4.3 完了の「つ」「ぬ」「たり」「り」 — Epoché
この課でできるようになること 完了の四人「つ」「ぬ」「たり」「り」を、接続の違いで見分けられる。 「たり」「り」の「〜ている」(存続)と、「つ」「ぬ」の「〜てしまった」(完了)を訳し分けられる。 「り」が四段の已然形とサ変の未然形にしか付かないことを知り、「眠れる」「至れり」の形を説明できる。 完了の「ぬ」と打消の「ぬ」を、前の形で見分けられる。 前提 : 4.2 まで。 過去の家族は二人でしたが、完了の家族は四人います。「つ」「ぬ」「たり」「り」。数が多くて高校では嫌われますが、 意味は二種類しかありません 。「〜てしまった」(完了)と「〜ている」(存続)です。四人いるのは、意味が四通りあるからではなく、付き方と語感が少しずつ違うからです。 見分けの鍵は接続です。「つ」「ぬ」「たり」の三人は連用形につきます。「り」だけが変わっていて、四段の已然形とサ変の未然形にしか付きません。この一点さえ押さえれば、「り」は原文の中で見間違えようがなくなります。あとは「つ」と「ぬ」の語感の違いを覚えるだけです。 現代語に残っている形 完了の四人は、いまの日本語にいちばん多く残っている助動詞です。次の言い回しはどれも説明なしで意味が取れるはずです。 いまの言い回し 意味 古文の形 至れり尽くせり 行き届いている 「至れ」「尽くせ」+「り」の終止形 眠れる森の美女 眠っている森の美女 「眠れ」+「り」の連体形「る」 生ける屍 生きている屍 「生け」+「る」 果たせるかな 思ったとおりだ 「果たせ」+「る」+詠嘆の「かな」 散りぬるを 散ってしまうのに 「散り」+「ぬ」の連体形「ぬる」 秘めたる思い 秘めている思い 「秘め」+「たり」の連体形「たる」 上の四つは全部「り」です。「至れ」「眠れ」「生け」「果たせ」——どれもエ段で終わっているのに気づいたでしょうか。四段動詞の已然形がエ段だからです。 「り」の前は必ずエ段になります。 これが「り」を見つける目印で、原文でも同じように働きます。「知りたる」の「たる」だけが、連用形(イ段)の下に立っています。 「つ」だけは、はっきりした形では残りませんでした。「行きつ戻りつ」「浮きつ沈みつ」の「つ」が同じ根から出た形だと説明される程度です。そのぶん、原文では働き者です。 古文ではこうなる 連用形につく三人 — つ・ぬ・たり 「つ」は下二段と同じ形に変わります(て・て・つ・つる・つれ・てよ)。意味は完了で、 人が意識してした動作 に付くことが多い、という語感があります。「ぬ」はナ変と同じ形(な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね)。こちらは ひとりでにそうなった変化 に付きやすい。「花が枯れた」「日が暮れた」のような、誰の意志でもない移り変わりです。ただしこれは傾向で、絶対の規則ではありません。迷ったら、どちらも「〜てしまった」と訳して構いません。 「たり」はラ変と同じ形(たら・たり・たり・たる・たれ・たれ)。「つ」「ぬ」との違いは、 結果がいまも続いている という点です。「〜ている」と訳すとうまくいくことが多く、これを存続と呼びます。現代語の「〜た」が「した」と「している」の両方を担っているのに対し、古文はここを分けて言えます。 「り」だけが違うところ 「り」もラ変と同じ形(ら・り・り・る・れ・れ)ですが、接続だけが特別です。 四段動詞の已然形と、サ変動詞の未然形 にしか付きません。四段は「咲け+り=咲けり」、サ変は「せ+り=せり」。四段の已然形と命令形は同じ形なので、「四段の命令形につく」と説明する本もあります。昔から「サ未四已」と唱えて覚えました。サ変は未然形、四段は已然形、という意味です。意味は完了と存続ですが、実際には存続、つまり「〜ている」が圧倒的に多く出ます。 強めて言う「てむ」「なむ」「つべし」「ぬべし」 「つ」「ぬ」は、後ろに推量の「む」「べし」を連れてくると、完了ではなく 強め になります。「きっと〜だろう」「〜てしまうにちがいない」。 言ひてむ 、 散りなむ 、 言ひつべし 、 散りぬべし ——この四つの形を見たら、「た」と訳してはいけません。「きっと言うだろう」「きっと散るだろう」です。これを確述、または強意と呼びます。 完了の「ぬ」と打消の「ぬ」 ここが辞編で最初の関門です。完了の「ぬ」(終止形)と、打消の「ず」の連体形「ぬ」は、字が同じです。見分けるのは 前の形 です。連用形の下なら完了、未然形の下なら打消。四段なら「散りぬ」(イ段=連用形=完了)と「散らぬ」(ア段=未然形=打消)で、はっきり分かれます。ただし下二段のように未然形と連用形が同じ形の動詞では、この物差しは効きません。そのときは位置で決めます。名詞の前にあれば打消の連体形、文を終えていれば完了の終止形です。打消の「ず」そのものは次の課で扱います。 原文で確かめる 『竹取物語』の書き出しの近くに、「つ」「ぬ」「たり」が揃って出てきます。まず光る竹を見つけた場面。 筒の中ひかりたり。 [1] 読み: つつのなか ひかりたり。訳: 「筒の中が光っている」。翁がのぞきこんだいま、光り続けています。「〜た」ではなく「〜ている」。存続の「たり」です。次は姫に名前を付ける場面。 秋田なよ竹のかぐや姫とつけつ。 [1] 読み: あきた なよたけのかぐやひめと つけつ。訳: 「秋田は、なよ竹のかぐや姫と名づけた」。人が考えて付けた名前ですから、意識してした動作です。「つ」の終止形で文が終わっています。姫が育つところはこうです。 よきほどなる人になりぬれば [1] 読み: よきほどなる ひとに なりぬれば。訳: 「ちょうどよい大きさの人になったので」。