アナキズムと環境思想――国家と成長を疑う — Epoché
思想 イデオロギー 約 31 分 本文 約 14,000 字 図 4・表 2 資料 2 節 この課の要点 国家への疑い・成長への疑い・交わりと批判の 3 つ 国家への疑い アナキズムは無秩序を望む思想ではありません。強制する権力の正統性を疑い、支配のない秩序を描きます。個人を出発点にする流れと、共同と相互扶助を重んじる流れに分かれます。 成長への疑い 環境思想の一部は、有限な地球の上で成長を続けられるかを問います。自然を人工の資本で補えるとみる弱い持続可能性から、成長を目標から外して生産と消費を減らす脱成長まで幅があります。 交わりと批判 社会生態学は、環境の問題を社会の問題と見て二つの流れをつなぎます。実現の見込み、小さな共同体の自由、改良か変革かが、繰り返し問われてきました。 はじめに 近所の家から煙が上がったら、あなたはどうするでしょうか。住んでいる人の名前を知らなくても、バケツや消火器を持って駆けつける人がいるでしょう。そのとき人を動かしているのは、法律の命令でも警察の指示でもありません。この場面は、ロシア出身の思想家クロポトキンが、自分の本の序論で使った例です [2] 。 この課程でここまで見てきた自由主義・保守主義・社会主義は、目指すものは違っても、国家という仕組みを使って目標を実現しようとする点では似ていました。ニュースでは、経済成長率の数字がよく話題になります。経済が成長して暮らしが豊かになることは、多くの政府が掲げてきた目標の一つです(本教材の整理)。 この課の二つの思想は、その当たり前を疑います。アナキズムは「人を強制する国家がなくても、秩序は成り立つのではないか」と問います。環境思想の一部は「有限な地球の上で、成長は続けられるのか、続けるべきなのか」と問います。アナキズムは 19 世紀に、プルードン、バクーニン、クロポトキンらによって、政治哲学と運動の焦点の一つになりました [1] 。環境思想が政治の議論を大きく動かすのは、20 世紀の後半です。二つは別々に生まれましたが、20 世紀の後半には、環境の問題を社会の支配の問題として捉える考えの中で結びつきました。 ここで扱う主張の多くは、「社会はどうあるべきか」という規範の主張です。国家は正統か、成長は続けるべきか、という問いには、事実だけで決まる答えがありません。一方で、「国家がなくても人は助け合うか」「この傾向が続けば資源はどうなるか」は、事実や研究で確かめられる問いです。この課では、二つの種類の問いを分けながら読んでいきます。現実の政党や運動については、立場の違いを並べ、本教材として良し悪しを決めることはしません。 主張の章では、まずアナキズムの核の考えと、その中の分かれを見ます。次に、環境思想が成長を疑う理由と、成長への態度の幅を見ます。最後に、二つが交わる社会生態学と、どちらにも向けられてきた批判を見ます。資料の章では、クロポトキン『相互扶助論』の結論と、日本の環境基本法の条文を読みます。考えてみるでは、災害のときの助け合い、町の開発、環境の政党の政府への参加に、この課の立場を当てはめます。 この課の問い 国家がなくても秩序は成り立つのでしょうか。経済が成長し続けなくても、よい暮らしは成り立つのでしょうか。二つの思想は、国家と成長にどんな理由で疑いを向け、どんな反論を受けてきたのでしょうか。 この課のことば アナキズム 支配する者のいない秩序を目指す思想。日本語では無政府主義とも言います。無秩序や混乱を望む思想ではありません。 相互扶助 見返りの約束がなくても助け合うこと。クロポトキンは、生き物の進化と人の歴史を動かす要因の一つと考えました。 ディープ・エコロジー 生き物には、人の役に立つかどうかと関係なく価値があるとする立場。ノルウェーの哲学者ネスが唱えました。 持続可能な開発 将来の世代が自分の必要を満たす力を損なわずに、今の世代の必要を満たす開発。1987 年の国連の委員会の報告の定義です。 脱成長 成長を目標として追うのをやめ、生産と消費を計画的・民主的に減らすことで、環境と社会の危機に応えようとする考え。景気の停滞で成長率がゼロになることとは違います。論者は少数派です。 国家と成長を疑う――支配も成長もない社会は描けるか 前の課までに見た思想は、国家を使って自由や平等や秩序を実現しようとしました。この章では、その国家と、国家が追ってきた成長そのものを疑う二つの思想を見ます。どちらも「そんな社会は夢物語だ」という反論を受けてきました。その反論にどう答えてきたかにも注意して読みましょう。 支配のない秩序――アナキズムの核の考え スタンフォード哲学百科事典(SEP)の項目は、アナキズムを何よりもまず「政治の正統化に懐疑的な理論」と説明します [1] 。