11.34 淮南子 人間訓 — 塞翁が馬 — Epoché
この篇でできるようになること 老人の三つの問いと、人々の反応を対応させられます。 父を老人、十九を割合として読めます。 福と禍を入れ替える二句を、主語と述語から訳せます。 前提 :11.33「韓非子 外儲說左上 — 曾子、彘を殺す」。繰り返す形が、話の進み方にどのように働くかを読みます。 四つの出来事を先に並べる 淮南子は、前漢の淮南王劉安が学者を集めて編ませた書です。ここでは世の出来事を扱う人間訓から、国境の近くに住む老人の話を読みます。 善術者 は、占いや術に長けた者です。 馬が逃げる、よい馬を連れて戻る、息子が落馬して足を折る、戦争の中で父子が助かる、という四つの出来事が続きます。そのたびの出来事と、人々が下す評価を分けて捉えましょう。 出来事 人々の反応 老人の言葉 馬が胡の地へ逃げる 人皆弔之 此何遽不為福乎! 馬が駿馬を連れて戻る 人皆賀之 此何遽不能為禍乎! 息子が落馬して骨を折る 人皆弔之 此何遽不為福乎! 戦争の中で父子が助かる (本文に反応は書かれていない) (老人の言葉は無い) 見舞い、祝い、また見舞いと周囲の調子が変わる中で、老人の言葉はほとんど同じ形です。四つ目には老人の発言を重ねず、父子が助かったという出来事を置きます。その後に作者のまとめが続きます。 父は、新しく現れた父親ではない 其父 の 父 は、年寄りの男性を呼ぶ語で fǔ と読みます。冒頭に出た術に長けた老人と同じ人です。老人のさらに父親が出てきた、と人数を増やさないでください。 現代語の 父亲 の意味だけで読むと、誰が答えているかがずれます。誰の馬か、誰が人々に答え、誰の息子がけがをしたかを、場面ごとに結び付けて読みます。 その父親、と機械的に訳さないでください。この父は老人への呼び名です。問いを返すのは、初めから登場している同じ人物です。 どうして、そうならないと言えるか 此何遽不為福乎 は、これが福にならないと、どうして言えようか、という問いです。 何遽 をまとめて、どうして、と受け取ります。一字をただの飾りとして外すのでなく、問いのまとまりとして読みます。 老人は、必ず福になる、と未来を予言しているのではありません。福にならないとは言い切れない、という形で、別の可能性を残します。周囲がすぐに良い・悪いと決めることに対して、判断を閉じない返事です。 二度目だけは 此何遽不能為禍乎 と、 能 が入ります。禍になりえないと、どうして言えるか、という可能の形です。最初と最後をそのまま写してしまわず、二度目の一字を確かめましょう。 時がたち、馬を連れて戻る 居數月 は数か月たって、 居一年 は一年たって、という時の経過です。この 居 を、ある場所に住む動作だけにしないでください。場面が移る前に、どれだけ時がたったかを置いています。 其馬將胡駿馬而歸 の 將 は、引き連れるという動詞です。後ろの駿馬が、その連れる対象になります。 特別編 27篇 の、これから移ろうとする働きとは分けます。 この用法の読みは、辞書によって jiāng とするものと jiàng とするものがあります。意味は「引き連れる」です。同じ字でも、後ろに何が続くかを見て働きを選びます。 十九は、人数ではなく割合 死者十九 は、死んだ者が十のうち九、という割合です。十九人だという人数の報告ではありません。前には若い男たちが弓を引いて戦うとあり、多くが命を失ったことを述べています。 此獨以跛之故,父子相保 では、足が不自由だったため、この父子はともに無事だったと続きます。けがが良いという一般の判断ではありません。先の出来事が、この後の状況では別の結果につながったという話です。 数字二字を、いつでも十進法の人数として読まないでください。ここは十のうち九という比率で、戦った人々の多くが死んだことを示します。 福が禍へ、禍が福へ 福之為禍,禍之為福 では、福と禍を入れ替え、同じ形で並べます。主語と述語の間の 之 によって、福が禍になること、禍が福になること、というまとまりになります。 福の禍、という二つの名詞の所有関係ではありません。何が何になるかという変化を含んでいます。 特別編 6篇 で読んだ主語と述語をまとめる働きを、ここでも使ってください。 作者は、その変化を極め尽くせず、深さを測れないと結びます。老人の言葉は三度で終わります。しかし文章そのものは、父子が助かったという報告だけで終わらず、このまとめまであります。人物の発言と作者の結論を分けて読むと、結びの 化不可極,深不可測也 が、老人の答えを一般の道理へ広げていることを捉えられます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 塞 名詞 国境のとりで 胡との境を示す 近塞 国境の近く 弔 動詞 見舞いを言う ここでは死者だけを弔うのではない 人皆弔之 人々はみな見舞いを言う 父 名詞 老人 その父親ではない 其父曰 その老人は言う 何遽 問いの語 どうして まとまりとして受け取る 何遽不為福乎 どうして福にならないと言えようか 居 動詞 時がたつ 後ろに時間を置く 居數月 数か月たって 將 動詞 引き連れる この用法の読みには異説がある 將胡駿馬而歸 胡の駿馬を連れて帰る 髀 名詞 ももの骨 落馬で折る部位 折其髀 ももの骨を折る 丁壯 名詞 働き盛りの男 戦いに出る側 丁壯者引弦而戰 若い男たちが弓を引いて戦う 十九 数量の語 十のうち九 ここでは人数ではなく割合 死者十九 死者は十のうち九 跛 形容の語 足が不自由である 戦いを免れる理由 以跛之故 足が不自由なため 練習 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 此__不為福乎 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 此何遽不_為禍乎 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 _數月 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 死者__ 空欄を埋め、本文のまとまりを書いてください。 福_為禍 。また、 福之為禍,禍之為福 を、 之 の働きが分かるように日本語に訳してください。 老人の三つの返事を、次の書き下しから本文へ書き戻してください。二度目だけ入る字も挙げます。①「此れ何遽ぞ福と為らざらんや」②「此れ何遽ぞ禍と為る能はざらんや」③「此れ何遽ぞ福と為らざらんや」 此何遽不為福乎 を、福にならないと言い切れるか問う現代語へ直してください。 父 ・ 將 ・ 十九 ・ 居 の本文の意味を書いてください。 老人が福になると予言しているのでない理由を、問いの形から説明してください。 戻す語の 失望 ・ 兴奋 ・ 治疗 ・ 伤害 を四つとも使い、よいことが悪いことに、悪いことがよいことに入れかわる出来事を、現代語で二文書いてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 人皆弔之。其父曰:「此何遽不為福乎!」 人皆賀之。其父曰:「此何遽不能為禍乎!」 人皆弔之。其父曰:「此何遽不為福乎!」 故福之為禍,禍之為福,化不可極,深不可測也。 ▶ の手本を聞き、老人の三つの返事を同じ調子で音読します。人々の見舞いと祝いは調子を変え、福と禍を入れ替える結びは同じ強さで読んでください。 この篇のまとめ 人物、時の経過、割合を読み分け、周囲の評価と老人の問いを比べました。最後は福と禍が入れ替わる主語と述語の組を読み、先を一つに決めない話の運びを捉えます。 次の篇へ 次の11.35では孟子の苗を引いて育てようとする話を読みます。修養の議論の中で、禁止と、役に立たないだけでなく害になるという結びを確かめます。 答え 此何遽不為福乎 此何遽不能為禍乎 居數月 死者十九 福之為禍 。訳:福が禍になり、禍が福になる( 之 は主語と述語の間に入り、「福が禍になること」というまとまりを作ります)。 此何遽不為福乎! 此何遽不能為禍乎! 此何遽不為福乎! 二度目だけ 能 が入ります。 谁说这不会是好事? 老人、引き連れる、十のうち九、時がたつ、です。 福にならないとどうして言えるか、と否定を問い直しています。必ず福になると断定せず、別の結果になる可能性を残しています。 他很兴奋,可是马伤害了他。 (よいことが悪いことに) 他失望了,治疗后能走了。 (悪いことがよいことに) 参考文献 劉安(編)『淮南子 人間訓』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/淮南子/人間訓