11.45 陶淵明 五柳先生傳 — 環堵蕭然として風日を蔽はず — Epoché
この篇でできるようになること 人物の紹介、暮らしぶり、贊の評を本文で分けられます。 否定で描く人物像と、貧しさへの態度を説明できます。 否定を強める読みを区別し、読書や酒の文を現代語にできます。 前提 :11.44「周敦頤 愛蓮說」。菊を愛したとされた陶淵明の人物の描き方へ進みます。 名のない人の伝記 傳は人物の名や出身、事跡を記す文で、最後に贊という評を付ける形があります。この篇も、人物の紹介から暮らしぶりへ進み、 贊曰 で評へ移ります。 ところが書き出しの 先生不知何許人也 では、どこの人か分からないと言い、続けて姓も字も詳しく分からないとします。伝記でまず知りたい名と出身を、初めから伏せています。 五柳先生は陶淵明が自分を託した人物と古くから読まれてきました。宋書も自分になぞらえた作とします。作者の生活を写したものと読むこともできますが、まず他人の伝記の形として、どのような人物を描くかを読みましょう。 宅邊有五柳樹 が号の由来です。名が分からない代わりに、住まいのそばの五本の柳から、その人を呼びます。家の近くのものが人物の名になる点も、身分や経歴を先に並べない書き方につながります。 何をしない人なのか 贊より前で、 不 を拾ってください。知らない、詳しくない、慕わない、求めない、できない、惜しまない、防がないという否定が続きます。名や出身の欠けだけでなく、名誉や利益への態度、暮らしの乏しさも否定で表します。 この部分の否定は七つです。本文の 吝 は、惜しむという意味です。 否定がある文をすべて本人の意志にしないことも大切です。名誉を求めない態度と、酒をいつも手に入れられない事情は違います。何がないのか、何をしないのかを分けると、人物の選択と貧しさの両方が見えます。 贊にも否定はありますが、そこは引用された評の言葉です。末尾の 無懷氏 の 無 は名前の一部なので、否定の 無 ではありません。 細かい解釈より、心に通う意味 好讀書、不求甚解 は、読書を好むが、細かい解釈にはこだわらないということです。現代語の 不求甚解 は、深く考えずに済ませるという、よくない意味で使われます。その意味だけをこの人物に当てはめないでください。 直後の 每有會意、便欣然忘食 で、意味が心に通うたび、うれしくて食事も忘れる姿が示されます。読むことに無関心なのではなく、何を読書の喜びとしているかが述べられています。 每 でそのたびを示し、 便 で次の動きをつなぎます。現代語へ直すときも、分かった一度だけの話にせず、意味が分かるたびに起こる関係を残しましょう。 不求甚解 だけを切り出して、いい加減な読書家と決めないでください。食事を忘れるほど喜ぶ次の句を合わせて読みます。 酒を飲み、未練を残さず帰る 酒を好みますが、家が貧しく、いつも手に入れられるわけではありません。親類や古い友が酒を用意して招くと、訪ねて飲みます。 造 は訪ねる、 輒 はそのたびに、という意味です。 曾不吝情去留 の 曾 は zēng と読み、否定を強めます。現代語の、かつて、という céng ではありません。帰るか留まるかについて、少しも未練を残さないということです。 この人の読書と酒は、どちらも好むことですが、書き方は同じではありません。読書では意味を受け取る喜び、酒では手に入りにくい事情と、酔った後の去り方を描きます。好きなものを列挙しただけでなく、その人の振る舞いまで読めます。 曾 を、かつて一度そうだった、と過去の経験にしないでください。後ろの否定を強くする語として、まったく惜しまない、と読みます。書き下しの「曽て〜ず」も訓読の決まった言い方で、「まったく〜ない」という意味です。 貧しさの後に置く三字 環堵蕭然 、 不蔽風日 、 短褐穿結 、 簞瓢屢空 と、住まい、風や日ざし、衣、食べ物の乏しさを重ねます。 褐 は粗い布の衣で、茶色という色の説明ではありません。 簞瓢 は飯を入れる器とひょうたんの器で、論語の顔回の話を踏まえます。 屢 はしばしばです。器がたびたび空になる暮らしを、後ろの 晏如也 が受けます。 平然としている、という三字で、貧しいことと、その貧しさに対する態度を分けます。風が入らない家へ急に変わったわけではありません。