言葉は、ギリシア語のアルケー(第一の原理、土台、支配する力)を打ち消した形に由来します。アナーキーとは、誰も支配しない状態、支配のない状態のことです。全員の合意や全員一致による統治がそれに当たり、目指すべき目標だと考える論者もいます [1] 。 政治のアナキストは、中央に集められ、独占された、強制する権力を正統でないと見て、国家を批判します [1] 。バクーニンは 1873 年に、国家があるところには、ある階級による別の階級の支配があり、その結果として奴隷状態があると書きました [1] 。21 世紀には、すべての国家は犯罪組織だと書く論者もいます [1] 。 なぜ国家を疑うのでしょうか。理由の筋道は、国家を正当化してきた社会契約論と比べると分かりやすくなります (図 1) 。ホッブズは、国家のない無政府の自然状態では、人の生活は孤独で、貧しく、つらく、野蛮で、短いと述べ、そこから国家が生まれる理由を説明しました [1] 。アナキストはこれに対し、国家もまた、抑圧的で、暴力的で、腐敗し、自由を損なうという独自の不幸を生むと答えます [1] 。争点は、国家のある状態が無政府の状態より本当によいのか、という比べ方にあります。 社会契約論 (ホッブズなど) アナキストの応答 国家のない状態の 生活は貧しく短い 国家も抑圧や暴力や 腐敗を生む 人々の契約によって 国家が生まれる 合意によって強制の ない秩序を作る 安全のために人々は 国家に従う 国家は契約でなく 支配の歴史から 図 1 国家を正当化する社会契約論と、アナキストの応答(SEP の項目から本教材が整理)。無政府から最小国家が自然に生まれるというノージックの議論と、ロスバードの反論は本文で見ます。 この比べ方をはっきり打ち出したのが、ゴドウィンです。彼は 1793 年の著作で、無政府の害が政府の生み出しうる害より悪いと急いで結論してはならないと書きました。そして、政府は最良の状態でも悪であり、社会の平和が許す限り少なくすべきだと論じました [1] 。プルードンは 1840 年の著作で、人による人の統治は、どんな名で偽装されていても抑圧であり、社会の最高の完成は秩序と無政府の結合にあると書きました [1] 。ここで目指されているのは、混乱ではなく、強制によらない秩序です。 国家を正当化する側からも反論があります。哲学者のノージックは、人々が無政府の状態で保護を買い求めるうちに、見えざる手の過程で最小の国家ができあがると論じました [1] 。アナキストのロスバードは、実際の国家はどれも、支配と不平等と抑圧の長い歴史から生まれたと応じます [1] 。逆に、全員が自発的に公共のために貢献する完全に正しい社会は、実現できるかどうかは別として、国家でなくアナキズムの原理で動くはずだ、という現代の議論もあります [1] 。 ただし、SEP の項目は、すべての国家をひとまとめに断罪する言い方は支持しにくいとも注意しています [1] 。国家の組み立て方はさまざまで、主権の中にも権力の分割があります。バクーニンはマルクス主義の国家観に、現代の論者は自由主義の時代の国家に、それぞれ別の文脈で批判を向けました。しかも、すべてのアナキストが国家の廃止を中心に置くわけでもありません [1] 。研究者のプリチャードは、アナキズムを、時代と場所の中で人々が育ててきた概念の集まり(星座)と見ています [1] 。一つの教義として覚えるより、誰がどの文脈で何を批判したのかを見るほうが、理解しやすくなります。 ここで間違えやすい アナキズムは「無秩序」や混乱を望む思想ではありません。プルードンが「秩序と無政府の結合」と書いたように、目指すのは強制によらない秩序です。また、すべてのアナキストが国家の廃止を中心の目標にしているわけでもありません。 個人か共同か――内部の分かれと相互扶助 同じアナキズムの中に、出発点がほとんど正反対の流れがあります (表 1) 。一つは、個人の自律と自己決定から出発する個人主義の流れです。シュティルナーは 1844 年の著作で「すべての国家は専制である」と書き、法や国家に従う義務はないと論じました [1] 。自由市場を重んじるロスバードは、共産主義と結びつく左派のアナキズムと自分の立場を区別しました。もう一つは、共同体と分かち合いを重んじる社会主義的な流れで、その代表がロシアのクロポトキンです [1] 。ただし、どんな経済を描くかは論者ごとに違います。個人主義の流れから出発しても、協力の結果が資本主義になるか、分かち合いや共産主義になるかは、なお争われています [1] 。 この表で分かること: 出発点は二つの流れで違うが、経済の構想は論者ごとで、出発点と一対一には対応しない 観点 個人主義の流れ 社会主義的な流れ 出発点 個人の自律と自己決定 共同体と社会の発展 経済の例 ロスバード:自由市場 クロポトキン:分かち合い 重んじる自由 強制や支配からの自由 共に栄えるための社会の条件 主な論者 シュティルナー・ロスバード プルードン・クロポトキン 表 1 アナキズムの二つの流れ(SEP の Anarchism 第 2.4 節から本教材が整理)。経済の欄は代表的な論者の一例で、同じ流れの論者がみな同じ経済を描くわけではありません。 クロポトキンは 1892 年の著作で、独占による中央集権が、社会全体で生み出された富に人々が近づくのを妨げていると批判し、「すべての人にすべてを」と唱えました [1] 。マルクス主義の国家中心の共産主義とは違い、分権を説いた点が特徴です。バクーニン、クロポトキン、ゴールドマンらは、マルクスとマルクス主義への応答として自分たちのアナキズムを展開しました [1] 。SEP は、彼の無政府共産主義が、国家の介入なしに物事がうまく運ぶのか、国家は本当に不正を体現するのか、という歴史と経験の主張に基づくと指摘します [1] 。つまり、その正しさは事実で試されることになります。 その事実を集めた本が『相互扶助論』です。序論によれば、きっかけは、ダーウィン主義の代表的な論者だったハクスリーが 1888 年に出した生存闘争の宣言でした。クロポトキンはこれを自然の事実の誤った描き方と考え、雑誌『十九世紀』に反論を寄せました。論文は 1890 年から 1896 年にかけて載り、1902 年に本になりました [2] 。若いころのシベリア東部と北満洲の旅で、彼は同じ種の中の激しい生存競争を見つけられず、助け合いを多く見たと書いています [2] 。批判の相手は、ダーウィン本人ではなく「多くのダーウィン主義者」でした [2] 。 序論によれば、クロポトキンが自分の考えを確かにしたのは、1880 年 1 月にロシアの博物学者の大会で動物学者ケスラーが行った講演「相互扶助の法則について」でした [2] 。ケスラーは、自然には相互闘争の法則と並んで相互扶助の法則があり、種の進化にとっては後者のほうがはるかに重要だと述べました。クロポトキンはさらに、食べ物が乏しい時期に厳しい競争をくぐった種は、力と健康を大きく損なって出てくるので、そうした時期を進化の土台にはできないと考えました [2] 。 クロポトキンは、助け合いの源を愛や同情に求めることにも反対しました。隣人の家が燃えているとき、水桶をつかんで駆けつけるのは、多くの場合よく知らない隣人への愛ではなく、もっと広い、人間の連帯と社交性の感情だと言うのです (図 2) [2] 。 見知らぬ隣人の家が燃えている 水桶を手に駆けつける人々 隣人の家 動かすのは愛より広い連帯の感情 図 2 クロポトキンが『相互扶助論』の序論で挙げた例。見知らぬ隣人の家の火事に、人々が水桶を持って駆けつけます。彼は、人を動かすのは隣人への愛ではなく、もっと広い連帯の感情だと考えました。 日本でも、クロポトキンは早くから読まれました。幸徳秋水は 1905 年の入獄中にクロポトキンを知って無政府主義に傾き、帰国後は労働者の直接行動を唱え、議会を通じた改良を説く人々と対立しました [3] 。1910 年に始まる大逆事件で、幸徳らは翌年に死刑とされました。クロポトキンの著作を訳した大杉栄も、1923 年、関東大震災の混乱の中で憲兵に殺されています [3] 。思想の中身とは別に、アナキズムが国家から厳しく取り締まられてきた歴史も、この課の主題の一部です。 二つの流れの間には、個人をどこまで共同体に従わせてよいか、という緊張があります [1] 。共同を重んじる理論は、個人を共同体の中に沈めてしまうおそれがあります。逆に、人は共同体の外では生きられず、徹底した個人主義は、支配に抵抗する組織だった行動を難しくするとも言われます [1] 。 ここで間違えやすい 『相互扶助論』は「生き物の世界に競争は無い」と主張した本ではありません。クロポトキンは闘争の意味を自然の厳しい条件との闘いにまで広げ、結論では個人の自己主張というもう一つの流れを認めました。二つの要因の重みを統計で比べることはできないとも書いています(資料 1)。 成長の限界――環境思想が成長を疑う理由 20 世紀の後半には、環境をめぐる本や報告が相次いで出ました。農薬の害を描いたカーソンの『沈黙の春』は 1962 年に刊行され、現代の環境運動の先駆けとされます [8] 。1972 年には、ローマ・クラブの計画の報告書として、メドウズら 4 人の研究者による『成長の限界』が出ました [4] 。 『成長の限界』の結論は、条件のついた形で書かれています