7.2 本はどう伝わったか — 写本・校訂・注釈書 — Epoché
この課でできるようになること 印刷の無い時代に本がどう伝わったかを説明し、「諸本」という言葉を使える。 底本・校訂・校異が何を指すかを言える。 この課程が古い校訂本を原文に使う理由と、その限界を挙げられる。 本文に揺れや誤りを見つけたとき、どう構えればよいかを知っている。 前提 : 7.1 まで。 次の篇から読む『宇治拾遺物語』は、八百年ほど前の本です。その八百年のあいだ、この本はどうやってあなたの手元まで来たのでしょうか。答えは「人が手で写し続けた」です。写せば必ず、どこかが変わります。変わったものをまた写せば、変わり方が積み重なります。 いま読める「原文」は、その積み重なりの先にあるもの で、著者が書いた紙そのものではありません。 音編 7課 で、句読点も濁点も鉤括弧も写本には無く、いま見えているのは校訂者が補ったものだ、という話をしました。この課はその先です。校訂者が何を材料にして、どんな判断をして一つの本文を作るのか。そしてこの課程が使っている本文には、どういう性質と限界があるのか。読む前にここを押さえておくと、注釈書の訳が食い違っていても、本文の字が変でも、慌てずに済みます。 現代語に残っている形 あなたはいま、本がどう作られるかを知っています。著者が原稿を書き、編集者が読み、校閲が誤りを拾い、印刷所が版を作る。そこから刷られた何万冊は、 一字残らず同じ です。ある本の三十五ページ十行目を指せば、日本中の誰もが同じ一行を見られます。これは当たり前のことのようですが、印刷という技術が用意してくれている、かなり特殊な状態です。 もう一つ、あなたが知っているものがあります。伝言ゲームです。人を介するたびに言葉は少しずつ変わり、十人を過ぎるころには元と違うものになっている。しかも、変わったところで話は止まりません。受け取った人は、それが変わったものだと知らないまま、次の人へ渡します。写本の時代の本は、この伝言ゲームで八百年を渡ってきました。 古文ではこうなる 写せば変わる 近世に木版の本が広まるまで、物語や説話は 書き写して 伝えられました。写す人は学者とはかぎらず、写す目的も、自分で読むため・人に贈るため・寺に納めるためとさまざまです。そして写す作業では、次のようなことが起こります。 何が起きるか どうしてそうなるか 見誤り 崩し字は字形が似ている。仮名を一つ取り違える 重ね書き・脱落 同じ字を二度書く、あるいは一字落とす。目が疲れれば誰でも起こす 行飛ばし 同じ語が近くに二度あると、二つめの語へ目が跳び、その間が丸ごと落ちる 書き足し 分かりにくい所に補われた説明が、次に写す人には本文に見える 直し 意味の通らない所を、写す人がよかれと思って直す こうして、同じ作品なのに中身の少しずつ違う本がいくつもできます。これを 諸本 といいます。どれが正しいという話ではありません。著者の書いた本はとうに失われていて、比べる相手がいないからです。 底本・校訂・校異 そこで学者は、集められるだけの諸本を集め、突き合わせます。まず、いちばん信用できそうな一本を選んで中心に据えます。これが 底本 です。次に、底本の明らかな誤りを他の本で正し、句読点と濁点と鉤括弧を補います。これが 校訂 です。そして、採らなかった他の本の字を、脚注や欄外に並べておきます。これが 校異 です。 ここで大事なのは、校異が付いているということは、 採用した字も「選んだ結果」だ と校訂者自身が認めている、ということです。あなたが読む一行の裏には、採られなかった別の一行が控えています。注釈書によって訳が食い違うのは、この選び方が違うからで、どちらかが間違っているとはかぎりません。 注釈書の系譜 本文を作る仕事と並んで、意味を説く仕事も長く続いてきました。おおまかには三段あります。 時期 誰が 何をしたか 中世(古注) 歌人・僧 『源氏物語』『伊勢物語』に注をつけた。語の意味と、引かれた故事や歌の出所を示す 近世(国学) 契沖・賀茂真淵・本居宣長 古い仮名遣いを実証で立て直し、『万葉集』『古事記』『源氏物語』を一から注釈し直した 近代(活字の全集) 明治以降の学者 諸本を集めて校訂し、活字に組んで全集にした。國文大觀・國史大系・有朋堂文庫など いま書店に並ぶ全集や文庫は、この三段を全部受け継いだ上に立っています。詳しい脚注も現代語訳も付いていて、たいへん読みやすい。ただし、それらは いま生きている人の仕事 なので、著作権があります。 この課程の原文と、その限界 この課程が原文に使うのは、 権利の切れた古い校訂本 です。『宇治拾遺物語』なら國史大系、『徒然草』なら國文大觀、『竹取物語』なら國民文庫。これらは百年以上前に出た活字本で、自由に全文を載せられます。全文を載せられるということは、抜粋ではなく話を最初から最後まで読めるということで、学ぶ側にとってはこれが大きい。 そのかわり、限界もはっきりしています。旧字が残っていること。仮名遣いが写本のまま揺れていること。句読点が「。」だけで、会話の鉤括弧が無いこと。異体仮名や返り点を示す翻刻上の印が混じっていること。そして、 誤植があること です。次でその実物を見ます。 原文で確かめる 三か所、この課程の本文をそのまま引きます。どれも直さずに引いてあります。 世に宇治拾遺物語といふ物あり。此大納言は隆国といふ人なり。 [1] 世編 1課 でも見た序の書き出しです。二文めの「この大納言」に受け先がありません。多くの校訂本はここを「宇治 大納言物語 」とし、それなら「この大納言=宇治大納言=隆国」ときれいにつながります。書名が本文に紛れ込んだのか、写す人が近くの語に引かれたのか。 本文のいちばん最初の一行から、もう本によって違う のです。 往来の者たかきいやしきをいはずよびあつめむかし物語をせさぜて。 [1] 「せさぜて」は「せさせて」でなければ意味が通りません。濁点が一つ余計に付いています。これは写本の違いというより、活字に組むときに入った 誤植 でしょう。書写の段階で起きたことと、活字にする段階で起きたことは、別のものとして分けて考えます。 かたがわにによりてねたるよしにて出くるを待けるに。 [1] 読編 1課 で読む「児のそら寝」の一節です。ここには 性質の違う二つの揺れ が同居しています。「にに」と「に」が重なっているのは、ほぼ確実に誤りです。ところが「かたがわ」のほうは、多くの注釈書が「かたかた」(=片方)とするけれども、「かたがは」(=片側)でも意味は通ります。前者は直すべき誤り、後者は どちらとも決めがたい本の違い 。同じ一行の中で、扱いが変わります。この一節のすぐ前の行にも「つれづれにに」「かかひもちい」という重なりがあり、これは音編ですでに見たとおりです。 この課程の本文 多くの注釈書が採る形 違いの正体 世に宇治拾遺物語といふ物あり 世に宇治大納言物語といふ物あり 書名。次の一文の受け先が変わる むかし物語をせさぜて 昔物語をせさせて 濁点一つ。活字にするときの誤植 かたがわにによりて かたかたに寄りて 「にに」は誤り。「かたがわ」は本の違い 揺れに出会ったときの構え 覚えることは三つだけです。一つ、 辞書は終止形・清音で引く 。本文が「わらひける」でも辞書の見出しは「わらふ」、「せさぜて」でも見出しは「さす」です。濁点の有無も活用形も、本文のほうが揺れているので、こちらが直して引きます。 二つ、 仮名の揺れは気にしない 。同じ本の中で同じ語が違う仮名で書かれていることは珍しくありません。意味が通る読み方を一つ選んで、先へ進んでください。三つ、 訳が食い違っても慌てない 。底本と判断が違えば訳は違います。この課程の現代語訳も、一つの読み方にすぎません。 読み上げと音読 読み上げは、この課程が本文に付けた現代仮名の読みで作ってあります。誤植のところは正しい形で読ませていますから、「せさぜて」は「せさせて」と聞こえます。 耳で聞いた形と目で見た字が違う箇所こそ、本文が揺れているところ です。上の三つの引用を読み上げで聞き、そのあと自分で音読してください。「といふ」は「という」、「いはず」は「いわず」、「待けるに」は「まちけるに」です。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 国文学研究資料館紹介映像 国文学研究資料館(10:33、2021) 古典籍がどう集められ、伝えられているか。後半は奈良絵本「うらしま」の紹介 竹取物語(古写本・奈良絵本・版本) 立正大学図書館(3:20、2024) 同じ物語が写本・絵本・版本でどう違うかを並べて見せます。 電子展示「和書のさまざま」序章 国文学研究資料館(13:48、2024) 練習 次の語を辞書で引くには、どんな形に直してから引きますか。(ア) のこれる (イ) わらひける (ウ) といへば 同じ作品なのに、注釈書によって本文が違うことがあります。その理由を二つ挙げてください。 「往来の者〜」の一節を、誤植を直した形で、いまの音で三回音読してください。 この課のまとめ 写本の時代、本は書き写して伝わった。写せば変わり、変わったものがまた写される。こうしてできた違う本を諸本という。 校訂者は諸本を集め、底本を決め、誤りを正し、句読点と濁点を補い、採らなかった字を校異として残す。 注釈書は中世の古注・近世の国学・近代の活字全集と重なってきた。いまの全集には著作権がある。 この課程の原文は権利の切れた古い校訂本。全文が載せられる反面、旧字・仮名の揺れ・誤植がそのまま残る。 揺れに出会ったら、辞書は終止形・清音で引く。仮名の揺れは気にしない。訳の食い違いは判断の違い。 次の課へ 世編の第 1 期はここまでです。8.1 から、いよいよ『宇治拾遺物語』を読みます。最初は「児のそら寝」。比叡山の児が、僧たちの作るぼた餅を待って寝たふりをする、四百字ほどの短い話です。文法はすべて習ったものだけで足ります。分からない語は語釈に全部載せてありますから、辞書を引かずに、まず一度通して読んでみてください。 答え (ア) のこる (イ) わらふ (ウ) いふ 。いずれも終止形に直し、濁点は付けずに引きます。 (例)底本にした写本が違うから。どの字を採るか・どこで文を切るかという校訂者の判断が違うから。 読みの目安: おうらいのものたかきいやしきをいわずよびあつめ、むかしものがたりをせさせて。 参考文献 『宇治拾遺物語』序および巻第一(國史大系・明治三十四年刊本を底本とする Wikisource 版)。パブリックドメイン。漢字は通行の字体に改めた。誤植を含む箇所は、この課の趣旨により直さずに引いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/宇治拾遺物語