暮らしの乏しさはそのままで、それをどう受け止める人かが示されます。 贊の言葉は誰のものか 本文は 黔婁之妻有言 と、清貧で知られる黔婁の妻の言葉を引きます。 引用は、貧しく低い身分をくよくよせず、富や高い身分にあくせくしない、という対です。その言葉はこの人のたぐいを言うのだろうか、と問い、最後にも二度の問いを置きます。 文末の 歟 は yú と読み、であろうか、という調子です。 無懷氏之民歟 と 葛天氏之民歟 は、いにしえの人々になぞらえて問う形です。本人が自分をほめて断言するのでなく、古人の言葉と問いの形を通して人物を評します。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 何許 疑問の語 どこ 出身を尋ねる 何許人也 どこの人であろうか 慕 動詞 あこがれ求める ここでは名誉や利益 不慕榮利 名誉や利益を求めない 甚解 名詞 細かな解釈 現代の成語の評価と分ける 不求甚解 細かな解釈を求めない 會意 動詞 意味が心に通う 字の作り方の名前ではない 每有會意 意味が心に通うたびに 造 動詞 訪ねる 作るではない 造飲輒盡 訪ねて飲めばそのたび飲みつくす 輒 副詞 そのたびに 繰り返す関係 輒盡 そのたび飲みつくす 曾 副詞 まったく 否定を強める 曾不吝情去留 去るか留まるかに少しも未練を残さない 褐 名詞 粗い布の衣 茶色ではない 短褐穿結 粗い短衣が破れつぎはぎである 晏如 形容詞 平然とした 貧しさへの態度 晏如也 平然としている 歟 語気詞 〜であろうか 問いとして結ぶ 無懷氏之民歟 無懷氏の民であろうか 練習 空欄を埋めて本文の句を書いてください。 先生不知_許人也 空欄を埋めて本文の句を書いてください。 宅邊_五柳樹 空欄を埋めて本文の句を書いてください。 _不吝情去留 空欄を埋めて本文の句を書いてください。 無懷氏之民_ 贊の前までの否定の字を拾い、贊の引用の否定と分けて書いてください。 好讀書、不求甚解。每有會意、便欣然忘食。 を、意味が通じたときの喜びを残して現代語に置き換えてください。 家貧、不能常得 を、酒がいつも手に入るわけではないと、現代語の可能補語で言い換えてください。 前の課で学んだ次の語から選んで使い、自分を三人称の人物として紹介する文を三文書いてください。 老实 ・ 诚实 ・ 穷人 ・ 自信 ・ 专心 ・ 无聊 名と出身を伏せた書き出しには、どのような効果がありますか。 本文を、人物の紹介、暮らしぶり、 贊 の評の三つに区切ってください。それぞれの始まりの句を書きます。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 環堵蕭然、不蔽風日。短褐穿結、簞瓢屢空、晏如也。 贊曰、黔婁之妻有言、不戚戚於貧賤、不汲汲於富貴。其言茲若人之儔乎。銜觴賦詩、以樂其志、無懷氏之民歟、葛天氏之民歟。 ▶ の手本を聞いて音読します。一つ目の句では 晏如也 の前で間を置きます。二つ目の句では 贊曰 から調子を変え、最後の二つの 歟 は問いの調子で読みます。 この篇のまとめ 傳から贊へ進む形を読み、否定から人物の輪郭を捉えました。読書の喜びや酒への態度、貧しさの中の平然さを読み、古人の言葉と問いで閉じる評を受け取ります。 次の篇へ 次の11.46では韓愈の馬說を読みます。千里の馬とそれを見抜く人を通し、同じ字の読み分けと、問いから言い切りへ進む結びを確かめます。 答え 先生不知何許人也 宅邊有五柳樹 曾不吝情去留 無懷氏之民歟 贊の前は 不知 ・ 不詳 ・ 不慕 ・ 不求 ・ 不能 ・ 不吝 ・ 不蔽 です。贊の引用は 不戚戚於貧賤 と 不汲汲於富貴 です。 無懷氏 は名前です。 他爱读书,不管细节。 每次读懂,都高兴得忘了吃饭。 家里穷,常常得不到酒。 他是老实人。 他是穷人,但很自信。 他专心读书,不觉得无聊。 身分や経歴より暮らし方や態度に目を向けさせ、作者だけに限らない人物として読めるようにしています。 人物の紹介は 先生不知何許人也 から、暮らしぶりは 閑靜少言 から、評は 贊曰 からです。 参考文献 陶淵明『五柳先生傳』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷7