イブン・ルシュド――哲学は啓示と矛盾しない(知性単一説) — Epoché
中世 イスラームとユダヤの哲学 約 17 分 本文 約 6,800 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 義務・解釈・知性の 3 つ 義務 法(シャリーア)は存在するものを考察せよと命じる。考察の最もよい道は論証なので、それができる人には哲学を学ぶことが法の求めになる(『決定的論考』)。 解釈 真理は真理に逆らわない。論証の結論と聖典の字義が食い違えば、字義を比喩に読み替える。人には論証・弁証・説得の三つの類があり、比喩の解釈は論証の人の間にとどめる(『決定的論考』)。 知性 最後の『デ・アニマ大注解』では、質料的知性も人類に一つだとした。それでも、各人の想像がその知性を働かせるので、考えは「私の考え」になる(SEP の整理)。 はじめに イブン・ルシュドは、1126 年にアンダルス(イベリア半島のイスラーム圏)のコルドバに生まれました [1] 。祖父も父も名高い法官という家で、同じ名の祖父と区別して「孫」と呼ばれます [1] 。ラテン世界では、アヴェロエスの名で知られました。 彼が 22 歳のころ、ムワッヒド朝がアンダルスを治めるようになります [1] 。二代目の君主アブー・ヤアクーブ・ユースフに、アリストテレスの書を注解して分かりやすくするよう求められたと記録されています [1] 。のちには君主の侍医も務めましたが、晩年に理由の分からないまま失寵し、ルセナに追われます。1198 年に没しました [1] 。 この編のガザーリーの課で見たように、ガザーリーは哲学者の説のいくつかを信仰に背くと断じました。イブン・ルシュドの仕事は、その断罪への答えとして読むことができます。法官として法を、注解者としてアリストテレスを深く知る人が、二つは本当にぶつかるのかを問い直したのです(本教材の読み方)。 この課では、法が哲学を命じるという議論、三つの人の類と解釈の規則、知性単一説を順に読み、「原典を読む」では『決定的論考』の一段をアラビア語から訳して読みます。 この課の問い 哲学者の説のいくつかは、信仰に背くと断じられました。では、哲学を学ぶことは信仰にとって危ういのでしょうか。それとも、信仰そのものが求めることなのでしょうか。そして、私たちが考えるとき、考えているのは一人ひとりの知性なのでしょうか。 この課のことば シャリーア イスラームの法です。祈りや裁きの決まりだけでなく、神が人に示した教えの全体を指します。 論証 確かな前提から必然の結論を引く推論です。アリストテレスの論理学で、最も確かな知の道とされます。 弁証 相手や世間が認める前提から議論を組み立てる推論です。論証ほど確かではありません。 説得 たとえや心に響く言葉で人を納得させる語りです。多くの人はこの道で信じます。 解釈(タアウィール) 言葉を字どおりの意味から比喩の意味へ移して読むことです。アラビア語の言い回しの慣わしを守ります。 質料的知性 考えを受け取る素地としての知性です。体のことではなく、まだ何も考えていない「受け皿」という意味です。 一つの真理への道――法と哲学、そして一つの知性 ガザーリーが哲学者たちを断罪してから約 80 年後、アンダルスのコルドバで、法官であり、アリストテレスの注解者でもある人が答えました。この章では、法が哲学を命じるという議論、三つの人の類と解釈の規則、知性単一説を順に読みます。 法官にして注解者――法は哲学を学べと命じる イブン・ルシュドには二つの顔がありました。一つは法官の顔です。祖父も父も名高い法官で、彼自身も法官を務めました [1] 。法学の主著『熟達した法学者の手引き』は、学派ごとの意見の違いを数え上げるのではなく、違いをその原理と理由にさかのぼって説明する書です [1] 。もう一つは注解者の顔です。彼はアリストテレスのほぼ全著作に注解を書きました。研究者は短い注解・中くらいの注解・長い注解の三つに分けてきましたが、この分け方で足りるかは近年疑われています [1] 。 その法官が 1178〜79 年ごろに書いたのが『決定的論考』です [1] 。この書は、法の立場から一つの問いを立てます。哲学と論理学の考察は、法によって許されているのか、禁じられているのか、それとも命じられているのか。答えは「命じられている」です [3] 。 法の命令 存在するものを考察せよ(クルアーン 59:2 ほか) 考察とは 作られたものから、作り手を知ること 最もよい道 論証。法学者が類推を学ぶように推論を 学ぶ 結論 論証の力のある人には、哲学を 学ぶことが法の求め 図 1 『決定的論考』の問い「哲学は許されるか、禁じられるか、命じられるか」への答えの筋です。