社会運動――街頭から政治を動かす — Epoché
制度と行動 選挙・政党・市民 約 30 分 本文 約 13,200 字 図 5・表 2 資料 2 節 この課の要点 定義・説明・日本の 3 つ 定義 社会運動は、選挙の外で、人々が集団で公に要求し続ける取り組みとして研究されてきました。意見の広がりとみるか、行動の組み合わせとみるかなど、定義は研究者で違います。 説明 不満だけでは運動の起こり方を説明しきれず、資源と組織・政治的機会・フレームの三つの見方が並んで使われています。成果の測り方はなお工夫の途中です。 日本 日本では争議行為を伴う労働争議が 1974 年の最多から大きく減りました。2012 年の官邸前の抗議は国会の答弁でも取り上げられました。 はじめに 国会の周りや駅前で、旗やプラカードを持った人々が声を上げている光景を見たことがあるでしょう。署名を集める人、集会を開く人、決まった曜日に同じ場所へ集まり続ける人もいます。この課程の「投票参加」の課では、人が選挙で投票に行くかどうかを見ました。「利益集団と集合行為」の課では、組織された少数がなぜ政治に強い影響を持つのかを見ました。この課で扱う社会運動は、そのどちらとも少し違います。選挙を待たずに、しかも決まった組織の内側だけでなく、人々が集団で、公に、要求を続ける取り組みです。 素朴に考えると、社会に不満がたまれば人は街頭に出そうです。けれども、不満は広くあるのに運動が起きないこともあります。政治の側に開いた要素と閉じた要素が混ざる都市で抗議が多い傾向を報告した研究もあります。社会運動の研究は、「何が人を動かすのか」という問いに、不満のほかにも、お金や人手などの資源、政治の側の開き具合、出来事の意味づけ方といった答えを用意してきました。 なぜこの問いが大事なのでしょうか。民主政治では、選挙と選挙の間にも人々は政府に声を届けようとします。その声がどんな条件で集まり、どんな条件で届くのかが分かれば、目に見える抗議の大きさだけで世論を測ったり、静かな所には不満が無いと考えたりする誤りを避けられます。逆に、抗議が起きたことだけで政策が変わったと考える誤りも避けられます。 この課では、まず社会運動とは何かを、研究者の定義の違いから確かめます。次に、運動の起こり方を説明する三つの見方、運動の成果を測る研究とその限界、日本の例を順に見ます。資料では、労働争議の件数の統計と、集会の自由と道路の使用を定めた条文を読み、主張を自分で確かめます。 この課の問い 人々は、選挙のほかに、なぜ、どんなときに集まって街頭で要求するのでしょうか。不満があれば運動は起こるのか、それとも別の条件が要るのかを考えます。 この課のことば 社会運動 社会の仕組みや分け前の一部を変えたいという考えの広がり、またそれを集団で公に要求し続ける取り組み。定義は研究者で違います 社会運動組織 運動の目標を自分の目標とし、それを実現しようとする組織。署名を集める団体やデモを呼びかける会などです 資源動員 運動に要るお金・時間・人手などを集めて使うこと。不満より資源と組織に注目する見方の名にもなりました 政治的機会 運動の外にある政治の側の開き具合。役所や議会への入りやすさ、応答のよさなどです フレーム 出来事を意味づける解釈の枠。「これは何の問題で、なぜ自分にかかわるのか」を示します レパートリー 運動が使う行動の型の組み合わせ。集会・デモ・署名・声明などです 社会運動――人はなぜ、どんなときに街頭に出るのか 社会運動の研究は、「運動とは何か」「なぜ起こるのか」「何を変えたのか」という三つの問いを行き来してきました。この章では、定義、起こり方の説明、成果、日本の例の四つの節でたどります。それぞれの研究が何を数え、どこまでを言っているのかに注意して読みましょう。 社会運動とは何か――選挙の外で、集団で、公に要求する 社会運動という言葉は日常でもよく使われますが、研究者の定義は一つではありません。社会学者のマッカーシーとゾールドは 1977 年の論文で、社会運動を、社会の構造や報酬の分配の一部を変えたいという選好を表す、人々の間の意見と信念の集まりと定義しました [1] 。かなり広い定義で、二人もこれが包括的な定義だと断っています [1] 。そのうえで二人は、目標を運動(またはそれに対抗する運動)の選好と同じものとし、それを実現しようとする複合的な、または公式の組織を「社会運動組織」と呼んで区別しました [1] 。 なぜ運動と組織を分けるのでしょうか。社会の中に「変えたい」という考えが広がっていても、それを行動に移す組織があるとは限らないからです。二人は、深刻な剥奪を受け、変化への選好も前からある多くの集団が、運動組織に十分に代表されてこなかったと指摘しています [1] 。