12.18 経済学の誕生 — 共感から、効用へ — Epoché
この課で分かるようになること ★ スミスが何の教授だったか が言える。 ★ 共感が経験論の問題を抱えている ことが分かる。 ★ 効用が質で行き詰まった ことが分かる。 ★ マルクスが別の問いを立てた ことが分かる。 前提 : 12.17 まで。読は 8.168 まで。論は 9.20 まで。 ★スミスは、道徳哲学の教授だった ★ アダム・スミス(一七二三〜一七九〇)は、 経済学者 として知られています。 ★ 『国富論』(一七七六年)の著者 です。 ★ けれども、 本人の肩書きは違いました 。 いつ 何をしていたか ★ 一七五一年から ★ グラスゴー大学の論理学の教授 ★ 一七五二年から ★ 同じ大学の道徳哲学の教授 ★ 一七五九年 ★ 『道徳感情論』を出す ★ 一七七六年 ★ 『国富論』を出す ★ 当時、 「経済学」という科目はありませんでした 。 ★ 道徳哲学の講義の 一部 だった のです。 ★ これは、 いまの学問の分け方から見ると奇妙 に見えます が、★ 当時としては自然でした ——★ 「人はどう生きるべきか」の中に、 「人はどう暮らしを立てるか」 が入っていた からです。 ★共感から始める 8.152 読編 で読んだ『道徳感情論』の書き出しは、 こうでした 。 How selfish soever man may be supposed, there are evidently some principles in his nature [1] ★ 「人がどれほど利己的だと想定されようとも、その本性には明らかにいくつかの原理がある」 ——★ そのあとに 「他人の運に関心を持たせ、その幸福を必要なものにする」 と続きます。 ★ この書き出しは、 誰かに反論しています ( 9.17 論編 )。 ★ 「人は利己的だ」と言う人たち ——★ 8.146 読編 のホッブズがその代表 です。 どう反論したか 何をしていないか ★ 利己的だという前提を認める ★ 利己を否定していない ★ それでもなお、と続ける ★ 別の原理を足しただけ ★ 9.19 論編 で置いた 「事実は認め、含意だけ否定する」 そのもの です。 ★他人の感じは、経験できない ★ スミスは続けて、 困難を自分で書きます 。 As we have no immediate experience of what other men feel [1] ★ 「他人が何を感じているかについて、われわれは直接の経験を持たない」。 ★ これは、 12.16 知編 で見た 経験論の問題そのもの です。 ★ 経験だけが材料なら、 他人の心は材料に入りません 。 ★ スミスの答えは、 想像 でした。 どうやって知るか 何を使うか ★ 直接、感じる ★ できない ★ 同じ場面で自分ならどう感じるか ★ 想像 ★ だから、 共感は「相手の気持ちが分かること」ではありません 。 ★ 「自分ならそこでどう感じるか」を 作ってみること です。 ★ この違いは大きい です。★ 自分の想像の届かない苦しみには、 共感が働かない ということ になるからです。 ★二つの本は、矛盾しないのか ★ 『道徳感情論』は 共感 から始まり、★ 『国富論』は 自分の利益 から始まります。 ★ 十九世紀のドイツの学者たちは、 これを矛盾だと考えました ——★ のちに「アダム・スミス問題」と呼ばれます。 ★ いまは、 矛盾ではない と見るのがふつう です。★ 理由は、 スミス自身が『道徳感情論』を死ぬ年まで改訂し続けた こと です。 どちらの本か 何を扱っているか ★ 道徳感情論 ★ 人が互いをどう見るか ★ 国富論 ★ 互いを見ている人たちの交換 ★ 交換は、 相手が何を欲しがるかを想像できる人どうし でしか成り立ちません ——★ だから、 共感が先にあります 。 ★ 10.20 作編 で「定義は属+種差」と置きました。 ★ ここは、 同じ人の二冊を別の学問に分けたのは後の人だった という話 です——★ 分け方は、 書いた人が決めたのではありません 。 ★測ろうとして、質で行き詰まった ★ スミスの次の世代が、 測ることを始めます 。 ★ ジェレミー・ベンサム(一七四八〜一八三二) です。 ★ ベンサムは、 快楽と苦痛を数えられると考えました ——★ 強さ、長さ、確からしさ、近さ、人数。 ★ 8.157 読編 のミルは、 その考えを受け継いだ三代目 です。 actions are right in proportion as they tend to promote happiness [2] ★ 「行為は、幸福を増やす度合いに応じて正しい」。 ★ in proportion as —— 度合いに応じて 。 ★ すでに 測る言い方 です。 ★ ところが、ミル自身が 行き詰まりを書きます ( 8.158 読編 )。 the judgment of those who are qualified by knowledge of both [3] ★ 「両方を知っていることで資格のある人たちの判断」。 ★ 快楽の 質 は、 数では決まらない ——★ 両方を味わった人に聞くしかない、と。 何を測るか どうやって測るか ★ 量 ★ 数えられる ★ 質 ★ 経験した人に聞くしかない ★ のちの経済学は、 この行き詰まりを避けて通りました 。 ★ やり方は、 大きさを比べるのをやめる こと です——★ 「AよりBを選ぶ」という 順だけ を使い、★ 「どれだけ大きいか」は問わない。 ★ 効用( utility )という語は残りましたが、 中身は変わりました ——★ ミルが悩んだ「質」は、 学問の外に置かれました 。 ★同じ時代に、別の問いを立てた人 8.166 読編 の『共産党宣言』は 一八四八年 、★ ミルの『功利主義』(一八六三年)より 十五年前 です。 The history of all hitherto existing societies is the history of class struggles [4] ★ 「これまでのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」。 ★ 問いが、まるで違います。 誰の問いか 何を問うているか ★ ミル ★ 何をすべきか ★ マルクス ★ なぜそう考えるようになったか ★ マルクスは、 考えそのものを土台から説明しようとしました ——★ どんな暮らしをしているかが、 どんな考えを持つかを決める 、と。 ★ これは、 12.16 知編 の線の外 です。 ★ 線の中の人たちは、 考えを考えとして扱って いました ——★ 誰が考えたかは問いませんでした。 ★ 9.20 論編 で 人への攻撃 を置きました。 ★ マルクスのやり方は、 そこと紙一重 です ——★ 「その考えはあなたの立場から出ている」は、★ 考えそのものへの反論になっていません。 ★ それでも読む値打ちがあるのは、 考えが生まれる場所を問う道を開いたから です ——★ 使い方しだいで、 誤謬にも、新しい見方にもなります 。 ★名前が変わったとき ★ 学問の名前は、 二度変わりました 。 どの語か もとの意味 economy ★ 家のやりくり(ギリシア語) political economy ★ 国のやりくり economics ★ 物理学などにならった形 ★ 三つめの形に変えたのは、 アルフレッド・マーシャル(一八四二〜一九二四) の世代 です。★ 『経済学原理』は 一八九〇年 。 ★ -ics で終わる形は、 physics や mathematics と同じ形 です。 ★ 名前を変えることで、 どの仲間に入るか を示しました ( 10.20 作編 の属)。 何が外れたか 何が入ったか ★ 政治 ★ 図と数式 ★ 道徳哲学 ★ 需要と供給 ★ マーシャル自身は、 道徳の問いを捨てていません 。 ★ 貧困をどうするかが 本人の動機 でした。 ★ けれども、 名前と形が変わると、あとの世代は形のほうを受け継ぎます 。 ★ 12.15 知編 で「書き手が消えるまで」を置きました。 ★ ここは、 学問の名前が中身を決めていく話 です。 ★第 6 期の知編、三つ この期の三課で置いたものを、まとめておきます。 どの課 何の線か 12.16 知編 ★ 考えの線 12.17 知編 ★ 言葉の線 この課 ★ 学問が分かれていく線 ★ 三つに共通しているのは、 いまの姿がはじめからそうだったのではない ということ です。 いまの姿 もとの姿 ★ 哲学と科学は別 ★ 自然哲学は一つだった ★ 引用には出典がつく ★ つけないほうが教養だった ★ 経済学は数を扱う ★ 道徳哲学の一部だった ★ これを知っておくと、 読み方が変わります 。 ★ 読 F の三十二篇は、 いまの学問の分け方のできる前に書かれたもの がほとんど です——★ だから、 いまの分け方で読むとはみ出して見えます 。 ★ はみ出しているのではなく、 あとから線が引かれた のです。 やってみる ★ 共感を、言い直す 。★ スミスの共感が「相手の気持ちが分かること」とどう違うか を、日本語で一段落。 ★ 二つの本の関係を書く 。★ 『道徳感情論』と『国富論』が矛盾しないと言うには、何を示せばよいか を三つ挙げる。 ★ 質と量を分ける 。身近な選択を一つ選び、★ 数で比べられる部分 と★ 比べられない部分 に分けて書く。 ★ 名前を調べる 。自分の分野の名前が いつ、どう変わったか を調べる。★ 変わっていないなら、 どの仲間に入っているか を書く。 この課のまとめ ★ アダム・スミスは道徳哲学の教授だった。 当時「経済学」という科目は無く、道徳哲学の講義の一部だった。 ★ 『道徳感情論』は共感から始まる。 しかも、「人は利己的だ」という前提を認めたうえで、それでもなお、と続けた。 ★ 他人の感じは経験できない。 だから共感は「相手の気持ちが分かること」ではなく、「自分ならそこでどう感じるか」を作ってみること。 ★ 自分の想像の届かない苦しみには、共感が働かない。 ★ 二つの本は矛盾しない。 交換は、相手が何を欲しがるか想像できる人どうしでしか成り立たない。 ★ ベンサムとミルは、快楽を測ろうとした。 そしてミル自身が、質は数では決まらないと書いた。 ★ のちの経済学は、その行き詰まりを避けて通った。 大きさを比べるのをやめ、順だけを使った。効用という語は残り、中身は変わった。 ★ マルクスは別の問いを立てた ——「なぜそう考えるようになったか」。考えの出どころを問う道を開いた。 ★ 名前が変わると、あとの世代は形のほうを受け継ぐ。 political economy から economics へ。 ★ いまの学問の分け方は、あとから引かれた線。 読 F の篇がはみ出して見えるのは、そのため。 次の課へ 知編の第 6 期はここで終わりです。★第 6 期の学習順では、知の次は 復 です。次の課は 13.11 、 第 13 編「復」の第 6 期のはじめ です。★ 八十二課ぶんを、 二課でたたみ直します 。 答え 「やってみる」の四つの答えです。 ★ 書いてみると、 「分かる」と「作る」の差 が効いてきます。 ★ 分かるなら、 相手の感じがそのまま入ってくる ことになります が、★ スミスはそれを はっきり否定しました 。 ★ 作るなら、 材料は自分の経験だけ ——★ だから、 経験したことのない立場には届きにくい のです。 ★ 三つ挙げるとすれば ——★ (1) スミスが『道徳感情論』を最後まで改訂し続けたこと、(2) 交換には相手の欲しいものを想像する力が要ること、(3) 『国富論』にも商人への厳しい記述があること です。★ どれも、 本文で確かめられる ——★ 9.11 論編 の出どころの段でいえば「見た」に当たります。 ★ 分けてみると、 比べられない部分のほうが決め手になっている ことが多いです。 ★ 値段や時間は数で比べられますが、 「そこで働きたいか」は比べられません 。 ★ ミルが悩んだのは、まさにここ です。★ そして、 比べられないものを無理に数にすると、数のほうが決めてしまいます 。 ★ 調べてみると、 名前が変わった時期に何かが起きている ことが分かります。 ★ ふつうは、 どの仲間に入りたいか が変わったとき です。★ そして、 入った仲間の作法がそのまま入ってきます ——★ 12.15 知編 で見た「書き手が消える」も、その一つ でした。 参考文献 原文の出所: Adam Smith『The Theory of Moral Sentiments』(1759), "smith_moral"。パブリックドメイン(Project Gutenberg)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/67363 原文の出所: John Stuart Mill『Utilitarianism』(1863), 第 2 章, "mill_utilitarianism(1/2)"。パブリックドメイン(Project Gutenberg)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/11224 原文の出所: John Stuart Mill『Utilitarianism』(1863), 第 2 章, "mill_utilitarianism(2/2)"。パブリックドメイン(Project Gutenberg)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/11224 原文の出所: Karl Marx & Friedrich Engels『Manifesto of the Communist Party』(Samuel Moore 訳, 1888), 第 1 章, "marx_manifesto"。パブリックドメイン(Project Gutenberg)。原文は 1 字も変えていない。https://www.gutenberg.org/ebooks/61