1.5 撥音・促音の無表記 — Epoché
この課でできるようになること 大きい「つ」で書かれた促音を、「あつて」→「あって」のように読める。 「ん」の音が「む」と書かれている箇所を、「いはむや」→「いわんや」のように読める。 同じ音を版によって「む」とも「ん」とも書く理由が分かり、どちらの版でも読める。 音便の四つの形(ウ・イ・撥音・促音)を、字のとおりに声に出せる。 前提 : 1.4 まで。 ここまでの四つの規則は、書いてある字を別の音に読み替えるものでした。この課の規則は毛色が違います。 書いていない音を、読むときに足す のです。古い本には、いま当たり前に使っている小さい「っ」がありません。「ん」の音も、平安のころには専用の字が無く、「む」で書かれました。字が足りなかったのではなく、その音をわざわざ書き分ける習慣が、まだ無かったのです。 やっかいなのは、足すか足さないかを字が教えてくれないことです。「たつ」は「立つ」であって「たっ」ではありません。「あつて」は「あって」であって「あつて」ではありません。同じ大きい「つ」なのに、読み方が違う。この見分けは、しかし難しくありません。手がかりは いまの日本語 です。あなたが現代語で促音や撥音で言っている語は、古い本でもその音で読みます。 現代語に残っている形 次の五つは、いまでも使う言葉です。右の列が、古い本での書き方です。読む音のほうは、あなたがすでに知っているものばかりです。 いまの音 意味 古い本の書き方 まったく すっかり。全然 まつたく よって それゆえに。〜によって よつて あって あって。〜であって あつて なんじ おまえ。汝 なんぢ / なむぢ いわんや まして。言うまでもなく いはむや / いはんや 下の二つを見てください。同じ語に書き方が二つあります。「なんぢ」と「なむぢ」、「いはむや」と「いはんや」。どちらも読む音は一つで、「なんじ」「いわんや」です。 「む」と書いてあっても「ん」と読む場合がある ——これがこの課の後半です。前半は小さい「つ」の話をします。 古文ではこうなる 小さい「つ」が無い この課程が本文に使う九つの原典を数えてみると、小書きの「っ」は 本文に一字も出てきません 。出てくるのは、Wikisource が付けた解説や著作権の断り書きの中だけです。つまり、促音はすべて大きい「つ」で書かれているか、そもそも書かれていません。「あつて」「まつたく」「よつて」「いつて」——読むときに、あなたが小さくします。 見分け方は一つで足ります。 その語を現代語で言ってみて、促音になるなら促音で読む 。「あつて」は現代語で「あって」ですから促音。「立つ」は現代語でも「たつ」ですから促音ではありません。迷う例はほとんど出ません。 「ん」を「む」と書く 「ん」という字が仮名の仲間入りをするのは、中古の終わりごろです。それまで、この音は書きようがなく、「む」で代用されました。習慣は写す人ごと・版ごとに残り、いまも校訂本によって書き方が違います。「まして」を意味する語は、『方丈記』の版では いはむや と書かれ、辞書や別の版では いはんや と書かれます。字が二通りでも、読む音は「いわんや」の一つだけです。 どのくらい揺れるのか、実際に数えました。同じ中古の言葉を写しているのに、この差が出ます。 本文(版) 「む」の数 「ん」の数 古今和歌集 1,200 30 徒然草(國文大觀) 623 39 土佐日記(國文大觀) 103 9 宇治拾遺物語 44 120 竹取物語(國民文庫) 18 215 言葉が変わったのではありません。 写した人の書き方が変わった だけです。だから「む」と書いてあるからといって「む」と読むとは限らず、逆に「ん」と書いてある版を読んでも、あなたが覚えるべき音は同じです。なぜ版でこうも違うのかは 音編 7課 で扱います。 音便——縮んだ音は字のとおりに読む 促音や撥音は、多くの場合 音便 から生まれます。音便とは、言いやすいように音が縮む変化のことで、四つの形があります。表の右端が読み方で、字のとおりに読めば当たります。 種類 元の形 音便の形と読み ウ音便 思ひて 思うて =おもうて イ音便 書きて 書いて =かいて 撥音便 飛びて 飛んで =とんで 促音便 取りて 取つて =とって 気をつけるのはウ音便です。