研究の問いの立て方 — Epoché
要点 関心は、研究を長く続けるための原動力になります。ただ、「SNS と若者」のような名詞のテーマのままでは、何を調べればよいかが定まりません。疑問文の問いにすると、調べる方向と答えの形が見えてきます。 問いは小さく具体的にするほど答えやすくなります。一方で、検索すればすぐ分かる事実を尋ねる問いは、研究の問いになりにくいとされます。対象と注目する側面を絞りながら、背後の大きな問いとのつながりを保つ方法があります。 答えられる問いかどうかは、誰の・何を・どのように調べるのかと、それが期限・手に入る資料・自分の力で実行できるかを書き出すと確かめやすくなります。 問いの種類の分け方は、資料によって違います。多くの分け方に入っているのは「どうなっているか(記述)」と「なぜそうなるか(説明)」の区別で、そこに「どうすればよいか」「何がよいか」などが加わります。 仮説は、問いに対する仮の答えです。変数の関係を確かめる研究では研究の前に立てることが多い一方、インタビューなどで言葉や経験を詳しく調べる質的研究などでは、問いから始めて途中で仮説を作ることもあります。 問いは、先行研究を読み、指導教員と話し、調べる途中で書き直されていくことが多いものです。相談には、書き出した問いと読んだ先行研究を持っていくと、話が具体的になります。 こんなときに ゼミで卒業論文のテーマを聞かれ、「SNS と若者です」と答えたら、「それで、何を明らかにしたいの?」と聞き返された。ほかにも、次のような場面で役に立ちます。 興味のあることはいくつもあるのに、どれも「研究」になる気がしない。 問いを立てたら「大きすぎる」と言われ、絞ったら「それは調べればすぐ分かる」と言われた。 先行研究を読んでいたら、自分の問いの答えがもう書いてあった。 インタビューで調べる研究なのに、研究計画の「仮説」の欄をどう書けばよいか分からない。 ここで迷うのは珍しいことではありません。佐藤郁哉は、卒業論文や修士論文を指導した教員なら、学生が最も苦労するのは、研究に値し、使える時間や人手で確かめられる形まで問いを落とし込む作業だと実感しているだろう、と述べています [1] 。 この文書は、自分で答えを出す研究の問いを立てるところまでを扱います。レポートの問いは レポートの書き方 、問いにどんな型の研究で答えるかは 研究デザインの選び方 、論文の序論での書き方は 論文の書き方 で扱います。 関心・テーマ・問い — 名詞を疑問文にする 関心は研究を続ける原動力で、軽く見る必要はありません。ただ、名詞で表したテーマは関心の範囲を示すだけです。疑問文の問いに書き換えると、探す方向と答えの形が見えてきます。 放送大学の卒業研究の手引きは、研究を途中で投げ出さずに進めるには、自分自身の興味関心が推進力として欠かせないとしています。一方で、日常の感覚のままではテーマにしにくいとも書いています。例は、「最近の親はなっていない」という感覚の正しさを証明しようと、事例を探し回ってしまう場合です。青少年の社会化(社会の一員として育つこと)と親の養育態度の関係のように、一般的な概念で言い換えると、他の人と議論できる形になる、という説明です [2] 。 テーマと問いは何が違うか 佐藤の 2024 年の論文(社会科学の実証研究が対象)は、マラニー(Mullaney)とレア(Rea)の本(邦訳 リサーチのはじめかた )の表をもとに、トピック(邦訳では「テーマ」)と問いの違いを示しています [3] 。 観点 トピック(テーマ) 問い 形 名詞 最後に疑問符が付く文 示すもの 興味関心の範囲 範囲に加えて、関心を満たす方法の方向 ほかの問いとの関係 無数の問いにつながるが、その方向が定まらないことも多い より具体的で関連の深い問いにつながる 答えとの関係 特に答えを前提にしていない 特定の答え、または複数の答えに結びつく 人文学の手引きにも同じ区別があります。名古屋大学東洋史学研究室の手引きは、テーマを専門論文の題のようなものとし、そのテーマで具体的にどんな問題を解明するかを決める作業を「問題設定」と呼んでいます [4] 。 書き換えの手順の例 関心のあることをたくさん書き出し、マインドマップ(言葉を線でつないで広げる図)や、付箋紙を使って整理する KJ 法などでまとめる [5] 。 何を・いつ・なぜ・どのように研究するかを決める。立命館大学国際関係学部の案内は、「面白そうだから」だけでは論文として成立しないので、何が明らかになるのかを言葉にするよう勧めています [6] 。 明らかにしたいことを疑問文にする。琉球大学附属図書館の学習支援の資料は、1 つの論文に 1 つの問いを基本にしています [5] 。