原因を確かめる――比較・事例・データの使い方 — Epoché
基礎 総説 約 25 分 本文 約 10,700 字 図 5・表 2 資料 1 節 この課の要点 落とし穴・比べ方・割り振りの 3 つ 落とし穴 一緒に動く(相関)だけでは原因と言えない。偶然・逆の向き・第三の要因を一つずつ外し、集団の関係を個人に当てはめない 比べ方 似た事例や違う事例を並べる比較と、一つの事例の中の順序と証拠をたどる事例研究は、少ない事例で原因の候補を絞る道具 割り振り 偶然で組を分ける実験は、見えない要因も平均でそろえる。実験できない所では、偶然に近い割り振りを社会の中に探す はじめに 「投票率の高い県は、お年寄りの多い県だ」「選挙制度を変えたら政党の数が減った」。政治をめぐる話には、こうした「A だから B」という形の言い方がよく出てきます。ニュースの解説でも、友人との会話でも、私たちは原因を語るのが好きです。けれども、二つのことが一緒に起きているのを見ただけで、片方がもう片方の原因だと言ってよいのでしょうか。 前の課では、「〜である」という事実の主張と「〜すべきだ」という価値の主張を分けました。この課は、事実の側の中でもとくに難しい「なぜそうなったか」という原因の主張を扱います。原因の主張は、ただの観察よりも強いことを言っています。「もし A が無かったら B も起きなかった」「A を変えれば B も変わる」という、目の前には無い場面についての主張だからです。 自然科学なら、条件をそろえて実験し、確かめることができます。しかし政治学では、国の制度を研究のために入れ替えることも、歴史をやり直すこともできません。そこで政治学は、いくつかの道具を組み合わせてきました。複数の国や時代を比べる方法、一つの出来事を深くたどる方法、多くの数を集めて傾向を見る方法、そして小さな範囲で行う実験です。 この課では、まず「一緒に動く」と「原因がある」の違いを、三つの落とし穴から確かめます。次に、比べる・深くたどる・偶然に割り振るという三つの道具を、それぞれの強みと弱みとともに見ます。資料の章では、47 都道府県の統計を自分でグラフから読み、何が言えて何が言えないかを確かめます。この課程の後の課で出てくる多くの主張を、自分で吟味するための準備です。 この課の問い 「A のせいで B が起きた」と言うには、何を確かめればよいのでしょうか。実験のできない政治の問いで、原因をどう絞り込めばよいのでしょうか。 この課のことば 相関 二つの量が一緒に動く関係です。片方が大きい所ほどもう片方も大きい(または小さい)ことを指し、どちらが原因かまでは言いません。 交絡(第三の要因) 別の要因が、二つの量の両方に影響していることです。その要因は測れている場合も、見えていない場合もあります。暑い日がアイスの売れ行きと水の事故の両方を増やす、といった場合です。 生態学的誤謬 県や国などの集団の数どうしの関係を、そのまま一人ひとりの関係だと読んでしまう誤りです。集団の傾向と個人の傾向は、向きまで違うことがあります。 過程追跡 一つの事例の中で、原因から結果に至る出来事の順序と証拠をたどり、説明が成り立つかを確かめる方法です。 無作為割り当て くじのような偶然で、働きかける組と働きかけない組を分けることです。こうすると、二つの組は見えない点も含めて平均で似てきます。 原因の問い――「なぜ」にどう答えるか 原因を確かめるとは、「ほかの説明ではない」ことを一つずつ示していく作業です。この章では、まず相関と原因の違いを確かめ、そのうえで比較・事例研究・実験という三つの道具が、それぞれどの「ほかの説明」を外すのに向いているかを見ていきます。 一緒に動くことと原因――相関の三つの落とし穴 二つの量が一緒に動くことを相関といいます。相関が見つかっても、それだけで原因と結果の関係を導くことはできません。これは統計の世界で「相関は因果を意味しない」と言い習わされてきた原則で、相関だけを理由に原因を言い切るのは「誤った原因の推論」の一種とされます [1] 。では、相関があるのに原因でないのは、どんなときでしょうか。代表的な落とし穴は三つあります [1] 。 一つ目は偶然です。たくさんの組み合わせを調べれば、本当は関係の無い二つの量が、たまたま一緒に動いて見えることがあります。米国には、ワシントンのアメリカンフットボールのチームの試合にまつわる話があります。大統領選挙の前に本拠地で行った最後の試合の結果が、1936 年から 2000 年までのすべての大統領選挙の結果を言い当てていたというのです。この一致は 2004 年に途切れました [1] 。もちろん、試合が選挙を動かしたわけではありません。調べる組み合わせが多いほど、こうした偶然の一致は見つかりやすくなります。 