図表と統計の読み方 — Epoché
要点 グラフは、数字より先に軸・単位・目盛り・注・出典を見ます。縦軸を 0 から始めない棒グラフは差を大きく見せます。ある実験では、省略を示す印を付けても、差を大きく感じる傾向が残りました。 平均は分布を 1 つの数にまとめたものです。分布が偏っていると、平均を下回る世帯のほうが多い例もあります。中央値やばらつきの指標、平均や中央値の定義と合わせて読みます。 割合は分母を、「2 倍」「100% 増」は元の大きさを確かめます。2 つの量が一緒に動いていても、一方が原因とは限りません。 標本から出した数には誤差があります。得られた 1 つの 95% 信頼区間に真の値がある確率が 95%、という意味ではありません。エラーバーは、何を表すバーかを凡例で確かめます。 p 値は、仮説が正しい確率でも、効果の大きさでもありません。「有意かどうか」だけで判断せず、効果の大きさと信頼区間、どんな解析が行われたかを合わせて見ます。 こんなときに ニュースのグラフで、ある数字が急に下がったように見えた。ところが縦軸の目盛りを見ると、ごく狭い範囲しか描かれていなかった。そんなとき、どこから見直せばよいかを、この文書で紹介します。 ほかにも、次のような場面でこの文書が役に立ちます。 「二人以上の世帯の貯蓄は平均 2,059 万円」という発表を見て、自分の家とかけ離れていると感じた。 健康の記事に「リスクが 2 倍」とあり、どれくらい気にすればよいのか分からない。 論文の図にエラーバーが付いているが、標準偏差なのか信頼区間なのか書かれていない。 ゼミの発表の準備で、「p = 0.06 なので効果はなかった」と書いてよいか迷った。 回答が 200 万もあれば、偏りは気にしなくてよいだろう、と思った。 高校の数学で習った内容とつながる部分もあります。平成 30 年改訂の学習指導要領では、数学 I の「データの分析」で仮説検定の考え方を、数学 B の「統計的な推測」で区間推定と仮説検定を、新たに扱うことになりました。数学で必ず履修する科目は数学 I だけで、数学 B は必履修ではありません [1] 。この学習指導要領は、2022 年度(令和 4 年度)に高校に入学した人から、学年ごとに順に実施されています [2] 。そのため、どこまで習ったかは、入学した年度や選んだ科目によって違います。 この文書で扱うのは、人が出した図表や数値を「読む」ための知識です。自分でデータを分析する手順は 量的データの分析 、原因と結果の関係を確かめる方法は 因果推論 、標本の選び方の設計は 標本と一般化 で扱います。 グラフと表を読む — 軸・単位・目盛りから 図から受ける印象は、描き方で変わります。数値を読む前に、何を・どの単位で・どういう目盛りで・どこのデータから描いたかを確かめると、見た目の印象に引っぱられにくくなります。 総務省統計局の学習サイト「なるほど統計学園」は、グラフを作るときの注意を挙げています。主題を 1 つに絞る、データに合った種類を選ぶ、縦横の比率や波形による省略で印象が変わる、単位・定義・出典を明記する、などです [3] 。作る側の注意は、読む側が確かめる項目にもなります。 何を表す図か(題と主題) 単位と定義(「万円」「%」「人口 10 万人当たり」など。注に補足があるか) 縦軸・横軸の目盛り(どこから始まり、途中を省略していないか) 元のデータの出典 グラフの種類によって、表すのに向いているデータが違います。同じサイトは、主なグラフの特徴を次のように説明しています [3] 。 グラフ 何を示すのに使うか 棒グラフ 棒の長さで数量の大小を比べる 折れ線グラフ 時間の経過にそった数量の変化や傾向を示す 円グラフ・帯グラフ 全体に対する各項目の構成比を示す ヒストグラム 値の分布をつかみ、ばらつきを示す 箱ひげ図 複数のデータのばらつきを比べる 散布図 2 つの量の相関関係を示す 縦軸は 0 から始まっているか 日本心理学会の『執筆・投稿の手びき』は、論文の図について「縦軸の途中を省略する場合は,軸に波形,または斜線を入れて切り取ったことを示すとよい。」と書いています [4] 。比べる図が複数あるときは「同一論文中に比較対照すべき複数の図があるときは,全部に同じ目盛りを用いる。」とも定めています [4] 。図を並べて比べるときは、目盛りが揃っているかを先に見ると安心です。 縦軸を 0 から始めない棒グラフは、差を実際より大きく見せることがあります。Correll らは、インターネットで参加者を募る実験で、軸の切り詰めが見る人の感じる差の大きさにどう影響するかを調べました。切り詰めたことを示す印(棒と軸の切れ目、棒の下端のグラデーション)を付けた図でも、差を大きく感じる影響は残りました。