11.65 柳宗元 捕蛇者說 — 孰か賦斂の毒、是の蛇より甚だしき者有るを知らんや — Epoché
この篇でできるようになること 申し出を断る理由を、隣家と役人の場面からたどれます。 相手を指す 若 と、及ぶ意味の 若 を読み分けられます。 年二度と毎日を比べ、税の害を問う反語を現代語にできます。 前提 :11.64「韓愈 師說」。師について論じる篇の後、長い対話から政治の害を述べる說を読みます。 害を与え、薬にもなる蛇 柳宗元が永州へ左遷されていた時期の作です。說は一つの事から論を起こす文体ですが、この篇は蛇を捕る蔣氏の長い話を挟み、その後で書き手が考えを述べます。 冒頭の蛇は、黒地に白い模様を持ち、触れた草木は枯れ、人をかめば防ぐ手だてがないと描かれます。その一方で、本文は、干して薬にすると病を治せるとも述べています。 可以已大風 の 已 は、ここでは治すという動詞です。すでに、という時の意味ではありません。 宮中の医官が毎年二回この蛇を納めさせ、捕らえる者には納める税の代わりにすることを認めます。害を与える蛇が、税を免れる手段にもなるという両面が、蔣氏の話へつながります。 助けるつもりの申し出 蔣氏の家は三代この役を続けています。祖父も父も蛇捕りで死に、本人も十二年の間に何度も死にかけたと話します。その悲しそうな様子を見て、書き手は役を替えようと申し出ます。 若毒之乎 は、あなたはそれを苦にしているのか、という問いです。 若 はあなた、 毒 は苦にするという動詞です。毒を与えるという意味の文ではありません。 更若役、復若賦 は、あなたの役を替え、あなたの税を元に戻すという申し出です。危険な蛇捕りをやめれば助かる、と考えて話しています。 ところが蔣氏はひどく悲しみ、涙を流して断ります。助けを求めると思われる人が、親切を拒む。この食い違いによって、なぜ危険な役のほうを選ぶのか、という問いが生まれます。 あなたの、なのか、及ばない、なのか 未若復吾賦不幸之甚也 は、税を納める身に戻される不幸のひどさには及ばない、ということです。蛇捕りの不幸と、税を負う不幸を比べています。 この 未若 の 若 は及ぶという比較です。先ほどの相手を指す用法とは違います。同じ字を見つけたら、名詞の前で誰のものかを示すのか、二つを比べる形なのかを確かめます。 更若役 と 復若賦 では、動詞の後、役と税という名詞の前にあります。ここを、ような、という比喩にせず、あなたの役、あなたの税と訳します。 話の終わりの 又安敢毒邪 でも、 毒 は苦にするという動詞です。蛇を捕ることへの態度を、初めの問いと最後の答えで対応させます。 減った家でなく、残る家を読む 蔣氏は三代、六十年の暮らしを振り返ります。隣家は土地や家の収入を使い果たし、泣いて移り住み、飢えや病で倒れたと述べます。その後に三つの残り方を並べます。 祖父と一緒にいた家は 十無一焉 、父と一緒にいた家は 十無二三焉 、自分と十二年一緒にいた家は 十無四五焉 です。十軒のうち一軒、二、三軒、四、五軒にも満たないという残り方です。 十無一焉 を、一軒だけ無くなったと読まないでください。今残っている家が一軒にも満たないということです。数字が増えるほど、残る家は多くなります。 祖父の代からいた隣人ほど残りが少なく、共に暮らした期間の短い人々ほど残りが多いことを述べます。 非死即徙爾 は、死んだのでなければ移ったということです。蔣氏は、その中で自分は蛇捕りのおかげで残ったと話します。 役人が来ると騒ぎ、蛇がいると休める 荒々しい役人が来ると、東西に叫び、南北に暴れ回り、鶏や犬さえ落ち着けません。広い方向を二組にして、村の中の騒がしさを示しています。 それに対して蔣氏は、おそるおそる起きて甕を見ます。蛇がまだいれば安心して横になり、餌を与え、時が来れば差し出します。人をかむ蛇がいることで、かえって休めるという場面です。 初めは蛇そのものが恐ろしく描かれました。ここまで読むと、村に来る役人と税の取り立てが、その蛇を手放せないほどの害を与えていることが分かります。 年に二度と、毎日 一歲之犯死者二焉 では、一年のうち死を冒すのは二度だと述べます。そのほかはのどかに暮らせると言い、隣人が毎日同じ苦しみに遭うことと比べます。 旦旦有是哉 の 旦旦 は毎日です。危険が無いという主張でなく、危険にさらされる頻度が違うという比較です。蛇捕りを安全な仕事だと言い換えないようにします。 而鄉鄰之生日蹙 の 日 は日ごとに、 歲賦其二 の 歲 は毎年です。時の名詞が動詞の前に立ち、暮らしが狭まる頻度、蛇を課す頻度を示します。 現代語の 一天天 ・ 每天 ・ 每年 と比べられます。時を先に置く形は 型編 8課 で確かめます。 日 は 蹙 (暮らしが狭まる)に、 歲 は 賦 (蛇を納めさせる)にかかります。 者でまとめる人ともの 有蔣氏者 は、蔣という人がいるという形です。 無禦之者 は、防ぐものがないという形です。 者 で人やものをまとめ、それをいる、いないという文に入れています。 