11.15 呂氏春秋 自知 — 掩耳盜鐘 — Epoché
この篇でできるようになること 鐘を得てから耳をふさぐまでの出来事を順に追えます。 嫌がる動詞と、その対象の句を分けて読めます。 物語が君主の話へ移る反語を説明できます。 前提 :11.14「呂氏春秋 察今 — 刻舟求劍」。何を基準にするかの取り違えを、別の話で見ます。 鐘を手に入れた男 『呂氏春秋』自知篇の話です。日本語では耳を掩って鈴を盗む話として知られていますが、この本文で扱うのは鐘です。底本は 鍾 という字を使っています。 范氏之亡也 は、范氏が滅んだときという場面を置きます。主語と述語をまとめる 之 と、句の切れ目を作る 也 があります。時を先に受け取ってから、人物へ進みます。 型編 8課 の時の位置を手がかりに読めます。 男は鐘を背負って走ろうとします。ところが大きすぎて背負えません。そこで槌で壊そうとすると、音が出ます。物を得る、運ぼうとする、できない、壊そうとするという流れを追いましょう。 望んだ動作ができない 欲負而走 は、背負って走ろうとすることです。 欲 の後ろに、順に行う二つの動作が続きます。 則鍾大不可負 では、その思いどおりにはいかない事態が現れます。 則 をいつも同じ日本語に置き換えるのでなく、前の望みと後の事態を比べます。ここでは「ところが」と、思いどおりにならない事態へ移ります。 特別編 3篇 の条件と結果のつながりとは、ここでの運びが違います。 背負えないことは、現代語では 型編 19課 の可能を表す補語で言い直せます。何をしたかったかと、実際にできたかを分けると、次の行動へ移る理由が見えます。 何を恐れて、どこをふさいだか 恐人聞之而奪己也 は、人が音を聞き、自分から鐘を奪うことを恐れた、という内容です。相手が聞くことを避けたいのに、男は 遽揜其耳 と、自分の耳を急いでふさぎます。 自分に聞こえなくなることと、人に聞こえなくなることを同じに扱ったところが誤りです。音が消えたとは書かれていません。耳をふさぐ動作を読むとき、誰の耳だったかを落とさないようにしましょう。 悪い人、ではない 惡人聞之 の 惡 は、嫌がる動詞で wù と読みます。悪いという意味の è とは読み分けます。 惡人 を二字の熟語として悪人と読まないでください。 嫌がる対象は、人がそれを聞くことというまとまりです。問題は、動詞と目的語の句の切り方です。 A 読み B 読み 違い 惡人聞之可也 人の之を聞くを惡むは可なり 惡己自聞之悖矣 己自ら之を聞くを惡むは悖れり 他人が聞くことと自分が聞くことを入れ替え、結論を変える 前の句は、他人に聞かれたくないと思うのは理解できる、と受けます。後の句は、自分が聞くのを嫌がって自分の耳をふさぐのは、道理に合わないと述べます。ここで鐘を盗む行為そのものをよいと認めている、と広げて読まないようにします。 「悪人が音を聞く」ではありません。嫌がる動詞と、「人が音を聞くこと」という対象を分けると、二つの句の入れ替わりが見えます。 これと同じではないか 為人主而惡聞其過 で、話は自分の過ちを聞きたがらない君主へ移ります。続く 非猶此也 は、本文が問いの形で書かれているので、これと同じではないか、という反語として読みます。 猶此 = 像这个 (これのようだ)。どちらも比べる相手が後ろに来ます。 句読によって言い切りとして読む本もあります。ここでは、底本の疑問符と、君主の行動を男に重ねる流れを手がかりにします。同じだと強く伝える反語として読みます。単純に同じではないという否定にすると、話のつながりが逆になります。 最後の 惡人聞其過尚猶可 は、他人に過ちを聞かれるのを嫌がるのは、まだよいという念押しとして読めます。