誰の証言が信じられるか――社会認識論とフェミニスト認識論 — Epoché
解説 他者の報告を、なぜ信じられるか 証言とは、話し手や書き手の報告を受け入れ、信念を得ることに関わる。信頼のため独立の根拠が必要か、疑う理由がなければ基本的に受け入れられるかは、社会認識論で争われる。 何でも無条件に信じるか、全て自分で観察し直すかの二択ではない。 出典1 信用や理解の機会が、不当に奪われるとき フリッカーは、知る主体として不当に扱われることを認識的不正義と呼び、二つを区別した。身元への偏見で証言の信用を下げる場合と、経験を理解し伝える概念が社会的に不足する場合である。 信用への異論が全て偏見とは限らない。後者も、一人が単に言葉を知らないだけの問題ではない。 出典1 立場の影響と、根拠の評価を分ける フェミニスト認識論は、身体や社会的位置、他者との関係が、情報への接近や知識の権威にどう関わるかを問う。周辺化された立場の利点を主張する説も、何について、なぜ利点があるかを説明する必要がある。 女性なら何についても自動的に正しいとはしない。立場の影響と、個々の主張の真偽や根拠を区別する。 出典2 理由と、そこからは言えないこと。 観点 確認すること 短絡しないこと 証言の根拠 話し手を信頼する理由 無条件の信頼だけではない 信用への偏見 身元で不当に割り引いていないか 信用への異論全てが偏見ではない 状況と立場 何を知る機会があり、なぜ有利か 所属だけで真偽は決まらない 本文の焦点を比較した表で、全ての判断を自動的に決める規則ではない。 参考文献 [1] O’Connor, Cailin; Goldberg, Sanford; Goldman, Alvin「Social Epistemology」。 出典 [2] Anderson, Elizabeth「Feminist Epistemology and Philosophy of Science」。 出典