11.8 老子 第一章 — 道の道ふべきは恆の道に非ず — Epoché
この篇でできるようになること 名詞を打ち消す字を、動詞の否定と区別できます。 同じ字の名詞と動詞を、置かれた位置から説明できます。 本文の 常 を「変わらない」の意味で読み、現代語との書き換えができます。 前提 :11.7「論語 衛靈公 — 己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ」。ここから『老子』に移ります。 語りかける相手のない始まり 第一章は、誰かの名を呼んだり、質問に答えたりするところから始まりません。これまで読んだ『論語』の章とは違い、誰が誰に言った言葉かを示さず、道と言葉について述べ始めます。 著者とされる老子の人物像や本の成立には、定まらないところがあります。ここでは成立の年を決めてから読むのでなく、目の前の句の作りを追います。言葉にできる道は、変わらない道ではない。この出だしが、後に続く言葉をどう受け取るかという問いにもなります。 文中に話し相手が示されていなくても、読み手へ伝える働きがない、ということではありません。問答の場面を補わず、並んだ言葉の対応から内容を考えます。 同じ字が別の働きをする 道可道 の最初の字は、道という名詞です。後の字は、言葉で言うという動詞です。可能を示す 可 の後ろが動詞の位置になっていることを手がかりに読み分けます。 名可名 でも同じことが起きています。初めは名という名詞、後は名づけるという動詞です。漢文では同じ字を異なる品詞として使うことがあるので、辞書で見た一つの意味だけで全部を読まないようにします。 A 読み B 読み 違い 道可道 道の道ふべきは 名可名 名の名づくべきは 道と言う、名と名づけるという、名詞・動詞の対応を繰り返す 型編 11課 の助動詞も、動詞より前に置きました。ここでも、できることを示す字の後にどんな動作が来るかを見ます。名詞の道をそのまま繰り返すだけでは、言葉にできる、という内容が見えません。 道可道 を「道は道であることができる」と読まないでください。二つ目は、言うという動詞の位置です。 名詞のまとまりを否定する 非常道 は、変わらない道ではない、という判断の否定です。後ろの 常道 が名詞のまとまりになっています。 文編 2課 で見た、何を否定するかという違いを使って読みます。 現代語の 不是 に当たる関係を、ここでは 非 で表しています。動詞や形容詞を打ち消す 不 とは、後ろのまとまりが違います。単に否定の字を一つ覚えるのでなく、右に何が続くかを確かめます。 同じことを 非常名 でも述べています。名づけられる名と、変わらない名を同じものとしないのです。冒頭では、言うことと名づけることを対応させ、同じ形の否定で結んでいます。 常の字と、本による字の違い この篇の原文の 常 は、変わらない、いつもという意味です。帛書(馬王堆)の本では、ここを 恆 と書きます。 常 との違いは、漢の文帝の名、劉恆を避けた避諱と結び付けて説明されます。避諱とは、人の名に使われた字を避けて書く決まりです。 非常道 を見ても、日本語の「非常に」や「非常事態」を当てはめないでください。否定の字と、常の道という名詞のまとまりを分けます。 非 と 常道 の間で切ると、切れ目が分かります。 非 が、その後ろの名詞のまとまりを打ち消しています。「非常」を一つの日本語の語として読むと、判断の否定が消えてしまいます。 対にしてから結び直す 本文では、道と名を対にしています。名が無いことと有ること、欲が無いことと有ることも対にしています。 天地之始 の 之 は、天と地の始まりという連体の関係を作ります。 特別編 6篇 の主語と述語をまとめる働きとは、前後の語が違います。 以觀其妙 では、前の内容を受けます。それによって細やかなところを見るという手段の関係を作ります。この篇では、 以 の手段の働きに絞って読みます。後ろの 以觀其徼 と並べると、見る側のあり方と、見えてくるものが対になっています。 句の切り方によって、意味の受け取りが分かれるところもあります。ここでは底本の読点に従い、名が無いこと、有ること、欲が無いこと、有ることというまとまりを読みます。別の切り方があることも覚えておきましょう。 此兩者同出而異名 では、二つが同じところから出て、名は異なると述べます。対にして見せたものを、共通する出どころへ結び直しています。接続の字は、同じと異なるという内容をつないでいることから読めます。 最後の 玄之又玄 は、さらに奥深いという重なりとして受け取ります。間の 之 の働きは説が分かれます。結びの深まりとして読みましょう。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 道 名詞・動詞 道・言う 位置で働きが変わる 道可道 言葉にできる道 可 助動詞 〜できる 動詞の前に置く 可道 言うことができる 非 否定の語 〜ではない 後ろの名詞句を否定 非常道 変わらない道ではない 常 形容詞・副詞 変わらない・いつも 日本語の「非常」と読まない。帛書の本は 恆 非常名 変わらない名ではない 名 名詞・動詞 名・名づける 二つの働きで読む 名可名 名づけられる名 無名 まとまり 名が無いこと この底本の切り方で読む 無名、天地之始 名が無いことは天と地の始まり 欲 名詞 望む心・欲 ここでは心のあり方 常無欲 いつも欲を持たない 以 介詞 それによって 前を受ける手段 以觀其妙 それによって細やかなところを見る 觀 動詞 見る 後ろに見る対象が来る 觀其妙 その細やかなところを見る 妙 名詞 細やかで奥深いところ 日本語の奇妙だけではない 其妙 その細やかなところ 徼 名詞 端・境目 妙と対になる見る対象 其徼 その端(境目) 玄 形容詞 奥深く暗い 結びで重ねられる 玄之又玄 奥深さのさらに奥 練習 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 道_道,_常道 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 同出_異名 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 _觀其妙 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 天地_始 非常道 と 非常名 を、それぞれ主語を「これ」とする現代語の文にしてください。 現代語の文 这不是老虎。 [1] を、本文の 非常道 にならって、 非 を使う句に書き戻してください。 帛書(馬王堆)の本の 非恆道 ・ 非恆名 の字を、この本文に合わせて書き換えてください。どの字が避諱と結び付けて説明されるかも示しましょう。 道可道 と 名可名 で、初めと後の同じ字の品詞を選んでください。 これまで読んだ『論語』の章と、この第一章の書き方を、話し相手から比べてください。 鏡と窓を区別する現代語の文を二つ書き、本文の 非 の句と並べて、判断の否定を確かめてください。 非常道 の 非 と、前に読んだ 不知為不知 の 不知 の 不 は、何を打ち消すかがどう違いますか。 ▶ で手本を聞き、冒頭を 道可道 、 非常道 、 名可名 、 非常名 と三字ずつ区切って読みます。この四句を、暗誦できるまで声に出して読んでください。 この篇のまとめ 同じ字の品詞を位置から読み、否定の後ろの名詞句を確かめます。本文の句読点に従い、対になったものが最後にどう結ばれるかを追います。 次の篇へ 次の11.9では『老子』第八章を読みます。水を手本とする比喩と、比較の相手を後ろに置く形を見ます。 答え 道可道,非常道 同出而異名 以觀其妙 天地之始 这不是永恒的道。 这不是永恒的名。 非虎 。 不是 が 非 にあたり、名詞の 老虎 ( 虎 )を打ち消します。 非常道 ・ 非常名 。 恆 と 常 の違いが、文帝の名を避けることと結び付けて説明されます。 初めは名詞、 可 の後は動詞です。後の動詞は、言う・名づけるという働きです。 『論語』の章には発言者や問う相手が現れました。この第一章は、発言者や話し相手を示さず、言葉を置いています。 那不是镜子。 (あれは鏡ではない。) 那是窗子。 (あれは窓だ。) 本文の 非常道 (常の道に非ず)と並べると、 不是 と 非 が、どちらも名詞を打ち消して判断を否定していることが分かります。 非 は後ろの名詞のまとまり 常道 を打ち消し、「〜ではない」(現代語の 不是 )を表します。 不 は動詞の 知 を打ち消し、「知らない」を表します。 参考文献 Tatoeba 文 #7768251( 这不是老虎。 )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/7768251 老子『老子 第一章』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は全文。 出所: 当館所蔵の文書