7.16 Το λάδι και η ελιά(油とオリーブ) — Epoché
この 篇 へん でできるようになること 一 ひと つのものを 軸 じく に 国 くに を 語る かたる 文章 ぶんしょう を 読み よみ 通せる とおせる 。 オリーブがギリシアで 何 なん を 意味 いみ するかを、 日本 にっぽん 語 ご で 説明 せつめい できる。 語 ご そのものについての 観察 かんさつ が、 文章 ぶんしょう の 落ち おち になる 型 かた を 知る しる 。 前提 ぜんてい : 7.15( 学校 がっこう ) この 文章 ぶんしょう について 読 どく 編 へん の 第 だい 2 段 だん の 最後 さいご の 篇 へん です。 題材 だいざい はオリーブ。 4.4 で 覚え おぼえ た 一 いち 語 ご が、この 国 くに の 歴史 れきし そのものだった という 話 はなし になります。 この 篇 へん の 作り つくり は、これまでと 少し すこし 違い ちがい ます。 一 ひと つのものを 軸 じく にして、 国 くに 全体 ぜんたい を 語る かたる 。 木 き の 性質 せいしつ から 始まり はじまり 、 油 あぶら の 使い道 つかいみち へ、 収穫 しゅうかく の 風景 ふうけい へ、そして 語 ご そのものの 話 はなし へと 移っ うつっ ていきます。 第 だい 五 ご 段落 だんらく に 注目 ちゅうもく してください。 ここだけ、ことばそのものの 話 はなし になります。 油 あぶら は 一 いち 語 ご 、 実 じつ と 木 き はもう 一 いち 語 ご で、しかも 実 じつ と 木 き は 同じ おなじ 語 ご 。 木 き と、 木 き が 与える あたえる ものが、 同じ おなじ 名前 なまえ を 持っ もっ ている。 これがこの 篇 へん の 落ち おち です。 本文 ほんぶん は 百 ひゃく 七十 ななじゅう 二 に 語 ご 、 宣言 せんげん した 新語 しんご は 二十 にじゅう 五 ご です。これで 読 よみ 編 へん の 第 だい 2 段 だん は 終わり おわり で、 第 だい 3 段 だん からは 本物 ほんもの の 原文 げんぶん —— 児童 じどう 文学 ぶんがく と 随筆 ずいひつ ——に 入り はいり ます。 文法 ぶんぽう メモ この 文章 ぶんしょう は、 現在 げんざい の 形 かたち と 続い つづい ていた 過去 かこ が 交互 こうご に 出 で ます。 木 き の 性質 せいしつ は 今 いま のことなので 現在 げんざい 、 昔 むかし の 使い道 つかいみち は 続い つづい ていた 過去 かこ 。3.11 で 学ん まなん だ 区別 くべつ が、 時代 じだい を 分ける わける 道具 どうぐ として 使わ つかわ れています。 続い つづい ていた 過去 かこ ( 型 かた 編 へん 11 課 か )— 明かり あかり だった、 入れ いれ ていた、 塗っ ぬっ ていた。 昔 むかし ずっとそうだった 習慣 しゅうかん 。 本文 ほんぶん では Παλιά ήταν και φως がその 形 かたち です。 場所 ばしょ を 表す あらわす 関係 かんけい 節 せつ ( 型 かた 編 へん 19 課 か )— ほかに 何 なん も 育た そだた ないところで。 場所 ばしょ を 後ろ うしろ から 説明 せつめい する。 本文 ほんぶん では εκεί όπου τίποτα άλλο δεν μεγαλώνει がその 形 かたち です。 中動態 ちゅうどうたい の 受け身 うけみ ( 型 かた 編 へん 16 課 か )— 〜と 呼ば よば れる。 名前 なまえ を 言う いう ときに 使う つかう 形 かたち で、7.9 にも 出 で た。 本文 ほんぶん では το λάδι λέγεται λάδι がその 形 かたち です。 否定 ひてい と 対比 たいひ ( 型 かた 編 へん 4 課 か )— ほかの 木 き のようではない、 食べ物 たべもの だけではない。 二 に 度 ど 使わ つかわ れている。 本文 ほんぶん では Η ελιά δεν είναι ένα δέντρο σαν τα άλλα がその 形 かたち です。 時 とき の 起点 きてん と 終点 しゅうてん ( 型 かた 編 へん 23 課 か )— 朝 あさ から 晩 ばん まで。 二 ふた つの 前置 ぜんち 詞 し で 時 とき の 幅 はば を 言う ゆう 。 本文 ほんぶん では από το πρωί ως το βράδυ がその 形 かたち です。 