ここは解釈の分かれるところでもあります。この一句だけで、耳をふさいだ男より君主のほうが悪いとまでは言えません。 否定の字だけで反語の内容を決めず、前の物語と君主の行動が、同じ取り違えとしてつながっているかを読んでください。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 亡 動詞 滅びる 時の背景を作る 范氏之亡也 范氏が滅んだとき 鍾 名詞 鐘 この本文は鈴ではない 得鍾者 鐘を得た者 負 動詞 背負う 負ける意味ではない 不可負 背負えない 椎 名詞 槌 壊す道具 以椎毀之 槌でそれを壊す 揜 動詞 ふさぐ 掩に当たる字形 揜其耳 自分の耳をふさぐ 惡 動詞 嫌がる èの悪いと読み分ける 惡人聞之 人がそれを聞くのを嫌がる 悖 形容詞 道理に背く 自分の耳をふさぐ誤り 悖矣 道理に背いている 猶 動詞 〜と同じだ 後ろに比較の相手 猶此 これと同じだ 過 名詞 過ち 聞きたがらない対象 其過 自分の過ち 練習 空欄を埋め、本文の字形で書いてください。 _負而走 空欄を埋め、本文の字形で書いてください。 _鍾大不可負 空欄を埋め、本文の字形で書いてください。 _椎毀之 空欄を埋め、本文の字形で書いてください。 非_此也 欲負而走,則鍾大不可負 を、背負えないという可能の表現を使って現代語にしてください。 恐人聞之而奪己也 を、鐘が奪われる受け身を使って現代語にしてください。 惡人聞之 、 善惡 、 惡己自聞之 、 惡聞其過 の 惡 は、それぞれ wù・è のどちらで、どんな意味ですか。 善惡 だけは本文の句ではなく、比べるために混ぜた語です。 他人と自分の取り違えを、君主の話へのつながりも含めて説明してください。 耳机 ・ 着急 ・ 冷静 を使い、聞きたくないことから耳をふさぐ人について、現代語の文を 2 つ作ってください。一つ目は 耳机 で耳をふさいで聞かない様子、二つ目はその人にかける言葉にします。 次の六つの出来事を、本文の順に並べてください。また、男の誤りはどの段階にありますか。(ア) 以椎毀之 (イ) 遽揜其耳 (ウ) 得鍾 (エ) 鍾大不可負 (オ) 鍾況然有音 (カ) 欲負而走 表の ▶ で 惡人聞之可也 と 惡己自聞之悖矣 を聞き、続いて声に出して読みます。二つの句は同じ調子で並べ、入れかわった 人 と 己 をはっきり読み分けてください。 この篇のまとめ 嫌がる動詞の読みと、その対象を分けて読みました。他人と自分を入れ替えた二句を受け、反語が君主の話を物語へ結び付けます。 次の篇へ 次の11.16からは詩を読みます。李白の靜夜思で、五字ずつの句と、書かれていない主語を確かめます。 答え 欲負而走 則鍾大不可負 以椎毀之 非猶此也 他想背着钟跑。 可是钟太大,他背不动。 他怕别人听见,钟就会被抢走。 本文の三つは wù で、嫌がるという動詞です。 善惡 の 惡 だけが è で、悪いという意味です。 男は他人に聞かれるのを避けたいのに、自分の耳をふさぎました。二つの句では 人 が 己 と入れかわり、結論が 可也 から 悖矣 に変わります。君主が自分の過ちを聞くのを嫌がるのも、自分の耳をふさぐ男と同じです。 他不想听,就戴耳机。 别着急,冷静地听一听。 (ウ)→(カ)→(エ)→(ア)→(オ)→(イ)。誤りは(イ)の段階です。人に聞かれて奪われるのを恐れたのに、ふさいだのは自分の耳でした。 参考文献 呂不韋(編)『呂氏春秋 自知』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/呂氏春秋/卷二十四