考えの広がりと組織の動きを分けておけば、「不満は広くあるのに、なぜ運動が起きないのか」という問いを立てられます。 一方、政治学者のアイシンジャーは、行動の側から「抗議」を定めました。抗議とは、比較的力の弱い人々に政治過程での交渉の手がかりを与えるための、秩序を乱す性格をもつ集団の表出だというのです [2] 。アイシンジャーは、抗議を言葉だけの異議や政治的な暴力と分ける特徴を挙げました。第一に、争点の当事者自身が集団で行うことです。議員が一人で「抗議します」と言うのとは違います。第二に、乏しい資源の効果を大きくしながら、費用を小さくしようとする手段であることです。第三に、暴力の脅しが暗に含まれるだけで、はっきり示したり実行したりする暴力とは区別されることです [2] 。 歴史社会学者のティリーは、社会運動を、ほかの政治参加と区別できる独特の要求の仕方として捉えました。ティリーの議論は多くの著作に散らばっていて、ここではウーテルスとワルグラーヴの整理に従います。それによると、ティリーの言う社会運動は三つの要素の組み合わせです [5] 。一つ目はキャンペーン、つまり持続的で公的な、集団の要求の取り組みです。二つ目はレパートリー、つまり徹夜の集まり・デモ・集会・会合などの行動の型の組み合わせです。三つ目が WUNC の表示で、価値(worthiness)・結束(unity)・数(numbers)・献身(commitment)を公に示すことです [5] 。 わたしたちの声を聞いて 価値:身なり・子連れ 結束:そろいの旗 数:通りを埋める人 献身:雨でも歩く 図 1 ティリーの WUNC(価値・結束・数・献身)のたとえ(本教材の作例)。例の行動は、ウーテルスとワルグラーヴがティリーの議論から挙げたもの [5] 。 ウーテルスとワルグラーヴは、WUNC の表示の例も挙げています [5] 。価値なら落ち着いたふるまいや整った身なり、子ども連れの母親の参加です。結束ならそろいのバッジや旗、隊列を組んだ行進です。数なら署名の数や、広場と通りを埋める人々です。献身なら悪天候に耐えることなどです (図 1) [5] 。こうした行動は、「私たちは多く、まとまっていて、本気で続け、まっとうで規律がある」と当局に伝え、運動が無視できない相手だと合図するものだと整理されています [5] 。 日本の例で考えてみましょう。2012 年の 6〜7 月、大飯原子力発電所の再稼働に抗議する行動が、毎週金曜日に首相官邸の周辺で行われました。当時の野田佳彦首相は 6 月 25 日の衆議院の特別委員会で、大飯原発 3・4 号機の再稼働についての考え方を 6 月 8 日に示したと述べました。そのうえで、毎週金曜日に官邸の周辺でデモが行われ、シュプレヒコールもよく聞こえていると答弁しています [8] 。同じ曜日に同じ場所へ集まり続けることはキャンペーンの持続に、集まった人々そのものは数の表示に当たる、と読むことができます(本教材の整理)。 ここで間違えやすい 社会運動を「デモのこと」と考えるのは狭すぎます。デモは行動の型の一つで、署名・集会・声明なども組み合わせて使われます。また、運動(考えの広がりや要求の取り組み)と、それを担う個々の組織も区別して考えます。 不満があれば人は動くのか――資源・機会・フレーム では、運動はどんなときに起こるのでしょうか。素朴に考えると、不満が強いほど人は立ち上がりそうです。マッカーシーとゾールドによると、それまでの十年ほどの米国の社会学で最も影響力のあった見方は、ガー、ターナーとキリアン、スメルサーのものでした。これらも、共有された不満と、その原因や解決についての一般化された信念を、運動が生まれる重要な前提条件と考えていました [1] 。二人はこの前提を疑いました。剥奪と運動の発生の間に期待された関係を、ほとんど、あるいはまったく支持しない研究が出ていたからです [1] 。 ただし二人は、不満を説明から捨てたのではありません。不満を運動の発生の中心に置く「強い仮定」から、構成要素の一つ、ときには二次的な要素とみる「弱い仮定」へ移したのです [1] 。二人は、ターナーとキリアンが「極端」と呼んだ仮定を採る用意があると述べました。運動が効果的に組織され、既存のエリート集団の力と資源を使えるなら、どの社会にも草の根の支持を生むのに十分な不満が常にある、という仮定です [1] 。例は、米国で高齢者の医療保険(メディケア)を求めた高齢者です。高齢者は、法案が議会に出た後に、労働組合の全国組織 AFL-CIO が作ったロビー団体の働きかけで組織されました [1] 。医療費の必要は前からあったはずですが、組織はその不満から直接生まれたのではなかった、というのが二人の読みです [1] 。 