6.33 魯迅『端午節』(抄) — Epoché
この篇でできるようになること 方玄綽の理屈と、その理屈を使う目的を分けて説明できます。 人物自身の考えをなぞる箇所を本文から取り出せます。 条件と否定、比較の向きを保って中国語を書けます。 前提 :6.32「梁啓超『敬業與樂業』(抄)」。今回も抄を読みます。本文は別の読書ページにあります。 たいして変わらない、という慰め 『吶喊』に収められた『端午節』の一部です。方玄綽は役所づとめと教員を兼ねています。教員の給料は、半年以上滞っています。役人としての俸給は、それとは別の支えです。この二つを混ぜると、彼が口を開かない条件が見えなくなります。 差不多 は「たいして変わらない」「似たようなもの」です。最初の 都一样 を手堅くないと感じたらしく、言い方を少し弱めて使い続けています。本人はこの語によって、新しい思いと同時に慰めも得ます。 目にしたこと 以前の反応 今の考え直し 結果 年長者が若者を押さえつける 腹を立てる。 若者も子や孫ができれば、同じように偉ぶるだろう。 不満が収まる。 兵士が車引きを殴る 腹を立てる。 二人の立場が逆なら、やはり同じことをするだろう。 気にとめなくなる。 立場が変われば、批判していた側も同じ振る舞いをすることがある。この理屈には当たるところがあります。しかし物語では、その理屈が、目の前の不当な扱いへの怒りを収めるために働くことを示しています。内容のもっともらしさだけでなく、その後に彼がどう動くかを読みます。 誰の疑いが書かれているか 第二段の 他这样想着的时候,有时也疑心 が、人物の頭の中へ入る印です。その後には、闘う勇気がなく、自分を欺いて逃げ道を作ったのではないかという疑いが続きます。これは語り手が外から下す評ではなく、方玄綽自身の疑いです。 远不如改正了好。 と、改めたほうがよいとまで思います。ところが次には 然而这意见,总反而在他脑里生长起来。 とあります。自分で疑ったのに、かえってその考えが育つ。この一往復によって、単に何も分からない人物とは違う姿が見えます。 会話のかぎ括弧がなくても、地の文が人物の考え方をなぞることがあります。「彼は疑った」「考え直した」という入口を見つけ、どこまでが人物の思いかを区切ってみましょう。 沈黙する条件と夕食の一言 第六段には、口を開かない二つの条件が並びます。地位が揺らがなければ口を開かず、別に俸給があれば教員の給料が出なくても口を開かない、という条件です。教員の団体には参加しませんが、授業にも行きません。言うことと行動を一つずつ分けて確認します。 大きな社会の議論をする人が、妻へ正式にこぼす不満は 怎么只有两盘? 、おかずがなぜ二皿だけなのかという言葉です。抄はここで切れています。高い議論と日常の小さな不満が隣り合い、彼が何に動かされるかを読者へ見せます。 書き手は「この人物は悪い」と結論だけを添えるより、行動の並びで人物を描きます。沈黙、団体との距離、授業、夕食という並びです。最後の一言だけを独立した冗談にせず、それまでの沈黙と合わせて読みましょう。 条件、比較、対象の位置 本文の語句 形 意味 他将这『差不多说』最初公表的时候 将 差不多説を対象として動詞より前へ出す。 远不如改正了好 不如 そのままでいるより改めたほうがずっとよい。 而学生骂得尤利害 程度補語 学生のののしり方がとりわけひどい。 利害 は今の 厉害 (ひどい)に当たる古い書き方。 只要地位还不至于动摇,他决不开一开口 只要・决不 地位が揺らがないかぎり、決して口を開かない。 対象を先に出す形は 型編 24課 、比較は 型編 21課 、条件の接続は 型編 34課 の学習を使います。 官僚并不是天生的特别种族 は「役人は生まれつきの特別な種族ではない」という文です。 的 は後ろの名詞を修飾する部分にあり、出来事の焦点を示す型とは違います。 不如 では、前のものが後ろのものに及びません。 远不如改正了好 は改めたほうがよいという向きです。前のもののほうがよい、と逆に読まないようにしましょう。 将 はここでは「まさに公表しようとする」という時の印ではありません。 把 と同じように、何を公表したかを先に置きます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 差不多 形容詞・副詞 大差ない・ほぼ ここでは似たようなもの 便改为『差不多』 たいして変わらないという言い方に改める 口头禅 名詞 口ぐせ つい繰り返す言葉 几乎成了『口头禅』似的 ほとんど口ぐせになったようだ 盘据 動詞 居すわる 考えが頭に根づく比喩 的确也盘据在他脑里了 確かに頭の中にも居すわった 稳当 形容詞 手堅い 言い方が確かである 后来大约觉得欠稳当了 後には手堅さに欠けると思ったらしい 慰安 名詞 慰め 心が落ち着く材料 同时却也得到许多新慰安 同時に多くの新しい慰めも得る 愤愤 形容詞 腹を立てる様子 不満を強く感じる 在先是要愤愤的 以前なら腹立たしく思った 转念 動詞 考え直す 別の見方へ切り替える 但现在却就转念道 しかし今は考えを切り替える 瞒心昧己 成句 自分の心を欺く 良心をごまかす 所以瞒心昧己的故意造出来的一条逃路 自分を欺いてわざと作った逃げ道 不如 動詞 …に及ばない 後ろのほうがよい 远不如改正了好 改めたほうがずっとよい 将 介詞 対象を前に出す ここでは把と同じ働き 他将这『差不多说』最初公表的时候 彼がこの説を初めて公にした時 官僚 名詞 役人 官職につく人 因为方玄绰就是兼做官僚的 方玄綽自身が役人を兼ねていたからだ 怅然 形容詞 気落ちした様子 失意の感じ 有的怅然了 ある者は気落ちした 勃然 形容詞 かっとなる様子 急な怒り 有的勃然了 ある者はかっとなった 安分守己 成句 身のほどを守る おとなしく自分の分を守る 十分安分守己的人 たいそうおとなしく分を守る人 官俸 名詞 役人の俸給 教員の給料とは別 只要别有官俸支持 別に役人の俸給の支えがあるかぎり 斟酌 動詞 よく考えて判断する 慎重に考慮する 他还暗地里以为欠斟酌 (教員が給料を求めたとき)彼はかえってひそかに考えが足りないと思った 奚落 動詞 あてこすってばかにする 冷やかして責める 直到听得同寮过分的奚落他们了 同僚が彼らをあまりにばかにするのを聞くまで 释然 形容詞 わだかまりが解けた様子 気が楽になる 于是就释然了 そうしてわだかまりが解けた 发牢骚 動詞句 ぐちをこぼす 不満を口にする 他才对于他的太太正式的发牢骚了 初めて妻に正式にぐちをこぼした 対訳 方玄綽はこのごろ「たいして変わらない」という一言を言うのが好きで、ほとんど「口ぐせ」のようになっていた。しかも口に出すだけでなく、たしかにその考えが頭の中に居すわってもいた。はじめは「みな同じだ」と言っていたが、のちにそれでは手堅くないと思ったらしく、「たいして変わらない」に改めて、今までずっと使いつづけている。 彼はこのありふれた警句を見つけて以来、新たな感慨を少なからず覚えたが、同時にたくさんの新しいなぐさめも得ていた。たとえば年長の者が若者を押さえつけるのを見れば、以前なら腹立たしく思ったものだが、今はこう考えを切りかえる。将来この若者に子や孫ができたころには、おおかた同じように偉ぶるのだろう、と。すると、もう何の不満もなくなる。また兵隊が車引きを殴るのを見ても、以前なら腹立たしく思ったが、今はこう考えを切りかえる。もしこの車引きが兵隊になり、この兵隊が車を引いていたら、おおかた同じように殴るのだろう、と。すると、もう気にとめなくなる。こう考えているとき、彼はときどき疑いもした。これは自分に悪い世の中と闘う勇気がないから、心をごまかしてわざと作り出した逃げ道ではないか、「是非の心が無い」というのにひどく近いのではないか。改めたほうがずっとよい、と。しかしこの考えは、かえっていつも彼の頭の中で育っていった。 彼がこの「差不多説」をはじめて公にしたのは、北京の首善学校の講堂でだった。そのときはたしか歴史の上のことを話に出していて、そこから「昔の人と今の人はさほど遠くない」という話になり、いろいろな身分の人の「性は相近し」という話になり、しまいには学生と役人にまで引っぱってきて結びつけ、大いに論じ立てた。 「今の世ではののしるのがはやっていて、みな役人をののしる。学生のののしり方はとりわけひどい。しかし役人は生まれつきの特別な種族ではなく、ふつうの人が変わってなったものだ。今では学生出の役人も少なくない。古い役人とどんな違いがあるだろうか。『地を易うれば則ち皆然り』で、考えも、言うことも、ふるまいも、見た目の風格も、大きな違いなど何もない。……学生の団体が新しく始めた多くの仕事だって、すでに弊害が出るのを避けられず、大半は煙のように消え火のように消えてしまったのではないか。たいして変わらないのだ。しかし中国の将来が案じられるのは、まさにこの点にある。……」 講堂に散らばって座っていた二十人あまりの聴講者のうち、ある者は気落ちした。おそらくこの話をそのとおりだと思ったのだろう。ある者はかっとなった。おおかた尊い若者をはずかしめられたと思ったのだろう。何人かは彼に向かってほほえんだ。おおかたこれは彼が自分をかばう弁解だと思ったのだろう。方玄綽自身が役人を兼ねていたからである。 しかし実のところ、どれも誤りだった。これは彼の一種の新しい不満にすぎない。不満とは言っても、それはやはり彼の一種の、身のほどを守った空論にすぎなかった。