3.63 古い英語 — 替わったのは六つだけ — Epoché
この課でできるようになること ★ 替わった六つ を知り、古い英語を読み通せる。 ★ thou が敬語ではない と分かる。 ★ 倒置と省略 が、いまの英語にも残っていると分かる。 ★ 書く必要は無い ——読むための知識だと分かる。 前提 : 3.62 まで。 例文で見る 10 文を並べます。行を押すと音が鳴ります。★ どれも いまの英語 です——★ 古い形は このあとの表で原文から引きます 。★ 先に いまの形を耳に入れて から 、★ 古い形と 並べて見る ためです。 英文 日本語訳 どこを見るか I know you. [1] 私はあなたを知っています。 ★ you (目的格) 。 古くは thee You are in my thoughts at all times. [2] 私は始終あなたのことを考えています。 ★ You are 。 古くは Thou art He has made me what I am. [3] 彼が私をいまの私にしてくれた。 ★ has 。 古くは hath You are not to do that. [4] 君はそんなことをしてはいけない。 ★ 禁止 。 古くは Thou shalt not Never have I felt better. [5] これほど気分のよかった事は一度もありません。 ★ 倒置 。 いまも残っている形 Never did I think of it. [6] 思っても見なかった。 ★ did を使う倒置 Not only he but also I am to go. [7] 彼だけでなく私も行くことになっている。 ★ Not only 。 倒置の入口 Know who you are. [8] 己が誰なのか知れ。 ★ 命令 。 主語を置かないのは昔も今も同じ Come and see. [9] 見に来て。 ★ 二つの命令を and で Never say never. [10] 絶対にあきらめないで。 ★ いまの決まり文句 。 同じ語を二度 骨組み ★替わったのは六つだけ ★ これが、この課でいちばん大事な一つ です。 何が 古い英語 いまの英語 ★ 人称代名詞 thou / thee / thy / thine ★ you / your / yours ★ 動詞の語尾 -est (二人称)・ -eth (三人称) ★ -s だけ ★ 疑問と否定 Knowest thou? / I know not ★ do を使う ★ 語順 動詞が先に来ることが多い 主語が先 ★ 語彙 whither / wherefore / betwixt where to / why / between ★ 綴り ゆれる( mans ) 固定 ★ この六つを頭に置けば、 四百年前の英語が読めます 。★ 日本語で 四百年前の文 を読むのに必要な手間と比べてください ——★ 英語のほうが ずっと少ない のです。 ★ 理由は 印刷と聖書 です。★ 欽定訳(1611 年)が 三百年のあいだ毎週読み上げられた ので、★ その英語が 古びきらずに残りました 。 ★ thou は敬語ではない ★ ここを取り違えている人が多い です。★ thou を「なんじ」と訳す習わしのせいで、 厳かな語だと思われています が、★ もとは 親しい相手に使う二人称 でした。 どちらを使うか だれに ★ thou ★ 親しい人・目下・神 ★ you ★ 目上・よく知らない人・複数 ★ いまのフランス語の tu と vous 、ドイツ語の du と Sie と 同じ仕組み です。★ 英語だけが、 片方( you )に統一しました 。 ★ 神に thou を使うのは 親しいから です——★ 遠いからではありません 。★ ここが、 日本語の感覚と正反対 です。 なぜ thou は消えたのか 消えた道筋は、二段になっています。もともと二人称の複数は ye (主格)と you (目的格)の二つでしたが、この区別が先に崩れて you が両方を引き受けました。そのあと、改まった相手への単数としても you を使う習わしが広がり、使える場面が増えた側が、狭い側を押し出しました。十七世紀のあいだに thou はふつうの話し言葉から退きます。 押し出された形が、祈りと詩と法の文だけに残ったのはそのためです。欽定訳(1611 年)が thou を使っているのは、原典の単数と複数を書き分けるためだったと言われます。つまりあの本は、 訳のために古い形を選んだ のであって、厳かに見せるために選んだのではありません。厳かさは、その形がほかの場所から消えたあとで、あとから付いてきたものです。 ここに一つ、注意があります。