そこで二人が根本の問題の一つに置いたのが、この課程の「利益集団と集合行為」の課で見たオルソンの問題です。運動がもたらすのは集合財なので、自分から費用を負う人は少ないのです [1] 。だから運動を説明するには、資源(お金と労働)がどう集められるか、そのためにどんな組織があるか、運動の外の個人や組織がどう関わるかを見なければならない、と二人は考えました [1] 。二人は、運動の目標を信じる人や組織を「支持者」、運動組織に資源を出す人や組織を「構成員」と呼び分けます。動員の仕事は、支持者を構成員に変えること、そして反対ではないがただ見ている「傍観する公衆」などを支持者に変えることです (図 2) [1] 。さらに、目標が実現しても直接の利益を受けない「良心の支持者」が使える資源が大きいほど、受益者の側の資源にかかわらず運動組織が発達しやすい、という仮説も立てました [1] 。 傍観する公衆 運動に反対ではないが、ただ見ている 支持者 運動の目標を信じる 構成員 運動組織にお金や時間などの資源を出す 運動組織の活動 集めた資源で要求を続ける 図 2 資源動員の見方での動員の仕事。マッカーシーとゾールドの区別 [1] を、本教材が上から下への流れにした。二人は、非支持者を支持者に変える仕事と、支持者を構成員に変える仕事の両方を挙げる。 資源動員の見方が運動の内側の資源と組織に目を向けたのに対し、運動の外にある政治の側の条件に目を向けたのが、政治的機会の見方です。その早い時期の研究であるアイシンジャーは、首長の性質や議員の選び方などの環境の要素を、その都市の「政治的機会の構造」の部分とみました [2] 。人や集団のふるまいは、その人たちが持つ資源だけでなく、政治体制の側の開口部・弱点・障壁によっても決まる、というのです [2] 。 アイシンジャーは二つの仮説を比べました。線形の模型は、抗議は閉じた体制で最も多いとみます。曲線の模型は、開いた要素と閉じた要素の混ざった体制で最も多く、極端に閉じた(抑圧的な)体制や極端に開いた(応答的な)体制では起こりにくいとみます (図 3) [2] 。アイシンジャーは、米国の 43 の都市について、1968 年の 6 か月間の新聞記事から 120 件の抗議を集めました。調べると、抗議の発生も強さも、曲線の模型のほうによく合うように見えたと報告しています [2] 。変化は起きているのに、その速さが期待に追いつかないから抗議が起こる、という説明です [2] 。ただし、これは一つの時期の都市どうしの比べ合わせで、一つの都市が開いていく過程を時間を追って見たものではありません [2] 。 線形の模型 曲線の模型 閉じた体制ほど 抗議が多い 開いた要素と閉じた 要素が混ざると多い 通常の手段で 届かない不満の表れ 極端に閉じても 開いても 起こりにくい 体制が開くほど 抗議は減る 変化の速さが期待に 追いつかない 図 3 抗議の起こり方についてのアイシンジャーの二つの仮説 [2] 。右の曲線の模型は、1968 年の米国の 43 都市の比べ合わせで、よりよく合うように見えたもの。 三つ目は、人々の頭の中の解釈に目を向ける見方です。スノーらは 1986 年の論文で、個人の利害・価値・信念と、運動組織の活動・目標・イデオロギーとが一致し補い合うように結びつけることを「フレーム調整」と呼びました [3] 。フレームとは、出来事を意味づけ、経験を整理し、行動を導く解釈の図式のことです [3] 。スノーらは、何らかのフレーム調整が、参加の性質や強さにかかわらず参加の必要条件だという前提を立て、その過程として架橋・増幅・拡張・変換の四つを挙げました [3] 。増幅の例では、近隣の住民の運動が路上生活者の宿泊施設の移転に反対したとき、家族の価値に訴え、近くへの移転を女性と子どもへの脅威として描き続けました [3] 。 ベンフォードとスノーは 2000 年の総説の要旨で、フレーミングの過程が、資源動員・政治的機会の過程と並ぶ中心の動態とみなされるようになったと述べています [4] 。三つの見方は、どれか一つだけが正しいというより、注目する所が違うと整理できます(表1、本教材の整理)。 この表で分かること: 三つの見方は注目する所が違う 見方 注目する所 代表的な研究 資源動員 運動の内側の資源・組織・外部の支持者 マッカーシーとゾールド 1977 政治的機会 運動の外の政治の開き具合 アイシンジャー 1973 フレーミング 個人と組織の解釈の結びつき スノーら 1986 表 1 社会運動の三つの見方(本教材の整理。典拠は [1] [2] [3] [4] )。三つは並んで使われ、どれか一つだけが正しいとは限ら