論理的に関連する複数の問いを立ててもよい、とする手引きもあります [7] 。 この文書で作った例では、「SNS と若者」から「大学生は、SNS で見た情報の真偽をどう確かめているか」という問いが作れます。「確かめずに共有する学生と確かめる学生は、何が違うのか」とすれば、集める資料も答えの形も変わります。 個人的な関心からテーマを選ぶこと自体は望ましいとしたうえで、論文には個人的な動機ではなく学問上の理由を書く、とする手引きがあります [7][8] 。 問いの大きさ — 広すぎる問い、すぐ答えが出る問い 大きすぎる問いは、答えまでの道のりが長くなり、まとめただけの論文に終わりやすいとされます。別の方向のつまずきとして、すぐ調べがつく事実を尋ねる問いも研究になりにくいとされます。対象と側面を絞りながら、大きな問いとのつながりを保つ方法があります。 大きすぎる問い 琉球大学の資料は、問いが大きすぎると、明らかにするまでの過程が膨大になり、問いや目的がぼやけるとしています [5] 。慶應義塾大学通信教育課程の案内では、哲学専攻が、書けなくなる原因の大半はテーマの限定不足だとしています。独文学専攻も、テーマが大きすぎると、あれこれ並べただけの(総花的な)まとめに終わりやすいとしています [9] 。名古屋大学東洋史学研究室の手引きは、実証論文ではプロの研究者でも問題をきわめて小さく限定すると説明しています [4] 。 大阪大学外国学図書館の案内は、「哲学とは何か」を大きすぎる問いの例に挙げ、特定の哲学者の思想のように対象を絞るよう勧めています。小さすぎるのではと思うくらいの問いのほうが、明確な答えを見つけやすいという説明です [8] 。 すぐに答えが出る問い、特殊すぎる問い 一橋大学の田中拓道(政治学)の手引きは、検索してすぐ調べられる問題は扱わず、複数の答えがありうる問いを立てるよう勧めています [10] 。医学・保健の Ratan らの総説も、単純な「はい」「いいえ」や簡単に見つかる事実で答えられる問いを避けることと、「広すぎないか、狭すぎないか」を点検の項目にしています [11] 。駒澤大学社会学科の手引きは、大きすぎないかに加えて、特殊すぎないかも考えるよう挙げています [12] 。 ただし、「はい」「いいえ」で答える形の扱いは、資料によってそろっていません。Ratan ら自身も、問いの例に「〜は死亡率を下げるか」のような形を挙げています [11] 。佐藤は、医学系の解説書にある「〜は〜に比べて高いか」という疑問文を、問いより仮説として扱い、「〜と〜のあいだにはどのような関係があるか」と書き直す案を示しています [3] 。形だけで判断せず、答えを出すのに調査と分析が要るかどうかで点検する方法があります [11] 。 対象と側面で絞る 佐藤の 2024 年の論文は、研究全体の方向を示す包括的な問いを、2 つの軸で具体的な問いに分ける方法を説明しています。どの事例(業界や企業など)を取り上げるかで絞る方法と、その事例のどの側面(変数)に注目するかで絞る方法です [3] 。 絞っても、背後の大きな問いとのつながりは残せます。田中の手引きは、テーマは小さくても、背後で大きな問いにつながるものにするよう勧めています。例として、2 人の思想家の政治思想を並べるテーマより、一方がもう一方の公共性の理解をどう修正したかを問う形を挙げています [10] 。 段階 2 以上: 佐藤は、問いは絞るだけでなく広げ直すこともあるとしています。調べる途中で見立てに合わない事例が見つかったら、それについての問いを足し、包括的な問いそのものを改訂する進め方です。問いの数に定説は無いとしたうえで、論文で読者に示す包括的な問いは多くても 2〜3 個が限度で、作業の中の個別の問いは必要なだけ増えてよい、と役割ごとに考えることを提案しています [3] 。 答えられる問いにする — 何を調べれば答えが出るか 答えられる問いには、答えを出す方法があり、手に入る資料で調べられ、期限や人手の範囲で実行できる、という面があります。誰の・何を・どのように調べるかを書き出すと、どこでつまずきそうかが見えてきます。 佐藤の 2024 年の論文は、包括的な問いを絞っていくと、問いが次の 3 つを満たす形に近づくと説明しています。明確な答えを出せる(answerable)、集めたデータや資料で調べられる(researchable)、手持ちの人手・時間・資金で実行できる(feasible)、の 3 つです [3] 。放送大学の手引きは、誰の(誰を対象として)、何を(何と何の関連を)、どのように(どんな研究の型、つまり研究デザインで)明らかにしたいのかをはっきりさせるよう求めています [2] 。