彼自身、それがなまけのせいなのか、役に立たない人間だからなのかは分からなかったが、とにかく自分は動こうとしない、たいそう身のほどを守っておとなしい人間だと思っていた。大臣が彼に神経の病があるとぬれぎぬを着せても、自分の地位が揺らぐところまで行かないかぎり、彼は決して口を開かない。教員の給料が半年以上も滞っても、役人としての俸給という別の支えがあるかぎり、彼は決して口を開かない。口を開かないだけでなく、教員たちが手を組んで給料を求めたときには、彼は心の中でひそかに、考えが足りない、騒ぎすぎだと思っていた。同僚が彼らをあまりにあてこすってばかにするのを聞いて、はじめて少しは思うところがあったが、あとで考えを切りかえた。これはおそらく自分がちょうど金に困っていて、ほかの役人は教員を兼ねていないせいだろう、と。そうしてわだかまりが解けてしまった。 彼も金には困っていたが、教員の団体に加わったことは一度もない。みなが決議して授業をやめても、彼はやはり授業に行かなかった。政府が「授業をしたら金を出す」と言ったとき、はじめて彼は、政府のやり方が果物で猿に芸をさせるのに似ていると、少し恨んだ。ある大教育者が「教員が片手にかばんをかかえ、片手で金を求めるのは高尚でない」と言ったとき、はじめて彼は妻に向かって正式にぐちをこぼした。 「おい、どうして二皿しかないんだ」。「高尚でない説」を聞いたその日の夕食のとき、彼はおかずを見ながらそう言った。 練習 理屈と行動を読む 年長者と若者、兵士と車引きの二例で、理屈のもっともらしい点と、それを使って彼が得るものを日本語で分けて書いてください。 第二段の自分を疑う箇所は、誰の考えですか。疑いが始まる語句と、育ってしまうことを述べる文を抜き出してください。 地位・俸給・団体・授業についての四つの行動を挙げ、夕食の一言との落差を説明してください。 穴埋めと書き換え 将・不如・得・只要 から空欄に入れ、語句全体を書いてください。 他_这『差不多说』最初公表的时候 将・不如・得・只要 から空欄に入れ、語句全体を書いてください。 远_改正了好 将・不如・得・只要 から空欄に入れ、語句全体を書いてください。 而学生骂_尤利害 将・不如・得・只要 から空欄に入れ、語句全体を書いてください。 _地位还不至于动摇,他决不开一开口 教員の給料が滞っても別の俸給があれば口を開かない、という条件の部分を、本文から 只要 で始めて書いてください。 「以前は腹を立てたが今は考え直す」を、 以前 と 现在 を使う短い中国語二文で書いてください。 自分の生活で以前と今の反応が違う場面を一つ決め、中国語の二文で書いてください。 戻り語 気持ちと家族の語を使って、人物や夕食の場面を短く中国語で書きます。 着急 を使い、金に困った場面の気持ちを中国語で一文にしてください。 丈夫 を使い、おかずが二皿だけだという不満を、丈夫を主語にして中国語で書いてください。 妻子 を使い、誰にぐちをこぼしたかを中国語で書いてください。 音読 第二段を ▶ で聞いて読みます。以前は腹を立てたが今は考え直す、という二か所を同じ調子で読み、その後に最後のおかずの問いを続けて、議論と不満の落差を感じてみましょう。 この篇のまとめ 理屈の内容と、怒りを収める使い道を分けます。 人物自身が疑っても考えが育つ、という一往復があります。 沈黙する条件と夕食の不満を並べることで人物が見えます。 次の篇へ 次の6.34は魯迅『故鄉』の抄です。二十年ぶりの幼なじみが口にする呼びかけから、二人の隔たりを読みます。 答え 立場が替われば同じように振る舞うことがあるという点には理があります。彼はそれを考えて、目の前の抑圧や暴力への怒りを収めています。 有时也疑心 からは方玄綽自身の疑いです。続く 然而这意见,总反而在他脑里生长起来。 が、疑っても考えが育つことを述べます。 地位が揺らがなければ口を開かず、俸給があれば口を開かず、教員団体には加わらず、授業には行きません。大きな議論の後に妻へのおかずの不満が出て、何が彼を動かすかが見えます。 他将这『差不多说』最初公表的时候 远不如改正了好 而学生骂得尤利害 只要地位还不至于动摇,他决不开一开口 只要别有官俸支持,他也决不开一开口。 我以前很生气。 / 我现在换个想法。 我以前总着急。 / 我现在先想一想。 他缺钱,所以很着急。 丈夫嫌只有两盘菜。 他向妻子发牢骚。 参考文献 魯迅『端午節』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。繁体字を簡体字に改めた。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/端午節