育つのは誰の意志でもありません。「ぬ」の已然形「ぬれ」に「ば」が付いて、「〜したので」となっています。 『方丈記』の書き出しから、「り」と「ぬ」が一文の中で並ぶところ。 或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。 [2] 読み: あるいは つゆおちて はなのこれり。のこるといえども あさひにかれぬ。訳: 「あるものは露が落ちて花が残っている。残るといっても朝日に当たって枯れてしまう」。「のこれり」は四段「残る」の已然形「のこれ」+「り」で、いまも残っている状態です。「枯れぬ」は下二段「枯る」の連用形+「ぬ」で、枯れてしまう。 同じ一文で存続と完了が並んでいます。 和歌でも見ておきます。 八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋はきにけり [3] 読み: やえむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり。訳: 「幾重にも雑草が茂っている宿の寂しさに、人は訪れないけれども、秋だけはやって来たのだなあ」。「しげれる」は四段「茂る」の已然形+「り」の連体形「る」。「きにけり」は「来」+完了「ぬ」の連用形「に」+「けり」です。「見えね」は打消で、次の課の話です。打消の「ぬ」が名詞の前に立つ例も、同じ百人一首にあります。 流れもあへぬ 紅葉なりけり [3] 読み: ながれもあえぬ もみじなりけり。訳: 「流れきることもできない紅葉だったのだなあ」。「あへ」は下二段「敢ふ」で、未然形も連用形も同じ形です。ここは「紅葉」という名詞の前ですから、打消の連体形と決まります。 最後に強めの形を『徒然草』から。木の上で居眠りをする法師を、人々が笑って見ている場面です。 落ちぬべき時に目をさますこと度々なり。 [4] 読み: おちぬべきときに めをさますこと たびたびなり。訳: 「いまにも落ちそうな時に目を覚ますことが何度もあった」。「落ち」+「ぬ」+「べき」。ここを「落ちてしまうべき時」と訳すと意味が通りません。「きっと落ちるにちがいない時」です。 読み上げと音読 読み上げは現代の音で鳴ります。「或は」は「あるいは」、「いへども」は「いえども」、「あへぬ」は「あえぬ」です。音読では、 「たり」「り」はゆっくり、「つ」「ぬ」は切って 読んでみてください。「ひかりたり。」は伸ばすように、「つけつ。」は短く止める。存続は続いている状態、完了は終わった動作ですから、息の長さがそのまま意味になります。『方丈記』の一文は、前半を伸ばし後半を切ると、露と朝日の対比がそのまま音になります。 練習 次の傍線部の助動詞の名前と意味を答えてください。ア「筒の中ひかりたり」 イ「かぐや姫とつけつ」 ウ「朝日に枯れぬ」 エ「しげれる宿」 「散りぬ」と「散らぬ」は、どちらが完了でどちらが打消ですか。見分けた理由も書いてください。 『方丈記』の一文と『徒然草』の一文を、現代の音で三回ずつ音読してください。「のこれり」は伸ばし、「枯れぬ」は切って読み、二回目からは読み上げを止めてください。 この課のまとめ 意味は二種類だけ。 完了「〜てしまった」と存続「〜ている」 。存続は主に「たり」「り」。 「つ」「ぬ」「たり」は 連用形 、「り」は 四段の已然形とサ変の未然形 。「り」の前は必ずエ段。 「てむ」「なむ」「つべし」「ぬべし」は完了ではなく 強め 。「きっと〜だろう」。 「ぬ」は前の形で見分ける。連用形の下なら完了、未然形の下なら打消。 活用形 つ ぬ たり り 未然形 て な たら ら 連用形 て に たり り 終止形 つ ぬ たり り 連体形 つる ぬる たる る 已然形 つれ ぬれ たれ れ 命令形 てよ ね たれ れ 助動詞 何につくか 変わり方 主な意味 つ 連用形 下二段と同じ 完了。意識してした動作に付きやすい ぬ 連用形 ナ変と同じ 完了。ひとりでに起きた変化に付きやすい たり 連用形 ラ変と同じ 完了・存続(〜ている) り 四段の已然形・サ変の未然形 ラ変と同じ 存続(〜ている)・完了 次の課へ 4.4 では打消の家族、「ず」「じ」「まじ」を扱います。この課の最後に出てきた「見えね」「あへぬ」の正体が分かり、「ぬ」の見分けもそこで完成します。 答え ア 存続の「たり」(〜ている)。イ 完了の「つ」(〜た)。ウ 完了の「ぬ」(〜てしまう)。エ 存続の「り」の連体形「る」(〜ている)。 「散りぬ」が完了。「散り」はイ段で四段動詞「散る」の連用形だから。「散らぬ」は打消。「散ら」はア段で未然形だから、打消の「ず」の連体形「ぬ」。 読みの目安: あるいは つゆおちて はなのこれり。のこるといえども あさひにかれぬ。/おちぬべきときに めをさますこと たびたびなり。 参考文献 『竹取物語』冒頭(國民文庫)。パブリックドメイン(作者未詳・成立は平安時代)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/竹取物語_(國民文庫) 鴨長明『方丈記』冒頭(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/方丈記_(國文大觀) 恵慶法師(『小倉百人一首』第47番、原典は『拾遺集』秋)および春道列樹(同第32番、原典は『古今集』秋下)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首 兼好法師『徒然草』賀茂の競馬の段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀)