9.19 議論 — 解釈・限界・含意 — Epoché
この課でできるようになること ★ 解釈・限界・含意 を順に置ける。 ★ 反論を自分で連れてくる ことができる。 ★ 事実を認めて、含意だけ否定する ことができる。 ★ 限界を、弱みではなく範囲として書く ことができる。 前提 : 9.18 まで。読は 8.168 まで。作は 10.16 まで。 道具 ★ 議論の節は、三つの仕事をします。 どの仕事か 何に答えるか ★ 一 解釈 ★ 結果は、何を意味するか ★ 二 限界 ★ どこまで言えるか ★ 三 含意 ★ だから、何が変わるか ★ 順が大事です。 ★ 含意を先に書くと、 限界があとから言い訳に見えます 。 ★ 「これは世の中を変える。ただし標本は八人である」 ——★ この順だと、 読む人は腹を立てます 。 ★ 逆なら、腹は立ちません ——★ 「標本は八人である。その範囲で言えるのは、これだけ」。 ★一 解釈 — 同じ結果に、別の解釈を当てる ★ 解釈を一つしか書かないと、 読む人は他の解釈を考えます 。 ★ そして、 書き手が思いつかなかった と思います。 ★ だから、 自分で二つめを出します 。 どう書くか 読む人はどう受け取るか ★ 解釈を一つだけ書く ★ 都合よく読んでいる ★ 二つ出して、選ぶ ★ 考えたうえで選んでいる ★ 9.6 論編 で「原因と結果」を置きました。 ★ そこで見た 第三の原因 が、ここでの二つめの解釈になることが多い です。 ★二 限界 — 弱みではなく、範囲 ★ 限界は、三つに分けて書くと書きやすくなります。 どんな限界か 何が言えなくなるか ★ 材料の限界 ★ 誰について言えるか ★ 方法の限界 ★ どんな問いに答えられるか ★ 一般化の限界 ★ どこまで広げられるか ★ 9.12 論編 で「限界を書く」と置きました。 ★ この課で足すのは、 限界の言い方 です。 ★ 限界は、 謝るものではありません 。 ★ 「不十分ではあるが」と書くと、 読む人は不十分なほうを覚えます 。 どう書くか 何が伝わるか ★ 不十分ではあるが ★ 足りない仕事だ ★ この範囲では ★ 範囲の中では確かだ ★ そして、 いちばん強い限界の書き方 があります ——★ 「より良い手立てがいまのところ無い」 。 ★ これは、限界を認めながら 同時に正当化している 書き方 です。★ この課の実例で、ミルがやっているのを見ます。 ★三 含意 — 自説の外へ出る ★ 含意は、 自分の論の外 に出るところ です。 どんな含意か 誰に向けて書くか ★ この分野が次にやること ★ 同じ分野の人 ★ 考え方が変わること ★ 隣の分野の人 ★ することが変わること ★ 分野の外の人 ★ 三つめは、 書けないことのほうが多い です。 ★ 書けないなら書かないでください ——★ ここで無理をすると、 論全体が軽く見えます 。 ★反論の三手 ★ 9.7 論編 で「反対意見を想定する」と置きました。 ★ 議論の節では、それを 手つき にします。 どの手か 何をするか ★ 一 ★ 反論を、自分で連れてくる ★ 二 ★ 事実は、認める ★ 三 ★ 含意だけを、否定する ★ 三つめが勘どころです。 ★ 反論のほとんどは、 事実は正しく、そこから引く結論が違う という形をしています。 ★ 事実まで否定しにかかると、 負けやすく、しかも勝っても得が少ない です。 実例 ★ ミル『功利主義』第 2 章から、反論の処理を六つ見ます。 ★ ミルは 快楽の質 という言いにくいことを言おうとしています ——★ だから反論が次々に来ます。 一つめ — 反論を、自分で連れてくる 8.158 読編 は、★ 反論から始まります。 It may be objected, that many who are capable of the higher pleasures [1] ★ 「高い快楽を味わえる人の多くが、ときに誘惑に負けて低いほうをあとまわしにする、という反論があるかもしれない」。 ★ It may be objected, that —— 反論があるかもしれない 。 ★ これが、議論の節でいちばんよく使う形 です。 ★ そして、少しあとに 二つめの反論 も自分で連れてきます。 It may be further objected, that many who begin with youthful enthusiasm [1] ★ 「さらに、若いころは高い志を持っていた人の多くが、年とともに怠惰と利己に沈む、という反論もあるかもしれない」。 ★ further で 積み上げています 。 ★ 一つ処理して終わりにせず、 次に来る反論も先に出す のがミルの書き方 です。 誰が反論を出すか 読む人はどう感じるか ★ 読む人が思いつく ★ 書き手は見落としている ★ 書き手が先に出す ★ 書き手は分かって書いている 二つめ — 事実は認め、含意だけ否定する ★ 一つめの反論に、ミルはこう答えます。 But this is quite compatible with a full appreciation of the intrinsic superiority [1] ★ 「しかしこれは、高いほうの本来の優位を十分に認めることとまったく両立する」。 ★ compatible with がこの一手の要 です。 何をしたか どう書いたか ★ 事実 ★ 否定していない ★ 含意 ★ 両立すると言って外した ★ つまり ——★ 「低いほうを選ぶことがある」は本当。けれども、 だから高いほうが優れていないことにはならない 。 ★ そして、 別の例で裏づけます ——★ 人は、健康のほうが大事だと知りながら体を損なう楽しみを追う。 ★ 身体の快楽どうしでも同じことが起きる、と。 ★ これが上手い です。★ 反論の言う現象が 自分の説とは関係のないところでも起きている と示せば、その現象は 自分の説に対する反証にならない から です。 三つめ — 同じ事実に、別の機序を当てる ★ 二つめの反論には、別のやり方で答えます。 I believe that before they devote themselves exclusively to the one [1] ★ 「私は、彼らが一方にもっぱら身を入れるようになる前に、すでに他方を味わう力を失っているのだと思う」。 ★ 反論は「高いほうを 選ばなくなる 」と言いました。 ★ ミルは「 選べなくなっている 」と言い換えます。 どちらの読み方か 何が違うか ★ 選ばない ★ 高いほうの値打ちを否定している ★ 選べない ★ 値打ちとは関係がない ★ 同じ事実に、 別の機序 を当てています。 ★ これが、道具のところで置いた 二つめの解釈 です。 ★ そして、ミルはその機序を たとえで支えます ——★ 高い感じ方をする力は 弱い若木 のようなもので、敵意だけでなく 養分が無いだけでも枯れる 、と。 四つめ — 自説の弱いところを、先に譲る 8.157 読編 で、★ ミルは 味方の弱点 を自分で書いています。 I do not, indeed, consider the Epicureans to have been by any means faultless [2] ★ 「もっとも私は、エピクロス派が少しも非の打ちどころがなかったとは考えていない」。 ★ エピクロス派は、ミルと同じ側の人たち です。★ それでも、 足りないところがある と書きます。 ★ これには二つの働きがあります。 どんな働きか 誰に効くか ★ 身びいきではないと分かる ★ 疑っている読み手 ★ どこを直せばいいか分かる ★ 同じ側の読み手 ★ 9.18 論編 で「否定の結果も結果」と置きました。 ★ ここは、 自分の側の否定の結果 です。 五つめ — 相手の前提を、条件法で検査する ★ もう一つ、 8.157 読編 に見事な一手があります。 ★ 功利主義は 豚の教え だという古い罵りへの答え です。 If this supposition were true, the charge could not be gainsaid [2] ★ 「もしこの想定が本当なら、その非難は言い返せないだろう」。 ★ いったん、 相手が正しいとしたら と置きます ( 3.30 型編 の仮定法)。 ★ そして、続きます。 but would then be no longer an imputation [2] ★ 「しかしそのときには、それはもはや非難ではなくなっているだろう」。 ★ ここが山です。 ★ 相手の非難は、 人間が豚と同じ快楽しか味わえない と想定しています。 ★ もしそれが本当なら ——★ 豚にふさわしい生き方は人間にもふさわしいことになり、 そもそも罵りにならない 。 どう反論するか 何が起きるか ★ 前提を否定する ★ 水掛け論になる ★ 前提を認めて、進める ★ 相手の主張が自分で崩れる ★ そして、 非難が非難として成り立っている という事実そのものから、ミルは逆を引き出します ——★ 罵りだと感じられるのは、 獣の快楽では人間の幸福の考えを満たさないから だ、と。 六つめ — 限界を認めたうえで、正当化する ★ 8.158 読編 の後半に、 限界の書き方の手本 があります。 ★ ミルの判定の手続きは、 両方を知っている人の多数の意見 です。 the judgment of those who are qualified by knowledge of both [1] ★ 「両方を知っていることで資格のある人たちの判断」。 ★ 意見が割れたら そのなかの多数 を取る、と続きます。 ★ これは、 弱い手続き です。 ★ ミルは、それを知っています。 ★ そして、こう書きます。 since there is no other tribunal to be referred to even on the question of quantity [1] ★ 「量の問題についてさえ、ほかに訴えるべき法廷は無いのだから」。 ★ tribunal は 裁く場 です。 ★ つまり ——★ 「この手続きは頼りない。けれども、 量を比べるときにも同じ手続きしか無い 。だから、質のときだけ文句を言うのはおかしい」。 どんな限界の書き方か 読む人はどうなるか ★ 弱いところを隠す ★ 見つけたら全部疑う ★ 弱いと認めて終わる ★ 使えないと思う ★ 弱いが、ほかに無いと示す ★ いまのところ最善だと分かる ★ 三つめが、この課でいちばん持ち帰ってほしい形 です。 ★ そして、ミルは 含意の範囲も 切っています。 But it is by no means an indispensable condition to the acceptance [1] ★ 「けれどもこれは、決して受け入れのための欠かせない条件ではない」。 ★ ここまで長く論じた 快楽の質 の話が、 功利主義そのものには必須でない と言っています。 ★ 自分の論のいちばん力を入れた部分について「ここが崩れても本体は残る」と書くのは、 ためらわれること です。 ★ けれども、書いておくと 本体が守られます 。 言い回し 議論の節に使う言い方を置きます。★ どれも池から取りました。 英文 日本語訳 反論を処理する I admit that he is right. [3] 彼が正しいことは認める。 ★ 正しいことは認める、と言う 。★ 反論の三手の、二つめ Even if it is true, it matters little. [4] たとえそれが真実であっても、そんなことはほとんど問題ではない。 ★ 本当でも、大したことではないと言う 。★ 反論の三手の、三つめ His opinion is right to some extent. [5] 彼の意見はある程度正しい。 ★ ある程度は正しい、と言う 。★ 部分だけ認める ★ 二つめが、この課の中心の形 です。★ Even if it is true で 事実を認め 、そのあとで 含意を外します 。 ★ ミルの compatible with と同じ働きをしています ——★ 言い方は違いますが、 やっていることは同じ です。 英文 日本語訳 限界を書く In most cases, his answers are right. [6] たいがいの場合、彼の解答は正確だ。 ★ たいていの場合は、と言う 。★ 一般化の限界 It depends on the context. [7] それは文脈による。 ★ 文脈による、と言う 。★ 条件つきだと示す I admit this may not be the best way of doing it. [8] 確かにこれは最善の方法でないかもしれません。 ★ 最善ではないかもしれないと認める 。★ ミルの法廷の言い方に近い ★ 一つめは、 使い方に気をつけてください 。 ★ In most cases は 「たいてい」 です。★ どれくらいかを数で言えるなら、 数で言ってください ( 9.9 論編 )。 ★ 三つめの may not be が、限界の言い方の芯 です。★ is not ではなく may not be —— ★ 断定しないことで、 断定していない とはっきりさせます。 やってみる ★ 三つを順に書く 。自分の書いたもの(あるいは読んでいるもの)について、解釈/限界/含意を一段落ずつ。★ 含意を先に書きたくなったら、 そこが弱いところ 。 ★ 二つめの解釈を出す 。自分の解釈を一つ書いたあと、★ 同じ結果を説明できる別の筋 を一つ書く。★ そのうえで、 なぜ最初のほうを選ぶか を一文。 ★ 反論を三手で処理する 。自分の主張に対する反論を一つ書き、★ 事実を認める一文 と★ 含意を外す一文 を続ける。★ 事実まで否定しない。 ★ 「ほかに無い」を書いてみる 。自分のやり方の弱いところを一つ挙げ、★ それでもこのやり方を使う理由 をミルの形で書く。★ 書けないなら、 ほかの手立てがある ということ。 練習 「実例」に引いたミルの条件法の二文( If this supposition were true か