11.11 老子 第六十四章 — 千里の行も足下より始まる — Epoché
この篇でできるようになること 三つの比喩の共通する形と字数を示せます。 起点と場面を示す句を、動詞の前後で見分けられます。 予想される結論と、実際の後半の違いを説明できます。 前提 :11.10「老子 第三十三章 — 人を知る者は智なり」。そろった句の後で、話がどちらへ進むかを見ます。 三つの小さな始まり ここでは第六十四章のうち、大木の始まりを述べる句から、完成間近で失敗することを述べる句までを読みます。 原文 大きいもの 起点 合抱之木生於毫末 ひと抱えほどの木 ごく小さい芽 九層之臺起於累土 九層の高台 積んだ土 千里之行始於足下 千里の旅 足もと 各句は八字です。大きいものを四字、始まるところを四字で述べています。初めの 之 は、抱えるほどの木、九層の高台、千里の旅という名詞のまとまりを作ります。日本語の「の」に近い働きです。 日本語の「千里の道も一歩から」は、この三つ目の句と結び付いています。ただし、本文は旅だけを述べる格言ではありません。三つを並べた後の話まで読むと、言葉の運びが見えてきます。 どこから始まるか 始於足下 は、足もとから始まるという意味です。始まる動詞の後ろに、 於 で結んだ起点があります。「足の下で始める」とだけ読まず、出発するところを示す「から」を保ちます。 現代語の 从 を使う形では、起点の句を動詞の前に置きます。日本語の「足下より始まる」も起点が先です。 型編 9課 の介詞の位置を使い、漢文のこの句との違いを確かめてください。 大木も高台も、ここでは小さいものから生じる・起こると読めます。同じ字でも、動詞がどんな関係を求めるかで訳が変わります。 予想とは違う後半へ 小さいところから大きくなる三つの比喩を読むと、小さいことを積み重ねよ、という教えが続きそうです。ところが本文は 為者敗之,執者失之 へ進みます。作為する者は壊し、握りしめる者は失う、という言葉です。 ここでは、無理に作ろうとすることや執着が退けられています。始まりの小ささを認めることと、思いどおりに仕上げようと握りしめることは、別にして読みます。全ての行動をやめればよい、という一言に縮めないようにしましょう。 者 は、行う側をまとめる字です。その後ろに壊す・失うという動詞と対象の代詞が続きます。 特別編 10篇 の主語を作る形が、ここでも二つ並んでいます。 結論を知らせる字 是以 は、だから、というまとまりです。 是 はこれ、 以 はそれによってという関係を作ります。 特別編 4篇 で見た指示の働きを手がかりに、前の話を受けていることを確かめます。 続く 故 も結論の頭にあります。作為がないために失敗がなく、執着がないために失うことがないと結びます。論の切れ目を見つけるときは、この二つのまとまりに目を留めます。 無為 、 無執 、 無敗 、 無失 は、それぞれ作為・執着・失敗・喪失がないことです。動詞を否定する 不 や、名詞の判断を否定する 非 と、同じ一字の「ない」にまとめず読みます。 是 を現代語の「〜である」と読んで止まらず、 是以 という、前から結論へ渡すまとまりとして読んでください。 完成間近という場面 民之從事 は、人々が仕事に取り組むことを述べるまとまりです。主語と述語の間にある字の働きは 特別編 6篇 で見ました。 後ろの 常於幾成而敗之 では、もう少しで仕上がるという場面で、それを壊すと述べます。この 於幾成 は、失敗する動詞より前です。冒頭の起点の句とは、示す内容も位置も違います。 ※帛書(馬王堆)の本では、この 常 を 恆 と書きます。 於 は必ず動詞の後ろ、と覚えないでください。本文だけでも、起点を後ろに置く例と、場面を前に置く例があります。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 合抱 動詞的な語 両腕で抱える 木の大きさを示す 合抱之木 ひと抱えほどの木 毫末 名詞 毛の先ほどの小さいもの 小さな芽のたとえ 生於毫末 ごく小さい芽から生える 累土 名詞 積んだ土 高台の始まり 起於累土 積んだ土から起こる 足下 名詞 足もと 旅の起点 始於足下 足もとから始まる 執 動詞 握りしめる 執着と結び付けて読む 執者失之 握りしめる者は失う 是以 接続の語 だから 前の内容を受ける 是以聖人無為 だから聖人には作為がない 從事 動詞 仕事に取り組む 後ろの失敗の場面へ続く 民之從事 人々が仕事に取り組むこと 幾成 まとまり 完成間近 いくつ成るという問いではない 於幾成 完成間近のところで 練習 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 千里_行始_足下 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 __聖人無為 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 為_敗之,執者失之 空欄を埋め、本文の句を書いてください。 聖人無為_無敗 三つの比喩を、起点を動詞より前に置く現代語で書き換えてください。 現代語では、起点を 从 で動詞の前に置き、 从脚下 + 开始 (足もとから始まる)と言います。これを本文の「 始於 …」の形に書き戻し、 於 の位置がどう変わるかも書いてください。 本文の四つの 於 を、起点か場面か、動詞の前か後ろかで分けてください。 三つの比喩から予想する結論と、実際の後半の違いを書いてください。 长途 ・ 步行 ・ 楼梯 などの語を使い、「何事も一歩から」ということを言う現代語の文を二つ書いてください。どちらも 从…开始 を使い、起点を動詞の前に置きます。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 合抱之木生於毫末,九層之臺起於累土,千里之行始於足下。為者敗之,執者失之。 ▶ の手本に続いて三つの比喩を同じ調子で読みます。旅の句の後で止まり、作為と執着の二句を低く短く読んで、運びの違いを確かめてください。 この篇のまとめ 三つの比喩は各八字です。起点と場面を表す句の位置を分け、結論へ進むまとまりを目印にして、作為と執着への言葉まで読みます。 次の篇へ 次の11.12では『韓非子』の守株待兔を読みます。出来事が時間とともに進む物語で、動作と結末を追います。 答え 千里之行始於足下 是以聖人無為 為者敗之,執者失之 聖人無為故無敗 大树从细小的芽长出来。 高台是从堆土开始建的。 千里的路程从脚下开始。 始於足下 。現代語では起点が動詞の前にありますが、漢文では 於 と起点が動詞 始 の後ろへ移ります。 生於毫末 ・ 起於累土 ・ 始於足下 は起点で動詞の後です。 於幾成 は場面で、 敗 より前です。 小さいことを積み重ねよと続きそうですが、実際は作為する者は壊し、握りしめる者は失うと述べます。始まりの小ささと、作為・執着を分けて読みます。 长途旅行从第一步开始。 上楼梯从第一级开始。 参考文献 老子『老子 第六十四章』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: 当館所蔵の文書