参加者が図の数値を正確に読み取れていた場合でも、同じ傾向でした [5] 。 ただし Correll らは、この結果を「すべての図を 0 から始めればよい」という意味には読まない、としています。どの大きさの差を意味のあるものとして見せるかは、図の作り手が引き受ける判断だ、と論じています [5] 。読む側としては、印の有無にかかわらず、目盛りの数字から差を読み直す方法があります。 ヒストグラムと箱ひげ図の読み方 ヒストグラムは棒グラフに似ていますが、長方形の面積が度数(その範囲に入るデータの数)を表します。そのため、階級(区切りの範囲)の幅が違うときは、高さの読み方に注意が要ります。幅が 2 倍の階級では、同じ度数でも高さは 2 分の 1 になります [6] 。 実際の公的統計にも、この形の図があります。家計調査の貯蓄の分布図は、1,000 万円未満を 100 万円刻み、1,000 万円以上をそれより広い刻みで描いています。注には、1,000 万円以上の階級の度数は縦軸の目盛りと一致しない、と書かれています [7] 。 箱ひげ図は、四分位数で描く図です。四分位数は、データを小さい順に並べて 4 等分する位置の値で、真ん中の値(第 2 四分位数)は中央値と同じです。箱の中の線は中央値で、平均値ではありません。分布に偏りがあると、平均値が箱の外にくることもあります。ひげの両端は、最小値と最大値の図のほかに、上下の 10% 点で描く図もあるので、何を表しているかを確かめると安心です [8] 。 平均・中央値とばらつき — 1 つの数で分布は分からない 平均値・中央値・最頻値は、分布の中心を 1 つの数で表す「代表値」です。飛び離れた値への強さがそれぞれ違います。平均が同じでも散らばり方が違えば別のデータなので、ばらつきの指標と一緒に読みます。 平均値は値の合計を個数で割った値、中央値は小さい順に並べて真ん中にくる値、最頻値は最も度数の多い値です。いちばん大きな違いは、ほかから大きく離れた値(外れ値)の影響の受け方です。平均値は 3 つの中で最も影響を受け、中央値は多くの場合それほど受けず、最頻値はまず受けません [9] 。 例 — 家計の貯蓄の平均値と中央値 総務省統計局の家計調査(2026 年 5 月 19 日公表)によると、二人以上の世帯の 2025 年平均の貯蓄現在高は、1 世帯当たりの平均値が 2,059 万円でした。一方、貯蓄を持つ世帯の中央値は 1,264 万円です [7] 。 分布を見ると、平均値を下回る世帯が約 3 分の 2(66.1%)を占め、貯蓄の少ない階級に偏っています [7] 。平均値は、ちょうど真ん中の世帯の値ではない、ということです。 平均と中央値を比べるときは、何を分母にしているかも読みます。この調査の貯蓄の平均値は、貯蓄が 0 の世帯を含めて計算しています。中央値のほうは、貯蓄が 0 の世帯を除いて計算した値です。0 の世帯を含めた中央値は、参考値として 1,167 万円と示されています [7] 。 負債では、定義の違いがもっとはっきり表れます。負債の平均値は 675 万円ですが、これは負債が 0 の世帯を含めた値です。負債を持つ世帯は約 4 割(37.5%)で、負債を持つ世帯だけの中央値は 1,511 万円、平均値は 1,802 万円です [7] 。分母が違う数どうしを並べると、中央値が平均値より大きく見えることさえあります。 ばらつきを表す数 平均がどれも 5 でも、散らばり方がまったく違うデータはありえます。代表値だけではデータの様子をとらえられません [6] 。散らばりを表す数には、次のようなものがあります。 範囲: 最大値と最小値の差 [6] 。 四分位範囲: 第 3 四分位数から第 1 四分位数を引いた値。中心付近のデータがどれくらい散らばっているかの目安です [6] 。箱ひげ図の箱の下の辺が第 1 四分位数、上の辺が第 3 四分位数なので、箱の長さにあたります [8] 。 分散と標準偏差: 各データと平均との差を 2 乗し、その平均をとったものが分散です。分散の正の平方根が標準偏差で、元のデータと同じ単位になります [10] 。 標準偏差は、おおまかに言えば、データの点と平均との典型的な隔たりです。Cumming らの説明では、平均から ±1 標準偏差の範囲におよそ 3 分の 2 のデータが、±2 標準偏差の範囲におよそ 95% のデータが入ります [11] 。これは、分布が正規分布(左右対称の山形の分布)に近いときの目安です。なるほど統計学園も、テストの得点の分布を正規分布と仮定したうえで、平均+2 標準偏差より上には約 2.3% が入る、と説明しています [10] 。貯蓄のように偏った分布では、この目安がそのまま当てはまるとは限りません。 割合と実数 — 分母と元の大きさを確かめる 割合は、分母が見えないと評価できません。同じ事実でも、言い方によって受ける印象が変わります。「2 倍」「100% 増」のような相対的な変化は、元の大きさと並べて読みます。 厚生労働省の事業による「統合医療」情報発信サイト(eJIM)は、健康情報の見きわめ方を案内しています。「7 割の人で痛みがとれる」と「3 割の人では痛みがとれない」は同じことを言っていますが、受ける印象は違います。「60% の人が効果を実感」という話の裏では、40% の人が効果を感じなかったのかもしれません [12] 。 同じサイトは、分母を意識する例も挙げています。サプリメントの広告にダイエットに成功した 5 人の体験談が載っていた。実はのんだ人は全体で 1,000 人いて、やせられたのはその 5 人だけだった、という例です。効果を知るには「やせた人の数 ÷ のんだ人全体の数」を考え、この例では 5/1000 になります [13] 。成功した人の話を聞いたら、「全体で何人のうちの話か」を尋ねる方法があります。 相対的な差と絶対的な差 「何倍になったか」「何 % 増えたか」は、元の値に対する変化です(相対的な差)。「実際に何人増えたか」は、変化の実数です(絶対的な差)。元の値が小さいと、この 2 つの印象は大きく離れます [14] 。 Gigerenzer らは、英国の例を紹介しています。1995 年 10 月、英国の医薬品安全委員会が、第 3 世代の経口避妊薬で血栓のリスクが 2 倍(100% 増)になると警告しました。もとの研究では、第 2 世代の薬で 7,000 人に約 1 人だった血栓が、第 3 世代では 7,000 人に 2 人でした。絶対的な増加は 7,000 人に 1 人です [14] 。 Gigerenzer らによると、翌年のイングランドとウェールズでは、人工妊娠中絶が約 13,000 件増えたと推定されています [14] 。「2 倍」という言い方だけが伝わると、判断が大きく変わりうる例です。 研究の報告の決まりにも、この考え方が入っています。ランダム化比較試験は、参加者を無作為に群に分けて比べる試験です。その報告の指針 CONSORT 2025 は、結果が「起きた・起きなかった」の 2 つに分かれる項目では、絶対的な効果と相対的な効果の両方を示すよう求めています [15] 。「リスクが 2 倍」と聞いたら、「もとは何人中何人で、何人中何人になったのか」を探すと、大きさがつかめます。 相関と因果 — 一緒に動いても、原因とは限らない 2 つの量が一緒に増えたり減ったりしても、一方が他方の原因とは限りません。原因と結果の向きが逆かもしれず、別の原因が隠れているかもしれません。比べる相手が無い話では、効果があったかどうか自体が分かりません。 相関係数は、2 つの量の比例的な関係の強さを −1 から 1 までの数で表します。1 に近いほど正の相関が、−1 に近いほど負の相関が強くなります [16] 。ただし、なるほど統計学園は 2 つの注意を挙げています。 相関係数が 0 でも、関係が無いとは言い切れません。散布図を見ると何らかの関係がありそうなのに、相関係数は 0 になる例があります [16] 。相関係数は、あくまで比例的な関係の強さを測る指標だからです。 相関係数が 1 や −1 に近くても、関係があるとは言い切れません。まったく関係の無い量を並べても、たまたま関係があるような値が出ることがあり、なるほど統計学園はこれを「見せかけの相関」と呼んでいます [16] 。 そのため、散布図で点の散らばりを目で確かめ、数値の背景を考えることが勧められています。同じサイトの例では、世界の河川の長さと流域面積の相関係数が 0.67 ほどでした。長い川ほど広い地域に降った雨を集めるので流域面積も広くなる、という背景から、この関係を説明しています [16] 。 原因を考えるときの 3 つの問い eJIM の案内から、原因を考えるときの問いを 3 つ拾います。最初の 2 つは、「毎朝ジョギングをしたら風邪をひかなくなった」という友人の話が例です。 向きが逆ではないか : 風邪をひかなかったから、毎朝のジョギングを続けられたのかもしれません。起きた順番だけで因果関係を決めつけない、という注意です [17] 。 ほかの原因はないか : 友人は、いつもマスクをしていた、手洗いやうがいを欠かさなかった、早寝早起きで十分に眠っていた、のかもしれません [18] 。統計学の教材には、このように隠れた第三の変数の影響で現れる相関を「擬似相関」「見かけ