「四百年前が読める」のは、英語が特別だからではありません。六百年前のチョーサーには語注が要り、千年前の古英語は別の言語として習います。日本語でも同じで、四百年前の文はだいたい追えても、千年前の『源氏物語』は別に習います。 四百年という距離がその程度 ——そこに欽定訳の追い風が加わった、というのが正しい見方です。 ★倒置と省略は、いまも残っている ★ 古い英語の特徴とされる倒置は、 いまの英語にも生きて います 。★ 例文の五・六・七番目がそれ です。 どんなとき いまの英語でも使うか ★ Never などが文頭 ★ 使う(硬い文で) ★ 条件の if を落とす ★ 使う( Had I known ) ★ ふつうの文で動詞を先に ★ 使わない ★ 3.58 型編 の 文末焦点 を思い出してください 。★ 倒置は、 強めたい語を文頭に出すための仕掛け です——★ 焦点を 後ろではなく前 に置く、例外の形 です。 日本語ならどう言うか 日本語との差を三つ挙げます。 何が 日本語では 英語では 古語との距離 ★ 古文は別に習う ★ 近代英語は続きとして読める 二人称の段 ★ 敬語で段を作る ★ thou と you の二段だけだった いまの扱い 古語は古語のまま ★ 祈り・法・詩に残る ★ いちばん上が、読む人にとっての朗報 です。★ 日本語では 古文は別の科目 ですが、★ 英語の四百年前は いまの英語の延長で読めます 。 ★ 真ん中は、 3.49 型編 の丁寧さと関わります 。★ 英語がいま 語形ではなく文の形で丁寧さを作る のは、★ 二人称の段を 捨てたから です。 もう少し踏み込むと、日本語は二人称そのものを 避ける ことで段を作っています。目上の相手に「あなた」と言うのはかえって失礼で、名前か肩書きで呼びます。つまり日本語の二人称は 代名詞の外 ——呼称と敬語——に出ています。だから代名詞が一つに減っても困りません。 英語は逆に、段を 文の形 へ移しました。 Could you と Can you の差が、かつての you と thou の差の代わりをしています( 3.49 型編 )。この移し替えを知っておくと、英語の丁寧さが「語を足すこと」ではなく「形を替えること」で作られる理由が分かります。古い英語を読むときに thou を見て身構えてしまうのは、日本語の側の癖—— 二人称に段が付いているはずだという前提 ——のせいです。 丁寧さの段 ★ 古い形は いまも場によって生きています 。★ 使うのではなく、 出会ったときに分かればよい です。 どこで見るか どんな形か ★ 祈り・讃美歌 ★ thy ・ thine ★ 法の文 ★ shall ・ hereinafter ( 11.12 商編 ) ★ 詩・歌詞 ★ 倒置・省略 ★ 真ん中の法の文が、 仕事でいちばん出会います 。★ 契約書の shall は 「〜するものとする」という義務 で、★ ふつうの未来ではありません ( 11.12 商編 )。 よくある誤り 三つ挙げます。下の誤文は Epoché の作例です。 thou を敬語として使う。 Thou art welcome, sir. は★ ちぐはぐ です。★ thou は親しい相手、 sir は目上 ——★ 段が食い違って います。 -eth を二人称に付ける。 Thou knoweth は★ 誤り です。★ 二人称は -est ( thou knowest )、三人称が -eth ( he knoweth ) です。 古い形を書いて格調を出そうとする。 ★ いまの文書に thou を混ぜると、 格調ではなく ふざけて見えます 。★ 読むための知識 として持ってください。 ★ 二つめは、 覚え方が一つあります ——★ -est の s は thou と同じ 歯の音 、★ -eth の th は he …ではありませんが、★ いまの三人称 -s が -eth から来ている と覚えると迷いません。 実文で通す ★ 三つの古典から、 六つの替わり を拾います 。 原文 どこが古いか In the beginning God created the heaven and the earth [11] ★ 古くない(いまの英語で読める) Thou shalt not eat of it ★ thou + shalt To be, or not to be, that is the question [12] ★ 古くない ★ 一つめと三つめが要 です。★ 四百年前の文が 一語も引っかからずに読めます ——★ これが「六つだけ」ということの意味 です。 