12.1 英語という言語 — ゲルマンの骨とラテン・フランスの肉 — Epoché
この課で分かるようになること 英語の語彙が二つの層でできていることを、語の長さと語尾で見分けられる。 同じ意味を骨の語と肉の語の二通りで言えることを知り、場面によってどちらを選ぶかが言える。 日本語がカタカナで取り込んだのは主に肉の側だと分かり、学術語彙への橋が既に架かっていることを数で確かめられる。 学術・実務の古典が小説より語彙の距離が近い理由を、二つの層から説明できる。 前提 : 2.4 まで。 英語には、同じことを言うのに二通りの語があります。物を手に入れるのに buy と purchase 、目で見るのに see と observe 、足りていると言うのに enough と sufficient 。学校でどちらも習ったはずですが、どちらをいつ使うのかは教わらなかったのではないでしょうか。日本語に訳すと同じ語になってしまうので、二つある理由も見えません。覚えることが二倍あるように見えて、しかもその半分は使い道が分からない——英語の語彙が重く感じられる理由の一つがここにあります。 この二つは、たまたま意味の似た別々の語ではありません。英語という言語の作りがそもそも 二重 になっていて、その二つの層から一つずつ出てきた語です。片方は英語が最初から持っていた層で、短く、日常のことを言い、使う回数がとても多い。この課ではこれを 骨 と呼びます。もう片方は後からラテン語とフランス語を通して入ってきた層で、長く、抽象的なことを言い、改まった場面に出てきます。これを 肉 と呼びます。そして日本語を話す人にとって大事なのは、カタカナで既に持っているのが 主に肉の側だ ということです。カタカナで持っている資産は、英語のどこに偏っているのか。この課はその地図を描きます。 二つの層 — 骨と肉 まず骨から見ます。骨の語は短い。 be ・ have ・ do ・ go ・ come ・ take ・ man ・ house ・ day ・ night ・ water ・ hand 。ほとんどが一音節で、二音節を超えるものは多くありません。言っている中身も、あることと、持つことと、行くことと、人と家と昼と夜と水と手——つまり、どの言語にもあり、どの日でも使うものごとです。変化の形が不規則なのも、たいていこの側です。規則どおりに変わらない語がいつまでも残っているのは、使う回数が多すぎて、規則に均される暇がなかったからだと考えられています。英語で最もよく使う数百語を並べると、その多くはこの骨の語です。 肉の語は長い。三音節以上のものが珍しくなく、語の終わりを見ると品詞が分かります。 -tion と -ity で終われば名詞、 -ate で終われば動詞、 -ous や -al で終われば形容詞。骨の語には、こういう終わりの目印がありません。目印があるということは、その語が 後から部品を組んで作られた ということです。肉の語は、もともと別の言語で組み立てられていた語を、そのまま英語に運び込んだものだからです。 同じ意味を二通りに言える組を八つ並べます。左が骨、右が肉です。括弧の中の数は音節の数で、発音の辞書から起こしています [1] 。右の列は、その肉の語にカタカナの相棒があるかどうかです。 骨の語(音節) 肉の語(音節) カタカナの相棒 buy (1) purchase (2) 無し get (1) receive (2) 無し see (1) observe (2) 無し tell (1) inform (2) 無し help (1) assist (2) アシスト hard (1) difficult (3) 無し enough (2) sufficient (3) 無し think (1) consider (3) 無し 二つのことが読み取れます。一つめ、 右のほうが長い 。八組とも、肉の語の音節が骨の語より多いか同じです。英語で「改まった言い方」というのは、多くの場合そのまま「長い言い方」のことです。二つめ、右の列がほとんど「無し」であること。八組のうち、肉の側にカタカナの相棒があるのは 1 つだけでした。ここで「カタカナで持っているのは肉のほうだ」という話が崩れそうに見えますが、崩れません。崩れないのは、 日本語が借りたのは動詞ではなく名詞だから です。この後の表でそれを見ます。 なぜ二重になったのか 英語はゲルマン系の言語として始まりました。骨の語はその時代からの持ち物です。そこへ、大陸から来た支配層の言葉であるフランス語と、教会と学問の言葉であったラテン語が、 上から 載りました。上から載った、というところが肝心です。