7.5 訳が要るとき — 逐語訳と意訳 — Epoché
この課でできるようになること ★ 誰のための訳か を先に決められる。 逐語訳と意訳を、それぞれの目的で作り分けられる。 逐語訳は 捨てる ものだと知っている。 同じ一段を二通りに訳して、差を言葉にできる。 前提 : 7.4 まで。 なぜ訳す(訳さない)か 訳す前に決めることが一つあります。 これは誰が読むのか。 自分だけが読むなら、日本語として整っている必要はありません。語順が英語のままでも、「〜するところの」のような言い方が入っていてもかまいません。 分かればよい からです。これが 逐語訳 です。 人が読むなら、そうはいきません。読む人は英語を見ていないので、 日本語だけで意味が立たなければなりません 。語順を変え、語を補い、ときには文を分けます。これが 意訳 です。 どちらの訳か 誰のため 何を優先するか 逐語訳 自分 英語の形をなぞること 意訳 人 日本語として立つこと どちらが上ということはありません。 目的が違うだけ です。困るのは、 目的を決めずに訳し始める ことです。決めずに訳すと、英語の形も残らず、日本語としても立たない 中途半端なもの ができます。 ★逐語訳は捨てる もう一つ、大事なことがあります。 逐語訳は残さない 。読み終わったら捨ててください。 理由は二つあります。一つめ、逐語訳を残すと、 次からそれを読んで済ませます 。英語に戻らなくなります。二つめ、逐語訳を書く習慣がつくと、 英語を読むたびに日本語へ置き換える 癖が固まります。第 3 期の読み物は、置き換えずに読める量があります。置き換えていては、量が読めません。 では、いつ逐語訳を作るのか。 分からない一文に当たったときだけ です。一段落まるごと逐語訳するのは、第 1 期のやり方であって、もう卒業しています。 手順 三手で進む 何手目か 何をするか 残すかどうか 一手目 逐語訳を作る(自分のため) 捨てる 二手目 日本語だけを見て読み直す — 三手目 日本語として立つように直す 残す 二手目がいちばん大事です。 英語を隠して、日本語だけを読む。 そこで引っかかったところが、直すべきところです。英語を見ながら直すと、 英語の形に引きずられて 直しきれません。 引っかかるのは、たいてい次の三つです。 主語が長すぎる 、 修飾が重なっている 、 同じ語がくり返されている 。英語では自然なものが、日本語では重くなります。 日本語として立たせる三つの手当て どんな重さか 手当て なぜ効くか 主語が長い 文を二つに割る 日本語は主語を待てない 修飾が重なる 後ろから前へ回す 日本語は前から修飾する 同じ語のくり返し 二度目を省く 日本語は省ける 三行めに補足します。英語は代名詞でくり返しますが( 3.18 型編 )、日本語は 言わずに済ませます 。「彼は」「それを」を全部訳すと、 くどくなります 。省いて意味が通るなら、省いてください。 実例 読 C の最初の篇( 8.41 読編 )から三文を取り、 同じ文を二通りに 訳します。オズの魔法使いの冒頭、ドロシーの家を描いた部分です。 先に、原文と意訳をまとめて置きます。原文の並びのままです。行を押すと英文が鳴るので、聞いてから下の三つの節に進んでください。 この表の右の列は、下の三つの節で使う手当て——割る・回す・省く——の名前です。先に耳で通してから、一文ずつ見ていきます。 英文 日本語訳 見るところ Dorothy lived in the midst of the great Kansas prairies, with Uncle Henry, who was a farmer, and Aunt Em, who was the farmer’s wife. [1] ドロシーはカンザスの大草原の真ん中で、農夫のヘンリーおじさんと、その妻のエムおばさんと暮らしていました。 説明が二つ重なる。後ろから前へ回す Their house was small, for the lumber to build it had to be carried by wagon many miles. [1] 家は小さかったのです。建てる木を、荷馬車で何マイルも運んでくるしかなかったからです。 主語が長い。文を二つに割り、「彼らの」を省く There were four walls, a floor and a roof, which made one room; and this room contained a rusty looking cookstove, a cupboard for the dishes, a table, three or four chairs, and the beds. [1] 壁が四つ、床と屋根があって、それで一部屋でした。この部屋にあったのは、錆びかけた料理用ストーブ、食器戸棚、テーブル、椅子が三つ四つ、それに寝床だけでした。 修飾が重なる。「含んでいた」をやめて割る When Dorothy stood in the doorway and looked around, she could see nothing but the great gray prairie on every side. [1] 戸口に立って見まわしても、見えるのはどちらを向いても灰色の大草原ばかりでした。 同じ語のくり返し。主語を省き、否定を裏返す Once the house had been painted, but the sun blistered the paint and the rains washed it away, and now the house was as dull and gray as everything else. [1] 家は昔、塗ってありました。けれども日が塗りをふくらませ、雨が洗い流して、いまでは家も何もかもと同じにくすんだ灰色でした。 同じ語のくり返し。二度目の「家」を省く 一文目 — 主語が長い 原文は Their house was small, for the lumber to build it had to be carried by wagon many miles [1] です。 どちらの訳か 訳文 気づくこと 逐語訳 彼らの家は小さかった、なぜならそれを建てる材木が荷馬車で何マイルも運ばれなければならなかったから。 