原文 どこが古いか Get thee to a nunnery ★ thee + 語彙 Better to reign in Hell than serve in Heaven [13] ★ 省略( it is が無い) The mind is its own place ★ 古くない ★ ミルトンの一つめは 省略 です——★ It is better to reign の It is が落ちて います。★ 3.59 型編 の 仮主語 を 置かない 形 です。 ★ 二つめは 四百年前の一行 ですが、★ 語も語順も いまのまま です。★ 古い英語を恐れる必要はありません ——★ 引っかかるのは 六つのどれか だ、と分かっていれば読み通せます。 練習 「例文で見る」の 10 文を 続けて音読 する。3 周する。3 周目は音声に重ねて シャドーイング する。★ 五番目と六番目の倒置で、 息の切れる場所 を確かめる。 ★ いまの英語に直す 。 Knowest thou not that thy brother hath come? を、 いまの英語 に書き直す。 ★ 六つを当てる 。上の「実文で通す」の六行を、 替わった六つのどれに当たるか で分け直す。★ どれにも当たらない行が三つある ことを確かめる。 この課のまとめ ★ 替わったのは六つだけ ——人称代名詞・動詞の語尾・疑問と否定・語順・語彙・綴り。 ★ thou は敬語ではなく、親しい二人称 ——仏 tu 、独 du と同じ仕組み。 ★ 神に thou を使うのは親しいから ——遠いからではない。 ★ 二人称は -est 、三人称は -eth ——いまの -s は -eth の後身。 ★ 倒置はいまの英語にも残る —— Never have I 、 Had I known ( 3.58 型編 )。 ★ 倒置は焦点を前に置く例外の形。 ★ 省略も古い特徴 —— It is を置かない( 3.59 型編 )。 ★ いまも生きているのは祈り・法・詩 ——契約の shall は義務( 11.12 商編 )。 ★ 書く必要は無い。読むための知識でよい。 ★ 四百年前の英語が一語も引っかからずに読める行が、たくさんある。 次の課へ 次は 3.64 、 論文の文法 です。★ 第 8 期の型編の最後 ——★ 引用の形・ et al. ・時制・図表への言及 を置きます。★ 9.25 論編 の論編、 10.25 作編 の作編と 三つ組 です。 答え ★ 音読したとき。 ★ Never have I felt better. は Never のあとで一度切れます ——★ 文頭に出した語を 立てて いる からです。★ ふつうの語順 I have never felt better. では そこで切れません 。★ 倒置は 音にも出ます 。 ★ いまの英語に直したとき。 ★ Do you not know that your brother has come? 、★ くだけた形なら Don't you know your brother has come? です。★ 直したのは 四つ ——★ Knowest thou → Do you know (疑問の作り方)、 thy → your (代名詞)、 hath → has (語尾)、 not の位置 。★ 語彙は一つも替えていません 。 ★ 六つに当てたとき。 ★ Thou shalt not eat of it は 代名詞と語尾 、★ Get thee to a nunnery は 代名詞と語彙 、★ Better to reign in Hell は 省略(語順) 。★ 残る三行——創世記の冒頭・ To be, or not to be ・ The mind is its own place ——は どれにも当たりません 。★ 半分は、いまの英語そのもの でした。 参考文献 Tatoeba 文 #252915(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/252915 Tatoeba 文 #257937(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/257937 Tatoeba 文 #246766(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/246766 Tatoeba 文 #16537(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/16537 Tatoeba 文 #55369(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/55369 Tatoeba 文 #254815(C