法と行政と学問と信仰——つまり書き言葉の世界を、外から来た層が占めたので、肉の語には今でも「公の場のことば」「書き言葉のことば」という手触りが残っています。骨の語で言えることを肉の語で言い直すと、なんとなく偉そうに、あるいはよそよそしく聞こえる。その感じは気のせいではなく、語の来歴がそのまま残響しているのです。 この課では、英語の歴史についての年号と、その担い手の名前を出しません。知編は語学の外の話をする編なので、数字は必ず出典から取ると決めてあり、英語の歴史の年表は、この課程が自分で測ったものではないからです。手元にあるのは、この課程の計測と、使っている語彙表・発音辞書の値だけです。いつ何が起きたかを言わなくても、 いま英語がどうなっているか は測れます。この課で出す数字はすべて、そうやって測ったものです。 そして、日本語を話す人には、この二重構造にとても見覚えがあるはずです。日本語も同じ形をしているからです。もとからある 和語 ——はやい、みる、しらせる、たりる——の上に、中国から入った 漢語 ——迅速、観察、通知、充足——が載っています。和語は短く、日常で、変化が不規則。漢語は長く、抽象的で、書き言葉と公の場に出てくる。英語の骨と肉の関係が、そっくりそのまま和語と漢語の関係です。だから英語の肉の語には漢語を、骨の語には和語を当てると、訳が自然に落ち着きます。報告書に「たりている」と書かず「充足している」と書くのと、 enough ではなく sufficient と書くのは、同じことをしています。 カタカナで持っているのは肉のほう ここから数の話です。この課程が物差しに使う基本語彙は 2,809 語で [2] 、そのうち 1,630 語(58.0%) にカタカナの相棒があります [3] 。 2.1 橋編 で棚卸しする資産です。この課で足すのは、その資産が 英語のどこに偏っているか という一点です。 偏りは帯ごとの割合に出ています。よく使う順に並べた語彙表の上から 500 語では 248 / 500(49.6%)。ところが次の 500 語では 339 / 500(67.8%)まで上がります。いちばん易しい帯がいちばん低い。カタカナが「易しい語から順に」入ってきたのではないからです。上の帯に多く混じっているのは骨の語です。 be ・ have ・ do ・ go ・ come ・ take のような語を、日本語は借りませんでした。借りる必要が無かったからです。あることも持つことも行くことも、日本語には最初から言い方があります。日本語が借りたのは、 それまで日本語で言い表しにくかったもの ——新しい道具、新しい仕事、新しい制度、新しい考え方の名前でした。そしてそれらは英語の側でも、後から部品を組んで作った肉の語だったのです。 肉の名詞を語尾で束ねると、こうなります。カタカナの列は日本語の辞書から機械で引いたものです。 語尾 英語の例(音節) カタカナ -tion information (4)・ condition (3)・ situation (4) インフォメーション・コンディション・シチュエーション -ity activity (4)・ security (4)・ community (4) アクティビティ・セキュリティ・コミュニティ -y theory (2)・ society (4) セオリー・ソサイエティ -ct project (2)・ contact (2) プロジェクト・コンタクト 表の右の列が、そのまま日本語の中で使われている語であることを確かめてください。会議で「コンディションが悪い」と言い、案内所を「インフォメーション」と呼び、「セキュリティ」を高め、「プロジェクト」を進め、「コミュニティ」に参加する。これらは日本語の文の中で日本語として動いていますが、英語の側では 学術と実務の語彙の中心 にある語です。抽象的な名詞は、英語でも日本語でも、後から入ってきた層が担っている。だから両方の言語の抽象語が、互いに一対一で対応しやすくなっています。 数でも同じことが言えます。学術の語彙表では 48.2%、実務の語彙表では 42.7% にカタカナの相棒がありました。基本語の 58.0% と比べれば少し下がりますが、難しい語彙表に進んでも 四割以上が既知のまま だということです。ふつう外国語は、進むほど知らない語が増えます。日本語を話す人が英語を学ぶときは、そこが逆になる帯があるのです。この橋を実際に渡る手順——接辞を覚えて知らない語を読み解く——は 2.6 で扱います。 ただし、橋には値札の間違いが付いています。この値札は 2.1 橋編 で数えます。カタカナの拍は英語の音節の平均 2.4 倍 に膨らんでいて、2 倍以上に膨らんでいる語が 73.6% ありました。上の表の音節の数と、カタカナの長さを見比べてください。肉の語ほど長いので、膨らみもそのぶん大きくなります。つまりあなたは、学術語彙を 意味では持っていて、音では持っていない 。意味のずれは 2.3 と 2.4 で、音は音編で直します。 層は文章に現れる 骨と肉は、語の話であると同時に文章の話でもあります。どちらの層の語を多く使うかで、文章の種類が決まるからです。下の表は、この課程が読む本を実際に測ったものです [4] 。真ん中の列は三音節以上の語がどれだけあるか、右の列は 100 文あたりに動詞や形容詞を名詞に変えた形——名詞化——がいくつ出るかです。どちらも肉の語の多さを別の角度から測った数だと思ってください。 層と作品 3 音節以上の語 名詞化(100 文あたり) 児童書 シュウェル『黒馬物語』 2.6% 13 児童書 ボーム『オズの魔法使い』 3.7% 6 小説 ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』 6.5% 31 随筆 フランクリン『自伝』 11.2% 81 科学 ダーウィン『種の起源』 15.1% 108 思想 ミル『功利主義』 16.0% 201 思想 ヒューム『人間知性研究』 16.6% 180 上から下まで、二つの列が一緒に増えています。児童書は骨で書かれ、思想と科学の本は肉で書かれている。そして、ここが日本語を話す人にとって効くところです。基本語彙で全体の 95% を覆うまでにあと何語必要かを測ると、テイラー『科学的管理法』で 9 語、ファラデー『ロウソクの科学』で 24 語、アダム・スミス『国富論』で 52 語でした。いっぽう小説のメルヴィル『白鯨』では 906 語、オー・ヘンリー『四百万』では 881 語です。 学術・実務の古典のほうが、小説より語彙の距離が近い。 肉の語は数が限られていて、しかも部品でできているので、覚えれば効きます。小説に出てくるのは、暮らしの隅々を指す骨の語と、辞書に載らない言い回しです。 この課程が「文学が先、学術が後」という慣例を採らず、難しい小説を最後に置いているのはこのためでした。順路は児童書から始まり、平明な小説、随筆と科学、思想、経済と経営へ進み、難しい小説はいちばん最後です。遠回りに見えるかもしれませんが、あなたが既にカタカナで持っている資産がいちばん効くのは学術と実務の側なのです。なお、肉が多い文章が難しいのは語彙のせいだけではありません。上の表の下のほうの本は文も長く、修飾も入り組んでいます。そちらは第 5 期からの型編で「長文の解剖」として扱います。 どちらを選ぶか 読むときは肉が味方でしたが、書くとき・話すときは事情が変わります。骨の語で言えることは骨の語で言うほうが、英語では読みやすく、強く響きます。肉の語を並べた文は、日本語で漢語を並べた文が硬くて遠く感じられるのと同じで、書いた本人が思うほど中身が伝わりません。とくに、話すときに肉の語を選ぶと、音節が増えて言いにくくなり、強勢の位置も語頭から外れがちなので、通じにくさが二重になります。 目安はこうです。相手に何かを頼む、道を尋ねる、友人に伝言を送る——こういう場面は骨。報告書、申請書、論文、公の場での説明——こういう場面は肉。日本語で和語と漢語を選び分けている感覚をそのまま持ち込んでかまいません。「知らせる」と「通知する」を場面で選べる人は、 tell と inform も選べます。選び分けができないうちは、まず骨で言い切る練習をしてください。骨の語は短いぶん、動詞と前置詞の組み合わせで意味を作ります。その組み合わせ方は型編で型として扱い、語そのものは語編で運びます。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 The history of English (combined) OpenLearn from The Open University (11:21, 2011) 英語の歴史 10 話をまとめた 1 本。ラテン・フランス語の層は 4 話目以降 練習 「二つの層 — 骨と肉」の節の表にある八組を、左の語、右の語の順に 音読 し、音読判定にかける。判定が綴りどおりに返らなかった語を書き出し、それが左の列と右の列のどちらに多かったかを見る。 次の六つのカタカナ語を英語の綴りに戻し、語尾ごとの組に分ける。①コンディション ②アクティビティ ③ソサイエティ ④プロジェクト ⑤シチュエーション ⑥セキュリティ。分けたあと、それぞれの語尾がどの品詞の目印だったかも書く。 次の四つの意味を、骨の語と肉の語の両方で書く(語はこの課の表から選んでよい)。①買う ②見る ③足りている ④知らせる。書いたら、友人への短い伝言ならどちらを使うか、報告書ならどちらを使うかも一