者 があっても、〜は〜だという判断文とは限りません。現代語の 的人 などに置き換える時も、人を指すのか、防ぐものを指すのかを前後から決めます。 古い言葉を、目の前の話で確かめる 書き手は、孔子の 苛政猛於虎也 という言葉を疑ったことがあったと述べます。『禮記』に見える、むごい政治は虎よりも激しいという言葉です。今、蔣氏の話から、そのとおりだと確かめます。 最後の 孰知賦斂之毒、有甚是蛇者乎 は、税の取り立ての害に、この蛇よりひどいものがあると誰が知ろうか、という反語です。誰かの名を答えさせるのでなく、驚きとともに結論を示します。 比較は 型編 21課 の 比 や 不如 へ言い換えられます。どちらをどちらよりひどいとするかを保ち、蛇の毒と税の害を逆にしないようにします。 觀人風者 は民の暮らしを見る人です。ここで 人 を用いるのは、唐の太宗、李世民の名にある 民 を避けた避諱によります。本来の民風に当たる語として読みます。 この說を書いて、そのような人の目に届くのを待つと結びます。蔣氏の苦しみを聞くだけで閉じず、誰へこの話を届けたいかを、最後に示しています。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 齧 動詞 かむ 蛇の害を述べる 以齧人 それが人をかむ 已 動詞 治す ここではすでにでない 可以已大風 大風 という病を治せる 若 代詞 あなた・あなたの 未若の比較と分ける 更若役 あなたの役を替える 毒 動詞 苦にする 名詞の毒と分ける 若毒之乎 あなたはそれを苦にしているのか 未若 比較のまとまり 〜には及ばない 二つの不幸を比べる 未若復吾賦不幸之甚也 税を納める身に戻される不幸のひどさには及ばない 蹙 動詞 縮まる・苦しくなる 暮らしについて述べる 而鄉鄰之生日蹙 隣人の暮らしは日ごとに苦しくなる 徙 動詞 移り住む 隣人がいなくなる理由 非死即徙爾 死んだのでなければ移っただけだ 旦旦 時の語 毎日 自分の年二度と比べる 旦旦有是哉 毎日このような目に遭う 賦斂 名詞 税の取り立て 蛇との比較の対象 孰知賦斂之毒 税の取り立ての害(がこの蛇よりひどいこと)を誰が知ろうか 練習 若毒之乎 、 更若役 、 復若賦 、 未若 の 若 を、あなたと、及ぶの意味に分けてください。 原文どおりに字を補って書いてください。 吾斯役之不幸、_若復吾賦不幸之甚也 原文どおりに字を補って書いてください。 苛政猛_虎也 原文どおりに字を補って書いてください。 _知賦斂之毒、有甚是蛇者乎 原文どおりに字を補って書いてください。 而鄉鄰之生_蹙 孰知賦斂之毒、有甚是蛇者乎 と 苛政猛於虎也 を現代語の 比 を使う文に言い換えてください。 書き下し「吾が祖是に死し、吾が父是に死し」を原文の字順へ戻し、祖父の文は現代語でも書いてください。 蔣氏の村を思い浮かべ、 伤害 ・ 治疗 ・ 穷人 ・ 着急 ・ 失望 を使う短い現代語の三文を書いてください。 一歲之犯死者二焉 と 旦旦有是哉 を引き、蔣氏が自分と隣家を何で比べるか二文で説明してください。 祖父、父、本人と暮らしていた家の残り方を順に取り出し、なぜ後になるほど残りが多いかを答えてください。 觀人風者 の 人 は、本来どの字ですか。なぜその字を替えたのかも答えてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 蓋一歲之犯死者二焉。其餘則熙熙而樂、豈若吾鄉鄰之旦旦有是哉。 年二度と毎日の違いをはっきり読み、 豈若 から 哉 までの反語は問いの調子を残してください。 この篇のまとめ 危険な役を続ける理由を、隣家の残り方、役人の騒ぎ、年二度と毎日の比較から読みました。若と毒の働きを分け、税の害を役人へ届ける結びを確かめました。 次の篇へ 次の11.66では同じ柳宗元の小石潭記を読みます。竹やぶの奥の小さな淵を、魚や影から澄んだ水として見せる文章です。 答え 初めの三つは、あなた、あなたの、という意味です。最後は比較で、及ばないという形になります。 吾斯役之不幸、未若復吾賦不幸之甚也 苛政猛於虎也 孰知賦斂之毒、有甚是蛇者乎 而鄉鄰之生日蹙 谁知道征税的害处比这种蛇还严重呢? 坏的政治比老虎还可怕。 吾祖死於是、吾父死於是 我爷爷是因为捕蛇死的。 这种蛇会伤害人,用它做的药却能治疗病人。 穷人们要交税,天天着急。 他们对官府很失望。 一歲之犯死者二焉 と、自分が死を冒すのは年二度だと述べます。隣家の 旦旦有是哉 、毎日の苦しみと、危険に遭う頻度を比べています。 十無一焉 、 十無二三焉 、 十無四五焉 です。後の代の隣人ほど、ともに暮らした年が短いので、残りが多くなります。 民 です。唐の太宗、李世民の名にある 民 を避けた(避諱)ためです。 参考文献 柳宗元『捕蛇者說』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷9