国際機構と国際法――国連は何ができるか — Epoché
国際と日本 国際政治 約 29 分 本文 約 12,600 字 図 5・表 2 資料 2 節 この課の要点 決める力・強いる力・裁く力の 3 つ 決める力 安保理は第 7 章で、全加盟国を拘束する決定ができる 強いる力 強制は常任理事国の一致と、加盟国が出す兵力に頼る 裁く力 国際裁判は、国家の同意(宣言や合意)に支えられる はじめに 2025 年 2 月、ウクライナの平和と安全を議題とする安全保障理事会(安保理)で、常任理事国のロシアが決議案に反対票を投じました。国連の図書館がまとめる拒否権の一覧には、この行が記録されています [4] 。 同じ一覧には、2024 年 4 月に新しい加盟国の承認の決議案に米国が反対した記録もあります [4] 。 拒否権を使う国は、時期と議題によって入れ替わります。 一方で、安保理が大きく動いた例もあります。1990〜1991 年の湾岸戦争では、イラクに侵攻されたクウェートを解放するため、安保理は加盟国に武力の使用を許可しました [1] 。 同じ機関が、ある時は止まり、ある時は武力の使用まで認めます。この違いはどこから来るのでしょうか。 この課程の『主権国家体系』の課では、国家の上に立って命令する権威が無いことを、国際政治の出発点として見ました。『リベラリズム』の課では、国際制度が国家どうしの協力を助けるという見方を学びました。この課では、その国際制度の代表である国際連合(国連)と、国家を縛る決まりである国際法を取り上げます。 見ていくのは、国連の憲章が安保理に何を預けたか、預けた力がどこで止まるか、そして裁判や平和維持活動がその隙間をどう埋めているか、です。最後に日本の加盟と参加の仕方を確かめます。ここで言う「できる」には、条文が認める権限と、実際に動かせる力の二つがあり、その二つを分けて読むことが課の要になります。 この課の問い 国家の上に政府の無い世界で、国連と国際法は国家に何をさせられるのでしょうか。「決める」ことと「強いる」ことは、どこで分かれるのでしょうか。 この課のことば 国際法 国家どうしの関係を定める決まりです。条約のように文書で結ぶものが代表で、たとえば国連憲章も加盟国が結んだ条約です。 執行 決まりを守らせるために圧力や強制を加えることです。国内なら、警察が違反を取り締まり、裁判所の判決に従わせることがこれに当たります。 強制措置 安保理が平和を守るために決める、経済制裁や軍事行動などの措置です。たとえば貿易を止めることも、軍を動かすことも含みます。 拒否権 安保理の常任理事国 5 か国の一つでも反対すると、手続以外の決議が成立しない仕組みです。多数が賛成しても、1 か国で止められます。 義務的管轄 国際司法裁判所が、事件ごとの合意なしに裁判を開ける状態です。ただし、各国があらかじめ宣言して受け入れた範囲に限られます。 平和維持活動(PKO) 停戦の見守りなどのために、国連が紛争地に要員を送る活動です。日本では自衛隊などが参加するための法律があります。 国連の権限と限界――決めることと強いることの間 国内では、国会が法律を作り、警察と裁判所が守らせます。国際社会には、それに当たる一つの政府がありません。この章では、まず国際法が誰によって守られているのかを確かめ、次に国連憲章が安保理に預けた権限を条文で読みます。 そのうえで、拒否権によって安保理が止まるときに何が起きるか、裁判と平和維持活動がどう働くかを見ます。最後に、日本が国連にどう関わってきたかを、加盟・安保理の任期・国内の法・裁判の受け入れの四つで確かめます。 中心のない法――国際法は誰が守らせるのか 国際法には、発達した国内の法が持つような、行政と裁判による包括的な執行の仕組みがありません [1] 。 国内なら、違反した人を警察が捕まえ、裁判所が裁き、判決に従わせます。国家どうしの間には、その役を一手に引き受ける機関がないのです。 では昔の国際法は、どう守られていたのでしょうか。伝統的には、国家が自分の権利と利益を守るために一方的に行動する「自助」によって執行されると言われてきました [1] 。 自助とは、たとえば条約を破った相手に、自分で対抗の手段をとることです。 ただし自助は、概念の上でも実際の上でも、集権的な執行の仕組みと同じものとは扱えません [1] 。 自分で自分の権利を守る者は、同時に事件の当事者でもあるからです。何が違反かを決める者と、罰を加える者が同じになり、強い国ほど有利になるおそれがあります。 現代の国際法は、この弱さを放っておいたわけではありません。武力による自衛の法や、制裁のような武力によらない措置について、一方的な執行が合法かどうかを測る細かな規則を発達させました [1] 。 自助は残っていますが、何をしてよいかには枠がはめられているのです。 裁判についても事情は似ています。国際法には、国家の同意から独立して働く集権的な紛争解決の仕組みがありません [1] 。 国際司法裁判所や、人権・貿易・投資・国際犯罪を扱う裁判所が増えたため、裁判による執行は実際には過去のどの時代より大きくなっています。ただし、その広がりは裁判所の独立と公平への疑問もともなっています [1] 。 国際法の違反 国内のような包括的な執行の 仕組みは無い 自助 被害を受けた国が自分で対抗の手段を とる。規則で枠がある 安保理 第 7 章の決定で全加盟国を拘束する。 拒否権で止まりうる 裁判 国際司法裁判所などが裁く。国家の 同意が前提 仲間外れ 加盟や協力の利益を奪って圧力をかける 図 1 国際法を守らせる道(本教材の整理) 執行の道はほかにもあります。違反した国から、加盟と協力の利益を奪う「仲間外れ」という分散した執行の仕方を指摘する論者たちもいます [1] 。 集権的な機関によらず、取引や会議の輪から外すことで圧力をかけるやり方です。 (図 1) は、こうした執行の道を並べたものです。 強制する機関が無いなら、国際法は法と呼べないのでしょうか。現代の法哲学では、ハート・フィニス・ラズのように立場の違う哲学者たちが、強制を法の概念に欠かせない要素とは考えない点で一致しており、これが主流の見方です [1] 。 この見方では、執行の仕組みは、法が行為を導くという本来の働きに失敗したときの後備えにすぎません [1] 。 ハートはさらに、暴力や不正が人目から隠れにくい国際の場では、遵守を確保するための制裁の実際の必要は小さいかもしれない、と述べました [1] 。 法学者ヘンキンは 1979 年に、ほとんどの国が、国際法のほとんどの原則と自国のほとんどの義務を、ほとんどいつも守っている、と書きました [1] 。 「ほとんど」を四つ重ねた言い方で、いつも全部が守られるとは言っていません。 反対の見方もあります。国家が国際法に従うのは、法そのものの力によるのか、それとも自己利益のような別の理由がたまたま同じ行動を勧めるからなのか、と疑う論者もいます [1] 。 守られているという事実だけでは、法が守らせているのかどうかは決まりません。 ハート自身も、国際法を手放しで認めたわけではありません。国家の規則は、義務を課す一次ルールだけから成る単純な社会の構造に似ているとハートは見ました [1] 。 そして国際法は、何が法かを見分ける「承認のルール」という二次ルールを欠くと論じました [1] 。 それでも国際法の一次ルールは実際には大部分守られているとも述べており [1] 、 国際法の法としての性格を全面的に疑ったのではありません [1] 。 本教材の作例で考えてみます。担任の先生がいない学級でも、掃除の当番や貸し借りの約束は、多くの場合守られます。破れば評判が落ち、次から誰も助けてくれなくなるからです。ただし、この作例が示すのは「中央の執行者がいなくても決まりが守られることがある理由」までです。腕力の強い生徒が約束を破ったときに誰が止めるのか、という問いは残ります。その問いに国際社会が用意した答えの一つが、次の節で見る安保理です。 ここで間違えやすい 「強制する機関が無いから、国際法はほとんど守られていない」と考えがちです。ヘンキンの言うように多くの義務はふだん守られていますが、それが法の力によるのか自己利益によるのかは争われています。守られることと、守らせる仕組みがあることは別の問いです。 安保理に預けた権限――第 7 章の階段 国連憲章は 1945 年 6 月 26 日にサンフランシスコで調印され、同じ年の 10 月 24 日に発効しました [2] 。 その第 24 条で、加盟国は国際の平和と安全の維持に関する主要な責任を安保理に負わせ、安保理がその責任を果たすときに加盟国に代わって行動することに同意しています [2] 。 ここでの「主要な」は、英文では primary responsibility です [3] 。 まず安保理が負う責任という意味で、ほかの機関が一切関われないという意味ではありません。実際、総会も憲章の範囲の問題を討議し、加盟国や安保理に勧告することができます [2] 。 ただし安保理がある紛争について任務を果たしている間は、総会は安保理の要請が無い限り、その紛争について勧告してはなりません [2] 。 加盟国は、安保理の決定を憲章に従って受け入れ、実行することにも同意しています [2] 。 ここが総会との大きな違いです。平和と安全の問題で総会が出せるのは勧告で、第 25 条の決定のように加盟国を縛るものではない、というのが本教材の読み方です。ただし総会にも決める事柄はあり、国連の予算を承認し、加盟国が負担する経費を割り当てます [2] 。一方で安保理も、国連の目的と原則に従って行動しなければならず、特定の権限は第 6・7・8・12 章に定められています [2] 。 預けられた力には枠があるのです。 安全保障理事会 総会 15 の加盟国で構成 全加盟国が 1 票ずつ 手続以外は 9 票で 常任の反対が 無いこと 重要問題は 出席投票国の 3 分の 2 決定を出せる 平和と安全では 勧告を出す 決定は加盟国が 受諾し履行する 勧告は加盟国を 縛らない 図 2 安保理と総会の違い(国連憲章の条文から) では、安保理はどう決めるのでしょうか。安保理は 15 の加盟国で構成されます [2] 。 手続事項の決定は 9 理事国の賛成で行われます [2] 。 それ以外のすべての事項は、常任理事国の同意投票を含む 9 理事国の賛成で決まります。ただし第 6 章などに基づく決定では、紛争の当事国は投票を棄権しなければなりません [2] 。 この数は改正で変わったもので、理事国は 11 から 15 に、必要な賛成は 7 から 9 になりました [3] 。 数を確かめておきます。これは本教材の計算です。手続以外の事項では、非常任理事国 10 か国のうち 7 か国が反対か棄権に回れば、常任理事国 5 か国がそろって賛成しても賛成は 8 にとどまり、決定は成立しません。逆に、常任理事国が 1 か国でも反対すれば成立しません。これが拒否権です。ただし常任理事国が棄権したときは、9 票の賛成があれば採択されえます [11] 。 条文の「同意投票」は、運用では「反対しないこと」を意味するのです。安保理は「多数の賛成」と「大国が反対しないこと」の両方を求める仕組みだとわかります。 (図 2) は安保理と総会の違いを並べたものです。 安保理が強い力を使うまでの道は、第 7 章に段階として定められています。まず第 39 条で、安保理は平和に対する脅威、平和の破壊、侵略行為があるかどうかを決め、勧告をするか、第 41 条と第 42 条のどの措置をとるかを決めます [2] 。 措置の前に、事態の悪化を防ぐため、暫定の措置に従うよう当事者に求めることもできます [2] 。 第 41 条の措置は兵力を使わないもので、経済関係や鉄道・航空・通信などの全部または一部の中断、外交関係の断絶を含むことができます [2] 。 それでは足りないと認めるか、足りないことがわかったと認めるときは、第 42 条により空軍・海軍・陸軍の行動をとることができます [2] 。 第 41 条の措置を実際に試してからでなければ進めない、というわけではありません。 (図 3) はこの段階を示したものです。 第 39 条 認定 平和への脅威・平和の破壊・侵略行為が あるかを決める 必要なら 第 40 条 暫定措置 悪化を防ぐため、暫定の措置に従うよう 当事者に求める 決定 第 41 条 非軍事の措置 経済関係・運輸通信の中断や外交関係の 断絶 不充分と見込むか判明したら 第 42 条 軍事の措置 第 41 条では不充分と見込むか、 不充分と判明したとき、空・海・陸軍の 行動 図 3 国連憲章第 7 章の措置の段階(第 41 条を経ずに第 42 条へ進むこともできる) 概説の整理によれば、安保理は第 7 章のもとで全加盟国を拘束する決定を採ることができ、その決定は武力の使用を含むことがあります [1] 。 決める力については、国際社会で最も強い機関と言えます。 ところが、強いる手段は安保理自身の手元にはありません。第 43 条で、加盟国は安保理の要請に基づき、特別協定に従って、兵力・援助・便益を安保理に利用させると約束しました [2] 。 その協定は、署名国がそれぞれ自国の憲法上の手続で批准しなければなりません [2] 。 しかも兵力の指揮の問題は、憲章の中で「後に解決する」とされています [2] 。 湾岸戦争のときも、安保理が許可したのは加盟国による武力の使用でした [1] 。 決めるのは安保理、実際に兵を出すのは加盟国という分かれ方が、ここに表れています。また憲章は、武力攻撃が起きたときに、安保理が必要な措置をとるまでの間、個別的・集団的自衛の権利を害さないと定め、とった措置は直ちに安保理に報告するよう求めています [2] 。 裁判の機関についても見ておきます。国際司法裁判所は国連の主要な司法機関です [2] 。 加盟国は、自国が当事者である事件で裁判所の裁判に従うと約束し、相手が判決を守らないときは安保理に訴えることができます [2] 。 総会と安保理は、法律問題について裁判所に勧告的意見を求めることもできます [2] 。 総会では各国