ライプニッツ――この世界は可能な世界のうちで最善である(モナド・予定調和) — Epoché
近代 大陸合理論 約 27 分 本文 約 11,600 字 図 6・表 2 原典 2 節 この課の要点 モナド・調和・最善の 3 つ モナド 物体の本質を広がりとすると、どこまでも分けられて本当の「一つ」に行き着かず、自ら働く源も無い。だから世界の本当の要素は、部分も広がりも無い単純な実体=モナドで、モナドは表象と欲求だけを持つ(『モナドロジー』§1〜3・14〜15)。表象が機械の仕組みでは説明できないことを、粉ひき小屋のたとえで示す(§17)。 調和 モナドには窓が無く、互いに働きかけない(§7)。それでも心と体、すべてのモナドが合っているのは、神が初めからそう合うように造ったから、つまり予定調和による(『新説』1695 年)。梁から下がる二つの振り子が、伝わる揺れにも神のそのつどの手にも頼らず、それぞれの性質だけで合うのにたとえる。 最善 神の観念には無数の可能な世界があり、存在できるのは一つだけなので、選ぶには十分な理由が要る。その理由は完全さの度合いにあり、神は知恵で知り、善意で選び、力で生み出した(§53〜55)。最善は悪が無いことではなく、悪を含んでも全体として最も多様で秩序ある世界のことで、ヴォルテールは『カンディード』でこの楽天主義を風刺した。 はじめに ライプニッツは、17 世紀の終わりから 18 世紀の初めにかけて、ドイツのハノーファーの宮廷に仕えながら、数学・自然学・法学・神学にわたる膨大な仕事を残した人です [1] 。 哲学の主著と呼べる一冊はなく、考えは短い論文と、1100 人を超える相手との手紙に書かれました [1] 。この課で読む『モナドロジー』(1714 年)も、手稿のまま残りました [1] 。 この課では、二つの主張を読みます。一つは、世界の本当の要素は部分も広がりも無い無数の実体=モナドで、モナドどうしは働きかけ合わないのに、神が初めに定めた調和によって合っている、という主張です。もう一つは、悪や苦しみがあっても、神が無数の可能な世界から選んだこの世界は、全体として最善だ、という主張です。 二つの主張は、「何ものも理由なしにはない」という一つの原理でつながっています。物体はなぜ本当の一つではないのか、なぜこの世界であって別の世界ではないのか、とライプニッツは問い、どの問いにも理由を求め続けました。 この課の問い 前の課のスピノザは、実体はただ一つ、神すなわち自然だけだと考えました。では、世界は何からできているのでしょうか。そして、神がこの世界を選んで造ったのなら、なぜ世界には悪や苦しみがあるのでしょうか。 この課のことば モナド ギリシア語の「一(モナス)」から来た語です。部分を持たず、広がりも形も無い、本当に単純な実体のことです(『モナドロジー』§1〜3)。 表象と欲求 表象( perception )は、一つのものの中に多くのものを映している、移り変わる状態です。欲求( appétition )は、ある表象から次の表象へ移らせる、内からの働きです(§14〜15)。 予定調和 神が初めに、どの実体も自分の法則だけに従いながら、ほかのすべてと完全に合うように造った、という考えです。 十分な理由の原理 どんな事実にも、なぜそうであって別様でないのかの理由がある、という原理です。ただし、その理由の多くは私たちには知られません(§32)。 可能な世界 矛盾を含まずに考えられる、世界のありかたの一つの全体です。神の観念の中には無数にありますが、存在できるのは一つだけです(§53)。 神義論(弁神論) 悪があっても神は善く正しい、と弁明する議論です。1710 年の著作『弁神論』の題でもあります。 モナドと予定調和――世界は何からできているのか ライプニッツは、物体を広がりと見るデカルトにも、実体をただ一つとするスピノザにも満足しませんでした [1] 。本当にあるのは、無数の、それぞれが本当に一つである実体だと考えたのです。この章では、デカルトの物体観への批判から単純な実体へ、窓の無いモナドと粉ひき小屋のたとえ、予定調和と二つの振り子、の順に読みます。 広がりでは「一つ」に届かない――宮廷に仕えた哲学者 哲学を読む前に、ライプニッツがどんな場所で書いたかを見ておきましょう (図 1) 。ライプニッツはライプツィヒに生まれ、マインツ選帝侯に仕えたのち、1672 年から 4 年間、外交の使節としてパリに滞在しました。そこでホイヘンスに数学を学び、デカルトとパスカルの未刊の草稿を読み、微分の計算の考えを得ました [1] 。その後の 40 年をハノーファーの宮廷で働きながら、哲学を論文と手紙に書き続けました [1] 。 1646 年 ライプツィヒに生まれる 1672〜1676 年 外交の使節としてパリに滞在し、 微分の計算を考える 1676 年 ハーグでスピノザに会い、 ハノーファーの図書館長に 1695 年 『新説』で予定調和を説く 1710 年 『弁神論』を刊行する 1714 年 『モナドロジー』を書く(手稿の まま残る) 1716 年 ハノーファーで没する 図 1 ライプニッツの生涯と主な著作です(SEP による)。生涯のほとんどをハノーファーの宮廷に仕えながら、論文と手紙で哲学を書きました。 ライプニッツが生涯めざしたのは、古いものと新しいものの和解です。アリストテレスやスコラ哲学の考えと、デカルトらの新しい機械論の自然学とを、どちらにも正しい所があるとしてつなごうとしました [1] 。SEP の整理では、自然の出来事はすべて機械的に起こるが、その機械の仕組みの源は形而上学にある、というのがライプニッツの立場です [1] 。 では、デカルトの何が足りないのでしょうか。物体の本質を広がりとすると、物体はどこまでも分けられます。すると、寄せ集めのもとになる本当の一つが、どこにも見つかりません。ライプニッツはアルノーへの手紙で、「本当に一つの存在でないものは、本当の存在でもない」ことを公理とする、と書きました [1] 。もう一つの不足は、広がりには大きさと形しかなく、自分から働く力が無いことです。ライプニッツにとって、実体とは働くことのできるものでした [1] 。 本教材の作例を一つ挙げます。砂山は一つの山に見えますが、すくえば砂粒に分かれ、砂粒も砕けばさらに小さな粒に分かれます。この分割が終わらないなら、砂山を作っている「本当の一つ」はどこにもありません。合成されたものがあるなら、単純なものがなければならない、とライプニッツは言います(『モナドロジー』§2) [2] 。分けられず、自分から働くものの手本は、私自身の心です。そこでライプニッツは、本当の実体を、広がりの無い、心に似たものと考えました [1] 。 ここで、ライプニッツの批判の筋をまとめておきます。物体が本当の実体であるには、本当に一つであり、しかも自分から働くものでなければなりません。広がりは、どちらの条件も満たしません。どこまでも分けられるので一つではなく、大きさと形だけなので働きの源を持たないからです。二つの条件を満たすものを探すと、心のように、部分を持たず、内から変わっていくものに行き着きます。それが次の節で見るモナドです。 ここで間違えやすい ライプニッツが機械論の自然学を退けた、と取らないようにしましょう。SEP の整理では、ライプニッツは物体の現象がすべて機械的な原因で説明できることを認めています [1] 。退けたのは、広がりがそのまま実体だという考えのほうです。また、モナドを、目に見えないほど小さな粒と取るのも誤りです。モナドには大きさそのものがありません(§3) [2] 。 窓の無いモナド――表象と欲求、そして粉ひき小屋 ライプニッツは『モナドロジー』の冒頭で、モナドを部分の無い単純な実体と定めます。部分が無いので、広がりも形も無く、分解して滅びることも、組み立てられて生じることもありません。ライプニッツはモナドを「自然の真の原子」と呼びました(§1〜6) [2] 。 次にライプニッツは、モナドには何かが出入りできる「窓」が無い、と言います(§7) [2] 。外からモナドの中を動かしたり、入れ替えたりはできません。だからモナドの変化は、内の原理からだけ起こります(§11) [2] 。 では、モナドの中には何があるのでしょうか。一つは表象で、一つのものの中に多くのものを含み、映している、移り変わる状態です(§14)。もう一つは欲求で、ある表象から次の表象への移りを起こす内の働きです(§15) [2] 。モナドの中には気づかれない小さな表象も無数にあり、それを気づかれた表象と区別しなかったのがデカルト派の誤りだ、とライプニッツは言います(§14) [2] 。 表象が機械の仕組みで説明できないことを示すのが、粉ひき小屋のたとえです(§17) [2] (図 2) 。考え、感じる機械があったとして、それを同じ割合のまま大きくし、粉ひき小屋のように中へ入れるとします。中を見て回っても、互いに押し合う部品しか見つかりません。だから表象は、組み合わさったものではなく、単純な実体の中に求めなければならない、とライプニッツは結びます。 外から見る:考える機械 考え、感じる機械があるとしよう 同じ割合のまま大きくして 中へ入れるようにする 中に入る:見えるのは部品だけ ? 押し合う部品しか見えない 表象はどこにあるのか 小屋の中の様子は本教材の描き方 図 2 『モナドロジー』§17 の粉ひき小屋のたとえを絵にしたものです(本教材の絵。水車と小川は描き足しで、原文は「粉ひき小屋」とだけ言います)。一つ目は、考え、感じる機械を外から見た場面、二つ目は、それを大きくして中に入った場面で、見えるのは押し合う部品だけです。 窓が無いからといって、モナドは閉じこもっているわけではありません。どのモナドも、自分の視点から宇宙全体を映す生きた鏡です。同じ町を違う方向から見ると違って見えるように、モナドの数だけ宇宙の眺めがあります(§56〜57) [2] 。 本教材の作例で、この「鏡」を考えてみましょう。広場に何人もの人が立ち、同じ噴水を見ているとします。一人ひとりに見える噴水は、角度も大きさも少しずつ違いますが、どれも同じ噴水の眺めです。ただし人の目と違って、モナドは外から光を受け取るのではありません。自分の内の表象として、宇宙全体をそれぞれの角度から映しているのです。 ここで間違えやすい 「窓が無い」を、モナドは外の世界を何も知らない、と取らないようにしましょう。どのモナドも宇宙全体を映しています。窓が無いとは、外から影響を受けて映すのではなく、内から映している、という意味です。また、粉ひき小屋のたとえの論点は、部品の押し合いをいくら調べても「見る・感じる」は出てこない、という説明の問題です。原文の moulin は粉ひき小屋で、水車で回る小屋とまでは書かれていません。 予定調和――つながっていない二つの振り子が合う モナドどうしが働きかけ合わないなら、心と体はどうして合っているのでしょうか。これはデカルトから受け継いだ問いです。心の本質が考えることで、体の本質が広がりなら、両者はどう働きかけ合うのでしょうか。この編のデカルトの課で、エリーザベトがデカルトに問うた問題です [1] 。 ライプニッツは 1695 年の『新説』で、まず、造られた実体どうしには本当の影響は無い、と言います [1] 。そのうえで、神は初めに、どの実体も自分の法則に従って内から展開し、しかもほかのすべての実体と完全に合うように造った、と説きました。これが予定調和です [1] 。 このことを、ライプニッツは二つの振り子のたとえで説明しました (図 3) 。一本の梁から下がる二つの振り子が、いつもそろって揺れているとします。その説明は三つ考えられます。一つ目は、片方の揺れが梁を通じてもう片方に伝わる、という影響の説です。二つ目は、神がそのつど振り子を動かしてそろえる、という機会原因論です。三つ目は、最高の職人である神が初めから完全に造ったので、それぞれが自分の性質だけで揺れて合う、という説で、ライプニッツはこれを取ります [1] 。 二つの振り子が合う三つの説明 ① 揺れが伝わる 梁を通じて動きが 隣へ移って合う (影響の説) ② そのつど合わせる 神がいつも動かして そろえる (機会原因論) ③ 初めから合う 神が初めに完全に 造ったので、それぞれ の性質だけで合う (予定調和) たとえは本人の例・絵は本教材の描き方 図 3 二つの振り子がそろって揺れることの三つの説明です(たとえは本人のもの、絵は本教材)。上から、揺れが梁を伝わる影響の説、神がそのつど動かす機会原因論、初めの完全な造りだけで合う予定調和で、ライプニッツは三つ目を取ります。 なぜ三つ目がよいのでしょうか。窓の無いモナドには、外から何かが入ることはできないので、影響の説は取れません。機会原因論は、神にそのつど自然の流れへ手を出させることになり、SEP の整理では、ライプニッツはその難しさを避けようとしました [1] 。予定調和なら、どの実体も自分の法則に従うだけで、しかも全体がぴったり合います。神を最高の職人と見るなら、これが神にいちばんふさわしい、とライプニッツは考えたのです [1] 。 心と体について言えば、心は目的の法則に従い、体は運動の法則に従います。二つの王国は調和しているので、体は心が無いかのように、心は体が無いかのように働き、しかも互いに影響し合っているかのように働きます(§78〜81) [2] 。 ただし SEP は、形而上学の厳密さで言えば、体は実体ではなく、モナドから結果する、よく基礎づけられた現象だと読みます [1] 。心と体の結びつきという言い方は、デカルト風に考える読者に合わせた説明でもある、というのです。 ここで間違えやすい 予定調和を、神がそのつど心と体を合わせている、と取らないようにしましょう。それはライプニッツが退けた機会原因論の考えです。ただし、神は初めに造ったあと手を引く、というのでもありません。『モナドロジー』では、造られたモナドは神から、いわば絶えず閃くように生み出される、と言われます(§47) [2] 。退けられたのは、そのつどの合わせ直しで、神が被造物を保ち続けることではありません [1] 。 最善世界と神義論――悪があるのに、