ホルクハイマーとアドルノ――啓蒙は神話に逆戻りする(啓蒙の弁証法・文化産業) — Epoché
現代 解釈学と批判理論 約 16 分 本文 約 6,500 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 神話・逆戻り・文化の 3 つ 神話 古い神話や儀式は、すでに自然を思いどおりにしようとする試みだった。娘の代わりに鹿を捧げるような犠牲の身代わりは、物を取り替えのきくものとして扱う抽象の始まりで、論理的な思考への一歩だった、と二人は言う(『啓蒙の弁証法』「啓蒙の概念」)。 逆戻り 啓蒙は自然を支配するために、物や人を概念と法則の一例に変えていく。目的を問わず手段だけを計算する理性が全体を覆うと、世界は、すべてがくり返しとして説明される閉じた世界になり、神話の運命と同じ性格を帯びる。「啓蒙は全体主義的である」と二人は言う(同)。 文化 自由な時間の楽しみさえ、工場の製品のように型どおりに作られ、受け手は用意された反応をなぞる。二人はこれを「文化産業」と呼び、後期資本主義のもとでの娯楽は労働の延長だとみた(同「文化産業」)。ただし二人は、啓蒙を捨てよと言ったのではなく、啓蒙が自分自身を省みることを求めた。 はじめに マックス・ホルクハイマー(1895〜1973)は、シュトゥットガルトの織物工場主の家に生まれ、1930 年からフランクフルトの社会研究所の所長を務めました [4] 。研究所は 1923 年にマルクス主義の研究の場として作られ、のちに「フランクフルト学派」と呼ばれる批判理論の中心になります [1] 。テオドール・W・アドルノ(1903〜1969)は哲学と作曲を学びました [1] 。 ナチスに追われた二人は、亡命先のアメリカで『啓蒙の弁証法』を書きます。カリフォルニアでの共同の執筆は 1942〜44 年で、それより前は準備の時期でした [5] 。 二人の問いは切実でした。理性と科学がいちばん進んだはずの時代に、なぜ人類は、本当に人間らしい状態に入る代わりに、新しい野蛮に沈んでいくのでしょうか [1] 。二人はその答えを、理性そのものの歩みをさかのぼって探しました。この課では、神話と啓蒙の絡み合い、オデュッセウスの物語の読み、映画や放送を論じる「文化産業」の三つを読みます。 この課の問い 雷や病を神々の怒りと恐れていた人々は、自然の仕組みを知ることで、恐れから解き放たれてきました。ところが、理性が最も進んだはずの 20 世紀に、世界大戦と、計画的で効率のよい大量の殺戮が起こりました。人を自由にするはずの理性が、なぜ新しい支配と野蛮を生むのでしょうか。私たちが毎晩楽しむ映画や番組は、その問いとどう関わるのでしょうか。 この課のことば 啓蒙 ふつうは 18 世紀の、理性で迷信や権威から人を解き放とうとした運動を指します。この課の二人は、恐れから逃れ、自然の主人になろうとする思考の歩み全体を「啓蒙」と呼びます [1] 。 神話 世界の出来事を神々や運命の力で語る古い物語と、その世界の見方です。二人は、どうにもならない運命がくり返し支配する、閉じた世界という性格に目を向けます [1] 。 道具的理性 目的そのものは問わず、与えられた目的への最も効率のよい手段だけを計算する理性です [1] 。 同一性の思考 一つ一つ違う物や人を、同じ概念の一例としてだけ扱い、概念に収まらない違いを切り捨てる考え方です。アドルノがのちにこう名づけました [1] 。 文化産業 映画・ラジオ・雑誌などの娯楽を、工場の製品のように型どおりに作り、受け手の反応まで前もって形づくる仕組みです。『啓蒙の弁証法』の一章の題に使われた語です [2] 。 啓蒙の弁証法――人を自由にする理性は、なぜ支配に変わるのか 前の課のベンヤミンは、作品を機械で複製できるようになって、芸術が「今ここ」にただ一つあることから来るアウラが衰える、と論じました。そこに大衆の新しい知覚の可能性も見ていました。この課の二人はベンヤミンの友人で、同じ研究所の仲間です。しかし映画や放送の広がりを、もっと厳しい目で、理性の歴史全体の中に置いて読みます。 神話はすでに啓蒙である――恐れから逃れ、自然の主人になる 『啓蒙の弁証法』は暗い診断から始まります。二人によれば、最も広い意味での啓蒙、つまり思考の進歩は、いつも人間を恐れから解き放ち、自然の主人にしようとしてきました。それなのに、すっかり啓蒙された地上は、勝ち誇った災いに輝いている、と二人は書きます(「啓蒙の概念」の冒頭) [1] [2] 。ここでの「啓蒙」は、18 世紀の運動の名にとどまりません。自然を知り、思いどおりにして、恐れから逃れようとする思考の歩み全体を指します [1] 。 二人はこの歩みを、歴史の始まりまでさかのぼって描きます (図 1) 。