 特別編 6篇 の主語と述語の間の字と比べられます。役所の文書が体を疲れさせる方も、同じ組み立てです。二つの妨げを、ないという字の後でそれぞれまとめて読んでください。 可以調素琴 は、飾りのない琴を奏でることができる、という意味です。 可以 の後に動作が続く位置を、 型編 11課 と比べます。読む 金經 は、仏典とも経書とも読まれ、訳を一つに言い切れない語です。 粗末さを先に出す問い 何陋之有 を、動詞と対象の順へ戻すと 有何陋 になります。何の粗末さがあるか、という問いです。疑問詞を含む目的語を、動詞の前へ出した形です(術語では賓語前置)。 之 はその間に置かれた印です。 ここでは、の、という意味で二つの名詞を結ぶ字ではありません。書き下しでは「何の陋しきことか之れ有らん」と、最後の動詞を返って読みます。現代語なら、何か粗末な所があるだろうか、という形に置き換えられます。 特別編 23篇 の、これを何々という、という形でも、対象が動詞より前に出ていました。今回は疑問詞を含む対象です。指す内容は違っても、動詞の前に出るものを見つけて読む点がつながります。 之 をすべて、の、と訳すと、最後の問いが崩れます。まず 有何陋 へ戻し、何があるのかを問う形をつかみましょう。 二つの住まいと、孔子の言葉 南陽諸葛廬 は諸葛亮の草庵、 西蜀子雲亭 は揚雄のあずまやです。偉人の住まいを自分の部屋と並べ、自分を直接ほめる言葉だけで終えないようにしています。 最後は論語の子罕の言葉の後半を引きます。その前半の 君子居之 、君子がそこに住むなら、は省かれています [1] 。住む人によって粗末ではなくなるという、書かれない部分が答えになります。 冒頭では中にいるものの価値を述べ、結びでは住む人を言外に置きます。山と水の話が、最後まで部屋の価値を支えています。韻を外した引用は、ここまでの自分の声を、孔子の言葉へ渡す切れ目として読めます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 陋 形容詞 粗末な 住む人によって価値が変わる話 陋室 粗末な部屋 馨 動詞 かおる ここでは徳のよさ 惟吾德馨 ただ自分の徳がかおる 堦 名詞 石段 階 の異体字 苔痕上堦綠 苔が石段に上がって緑になる 鴻儒 名詞 すぐれた学者 交わる人を述べる 談笑有鴻儒 談笑するのはすぐれた学者 白丁 名詞 学も位もない人 本文の人の分け方 往來無白丁 行き来する人に白丁はいない 素琴 名詞 飾りのない琴 素は飾りのなさ 可以調素琴 飾りのない琴を奏でられる 調 動詞 奏でる(tiáo) diào と読まない 調素琴 飾りのない琴を奏でる 金經 名詞 仏典・経書 解釈が分かれる 閱金經 経をひもとく 絲竹 名詞 楽器・音楽 耳を乱すものとして述べる 無絲竹之亂耳 音楽が耳を乱すことがない 案牘 名詞 役所の文書 机そのものではない 無案牘之勞形 役所の文書が体を疲れさせることがない 練習 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 山不在高、有仙_名 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 斯_陋室 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 談笑_鴻儒、往來_白丁 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 何陋_有 何陋之有 を動詞が先の語順へ戻し、現代語に置き換えてください。 対になる二句の後半(偶数句)の句末の字から韻を踏む字を拾い、最後の引用で韻を外れる字も書いてください。 有仙則名 の条件と結果をつなぐ形にならい、現代語で、友達がいる場面と、本がある場面の条件の文を二つ書いてください。 前の課で学んだ語を使い、小さな部屋の様子を現代語で三文書いてください。 打扫 ・ 窗子 、 鲜花 ・ 植物 、 舒适 ・ 宁静 を組にして使います。 論語の 君子居之 を省いたことで、何を読み手に委ねているか説明してください。 可以調素琴 を現代語に置き換えてください。 冒頭の山と水の二句が、 斯是陋室 以下の部屋の話にどうつながるかを一文で書いてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 山不在高、有仙則名。水不在深、有龍則靈。 ▶ の手本を聞き、この四句を音読します。山と水の二組を同じ調子で読み、韻の字の 名 と 靈 を少し伸ばしてください。 この篇のまとめ 山と水から部屋へ進み、対句で景色や暮らしを重ねました。最後は目的語を前に出す問いと孔子の引用で、住む人による部屋の価値を読ませます。 次の篇へ 次の11.42では陶弘景の答謝中書書を読みます。短い句で山川を描き、結びに書き手の思いを置く手紙です。 答え 山不在高、有仙則名 斯是陋室 談笑有鴻儒、往來無白丁 何陋之有 有何陋 。 有什么简陋的? 名 ・ 靈 ・ 馨 ・ 青 ・ 丁 ・ 經 ・ 形 ・ 亭 が対の後半の句末で韻を踏み、最後の引用の 有 だけが外れます。対の前半の句末( 高 ・ 深 など)は韻を踏みません。 有朋友,我就高兴。 有书看,我就不寂寞。 我每天打扫房间,擦窗子。 窗子旁边放着鲜花和植物。 房间舒适又宁静。 君子が住むから粗末ではない、という前半を言わず、住む人の価値を読み手に受け取らせています。 在这里可以弹没有装饰的琴。 山と水の二句で、価値は大きさや深さでなく中にいるもので決まるという理屈を先に示し、 斯是陋室 以下でそれを自分の部屋に当てはめています。 参考文献 孔子の弟子たち『論語 子罕』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: 当館所蔵の文書 劉禹錫『陋室銘』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷7