デューイ――知識は問題を解く道具である(道具主義・経験と教育) — Epoché
現代 プラグマティズム 約 18 分 本文 約 7,300 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 経験・思考・知識の 3 つ 経験 経験とは、ものに働きかける試みと、その結果を身に受けることの結びつきである。炎に指を入れるだけでは経験でなく、動きと痛みが結びついたとき「炎に指を入れる=やけど」と学ぶ。経験の値打ちは、どんなつながりが見えてくるかで決まる(『民主主義と教育』第 XI 章第 1 節)。 思考 考えることは、行為と結果のつながりを細かく見つけようとする努力で、まだ決着していない不確かな場面から始まる。迷い、見込み、吟味し、仮説を練り、行って確かめる。結論は確かめられるまで仮のもので、すべての思考は研究である(第 XI 章第 2 節)。 知識 知識は世界の写しではなく、有能な探究の産物で、次の探究の資源として使われ、いつでも直されうる。学校は、この探究を子どもが練習する小さな社会であるべきだとデューイは考えた(SEP の整理による)。 はじめに ジョン・デューイ(1859〜1952)は、アメリカの哲学者で、教育の思想家としても世界に名を知られています [1] 。シカゴ大学とコロンビア大学で教えました。 この編で読んだパースは考えの意味を効果で測り、ジェイムズは真理を経験の中で確かめられていく観念とみました。デューイはこれを受け継ぎ、知識そのものを、生活の中で行き詰まった場面を解きほぐすための道具として捉え直します。この立場は「道具主義」と呼ばれます(本人は「探究の理論」の名を好みました) [1] 。 デューイは、哲学を「教育の一般理論」とさえ言い表しました。1916 年の『民主主義と教育』については、長いあいだ自分の哲学がいちばん詳しく述べられた本だった、と後に振り返っています [1] 。この課では、その第 XI 章「経験と思考」を中心に読みます。 この課の問い 知識とは、頭の中に世界の正しい写しをためこむことなのでしょうか。もし知識が、行き詰まりを解くために使い、確かめ、直していく道具なら、学ぶとは何で、学校は何をする所でしょうか。 この課のことば 試みと受けること 経験の二つの面。ものに働きかけてみるのが「試み」、その結果を身に受けるのが「受けること」です。二つが結びついて初めて経験になる、とデューイは言います。 反省的経験 やってみて、だめなら別のことをする試行錯誤にとどまらず、行為と結果の間に何があるかを細かく調べて結びつける経験。デューイはこれを「考えること」と呼びます。 探究 どうなるか分からない場面から始まり、問題を立て、仮説を作り、確かめて、場面を片づけていく過程。料理の失敗の原因を一つずつ確かめていくのも小さな探究です。 道具主義 考えや知識の値打ちを、行き詰まった経験を解きほぐす働きで測る立場。デューイの知識論につけられた名の一つで、本人は「探究の理論」と呼ぶのを好みました。 観客の知識 知識を、外から世界を眺めて正しく写し取ることとみる見方。デューイは、学校で生徒が「理論の観客」のように扱われていると批判しました。 不確定な状況 何がどうなっているのか、まだ決まっていない場面。晩年の『論理学――探究の理論』では、探究とはこれを確定した状況に変えることだとされます。 道具主義――知識は何のためにあるのか パースは考えの意味をそれが生む効果で測り、ジェイムズは真理を経験の中で働く観念とみました。デューイは、知識そのものを生活の中の行き詰まりを解く探究の道具と捉え直し、その考えを学校と教育へ持ちこみます。この章では、経験とは何か、考えることは探究であること、道具主義と教育の考え、の順に読みます。 試みと受けること――経験は働きかけと手応えの結びつき デューイは『民主主義と教育』第 XI 章第 1 節で、経験には二つの面があると言います [2] 。一つは能動の面で、ものに働きかけてみる「試み」です。もう一つは受動の面で、その結果を身に受ける「受けること」です。私たちがものに何かをすると、ものはそのお返しに私たちに何かをします。この二つがどう結びついているかで、経験の実りと値打ちが決まる、とデューイは考えます [1] [2] 。 ですから、ただ動くだけでは経験になりません。子どもがただ指を炎に入れるだけなら、それは経験ではありません。その動きが、結果として受ける痛みと結びついたとき、初めて経験になります。それ以後、炎に指を入れることは「やけど」を意味するようになります (図 1) [2] 。結びつきが無ければ、やけども、木の棒が燃えるのと同じ、ただの物の変化にすぎません。 一つ目:ただの変化 木が燃える:物の変化 指も物の変化 よそ見 動きと痛みが結びつかない これは経験ではない 二つ目:経験 炎に指=やけど 試み:指を入れる 受ける:熱い・痛い 以後、炎は「やけど」を意味する 動きと結果が結びついた 図 1 炎と指の例を絵にしたものです(例は本人、ろうそくや矢印は本教材の描き方)。一つ目の絵では、指が焼けても動きと痛みが結びつかず、燃える木と同じ物の変化です。二つ目の絵では、試みと受けることが結びつき、「炎に指を入れる=やけど」という意味が残ります。 気まぐれな衝動に駆られて次々に動くだけなら、すべては「水に書かれた」ように消え、積み重なって育つものがありません [2] 。「経験から学ぶ」とは、ものにすることと、その結果ものから受けることを、前にも後ろにも結びつけることです。そのとき、することは世界がどうなっているかを知る実験になり、受けることはものとものとのつながりを教えてくれます [2] 。 ここからデューイは学校を批判します。学校では、生徒が知性の力だけで知識を取りこむ「理論の観客」のように扱われがちです [2] 。心と体が切り離されると、体の動きは授業の邪魔者になり、じっと静かにしていることが重んじられます。目や耳は、知識を心へ運ぶ管のように機械的に使われます。デューイは対比として、凧を揚げる少年を挙げます。少年は凧から目を離さず、手にかかる糸の引きの違いに気を配ります。目と手が知識の通り道になるのは、外の事実が脳へ運ばれるからではなく、目的をもって何かをするのに使われているからです (図 2) [2] 。 一つ目:凧を揚げる少年 凧の動きを見る 風が強まった 少し緩めよう 糸の引きを感じる 目と手が知る道になる 二つ目:綴りを写す生徒 ephemeral 入り口と出口の管 ? 意味から切り離された手 図 2 凧を揚げる少年と、意味に構わず綴りを写す生徒の対比です(対比は本人の例、野原・黒板・吹き出しは本教材の描き方)。一つ目の絵の少年の目と手は、何かをするために使われるので知る道になります。二つ目の絵の生徒の目と手は、意味から切り離された管になっています。 ここで間違えやすい 「経験から学ぶ」を、体験すれば何でも学びになる、活動を増やせばよい、と取らないようにしましょう。デューイによれば、ただの活動は散らばって消えていくだけです。試みと受けることが意識して結びつけられ、つながりが見えてきたときにだけ、経験は値打ちを持ちます。理論が要らないという意味でもありません。わずかな経験は大量の理論にまさるとデューイが言うのは、経験の中でだけ理論が生きた、確かめられる意味を持つからです [2] 。 考えることは探究である――不確かな場面から仮説を立て、確かめる 第 XI 章第 2 節は、経験の中で考えることがどう働くかを論じます [2] 。どの経験にも「切ってみて試す」面、つまり試行錯誤の面があります。うまくいくまで試し、当たったやり方を目分量の決まりにするのです。けれどもこれでは、なぜうまくいったのかが分からず、状況が変われば当てが外れます。行為と結果の間にあるつながりを細かく調べて見つけるとき、経験は「反省的」になります。デューイはこれを考えること、つまり思考と呼びます [2] 。 思考の反対にあるのは、いつもどおりでよいとする決まりきった型と、今の好みのままに動く気まぐれです。どちらも、今の行いから生じる将来の結果への責任を引き受けません [2] 。思考は、まだ決着していない場面から始まります。物事が不確かで問題をはらむときにこそ、人は考えるのです。だからデューイは「すべての思考は研究である」と言い、思考はいつも危険を伴うとも言います。結論は、出来事で確かめられるまでは仮のものだからです [2] 。 デューイ自身の例があります。遠くで戦況を追う人も、考えているなら、次の動きを見込み、それが起こるかを注意して見張ります。そうでなければ、後で言う「だから言ったでしょう」は、前もっての考えの確かめではなく、ただの偶然の一致です。日食を予言する天文学者も同じで、どれほど確率が高くても、予言は仮説です。観測に出かけるという行いで確かめられるまで、思考は仮のままです [2] 。 デューイは反省的経験の特徴を五つ挙げます (図 3) [2] 。決着していない場面に巻きこまれた迷い、仮の見込み、問題を定める注意深い吟味、仮説を正確で整ったものにする練り上げ、仮説を行動の計画として当てて確かめること、です。吟味と練り上げの広さと正確さが、反省的経験を試行錯誤から分けます。それでも考えは世界の中で試されなければならないので、試行錯誤から完全に抜け出すことはありません [2] 。 