いちばん古い段階では、人はまだ自分と自然をはっきり分けていませんでした。自然に似せて振る舞うこと、つまりミメーシス(模倣)によって、なじみのない力に身を合わせていたのです [1] 。やがて、神話の恐れの前で自分を保つために、儀式が生まれます。SEP が挙げる例では、娘の代わりに雌鹿を捧げて神々をなだめます [1] 。 ① ミメーシス 自然に似せて振る舞い、なじみのない 力に身を合わせる ② 犠牲の身代わり 娘の代わりに鹿を捧げる。取り替えと 抽象の始まり ③ 概念と法則 一つ一つを、同じ概念の一例として扱う ④ 道具的理性 目的を問わず、手段だけを計算する ⑤ 神話への逆戻り すべてをくり返しと見る、閉じた運命の 世界 積極的な啓蒙 思考が自分を省みる。二人は準備を 語るにとどまる 図 1 二人が描く理性の歩みです(SEP の要約に拠る本教材の整理) [1] 。①②は「神話はすでに啓蒙である」、③〜⑤は「啓蒙は神話に逆戻りする」に当たります。点線の段は、二人が準備を語るにとどまる先です。 この取り替えに、二人は大きな一歩を見ます。娘でも鹿でもよいとすることは、かけがえのないはずのものを、同じ働きをする「代わり」として数えることです。あるものを別のもので表し、取り替え、共通の面だけを抜き出すのです。二人は、犠牲の身代わりは論理的な思考への一歩だ、と言います [1] [2] 。だから神話は、すでに啓蒙の芽を含んでいます。 逆の向きも成り立ちます。二人によれば、神話と啓蒙は、前と後に並ぶ互いに相いれない段階ではなく、どの段階でも絡み合っています。序文の言い方では、神話はすでに啓蒙であり、啓蒙は神話に逆戻りします [1] [2] 。この後半の主張が、次の節の主題です。 ここで間違えやすい 二人が「理性は悪い」「神話に戻れ」と言った、と取るのは誤りです。二人は序文で、社会の自由は啓蒙の思考と切り離せないと認めています [1] 。求めたのは啓蒙を捨てることではなく、啓蒙が自分の中の逆戻りの面を省みることです。 啓蒙は神話に逆戻りする――オデュッセウスはなぜ自分を帆柱に縛ったか 啓蒙が進むと、理性は手段の計算に細っていきます。目的そのものは問わず、与えられた目的にいちばん効率のよい手段を選ぶ理性です。二人は、工業の資本主義と官僚制の中でこの道具的理性が主な形になったとみて、「啓蒙は全体主義的である」とまで言います [1] [2] 。 この理性は、一つ一つ違う物や人を、普遍の概念と法則の一例として扱います。アドルノがのちに同一性の思考と呼ぶものです [1] 。すると、すべての出来事は法則のくり返しとして説明されます。二人は、啓蒙が神話に対抗して掲げたこの原理こそ、神話の原理そのものだと言います [1] [2] 。魔法の解けた世界は、どうにもならない運命が支配する、閉じた神話の世界に似てきます (表 1) 。 この表で分かること: 神話と啓蒙は前後に並ぶ段階ではなく、どの段階にも支配と自己保存が絡み、啓蒙の極みは神話の性格に戻ります。 段階 自然との関わり 支配のしかた 神話との絡み 呪術・ミメーシス 自然に似せて身を合わせる 主体と自然がまだ分かれない 恐れに支配される 神話・犠牲 身代わりを捧げてなだめる 取り替えと抽象で操る 神話はすでに啓蒙 近代の啓蒙 概念と法則の一例にする 道具的理性で計算する 啓蒙は神話に逆戻り 表 1 理性の段階と、神話との絡み合い。段階の名と中身は SEP の要約に拠り、表の組み方は本教材の整理です [1] 。 二人はこの道のりを、ホメロス『オデュッセイア』に読み取り、英雄オデュッセウスを市民の個人の原型と呼びます [1] [2] 。セイレーンは、甘い歌で船乗りを死へ誘う怪物です。オデュッセウスは漕ぎ手の耳を蝋でふさがせ、自分を帆柱に縛らせて、その島の前を通ります (図 2) 。彼は歌を聞けますが、従えません。約束された幸福は見せかけにすぎず、漕ぎ手は歌の経験さえ奪われています [1] 。 自分を縛って通り過ぎる 聞こえるのに動けない 何も聞こえず漕ぐだけ オデュッセウス 漕ぎ手(耳に蝋) セイレーン 生き延びる(自分を守る) 図 2 『オデュッセイア』第 12 歌のセイレーンの場面を絵にしたものです(本教材の絵)。帆柱に縛られたオデュッセウスには歌が届き、耳に蝋を詰めた漕ぎ手には届きません。二人の読みは SEP の要約に拠ります [1] 。 ここに二人は、自分を守るために自分の中の自然を断ち切る主体の姿を見ます。文明の歴史は、犠牲が内へ向かい、断念を重ねる歴史だ、と言います [1] [2] 。人が自分も自然であることを忘れると、生き延びて目指すはずの目的は空しくなり、手段が目的の座に就きます。それは後期資本主義では公然の狂気の性格を帯びつつある、と二人は書きます [1] [2] 。 