中動態 ちゅうどうたい で 意味 いみ は 能動 のうどう ( 型 かた 編 へん 16 課 か )— 急が いそが ない。 形 かたち は 中動態 ちゅうどうたい だが、 意味 いみ は 自分 じぶん でする 動き うごき 。 本文 ほんぶん では δεν βιάζεται がその 形 かたち です。 対訳 たいやく オリーブは、ほかの 木 き のような 木 き ではありません。 長く ながく 生き いき ます。ギリシアには 千 せん 年 ねん の 齢 とし のオリーブがいくつもあり、 今 いま も 実 じつ をつけています。 この 木 き は 水 みず をあまり 欲し ほし がりません。 石 いし だらけの 土地 とち 、ほかに 何 なん も 育た そだた ないところで 育ち そだち ます。だからギリシアじゅうに、 乾い かわい た 小さな ちいさな 島 しま にまでオリーブがあります。 油 あぶら は 食べ物 たべもの だけではありませんでした。 昔 むかし は 明かり あかり でもありました。ランプに 入れ いれ たのです。 薬 くすり でもあり、 石鹸 せっけん でもありました。 古代 こだい の 競技 きょうぎ では、 選手 せんしゅ が 体 からだ に 油 あぶら を 塗り ぬり ました。そして 木 き そのものが 賞品 しょうひん でした。 勝っ かっ た 者 もの はオリーブの 冠 かんむり を 受け取っ うけとっ たのです。 秋 あき になると 収穫 しゅうかく が 始まり はじまり ます。 家族 かぞく そろって 畑 はたけ に 出 で ます。 木 き の 下 した に 網 あみ を 広げ ひろげ 、 実 じつ を 落とし おとし ます。 朝 あさ から 晩 ばん まで 働き はたらき 、そのあと 一緒 いっしょ に 食べ たべ ます。 ギリシア 語 ご では、 油 あぶら は 油 あぶら という 語 ご で 言い いい ますが、 実 じつ と 木 き はどちらもオリーブという 同じ おなじ 語 ご で 言い いい ます。 木 き と、その 木 き が 与える あたえる ものが、 同じ おなじ 名前 なまえ なのです。 だからでしょうか、オリーブは 平和 へいわ の 旗 はた の 中 なか にあります。 千 せん 年 ねん 生きる いきる 木 き は、 急ぎ いそぎ ません。 読み よみ どころ この 文章 ぶんしょう の 作り つくり は、 一 ひと つのものから 国 くに 全体 ぜんたい へ 広げ ひろげ ていく 形 かたち です。 木 き の 性質 せいしつ 、 油 あぶら の 使い道 つかいみち 、 収穫 しゅうかく の 風景 ふうけい 、そしてことば。 だんだん 抽象 ちゅうしょう へ 上がっ あがっ ていきます。 第 だい 三 さん 段落 だんらく を 見 み てください。 油 あぶら の 使い道 つかいみち が 五 いつ つ 並ん ならん でいます。 食べ物 たべもの 、 明かり あかり 、 薬 くすり 、 石鹸 せっけん 、そして 体 からだ に 塗る ぬる もの。 五 いつ つ 並べ ならべ たあとで、 木 き そのものが 賞品 しょうひん だったという 話 はなし に 移る うつる 。 使い道 つかいみち の 話 はなし から、 価値 かち そのものの 話 はなし へ 折れ おれ ている のです。 第 だい 五 ご 段落 だんらく は、この 篇 へん でいちばん 静か しずか なところです。 ことばの 観察 かんさつ だけで 一 いち 段落 だんらく を 作っ つくっ ています。 木 き と 実 じつ が 同じ おなじ 語 ご 。それだけを 言っ いっ て、 意味 いみ の 説明 せつめい はしていません。 読み手 よみて に 考え かんがえ させるために、あえて 何 なん も 足し たし ていない。 そして 最後 さいご の 一行 いっこう 。 千 せん 年 ねん 生きる いきる 木 き は、 急が いそが ない。 木 き の 話 はなし でありながら、 人 ひと の 生き いき 方 かた の 話 はなし にも 読め よめ ます。7.9 のコーヒーの 落ち おち —— 時間 じかん の 話 はなし だった——と、 同じ おなじ 場所 ばしょ に 着い つい ています。 ギリシアについて 書く かく と、なぜか 時間 じかん の 話 はなし になる —— 読 よみ 編 へん の 第 だい 2 段 だん が 八 はち 篇 へん かけて 示し しめし たのは、そのことでした。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 読み取る よみとる 原文 げんぶん を 読ん よん で、 次 つぎ に 答え こたえ てください。 