英語の順のまま。「なぜなら〜から」が重い 意訳 家は小さかった。建てる木は、荷馬車で何マイルも運んでくるしかなかったからだ。 文を二つに割り、「彼らの」を省いた 意訳では 「彼らの」が消えています 。直前にヘンリーおじさんとエムおばさんが出ているので、日本語では言わなくても分かるからです。英語では Their が要ります。 誰の家かを示す語を落とせない からです( 3.18 型編 )。 二文目 — 修飾が重なる 原文は this room contained a rusty looking cookstove, a cupboard for the dishes, a table, three or four chairs, and the beds [1] です。 どちらの訳か 訳文 気づくこと 逐語訳 この部屋は、錆びて見える料理用ストーブ、皿のための戸棚、テーブル、三つか四つの椅子、そしてベッドを含んでいた。 「含んでいた」が硬い。並びも英語のまま 意訳 この部屋にあったのは、錆びかけた料理用ストーブ、食器戸棚、テーブル、椅子が三つ四つ、それに寝床だけだった。 「含む」をやめ、最後に「だけ」を足した 意訳の最後に 「だけ」 が足してあります。原文にこの語はありません。けれども、前の文で「家は小さかった」と言っているので、この並びは 乏しさを示している と読めます。 読み取ったものを訳に出す ——これが意訳で、そしてこれが 訳者の責任 が生じるところです。 三文目 — 同じ語のくり返し 原文は she could see nothing but the great gray prairie on every side [1] です。 どちらの訳か 訳文 気づくこと 逐語訳 彼女は、あらゆる方向に大きな灰色の大草原のほかには何も見ることができなかった。 「彼女は」「〜のほかには」「〜することができなかった」が重なる 意訳 見えるのは、どちらを向いても灰色の大草原ばかりだった。 主語を落とし、「見えるのは〜ばかり」に組み替えた 意訳では 「彼女は」が消え 、 「見ることができなかった」が「見えるのは」に変わって います。日本語は主語を言わずに文が立ちますし( 3.24 型編 )、否定を肯定に裏返したほうが軽くなることがあります。 裏返してよいか は、意味が変わらないかで決めてください。 やってみる 二つやります。どちらも 逐語訳を捨てる ところまでやってください。 ★ 8.41 読編 の第一段落から 別の一文 を選び、逐語訳と意訳を作る。作ったら、 英語を隠して意訳だけを読む 。引っかかったら、上の三つの手当て(割る・回す・省く)のどれかを当てる。最後に逐語訳のほうを 消す 。 翌日、作った意訳だけを読み返す。 英語を思い出さずに意味が取れるか を確かめる。取れないなら、それは自分にしか分からない訳です。人に伝えるための訳になっていません。 練習 「実例」の三つの原文を、行を押して音を聞いてから続けて 音読 する。読むときは 意訳の切れ目で息を置く 。一文目なら「家は小さかった」のあと。3 周する。3 周目は一文目を、音声に重ねて シャドーイング する。英語の一文が、日本語では二文になることが体で分かる。 ★自分の作った意訳を、 人に読み聞かせる つもりで声に出す。読みにくいところがあれば、それはまだ日本語として立っていない。 声に出すのがいちばん速い検査 です。目で読むと、頭が勝手に補ってしまいます。 「実例」の三つについて、 意訳で足した語と落とした語 をそれぞれ書き出す。足したのは一つ(「だけ」)、落としたのは二つ(「彼らの」「彼女は」)。足すのと落とすのとで、 どちらが危ういか を一行で書く。 この課のまとめ ★ 訳は誰のためにするのかで形が変わる。 自分のための訳と、人に伝える訳は別の仕事。 逐語訳は 英語の形をなぞる 訳。意訳は 日本語として立たせる 訳。 ★ 目的を決めずに訳し始めない。 決めずに訳すと、英語の形も残らず日本語としても立たないものができる。 ★ 逐語訳は残さない。 残すと英語に戻らなくなり、置き換えの癖が固まる。 逐語訳を作るのは 分からない一文に当たったときだけ 。 手順は三手——作る・ 英語を隠して読む ・直す。二手目がいちばん大事。 日本語で重くなるのは 主語が長い・修飾が重なる・同じ語のくり返し 。手当ては 割る・回す・省く 。 ★ 読み取ったものを訳に出す のが意訳。そこに訳者の責任が生じる。 検査は 声に出すこと 。目で読むと頭が補ってしまう。 次の課へ 次の課は 7.6 、題は 日 → 英の型変換 — 主語を立てる・動詞を決める 。この課では英語を日本語にしました。次の課では 逆向き に進みます。日本語から英語にするとき、いちばん最初につまずくのは 主語 です。日本語には主語を言わない文がいくらでもあるのに、英語は主語なしでは文が立ちません( 3.24 型編 )。無いものを 自分で立てる ——そこから始めます。 答え 三つの手当てのうち、 割る がいちばん効きます。英語の一文を日本語の一文に写そうとすると、たいてい長くなりすぎるからです。一文を二文にすると、それだけで読みやすくなります。逐語訳を消せましたか。消すのを惜しく感じたなら、 それは自分のための訳だった ということです。 声に出して引っかかるところは、たいてい 修飾が重なっている ところです。「〜する〜な〜の〜」と続くと、息が続きません。英語では後ろから修飾するので長くなっても平気ですが、日本語は前から積むので、 息の長さが限界 になります。そこで割るか、回すかを決めてください。 翌日読んで意味が取れたなら、その訳は 独立して立っています 。取れなかったなら、英語を覚えているうちは分かるが、忘れると分からない訳です。人に渡せば、その人は最初から分かりません。 一日おいて読み返す のが、いちばん厳しくて確かな検査です。 参考文献 原文の出所: L. Frank Baum『The Wonderful Wizard of Oz』(1900), "Chapter I The Cyclone(1/2)"。パブリックドメイン(Project Gutenberg #55)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/55