迷い 決着していない場面に巻きこまれる 見込み こうなりそうだ、と仮に読む 吟味 問題を定め、条件を注意深く調べる 練り上げ 仮説を正確で整ったものにする 確かめる 仮説を行動の計画として当てる 直す 見込みどおりでなければ、見込みに戻る 図 3 反省的経験の五つの特徴(『民主主義と教育』第 XI 章第 2 節)。五つの区切りは本人、流れの形と最後の点線の段は本教材の描き方です。太い枠の吟味と練り上げの広さと正確さが、試行錯誤との違いになります。 この節には学ぶことの謎も出てきます。ギリシア人は、知っていることは学ぶ必要がなく、知らないことは何を探せばよいか分からないので、どちらでも学べない、と問いました。デューイは、この板挟みは完全な知と完全な無知しか考えておらず、その間にある仮の結論や試しの見込みを見落としている、と答えます [2] 。この問いをプラトン『メノン』の議論と結びつけるのは本教材の読み方で、デューイ自身は名を挙げていません。 ここで間違えやすい 五つの特徴を、人がいつも順番どおりに考える決まった手順と取らないようにしましょう。デューイ自身、試行錯誤から完全には抜けられないと言います [2] 。SEP も、晩年の探究の型について、実際の推論は段がはっきりせず順番どおりでもなく、この型は経験科学のような模範的な探究の進み方を描いたものだと整理しています [1] 。また「すべての思考は研究である」は、何を言ってもよいという意味ではありません。ほかの誰かがすでに知っていることでも、自分で探す人にとっては本物の探究だ、という意味です [2] 。 道具主義と教育――知識は次の探究の資源、学校は小さな社会 デューイは、知識を実在の忠実な写し、いわば鏡とみる見方を退けました。『論理学説研究』(1903 年)では、考えの正しさを試す物差しは、比較的もつれた経験を比較的まとまった経験へ移す働きにある、とされます [1] [3] 。知識は目や手と同じように、生き物が活動をうまく運ぶのにどれだけ役立つかで値打ちが測られます [1] 。SEP の整理では、デューイはカントが組み立てる心を説いた点を進歩と認めつつ、知識を実在の鏡とみる古い像を残したと評しました。そして、心を中心にした体系を、経験と自然の交わりを中心にした体系に置き換えることを「コペルニクス的転回にたとえうる逆転」と呼んでいます(『確実性の探求』1929 年) [1] 。 晩年の『論理学――探究の理論』(1938 年)は、論理学を「探究についての探究」と呼びます [1] [4] 。探究は、何かがおかしいという感じに始まり、問題を立て、仮説を作り、その意味を推し量り、行って確かめます。そうして不確定な状況を確定した状況に変えるのです。知識とは、有能な探究の産物につけられた名前です。落ち着いた結論とは、次の探究で資源として使えるほど落ち着いたもののことで、もう直されないもののことではありません [1] [4] 。 この考えは教育の考えと重なります。1890 年代には、子どもの自然な衝動を出発点にする「新教育」と、子どもを空の戸棚とみて文明の中身を詰める「旧教育」が争っていました [1] 。デューイは、子どもは欠かせない出発点だが唯一の出発点ではない、家族や地域や国にも伝えるべき価値がある、と考えました。そのうえで、しつけと暗記を重んじすぎる旧教育のほうを、より強く退けました (表 1) [1] [5] 。学校は社会生活の典型的な条件を中に再現しなければ、社会生活の準備にはならない、とデューイは書いています [1] 。 この表で分かること: 旧教育は教科を、新教育は子どもを、ただ一つの出発点にしました。デューイは両方を出発点と認めつつどちらにも特権を与えず、学校を社会生活の条件を再現する場としました。ただし旧教育のしつけと暗記を、より強く退けました。 立場 出発点 子どもの見方 学校の役 旧教育(教科中心) 文明の中身・教科 中身を詰める空の戸棚 しつけて受け入れさせる 新教育(子ども中心) 子どもの自然な衝動 伸びていく創造の力 創造と成長を縛らない デューイ 子どもと社会の両方 本能・力・習慣を持つ探究者 社会生活を再現する小社会 表 1 1890 年代の教育論争とデューイの位置(SEP の整理による) [1] 。 本教材の作例で、探究を教室の場面にしてみます。窓辺のミニトマトが急にしおれ始めました。「何か変だ」。水不足か、日が強すぎるのか、と問題を立てます。「土が乾いているから水不足だろう」と仮説を立て、それなら水をやれば翌朝には葉が戻るはずだ、と推し量ります。片方の鉢だけに水をやって比べます。葉が戻れば、その知識は次に植物を育てるときの資源になり、戻らなければ別の仮説に戻ります。SEP によれば、デューイの考える教師は、生徒と教科をつなぐ問題を見つけて場面を整えます [1] 。 ここで間違えやすい 道具主義を、役に立つ考えな