二つ目は逆の因果です。原因だと思った側が、実は結果の側だという場合です。本教材の作例で考えます。「街頭演説を多くした候補者の選挙区ほど、得票が競り合っていた」というデータがあったとします。演説が競り合いを生んだのでしょうか。むしろ、競り合いが予想される選挙区だからこそ、候補者が演説を増やしたと考える方が自然かもしれません。矢印の向きが逆なら、演説の効果を測ったことにはなりません。 三つ目は第三の要因(交絡)です。別の要因が、二つの量の両方に影響している場合です。その要因は、測れていることもあれば、見えていないこともあります [1] 。よく挙げられる例が、アイスクリームの売れ行きと水の事故の件数です。両者は一緒に増えますが、アイスが事故を起こすのではありません。暑い季節には、アイスもよく売れ、泳ぎに行く人も増えるからです [1] (図 1) 。 暑さが二つを同時に動かす 第三の要因:暑さ 直接の原因? アイスが売れる 水の事故が増える どちらも暑い日に増える 図 1 第三の要因のたとえ(本教材のたとえの絵)。暑い日には、アイスもよく売れ、水辺での事故も増えます。アイスと事故が一緒に動くのは、暑さが両方を動かすからです。 これらに加えて、政治学で特に気をつけたいのが、データの水準の違いです。ロビンソンは 1950 年の論文で、1930 年の米国の国勢調査を使い、州ごとの「外国生まれの人の割合」と「読み書きのできない人の割合」の関係を調べました。州の単位で見ると、外国生まれの人が多い州ほど、読み書きのできない人の割合が低いという関係が出ました。ところが個人の単位で見ると、外国生まれの人の方が読み書きのできない割合はやや高かったのです [2] 。向きが逆になったのは、移民が、もともと読み書きのできる人の多い州に住む傾向があったからだとロビンソンは示しました [2] 。集団の数どうしの関係を、そのまま個人の関係として読む誤りは、後に「生態学的誤謬」と呼ばれるようになりました [2] 。 日本の例でも確かめておきます。個人の側を見ると、2024 年の衆院選では、20 歳代の投票率が 34.62%、60 歳代が 68.02%と、年代によって大きな差がありました [3] (図 2) 。これは全国から選んだ一部の投票区での調査です。では、県の単位で「お年寄りの多い県ほど投票率が高い」と強く言えるでしょうか。それを確かめるのが、この課の資料の章です。 10歳代 39.4% 20歳代 34.6% 30歳代 45.7% 40歳代 52.7% 50歳代 59.2% 60歳代 68.0% 70歳代以上 60.4% 0 20 40 60 80 出典:総務省「衆議院議員総選挙における年代別投票率( 抽出)の推移」第50回 図 2 2024 年衆院選の年代別投票率(全国から抽出した投票区の調査)。出典:総務省「衆議院議員総選挙における年代別投票率(抽出)の推移」。 ただし、相関を役に立たないものとして捨てるのも誤りです。倫理や費用の理由で実験のできない問いでは、相関は重要な証拠の一種です [1] 。大事なのは、相関を出発点にして、偶然・逆の因果・第三の要因・水準の違いという「ほかの説明」を一つずつ外していくことです。この章の残りの節で見る道具は、そのための工夫です。 ここで間違えやすい 「相関は因果ではない」を「相関は何も教えてくれない」と取り違えないようにします。相関は原因を探す手がかりです。問題は、相関だけで止まり、ほかの説明を外す作業を省くことです。 比べて原因を絞る――ミルの方法と比較政治 原因を絞る最も古い道具の一つが、事例を比べることです。19 世紀英国の哲学者ミルは、1843 年に初めて刊行された『論理学体系』で、原因を見つけるための帰納の方法を整理しました [4] 。そのうち比較政治で今も使われるのが、一致法と差異法です [5] 。 一致法は、調べたい現象が起きている複数の事例が、ただ一つの条件だけを共有しているとき、その条件を原因(または結果)の候補とみなす方法です。差異法は、現象が起きている事例と起きていない事例を比べる方法です。二つが、ただ一つの条件を除いてすべての条件を共有しているとき、その一つの違いを原因(または結果、あるいは原因の欠かせない一部)とみなします [4] [5] 。どちらも「ただ一つ」という条件が付いていることに注意してください。 比較政治では、差異法の考え方は「最も似たシステムの設計」、一致法の考え方は「最も異なるシステムの設計」と呼ばれます [5] 。この二つの設計の考えを比較の研究に持ち込んだのは、プシェヴォルスキとテューンの 1970 年の著書『比較社会調査の論理』でした [6] 。前者は、よく似た国どうしで結果が違うとき、その違いをもたらした条件を探します。後者は、ずいぶん違う国どうしで結果が同じとき、共通している条件を探します (図 3) 。 差異法(最も似た システム) 一致法(最も異なる システム) 事例:条件がほぼ 同じ 事例:条件がほぼ 違う 結果:違う 結果:同じ 候補:違っている 条件 候補:共通の条件 弱み:条件が そろわない 弱み:別の原因でも 同じ結果 図 3 差異法(最も似たシステムの設計)と一致法(最も異なるシステムの設計)の比べ方。上から同じ項目の順に並べています。 しかし、ミル自身はこの方法を社会の問題に使うことに慎重でした。『論理学体系』の後半で、ミルは、商業政策のほかはすべての点で一致する二つの国があるなら、その二つは商業政策でも一致するだろうと論じます。政策の違いは、その国の位置や利害、考え方や習慣の違いから生まれるもので、そうした違いは数え切れないほど広がっているからです。そのためミルは、社会科学で差異法の条件を得ることは「論証された不可能」だと書きました [4] 。一致法についても、同じ結果が事例によって別々の原因から生じうること(原因の複数性)を挙げ、社会の現象ではそれが最も広く見られるので、価値は小さいと述べています [4] 。 では、比較は役に立たないのでしょうか。後の研究者は、限界を知ったうえで使い方を工夫しました。レイプハルトは 1971 年の論文で、比較の方法の主な難しさを「比較的少数の事例から一般化しなければならない」点に見ました [7] 。そのうえで四つの解決を示しました。時代を延ばしたり地域を広げたりして事例の数をできるだけ増やすこと、分析で扱う変数の組み合わせを減らすこと、比べやすい事例に絞ること、鍵になる変数に集中すること、です [7] 。 日本の例で考えてみます。1994 年、細川内閣のもとで公職選挙法が改正され、衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されました。新しい制度は 1996 年の第 41 回総選挙から使われています [8] 。同じ日本の中で、制度の前と後を比べれば、国の違いという条件はそろいます。しかし、改革の前後には政党の再編も同じ時期に進みました [8] 。前後で何かが変わったとき、それが制度のせいなのか、同じ時期に変わったほかの条件のせいなのかを区別しないと、ミルが指摘した難しさにそのままぶつかります。比較は答えを自動で出す機械ではなく、原因の候補を絞り、次に何を確かめるべきかを教えてくれる道具なのです。 ここで間違えやすい 「似た国を二つ選んで比べれば原因が分かる」は言い過ぎです。どれほど似た国でも、違う点は数多く残ります。比較で見つかるのは原因の候補で、ほかの違いを外す作業がその後に続きます。 一つの事例を深く見る――事例研究と過程追跡 比べる事例が少なすぎるときや、一つの出来事そのものを説明したいときには、事例を深く掘る方法があります。その代表が過程追跡です。政治学者コリアーは 2011 年に、過程追跡を「研究の問いと仮説に照らして選び、分析した、診断的な証拠の体系的な検討」と定義しました [9] 。要するに、原因から結果までの間に、どんな出来事がどんな順序で起きたかを、証拠でたどる方法です [9] (図 4) 。 仮説 原因から結果への筋道を言葉にする 見えるはずのこと 仮説が本当なら残るはずの記録や順序を 挙げる 証拠を集める 文書・証言・日付で順序と中身を 確かめる 競う説明と照らす 別の説明なら何が見えるはずかと比べる ほかの事例へ 結論が広がるかを別の事例で確かめる 図 4 仮説を検証する過程追跡の手順(本教材の整理)。最後の段は、一つの事例の外へ結論を広げるときに要る、先の作業です。 一つの事例しか見ないのに、なぜ原因について何か言えるのでしょうか。手がかりは、一つの事例の中にも観察できることが多数あるという点です。キング、コヘイン、ヴァーバの三人は 1994 年の著書で、定性的な研究と定量的な研究は同じ「推論の論理」を共有していると主張しました [10] 。そして、理論から導かれる観察できる帰結を、できるだけ多く集めるよう勧めました [10] 。事例研究も、事例の中の多くの人物・時点・記録を観察として扱えるというわけです [10] 。 証拠の重みを見分ける道具として、ヴァン・エヴェラは 1997 年の著書で四つの検定を区別しました [11] 。「風見の藁」の検定は、通っても落ちても仮説への支持や反証が弱いものです。「輪くぐり」の検定は、落ちれば仮説が退けられるが、通っても強い支持にはならないものです(必要条件の検定)。「動かぬ証拠」の検定は、通れば強い支持になるが、落ちても強い反証にはならないものです(十分条件の検定)。「二重決定」の検定は