研究デザインの選び方は 研究デザインの選び方 で扱います。 資料と自分の力も関わります。田中の手引きは、資料が集まるか、自分の語学力で集まるかを確かめるよう挙げています [10] 。名古屋大学東洋史学研究室の手引きは、史料が膨大だったり明らかに足りなかったりすると、1 年で仕上げる卒業論文では断念することもあるとしています [4] 。 つまずきの 3 つの型 大木清弘は、学術論文らしい形はしているが「筋が悪い」問いを、3 つの型に分けています。型の名前は頭文字を揃えるための便宜で、強引な名付けだと大木自身が書いています。経営学(国際経営・経営戦略)の大学院生に向けた議論だと断っていますが、どこでつまずいたかを見分ける手がかりになります [13] 。 型 どんな問いか 直し方の例 無知 既存の研究で答えが出ているのに、知らずに立てた問い 関連分野の研究を読む 無謀 問いの性質上、または自分の力や資源では解けない問い 答えを確かめる方法と、いつまでに何を調べるかを書き出し、無理な部分を抑える 無理矢理 研究対象に合わない問いを当てはめている 対象と問いのどちらを残すかを選び、もう一方を選び直す 大木はこの 3 つの型より前に、学術的ではない問いの例として、将来の予測や提言そのものを問いにする形を挙げています。その時点で正しいかを確かめられないため、多くの場合は学術論文の問いにふさわしくない、という理由です。予測や提言は、研究から導かれる示唆として述べる形を紹介しています [13] 。 医学の点検の項目 FINER 臨床研究の問いの基準に、FINER と呼ばれる項目があります [14] 。Farrugia らの論文は、これを Hulley らの基準として紹介しています [15] 。次の表は、Farrugia らの表(Box 1)の要点をまとめたものです。 項目 確かめること Feasible(実行できる) 対象者の数、技術、時間と費用が足り、範囲を管理できるか Interesting(興味深い) 答えが、研究者・同僚・社会の関心を引くか Novel(新しい) これまでの結果を確かめる、否定する、または広げるか Ethical(倫理的である) 倫理審査委員会が承認しうる研究か Relevant(必要性がある) 科学の知識、臨床と保健の政策、今後の研究にとって意味があるか 今福輪太郎の総説は、FINER は社会科学系の研究にも適用できるとされている、と紹介しています [14] 。倫理審査の手続きは 人を対象とする研究の倫理 、概念の測り方は 概念と測定 で扱います。 問いの種類 — 分け方は資料ごとに違う 問いを種類に分ける方法は、資料によって違います。多くの分け方に入っているのは、「どうなっているか」を問う記述と、「なぜそうなるか」を問う説明の区別です。分け方は、自分の問いが何を答えとして求めているかを確かめる道具として使えます。 資料 主な分野 分け方 専修大学のゼミの手引き 計量社会学 記述型(現状がどうなっているか)、説明型(なぜ起こるか) [7] 佐藤の 2021 年の論文(1) 経営学・商学 何が起きているか、なぜ起きているか、どうすればよいか [1] アルヴェッソン(Alvesson)とサンドバーグ(Sandberg)(佐藤の紹介による) — 記述、比較、説明、規範。教育学者ディロン(Dillon)の 17 の分類を 4 つにまとめたもの [16] ハルペリン(Halperin)とヒース(Heath)(同) 政治学 記述、説明、予測、処方、規範 [16] デンスクン(Denscombe)(同) 社会調査 予測、説明、批評・評価、記述、優れた実践の開発、対象の人々の地位向上。もとは研究の目的の分類 [16] Ratan らの総説 医学・保健 存在、記述と分類、構成、関係、比較、因果など [11] 佐藤は、記述と説明の二分法に、経営学のように実践に関わる分野で重要になる「どうすればよいか」を加えています。同じことは工学や医学にも言え、その答えは実態と原因の確かな根拠が得られてから出すと有効になる、という説明です [1] 。また佐藤は、アルヴェッソンとサンドバーグが「規範」の名で技術的な改善策の問いを指していると指摘しています。そのうえで、改善策の問いは、よしあし(倫理的な判断)を問う問いと分けて呼ぶほうがよいとしています。ハルペリンとヒースは、この 2 つを処方と規範に分けています [16] 。 予測や処方の問いの置き場所についても、佐藤は整理しています。1 本の論文にまとめる研究では、予測や処方は本体の中心より、考察や実務への示唆の箇所で補足的に扱うことが多いだろう、という見方です。一方で、災害の予測や選挙結果の見込みのように、予測そのものが中心