ここで間違えやすい オデュッセウスの話を、誘惑に負けない意志の強さの教訓と読むのは、二人の読みとは逆です。二人が見るのは、自分を縛り、物のようにすることの代償です。また、この本の「弁証法」を、自由の実現へまっすぐ進むヘーゲル流の歴史の物語と取るのも誤りです。SEP は、この本では弁証法が止まっている、と読みます [1] 。 文化産業――楽しみも型どおりに作られる 『啓蒙の弁証法』には、「文化産業――大衆欺瞞としての啓蒙」という章があります [2] 。二人は、映画・ラジオ・雑誌が一つの仕組みをなし、文化がすべてのものに似かよいの刻印を押している、と言います [2] 。どの作品も細部の違いで目新しさを装いながら、筋や結末は決まった型で作られます。受け手が自分で作品をまとめて味わう働きまで、産業が前もって済ませてしまい、受け手は用意された反応をなぞるだけになります [2] 。 二人はさらに、後期資本主義のもとでの娯楽は労働の延長だ、と言います [2] 。単調な仕事から逃れたくて娯楽を求めても、その娯楽が同じ流れ作業の型で作られているので、休みのあいだも仕事のリズムから逃れられません (図 3) 。楽しみは、次の日も働けるように人を回復させる仕組みになります。文化産業は、前の節の道具的理性が、自由な時間と心の中にまで及んだ姿だと言えます(本教材の整理)。 平日の昼:流れ作業 一日の目標 500 個 同じ速さ 金曜の夜:画面の前 中の筋はどれも同じ ここで笑う 自分で選んで楽しむ 休んで、また月曜から働く 図 3 一つ目は平日の昼の工場、二つ目は金曜の夜の居間です(本教材の作例)。部品も映画の缶も、同じ型で同じ速さで流れてきます。画面の前で休んだ人は、また月曜から働きに出ます。 ここでベンヤミンとの違いがはっきりします。ベンヤミンは複製技術に、大衆の新しい知覚の可能性を見ました。SEP のベンヤミンの項は、アドルノが 1936 年 3 月 18 日の手紙で、自律した芸術作品を反革命的なものとみなすベンヤミンの扱いに異を唱えた、と伝えています [6] 。 では、出口はあるのでしょうか。二人は啓蒙の自己破壊を「アポリア(行き詰まり)」と呼び、盲目の支配から解き放たれた積極的な啓蒙の概念を準備したい、と語るにとどまります [1] 。手がかりは、思考が自分を省みることと、主体の中の自然を思い起こすことです [1] 。のちにハーバーマスは、理性のすべてを支配と同じものとみる批判は、自分の拠り所まで掘り崩す、と批判しました [1] 。 ここで間違えやすい 二人が、娯楽を楽しむ人を愚かだと見下した、と取るのは早計です。批判が向かうのは、楽しみ方まで前もって作ってしまう仕組みです。また、二人が問うのは複製の技術そのものではなく、技術が経済の支配のもとで働くときの合理性です(どちらも本教材の読み方)。 歴史の注意:いつ、どこで書かれたか SEP は、二人が 1939〜44 年に亡命先のカリフォルニアで書いた、とまとめています [1] 。しかしフランクフルト大学の文書館は、二人の共同の執筆を 1942〜44 年としています [5] 。ホルクハイマーがロサンゼルスの近くへ移ったのは 1941 年です [4] 。それより前の数年は準備の時期とみて、共同の執筆とは分けるのが確かです。 1944 年の版は『哲学的断想』の題で少部数が出ました。1947 年の版では、マルクス主義の経済の語彙が和らげられ、この題は副題になりました [1] 。SEP の頁づけは英訳によります [3] 。 原典を読む 第 1 章の第 2 節で見たオデュッセウスとセイレーンの場面を、二人がどう読むかを要約で確かめます。 ホルクハイマー、アドルノ『啓蒙の弁証法』「啓蒙の概念」より 縛られた聞き手と、耳をふさがれた漕ぎ手 第 1 章「啓蒙の概念」のセイレーンの段の言い分を、本教材の言葉で要約します。二人の著作は日本ではまだ保護期間内なので、訳と原語の引用は載せません。 1 二人の読みの芯は、この場面で、生き延びることと楽しむことが切り離される、という点です。 2 しかも切り離され方が、人によって違います。聞く者は縛られ、働く者は耳をふさがれます [1] [2] 。 3 オデュッセウスが自分を縛らせたのは、歌の力が本物だと知っているからです。 4 二人によれば、彼は歌を聞く楽しみを手放しませんが、歌に従う道は自分で断ちます。楽しみは、縛られた体で受け取るだけの、見せかけの幸福になります [1] [2] 。 5 漕ぎ手は、もっと厳しい位置に置かれます。 6 彼らは命令に従って漕ぎ続け、歌の誘いもその美しさも知りません。働く者は、楽しみの経験そのものから締め出されるのです [1] [2] 。 原典 1 ホルクハイ