オリーブがギリシアじゅうにある 理由 りゆう は 何 なん と 書か かか れていますか。 昔 むかし の 油 あぶら の 使い道 つかいみち が 五 いつ つ 挙げ あげ られています。 何 なん ですか。 第 だい 五 ご 段落 だんらく で、 筆者 ひっしゃ はことばについて 何 なん を 言っ いっ ていますか。 最後 さいご の 一行 いっこう は、 木 き の 話 はなし としてだけ 読め よめ ますか。 練習 れんしゅう 2 — 音読 おんどく 原文 げんぶん の 文書 ぶんしょ を、 第 だい 一 いち 段落 だんらく から 最後 さいご まで 声 こえ に 出し だし て 読ん よん でください。 第 だい 三 さん 段落 だんらく の 五 いつ つの 使い道 つかいみち を、 続け つづけ て 速く はやく 読む よむ こと 。 並べ ならべ ているところなので、 切る きる と 勢い いきおい が 落ち おち ます。 最後 さいご の 一行 いっこう は、 間 ま を 置い おい てから、ゆっくり 読ん よん でください。 この 篇 へん のまとめ オリーブは 千 せん 年 ねん 生き いき て 今 いま も 実 じつ をつける 。 水 みず を 欲し ほっし がらず、 石 いし だらけの 土地 とち で 育つ そだつ 。 油 あぶら は 食べ物 たべもの だけではなかった 。 明かり あかり 、 薬 くすり 、 石鹸 せっけん 、そして 選手 せんしゅ が 体 からだ に 塗る ぬる もの。 木 き そのものが 賞品 しょうひん だった。 勝っ かっ た 者 もの はオリーブの 冠 かんむり を 受け取っ うけとっ た。 収穫 しゅうかく は 家族 かぞく 総出 そうで 。 網 あみ を 広げ ひろげ 、 実 じつ を 落とし おとし 、 朝 あさ から 晩 ばん まで 働い はたらい て 一緒 いっしょ に 食べる たべる 。 木 き と、 木 き が 与える あたえる ものが 同じ おなじ 語 ご 。 第 だい 五 ご 段落 だんらく はことばの 観察 かんさつ だけでできている。 最後 さいご の 一行 いっこう は 木 き の 話 はなし でありながら 人 ひと の 話 はなし 。 読 よみ 編 へん の 第 だい 2 段 だん は、 八 はち 篇 へん かけて 時間 じかん の 話 はなし に 着い つい た。 次 つぎ の 篇 へん へ これで 読 よみ 編 へん の 第 だい 2 段 だん は 終わり おわり です。7.17 からは 第 だい 3 段 だん で、はじめて 本物 ほんもの の 原文 げんぶん に 入り はいり ます。パパンドニウの『 高い たかい 山々 やまやま 』——ギリシアの 子ども こども がみな 読ん よん できた、いちばんやさしい 文学 ぶんがく 作品 さくひん です。 答え こたえ 練習 れんしゅう 1 の 答え こたえ 1. 水 みず をあまり 欲し ほし がらず、 石 いし だらけの 土地 とち 、ほかに 何 なん も 育た そだた ないところで 育つ そだつ からです。だから 乾い かわい た 小さな ちいさな 島 しま にまであります。 2. 食べ物 たべもの 、 明かり あかり 、 薬 くすり 、 石鹸 せっけん 、そして 競技 きょうぎ の 選手 せんしゅ が 体 からだ に 塗る ぬる もの、の 五 いつ つです。 3. 油 あぶら は 一 いち 語 ご で 言う いう のに、 実 じつ と 木 き はどちらも 同じ おなじ 語 ご で 言う いう 、ということです。 木 き と、その 木 き が 与える あたえる ものが 同じ おなじ 名前 なまえ を 持っ もっ ています。 4. 読め よめ ません。 千 せん 年 ねん 生きる いきる 木 き は 急が いそが ない、というのは、 人 ひと の 時間 じかん の 感じ かんじ 方 かた の 話 はなし としても 読め よめ ます。 参考 さんこう 文献 ぶんけん Epoché ギリシア 語 ご 入門 にゅうもん 『 Το λάδι και η ελιά 』。 本 ほん 課程 かてい の 書き下ろし かきおろし 。CC BY-SA 4.0。 読 よみ 編 へん の 第 だい 2 段 だん の 八 はち 篇 へん 目 め 。 第 だい 2 期 き までの 既習 きしゅう 語 ご で 書き かき 、 範囲 はんい 外 がい の 語 ご は 語釈 ごしゃく で 全部 ぜんぶ 宣言 せんげん した。 出所 しゅっしょ : 当館 とうかん 所蔵 しょぞう の 文書 ぶんしょ