議院内閣制と大統領制――首相と大統領の違い — Epoché
制度と行動 統治の制度 約 25 分 本文 約 11,100 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 議院内閣制・大統領制・半大統領制の 3 つ 議院内閣制 首相は議会の多数から生まれ、不信任で倒れうる。内閣は解散で有権者に問い直せる 大統領制 大統領は議会とは別の選挙で選ばれ、任期で守られる。議会と別の多数が生じうる(分割政府) 半大統領制 公選の大統領と議会に責任を負う首相が並ぶ。両者の党が違うと権力を分け合う(コアビタシオン) はじめに ニュースでは「首相が衆議院を解散した」という話も、「米国で大統領と議会が対立し、予算が通らない」という話も耳にします。どちらも民主主義の国の話ですが、行政のトップの選ばれ方と辞め方はずいぶん違います。日本の首相は国会が指名し、衆議院の不信任で倒れることがあります。米国の大統領は議会とは別の選挙で選ばれ、議会の多数がどの党であっても 4 年の任期を務めます。フランスには国民が選ぶ大統領と、議会に責任を負う首相の両方がいます。行政のトップをどこから生み、どうすれば替えられるようにするかは、国ごとに違う答えが出されてきた設計の問題なのです。 この課程の『権力分立』の課では、権力を分けて互いに抑えさせる考えを見ました。その考えを、立法(法をつくる議会)と行政(法を実行する政府)の関係という具体的な設計に落とすと、大きく二つの型が現れます。議会の信任で両者をつなぐ議院内閣制と、別々の選挙で両者を切り離す大統領制です。 この課では、まず二つの型を分ける核が「行政の長が議会の信任に依存するかどうか」にあることを確かめます。次に、フランスのように二つの型を組み合わせた半大統領制と、議院内閣制の中の工夫を見ます。続いて、どちらの型が民主主義を安定させるかという論争をたどり、最後に日本国憲法の首相の指名と衆議院の解散を見ます。 資料の章では日本国憲法の第 65〜69 条を読み、条文だけから「誰が首相を選び、誰が内閣を倒せるか」を確かめます。考えてみるの章では、都道府県の知事と議会や、首相を国民が直接選ぶ案に、この課の物差しを当てはめます。この見方を持つと、「解散総選挙」「ねじれ国会」「分割政府」といったニュースが、制度のどこから生まれるのかを読めるようになります。ある政治家や政党の良し悪しではなく、仕組みがどんな行動を促すかという目で、政治の出来事を見る練習でもあります。 この課の問い 行政の長は、議会の信任から生まれるのか、議会とは別の選挙から生まれるのでしょうか。この違いは、政府のつくられ方・倒れ方・行き詰まりの解き方をどう変えるのでしょうか。 この課のことば 信任 議会の多数が「この内閣に任せる」と支えていること。支えを失うと内閣は続けられない 不信任の決議 議会が「この内閣にはもう任せない」と多数で決めること 解散 議員の任期が終わる前に、議員全員の身分を終わらせて選挙をやり直すこと 総辞職 首相と大臣が全員そろって職を退くこと 分割政府 大統領の党と議会の多数派の党が違う状態 半大統領制 国民が選ぶ大統領と、議会に責任を負う首相とが並び立つ仕組み 首相と大統領――行政の長はどこから力を得るか この課程の『権力分立』の課では、権力を分けて互いに抑えさせる考えを見ました。この章では、立法と行政の関係を「信任でつなぐ」か「選挙で切り離す」かという二つの設計を比べます。そのうえで中間の型、長所と短所をめぐる論争、日本の首相の選ばれ方と解散までを順にたどります。 仕組み――信任でつなぐか、任期で切り離すか レイプハルトは、議院内閣制と大統領制を分ける基準として三つを挙げます [2] 。行政の長が議会の信任に依存するか、行政の長がどのように選ばれるか、行政の長が一人か合議体か、です。中でも核になるのは一つ目です。議院内閣制では、首相と内閣は議会の多数の支持があるあいだだけ職にとどまり、議会は不信任の決議で内閣を倒せます。大統領制では、大統領は議会とは別の選挙で選ばれ、決まった任期のあいだ、議会が政策への不満を理由に辞めさせることはできません。 議院内閣制の流れは一本の鎖になります。有権者が議員を選び、議会の多数が首相を選び、首相が大臣を選び、大臣が省庁を指揮します。責任はこの逆向きに、省庁から内閣へ、内閣から議会へ、議会から有権者へと返ってきます。この見方は「委任と責任の連鎖」と呼ばれます (図 1) 。鎖の途中で信任が切れれば、内閣は退くか、解散によって鎖の根元の有権者に問い直すことになります。 有権者 総選挙で議員を選ぶ 議会 多数が首相を選び、信任で内閣を支える 首相・内閣 首相が大臣を選び、内閣が議会に責任を 負う 省庁 大臣の指揮で法を実行する 出口 不信任なら総辞職か、解散で有権者に 問い直す 図 1 議院内閣制の委任と責任の連鎖。上から下へ選ぶ(委任する)向き、責任は逆向きに返ります(図には選ぶ向きだけを示します)。最後の段は、信任が切れたときの出口です。 大統領制の流れは二本の線になります。有権者は議員とは別に、大統領を選ぶ選挙に参加します。米国では、各州で選ばれた選挙人が大統領を選ぶ形をとります。それでも、議会の選挙とは別の選挙から大統領が生まれる点は変わりません。大統領と議会はそれぞれ自分の選挙に正統性の根を持ち、どちらも相手を任期の途中で辞めさせられません。米国の弾劾は、公職の重大な濫用などを問う例外の手続きです。政策の違いを理由に大統領を辞めさせる不信任とは別物です。 このため、議院内閣制では与党が議会の多数と内閣を同時に握り、立法と行政が「融合」しやすくなります。19 世紀の英国でバジョットは、内閣を立法と行政を結びつける「留め金」にたとえました [11] 。大統領制では逆に、立法と行政の分離が制度の前提になります。大統領の党が議会の多数を持たないこともあり、これが分割政府です。この違いは、議員のふるまいにも表れるとされます。議院内閣制では、与党の議員が内閣の法案に反対を重ねれば内閣が倒れかねず、次の選挙で党ごと野に下るおそれもあるため、議員は党の方針に従って投票しやすくなります。大統領制では、議員が大統領の法案に反対しても政府は倒れません。そのため議員は、党の方針よりも自分の選挙区の利益に沿って投票する余地が大きくなります。 行き詰まったときの出口も違います。議院内閣制には不信任・総辞職・解散という出口があり、任期の途中でも政府や議会を入れ替えられます。大統領制では、出口は原則として次の定期の選挙までありません。ほかの違いは、この核から派生します。大臣が議員を兼ねるか(議院内閣制の多くの国では兼ねます。米国では合衆国憲法が兼職を禁じています)、元首と行政の長が別人か(英国の国王と首相、ドイツの大統領と首相)などです (表 1) 。 この表で分かること: 議院内閣制と大統領制の違いは、信任への依存という一点から、選ばれ方・解散・任期・兼職へと広がる 観点 議院内閣制 大統領制 行政の長の選ばれ方 議会の多数が選ぶ 議会とは別の選挙で選ばれる 議会による不信任 できる(内閣が倒れる) できない(弾劾は例外) 議会の解散 多くの国で内閣ができる 原則として無い 行政の長の任期 信任がある限り 決まった年数 大臣と議員の兼職 多くは兼ねる 兼ねられない(米国) 行き詰まりの出口 不信任・解散・総辞職 次の定期の選挙 表 1 議院内閣制と大統領制の比較(本教材の整理。レイプハルト [2] の基準による)。 具体例で確かめます。英国では、総選挙で庶民院(下院)の過半数を得た党があれば、その党首が国王から首相に任命されるのが慣行です。議会に首相を選ぶ投票の手続きはありません。どの党も過半数を持たない「宙づり議会」では、基準は下院の信任を得られる人物かどうかで、第一党の党首とは限りません。いずれにしても、首相であることの条件は「下院の多数の支持がある」ことです。米国では、大統領は議会選挙とは別の大統領選挙で選ばれ、議会の多数がどの党でも任期を務めます。 ここで間違えやすい 「大統領がいれば大統領制」ではありません。ドイツやイタリアにも大統領はいますが、行政の実権は議会の信任に立つ首相にあり、議院内閣制です。分ける基準は肩書きではなく、行政の長が議会の信任に依存するかどうかです。 国による違い――半大統領制と、信任のかたちの工夫 実際の制度は、二つの型のあいだに広がっています。デュヴェルジェは、公選の大統領が相当の権限を持ち、同時に議会の信任に依存する首相と内閣がいる型を「半大統領制」と名づけました [3] 。「相当の権限」の範囲は人によって読み方が分かれるため、エルジーは、公選で任期の決まった大統領と、議会に責任を負う首相・内閣が並ぶこと、という形の上の定義で整理しています [7] 。 シュガートとケアリーは、半大統領制の中をさらに分けました [4] 。首相と内閣が議会にだけ責任を負う型(premier-presidential)と、大統領にも議会にも責任を負う型(president-parliamentary)です。本教材では前者を「首相大統領制」、後者を「大統領議会制」と呼びます。行政の長が誰に辞めさせられるかという問いを順に立てると、制度の型は図2のように分かれます (図 2) 。 行政の長(首相)を誰が 辞めさせられるか 議会か、大統領か、その両方か 大統領制 議会は不信任で辞めさせられない (米国) 議院内閣制 議会が辞めさせられ、公選で権限のある 大統領はいない(英・独・日) 首相大統領制 半大統領制の一つ目の型。首相は議会に だけ責任を負う(仏) 大統領議会制 半大統領制の二つ目の型。首相は 大統領と議会の両方に責任を負う 図 2 行政の長を誰が辞めさせられるかによる制度の分け方。議会だけが辞めさせられない型が大統領制、議会が辞めさせられる型が議院内閣制、下の二つは半大統領制の中の分かれです。議院内閣制と半大統領制の境は、デュヴェルジェの基準(公選の大統領が相当の権限を持つか)によります。エルジーの形の上の定義では、アイルランドやオーストリアも半大統領制に入ります。 フランス第五共和制は、半大統領制の代表例です。大統領は国民が選び、大統領が首相を任命します。ただし内閣は国民議会の不信任で倒れうるので、大統領は議会の多数派が受け入れる首相を選ばざるをえません。そのため、大統領の党と議会の多数派が違うと、大統領は反対党の首相を任命し、内政の多くを首相に委ねることになります。これを「コアビタシオン(保革共存)」と呼び、1986〜88 年、1993〜95 年、1997〜2002 年に起きました。 1986 年の国民議会選挙で保守の連合が勝つと、社会党のミッテラン大統領は保守のシラクを首相に任命しました。外交と防衛では大統領が前に出て、内政は首相が担うという分担が、憲法の条文よりも政治の慣行として形づくられました。その後、2000 年の改憲で大統領の任期が 7 年から 5 年になりました。さらに 2001 年に国民議会の任期の決まりが改められ、2002 年からは大統領選挙の直後に議会選挙が行われる順序になりました。この二つが重なって、コアビタシオンは起きにくくなったとされます。 議院内閣制の中にも、信任の扱いの違いがあります。ドイツ基本法 67 条は、議会が次の首相を選んだときにだけ現首相を不信任できる「建設的不信任」を定めます。倒すだけで後継が決まらず政治が混乱したヴァイマル期の反省から生まれた仕組みで、可決されたのは 1982 年の一度だけです。このときはシュミット首相に代わってコールが首相に選ばれました。 解散の決まりも国によって違います。英国は 2011 年の議会任期固定法で首相の判断による解散を縛りましたが、2022 年の法律でこれを廃し、首相の求めによる解散に戻しました。解散を誰がいつ使えるかは、議院内閣制という型が決めるのではなく、各国の設計の選択です。同じ「議院内閣制」の名の下でも、不信任と解散の組み合わせ方によって、内閣の安定や議会の力は変わります。 ここで間違えやすい 半大統領制を「大統領が一番強い制度」と覚えるのは誤りです。大統領の権限は国によって大きく違い、議会の多数派と同じ党なら強く、違う党なら首相に実権が移ります。半大統領制の要点は、二つの正統性(大統領の選挙と議会の信任)が並ぶことにあります。 長所と短所――リンスの大統領制批判と、その反論 リンスは、大統領制は民主主義を壊れやすくすると論じました [1] 。その議論は、しばしば三つの点にまとめられます。大統領と議会がともに選挙の正統性を持つ「二重の正統性」、任期が決まっていて行き詰まりを解く出口がない「硬直性」、大統領の座を一人が総取りする「勝者総取り」です。これは、制度の設計が民主主義の続き方に影響するという実証の仮説です。背景には、中南米で大統領と議会の対立が軍の介入に行き着いた事例があり、1973 年のチリのクーデターがよく取り上げられます。 たとえで考えてみます。一隻の船に、乗客が選んだ船長と、船員が選んだ航海長が乗っているとします (図 3) 。二人とも「自分こそ選ばれた」と言え、航路で意見が割れても、次の港に着くまでどちらも相手を降ろせません。リンスの言う二重の正統性と硬直性は、この船の困りごとに当たります。議院内閣制の船なら、船員の多数が航海長を替えられ、航海長は船員を選び直す投票にかけることもできます。このたとえは本教材の作例です。 二人とも「自分が選ばれた」と言える 乗客が選んだ船長 船員が選んだ航海長 次の港 次の港(次の選挙)まで互いを降ろせない 図 3 二重の正統性と硬直性のたとえ(本教材の作例)。乗客が選んだ船長と船員が選んだ航海長が別の方向を指し、次の港(次の選挙)まで互いを降ろせません。 もっとも、議院内閣制にも弱みがあります。連立が小さな党の寄せ集めだと、内閣は短命になりやすくなります。フランス第四共和制は、内閣が短い間隔で入れ替わったことで知られています。逆に、与党が大差の多数を持つと、議会による内閣の監視が弱まります。どちらに転ぶかは、政党の数と規律によります。 大統領制の側の強みも挙げられます。有権者が議会の選挙とは別に行政の長を選べ、責任の所在がはっきりし、議会は大統領とは独立に行政を監視できます。合衆国憲法