段の切り方は本教材の整理です。論証の力の無い人には、この学びは求められません。 理由の筋は次のとおりです (図 1) 。聖典は「目ある者たちよ、よく考えよ」(クルアーン 59:2)のように、存在するものを考察せよと促します。考察とは、作られたものを、作り手を示すしるしとして見ることです。そして作り手を知る最もよい道は、確かな前提から必然の結論を引く 論証 です [3] 。だから論証の力のある人には、哲学を学ぶことが法の求めになります。逆に言えば、論証の力の無い人には、この学びは求められていません。 論証には推論の道具が要ります。法学者が法の類推を学ぶように、哲学者は論証の推論を学ばねばなりません。その道具を作ったのが別の宗教の古い人々でもかまわない、と彼は言います。屠りを正しくできる刀なら、持ち主が同じ宗教の人かどうかは、屠りの正しさに関わらないからです [3] 。 この書の暗黙の相手は、ガザーリーによる哲学の断罪です [1] 。道を誤る人が出るからといって、学ぶ力のある人から哲学の書を遠ざけるのは誤りだ、と彼はたとえで言います。水で溺れて死んだ人がいるからといって、渇いた人に冷たい水を飲ませず、渇きで死なせるようなものです。溺れるのはたまたまのことで、渇けば死ぬのは避けられない、と言います [3] 。力のある人にこの道を閉ざすのは、神にもその人にも不正だとされます [1] 。 ここで間違えやすい 「法は哲学を命じる」を、哲学を法の上に置いた、と取らないでください。SEP は、イブン・ルシュドは哲学と真の宗教の間に上下を置いていない、と読みます [1] 。また、命じられているのは論証の力のある人です。すべての人に哲学を学べと言っているのではありません。 三つの人の類――同じ真理を三つの道で では、論証の結論と聖典の言葉が食い違ったら、どうするのでしょうか。答えの前提は「真理は真理に逆らわない」という一文です [3] 。法が真であり、論証の考察も真理へ導くなら、二つが本当にぶつかることはありません。SEP は、この言い方がアリストテレス『分析論前書』I.32 の言い方を響かせると指摘します [1] 。 そのうえで彼は場合を分けます。聖典がそのことに黙っていれば、対立はありません。書かれていない裁きを法学者が類推で補うのと同じだ、とされます [3] 。字義が論証と一致すれば、言うことはありません。字義が食い違うときだけ、字義を 解釈 して、比喩の意味に読み替えます [3] 。この段は「原典を読む」で読みます。聖典には、多くの人に向けたたとえの表の意味と、論証の人にだけ見える内の意味がある、と彼は言います。多くの人の務めは、字義のとおりに受けることです [3] 。 では、誰がその解釈をしてよいのでしょうか。人の生まれつきは信じ方で分かれる、と彼は言います。論証で信じる人、認められた前提から組んだ弁証の議論で信じる人、たとえや心に響く説得の言葉で信じる人です [3] (表 1) 。聖典が「知恵と、よい勧めとで主の道へ招け。最もよいやり方で彼らと論じよ」(クルアーン 16:125)と言うのも、三つの招き方を含むからだと読みます [3] 。 この表で分かること: 三つの類は、信じ方と解釈との関わりで分かれます。確かな解釈を担うのは論証の人で、説得の人の務めは字義のとおりに受けることです。 人の類 何によって信じるか 解釈との関わり 説得の人 たとえ・心に響く言葉 解釈せず、字義のとおりに受ける 弁証の人 認められた前提の議論 弁証による解釈にとどまる 論証の人 必然の推論(論証) 確かな解釈を担う 表 1 『決定的論考』の三つの人の類(並べ方は本教材の整理) [3] 。 教材の作例で言えば、一つの山頂へ三つの道があるようなものです (図 2) 。岩壁の道は、道具と長い修練が要ります。尾根の道は、地図を見比べて進みます。広い坂道は、道しるべの絵に従えば誰でも上れます。ただし、同じ一つの真理に同意することと、論証と同じ確かさの知を得ることは別です。原典は、弁証や説得の人もそれぞれの道で、論証の人が論証で同意するのと同じように同意すると言いますが、それで彼らの道が論証になるわけではありません [3] 。それでも、岩壁の登り方を坂道の人に途中で叫べば、かえって足を踏み外させるでしょう。 真理は真理に逆らわない(『決定的論考』) 一つの真理 論証の道 少数・長い修練 弁証の道 認め合う前提で 説得の道 たとえで大勢が ! 解釈を明かすと、 足を踏み外させる 図 2 一つの山頂へ三つの道(本教材の作例)。三つの人の類と、論証の解釈を多くの人に明かすなという戒めは『決定的論考』のものです。同じ真理に同意することと、論証の確かさの知を得ることは別です。 だから比喩の解釈は、論証の人の間にとどめなければなりません。字義を壊したのに新しい意味が根づかなければ、その人を不信へ導くからです。彼は、そうした解釈を広く一般に向けて書いたガザーリーを、法にも知恵にも害をなしたと責めます [3] 。 ここで間違えやすい イブン・ルシュドが「哲学の真理と宗教の真理は別々で、矛盾してよい」という 二重真理説 を説いた、と取らないでください。本人の主張は逆で、真理は真理に逆らいません。二重真理説は、後のラテン世界で彼の名を冠した人々に帰せられた見方だとされ、本人の文にはありません(本教材の読み方)。 知性単一説――人類に一つの知性 ガザーリーへの答えは『決定的論考』だけではありません。『矛盾の矛盾』では、ガザーリーの『哲学者の自己矛盾』に一つ一つ答えています [1] 。前の課で見た火と綿の因果の議論にも、この書で答えています。もう一つの大きな論争の種は、知性の説でした。 彼は知性を二つに分けます。像を照らして普遍の考えにする能動知性と、その考えを受け取って考える 質料的知性 です。「質料的」といっても体のことではなく、受け皿という意味です [1] 。能動知性が人の外にある一つのものだというのは、当時の主流の見方でした [1] 。 最後の考えを示す『デ・アニマ大注解』で、彼はさらに踏み込みます。質料的知性もまた、体から離れた、一つの、永遠のものだ、というのです(第 3 巻 注解 5) [1] (図 3) 。本人もこの説の大胆さを知っていて、長い思案の末に至った、前に誰にも見ない説だと書いています。若い頃にはこうした見方を「おぞましい」と呼んでいました [1] 。 一人ひとりの像 想像と記憶は各人のもの。各自が像を 差し出す 能動知性 像を照らして普遍の考えにする。人類に 一つ 質料的知性 普遍の考えを受け取る。人類に一つで、 体から離れている 私の考え 自分の像が起こした考えなので、私の 考えと言える 図 3 最後の『デ・アニマ大注解』の知性の説です(SEP の整理による)。検討の前提は、①人は抽象的に考える、②体をもつものは抽象的に考えられない、③人は体をもつ、の三つで、図はこれを両立させる答えです。初期の説は別です。 なぜそこまで行ったのでしょうか。SEP は三つの命題で整理します。①人は抽象的に考える。②体をもつものは抽象的に考えられない。③人は体をもつ。どれも本当らしいのに、三つ一緒には成り立ちません [1] 。②は、すべての体を理解できる力は、それ自身どの体の性質ももたない、というアリストテレスの論から来る前提です [1] 。答えはこうです。知性は体の外にあり、人類に一つです。けれども知性は、像なしには考えません。一人ひとりが自分の想像の像を差し出し、それが考えを起こすので、その考えを「私の考え」と言ってよいのです [1] 。先生が生徒に知を伝えられるのも、二人が文字どおり同じ考えを共にするからだ、とも論じます [1] 。人類は永遠に続くので、この知性も永遠だとされます [1] 。SEP は、心の働きが個体の外へ広がるという考えの、最初のまとまった表明とも見ています [1] 。 この説はラテン語に訳され、のちに大きな論争を呼びました。ラテン世界では、この説は「一人ひとりの人間は考えていないことになる」と読まれ、後の編のトマス・アクィナスはまさにその点を批判しました。これは後代の読みと批判で、本人は先に見たとおり、各人の像を通じて考えは「私の考え」だと答えていました(本教材の読み方)。 ここで間違えやすい 知性単一説を「人の心は一つの大きな心に溶け、個人は無い」と取らないでください。想像も記憶も一人ひとりのもので、各人の像が一つの知性を働かせます。また、生涯一貫した説でもありません。初期の著作では別の考えをとっていました [1] 。 原典を読む 第一・第二の節で見た『決定的論考』の一段を、アラビア語から本教材が訳して読みます。 イブン・ルシュド『決定的論考』 真理は真理に逆らわない 三つの人の類を述べた直後の段で、論証と聖典が食い違うように見えるときの扱いを、場合を分けて述べます。 1 この法が真であり、真理を知ることへ導く考察へと人を招くものであるなら、私たちムスリムの共同体は、論証による考察が法の告げることに背く所へは導かない、と確かに知っている。 2 真理は真理に逆らわず、かえってそれと一致し、それを証しするからである。 3 そうであるなら、論証の考察が、ある存在するものについて何らかの知に至ったとき、法はその存在するものについて黙っているか、告げているかのどちらかである。 4 黙っているものであれば、そこに対立はない。それは、法が黙っている裁きの決まりと同じで、法学者はそれを法の類推によって引き出してきた。 5 法がそれについて語っているなら、その言葉の表の意味は、論証