二つの基体と、理解されたもの — Epoché
解説 考えを支える二つの役割 ここではアラビア語の原文そのものではなく、大注解の古いラテン語伝承を読む。「基体」は、何かが成り立つ支えという意味。 原文:necesse est etiam vt intellecta in actu habeant duo subiecta: Quorum vnum est subiectum, per quod sunt vera, scilicet formae, quae sunt imagines verae: Secundum autem est illud, per quod intellecta sunt vnum entium in mundo, & istud est intellectus materialis. 訳:現に理解されたものにも、二つの基体がなければならない。一つは、それによって理解されたものが真となる基体、つまり真の像である諸形相である。もう一つは、それによって理解されたものが世界の存在するものの一つとなる基体であり、それが質料的知性である。 像は、感覚から得た心の像のこと。質料的知性は、理解されたものが成立する側として挙げられる。心の像そのものと、この知性を一つにしない。 出典1 「真にする側」は、どこにあるか 原文:Nulla enim est differentia in hoc inter sensum & intellectum, nisi quia subiectum sensus, per quod est verus, est extra animam: & subiectum intellectus, per quod est verus, est intra animam. 訳:この点で感覚と知性の間に違いはない。ただし、感覚を真にする基体は魂の外にあるが、知性を真にする基体は魂の内にある、という違いがある。 「内にある」のは、知性を真にする側の基体。質料的知性そのものが、個人の身体の中にあると言っているのではない。 出典1 内容を支えることと、考えること 心の像が内容を支える役割と、知性が受け取る役割を分ける。この区別が、個々の人が理解するとはどういうことかを、後のトマスの応答と比べる手がかりになる。 トマスの批判を、この引用の中にある本人の言葉として補わない。注解者の説明と、アリストテレス本文も区別する。 出典1 「基体」の二つの役割 何を支えるか 原文の説明 理解された内容の真 真の像である諸形相 理解されたものの存在 質料的知性 感覚を真にする側 魂の外 知性を真にする側 魂の内 最後の「内」は、真にする側についての限定。受け取る知性の位置へ移さない。 参考文献 [1] Averroesの大注解ラテン語伝承/1562年Venetiis apud Iunctas版左欄Antiqua transl. 原版から本教材が独自転記・訳。「イブン・ルシュド『霊魂論大注解』第3巻注解5・ラテン語伝承(1562年版)」。 出典 本教材の独自訳・解説 CC BY-SA 4.0(古典のラテン語伝承)