12.11 イギリス小説の世界 — Epoché
この課で分かるようになること ★読んだ篇を 年の順 に並べられる。 ★ 舞台が家から街へ移った ことが言える。 ★ 教えない子どもの本 が生まれたことが言える。 ★ 雑誌が小説の形を決めた ことが言える。 ★ ディケンズがどこにいるか を言える。 前提 : 読は 8.104 まで。知は 12.10 まで。 ★百年の見取り図 読んだ篇の 出所の一行 には、 出た年 が書いてあります。★ 年の順に並べます。 どの課 出た年 どこが舞台か 8.91 読編 〜 8.94 読編 高慢と偏見 1813 ★ 田舎の家の客間 8.73 読編 〜 8.76 読編 不思議の国のアリス 1865 ★ 夢の中 8.85 読編 〜 8.90 読編 ジキル博士とハイド氏 1886 ★ 夜のロンドンの路地 8.77 読編 〜 8.84 読編 赤毛組合 1892 ★ 街の店と地下 8.66 読編 〜 8.69 読編 秘密の花園 1911 ★ 屋敷と庭 ★ 右の列を上から見てください。 ★ 家の中 → 夢 → 街 → 街 → 屋敷。 ★ 真ん中の二つで、小説が外に出ています。 ★オースティン — 家の中で全部が決まる 8.91 読編 の一文目は、 小説の一文目として有名 です。★ こう始まります —— a single man in possession of a good fortune [1] 、 must be in want of a wife [1] 。 ★ 「財産のある独身の男は、妻を欲しがっているにちがいない」。 ★ これが、この小説の世界のいちばん外側の決まり です。 そして、すぐ後にこう書いてあります—— fixed in the minds of the surrounding families [1] 。★ 近所の家々の頭の中に、その決まりが固まっている と。 もう一つ、 the rightful property [1] という語が出てきます。★ 「当然の持ちもの」。 ★ 人のことを、財産の言葉で言っています。 ★主人公は、家の外に出られない ★ これが、オースティンの世界のいちばん大事なところ です。 8.92 読編 で起きることを思い出してください。★ 父親が、新しく越してきた人を訪ねに行った —— waited on Mr. Bingley [2] 。★ それだけで、一章分の事件になります。 母親は、 since we are not to visit [2] と言って怒っています。★ 訪ねるか、訪ねないか。 ★ それが、娘たちの一生を決めます。 なぜ、訪問が事件になるのか どういうことか ★ 娘は自分から会いに行けない ★ 父が訪ねなければ、始まらない ★ 働いて暮らすことができない ★ 結婚が、生きる道そのもの 家から出る用事が無い ★ 来客だけが外の世界 ★ だから、この小説は客間だけで百章ぶん書けます。 ★ 狭いから書けないのではなく、狭いから書ける のです。 ★教えない子どもの本が生まれた 8.70 読編 で読んだ文を思い出してください。 monkey [3] の話でした。★ あれは、教えるために書かれた文 です。 ★ 十九世紀の半ばまで、子どもが読む本はたいていこの形でした。 ★ 話があって、最後に教訓が付く。 8.73 読編 の一文目は、まったく違います。アリスは very tired of sitting by her sister [4] で、姉の読んでいる本には without pictures or conversations [4] と書かれています。 ★ 「絵も会話も無い本」。 ★ つまり、退屈な本のことです。 どちらの本か 何のために書かれたか 8.70 読編 (教える文) ★ 読んだ子が、よくなるため ★ 8.73 読編 (アリス) ★ 読んだ子が、面白がるため ★ アリスの一文目は、「絵も会話も無い本」を退屈だと言うところから始まります。 ★ 子どもの本が、それまでの子どもの本に文句を言っているのです。 ★ ここから、教訓の無い子どもの本が始まります。 ★ 8.61 読編 のピーターラビットも、 8.66 読編 の秘密の花園も、その後ろにいます。 ★舞台が街に出る 8.85 読編 の一文目は、★ 場所の話から始まります —— by-street in a busy quarter of London [5] 。 そして、その通りに a certain sinister block of building [5] が立っています。★ 「ある不吉な建物のかたまり」。 ★ オースティンの世界では、建物には名前がありました ——誰それの屋敷、という形で。★ ここでは、名前がありません。 ★ 街には、誰のものか分からない建物があります。 どちらの世界か 人と場所の関係 ★ 家(1813) ★ どの家の人かで、誰かが決まる ★ 街(1886) ★ 誰だか分からない人がいる ★ だから、二重生活の話が書けるようになります。 ★ 家の中では、二人の自分を持つことはできません。 ★ 誰かが必ず見ているから です。 ★雑誌が小説の形を決めた 8.78 読編 で、 新聞の広告 が出てきました。 TO THE RED-HEADED LEAGUE [6] という見出しで、 a week for purely nominal services [6] と書いてあります。★ 「ほとんど何もしない仕事で、週にいくら」。 ★ この話そのものが、新聞広告から始まります。 ★ そして、この話は雑誌に載るために書かれました。 ★一回で終わる形 どういう出し方か 話がどうなるか ★ 雑誌に毎月一話 ★ 一回で終わる。次回に持ち越さない 本として一冊 何百ページでも続けられる ★ だから、同じ形が毎回くり返されます ——★ 依頼人が来る → おかしな話を語る → 謎が解ける。 8.77 読編 から 8.84 読編 まで、八課かけて読んだのは 一話ぶん でした。★ その一話の中に、始まりと終わりが両方入っています。 ★ 読む人は、前の回を覚えていなくてよい。 ★ これは、毎月雑誌を買う人のための作り です。★ 12.10 知編 で見た逆ピラミッドと同じで、形は読まれ方から決まります。 ★帝国が家の中に入ってくる 8.66 読編 の一段目に、★ 一つの語が出てきます —— India [7] 。 メアリの顔が黄色いのは、 she had been born in India [7] だからだと書いてあります。そして、父親は Her father had held a position under the English Government [7] とあります。 ★ 「英国政府の職に就いていた」。 ★ 一行も説明がありません。 ★ 当時の読者には、説明が要らなかった からです。 ★ この一行が、物語の始まりを作っています。 ★ インドで両親を亡くしたから、イギリスの屋敷に来た。 ★ 帝国が、子どもの本の一段目に入っています。 ★ 読むときには、ここで止まってください。 ★ 説明されていないものほど、その時代にとって当たり前だったもの です。 ★ディケンズは、どこにいるか この課の題は 「オースティンからディケンズへ」 ですが、★ この課程では、まだディケンズを一篇も読んでいません。 ★ 読んでいないものについて、年や数を書くことはしません。 ★ この課程の決まりです。 ★ だから、位置だけを言います。 誰か いつごろか オースティン ★ 表の一行目(1813) ★ ディケンズ ★ オースティンとスティーヴンソンの間 スティーヴンソン ★ 表の三行目(1886) ★ ディケンズは、小説の舞台を家から街へ移した人 です。★ そして、雑誌に続きものを載せた人 でもあります。 ★ この課で見た二つの動き——街へ出ることと、雑誌が形を決めること——は、どちらもディケンズを通っています。 ★ 第 9 期の特別編で、『二都物語』の冒頭を読みます。 ★ そのときに、この表の空いているところが埋まります。 ★切れ端を、原典の一文に戻す この課では、六篇から語や句を切り出して引きました。切れ端のままでは、その一文が何を言っているかが見えません。原典の一文に戻して並べます。行を押すと英文が鳴ります。上から順に聞くと、舞台が家から街へ動いていくのが耳でも分かります。 英文 日本語訳 見るところ It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune must be in want of a wife. [1] 財産のある独身の男は妻を欲しがっているにちがいない、というのは、世間のだれもが認める真理です。 小説の一文目が「決まり」から始まる Mr. Bennet was among the earliest of those who waited on Mr. Bingley. [2] ベネット氏は、ビングリー氏を訪ねに行った人のうちで、いちばん早いほうでした。 訪問が、一章ぶんの事件になる Alice was beginning to get very tired of sitting by her sister on the bank, and of having nothing to do: once or twice she had peeped into the book her sister was reading, but it had no pictures or conversations in it, “and what is the use of a book,” thought Alice “without pictures or conversations?” [4] アリスは、土手で姉のそばに座って何もすることがないのに、すっかり退屈しはじめていました。姉の読んでいる本を一、二度のぞいてみたけれども、絵も会話も入っていなかったのです。 一文目で、それまでの子どもの本に文句を言っている It chanced on one of these rambles that their way led them down a by-street in a busy quarter of London. [5] この散歩のある日、二人の道は、ロンドンの賑やかな一角の横町へ下って行きました。 場所の話から始まる。家ではなく街 All red-headed men who are sound in body and mind and above the age of twenty-one years, are eligible. [6] 赤毛の男子で、心身ともに健全、年齢二十一歳を超えた者は、みな応募できます。 新聞広告の文が、そのまま話の入口になる Her hair was yellow, and her face was yellow because she had been born in India and had always been ill in one way or another. [7] 髪は黄色く、顔も黄色いのでした。インドで生まれて、いつも何かしら病気だったからです。 説明の無い語が、そのまま置かれている やってみる ★ 表の五行を、年だけ見て並べ直す。 ★ そのうえで、「自分がいちばん面白かった篇」がどこにあるか を見てください。★ 年と好みに関わりがあるかどうか は、人によります。 ★ 8.91 読編 の一文目と 8.85 読編 の一文目を、続けて音読する。 ★ 前者は「決まり」から始まり、後者は「場所」から始まります。 ★ 七十年の差が、一文目に出ています。 ★ 8.66 読編 の一段目を読み直し、「説明されていないもの」を探す。 ★ インドのほかに、もう一つ見つかります。 今読んでいる日本語の本を一冊選び、★ その本が「説明せずに済ませているもの」を一つ書き出す。 ★ 百年後の読者には、それが分からないかもしれません。 この課のまとめ ★ 読んだ五篇を年の順に並べると、舞台が動く ——家(1813)→ 夢(1865)→ 街(1886・1892)→ 屋敷(1911)。 ★ オースティンの主人公は、家の外に出られない。 ★だから、来客が事件になる。★ 狭いから書けないのではなく、狭いから書ける。 ★ 人を財産の言葉で言う —— 8.91 読編 の「当然の持ちもの」。 ★ アリス(1865)から、教訓の無い子どもの本が始まる。 ★一文目で「絵も会話も無い本」を退屈だと言っている( 8.70 読編 と比べる)。 ★ 街には、誰のものか分からない建物がある。 ★だから、二重生活の話が書けるようになる( 8.85 読編 )。 ★ 雑誌が形を決めた ——一回で終わる話。★前の回を覚えていなくてよい作り( 12.10 知編 の逆ピラミッドと同じ理屈)。 ★ 説明されていないものほど、その時代に当たり前だったもの ( 8.66 読編 のインド)。 ★ ディケンズは、オースティンとスティーヴンソンの間。 街へ出ることと、雑誌が形を決めることの両方を通った人。★第 9 期の特別編で読む。 次の課へ 次の課は 12.12 、 アメリカの成り立ち です。★ 第 4 期の知編の最後 になります。★ この課で見たのは、決まりのある世界でした。 ★ 次の課で見るのは、決まりを自分たちで書いた人たち です。 答え 「やってみる」の四つの答えです。 ★ 年と好みに決まった関わりはありません。 ★ それでよいのです。 ★ ただ、同じ人が「古いほうが読みやすい」と感じることはあります ——★ オースティンの文は長いけれども、語がやさしい からです。★ 読みにくさは、古さとは別のもの です。 ★ 「決まり」から始まる小説と、「場所」から始まる小説。 ★ 前者は、世界の仕組みを先に示します。 ★ 後者は、読む人をいきなり街に置きます。 ★ どちらが新しいかは、読めば分かります。 ★ もう一つは「英国政府の職」 です。★ どんな職なのか、何をしていたのか、一行も書いてありません。 ★ 当時のイギリ