「思うて」は「おもって」ではなく 「おもうて」 。現代語の「思って」につられないでください。音便がなぜ起きるか、どの動詞で起きるかは 形編 9課 で扱います。この課では読めれば十分です。 原文で確かめる 『方丈記』の養和の飢饉の一節から三つ。都の路上で亡くなった人の数を数える、有名な箇所です。読みは音のとおりに書きます。漢字はそのままにし、助詞の「は」「を」も「わ」「お」と書きます。 すべて四万二千三百あまりなむありける。 [1] 読み: すべて四万二千三百あまり なん ありける。意味は「全部で四万二千三百あまりもあった」。「なむ」は強めの助詞で、読みは「なん」です。この助詞があると文の終わりが「ける」の形になります。 いかにいはむや、諸国七道をや。 [1] 読み: いかに いわんや 、諸国七道おや。意味は「まして全国の諸国七道については言うまでもない」。「いはむや」の「む」は「ん」と読みます。 かかる心うきわざをなむ見侍りし。 [1] 読み: かかる心うきわざお なん 見侍りし。意味は「こんな情けないことを見たことでした」。ここにも「なむ」が出ます。 次は『おくのほそ道』から、大きい「つ」で書かれた促音です。 人々のすすむるによつて [2] 読み: ひとびとの すすむるに よって 。意味は「人々が勧めるので」。現代語でも「よって」ですから、促音で読みます。芭蕉が立石寺に立ち寄る場面の一節です。 読み上げと音読 読み上げは、いまの音で鳴ります。「なむ」は「なん」、「よつて」は「よって」です。 耳で聞くと、この課の規則は一瞬で身につきます 。字を見ながら音を聞き、それから自分の声で重ねてください。促音は、声に出すと自然に入ります。「よ・つ・て」と三拍で読むより「よって」と読むほうが言いやすいはずで、その言いやすさこそが、昔の人が音を縮めた理由です。書く字が追いつかなかっただけなのだと分かります。 練習 次の四つを、いまの音に直してください。 まつたく / なむぢ / いはむや / 取つて 。 立つ の「つ」と あつて の「つ」は同じ字ですが、読みが違います。どう見分けるか、自分の言葉で一文で説明してください。 上の『方丈記』の三つと『おくのほそ道』の一つを、いまの音で三回、声に出して音読してください。二回目からは読み上げを止め、自分の声だけで読んでください。 この課のまとめ 書いてある形 読む音 手がかり 大きい「つ」 促音「っ」になることがある 現代語でその語が促音なら促音 「む」 「ん」になることがある 助詞「なむ」、「いはむや」など 「ん」 そのまま「ん」 版によってはこちらで書かれる 音便の形 字のとおり 「思うて」は「おもうて」 促音・撥音は、書かれていないか、大きい「つ」「む」で書かれている。読むときに足す。 「む」と「ん」の書き分けは、言葉の差ではなく版の差。どちらの版でも読む音は同じ。 音便は字のとおりに読む。ウ音便の「思うて」=「おもうて」だけ注意。 次の課へ 1.6 では、「む」を「ん」と読むもう一つの場合——助動詞の「む」「らむ」「けむ」を扱います。「あらむ」を「あらん」と読む、あの規則です。この課の「いはむや」と地続きの話ですが、出てくる回数がけた違いに多いので、独立した規則として立てます。 答え まったく/なんじ/いわんや/とって。 (例)その語を現代語で言ってみて、促音になるなら促音で読む。「立つ」はいまも「たつ」なので大きいまま、「あつて」はいま「あって」と言うので小さくする。 読みの目安: すべて四万二千三百あまりなんありける/いかにいわんや、諸国七道おや/かかる心うきわざおなん見侍りし/人々のすすむるによって。 参考文献 鴨長明『方丈記』養和の飢饉(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改め、踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/方丈記_(國文大觀) 松尾芭蕉『おくのほそ道』立石寺(ja.wikisource.org。底本は三宅邦吉『新釈奥の細道』籾山書店、1911 年)。パブリックドメイン。踊り字を開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/おくのほそ道