自由――干渉されないことと自ら治めること — Epoché
思想 自由・平等・正義 約 29 分 本文 約 13,200 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 消極的自由・積極的自由・非支配の 3 つ 消極的自由 他人から干渉されない範囲の広さを自由と見ます。バーリンはこの見方を擁護しました。 積極的自由 自分を自分で治めることを自由と見ます。バーリンは、「本当の自分」の名で強制が正当化される危うさを指摘しました。 非支配 干渉されていなくても、他人の恣意的な力の下にあれば不自由だと見ます。ペティットらの共和主義の見方です。 はじめに 夜中にコンビニへ出かけようとして、誰にも止められなかったとします。あなたは自由だったでしょうか。多くの人は「もちろん」と答えるでしょう。では、部屋の鍵を大家が持っていて、大家の気分しだいでいつでも締め出せるけれど、まだ一度も締め出されたことがない、という場合はどうでしょうか。あるいは、誰にも止められずに出かけたものの、本当はやめたいと思っている夜食の衝動に引かれていただけだとしたら、どうでしょうか。 「自由」は政治の言葉のなかでもとくによく使われる語ですが、人によって指しているものが違います。他人に邪魔されないことを自由と呼ぶ人がいます。自分のことを自分で決め、自分たちの社会を自分たちで治めることを自由と呼ぶ人もいます。さらに、邪魔されていなくても、誰かの思いのままになる立場に置かれていること自体を不自由と見る人もいます。冒頭の場面で言えば、誰にも止められなかった一つ目の場面は一つ目の見方に、夜食の衝動に引かれていた三つ目の場面は二つ目の見方に、大家が鍵を持つ二つ目の場面は三つ目の見方に当たります。 見方の違いは、言葉の好みの問題にとどまりません。何を自由の欠けと見るかによって、国家に求めることが変わるからです。干渉されないことを自由と見るなら、国家の干渉の範囲を限ることが自由を守る道になります。自分たちで治めることを自由と見るなら、選挙や議会を通じて決定に加われることが大切になります。恣意的な力の下にないことを自由と見るなら、権力を規則と手続きで縛ることが中心の課題になります。同じ「自由を守れ」という主張でも、どの見方に立つかで、求める制度の中身がまったく違ってくることがあります。 この課では、哲学者バーリンが 1958 年に公表した講演で立てた「消極的自由」と「積極的自由」の区別から出発します。次に、ペティットらが唱える共和主義の「非支配としての自由」を加え、三つの見方を順に見ます [1] [2] 。そのうえで、19 世紀はじめのフランスの思想家コンスタンの講演を資料として読み、二つの自由を対立ではなく組み合わせとして考える見方を確かめます [4] 。 この課程の『権威と正統性』の課では、人が命令に従う理由を考えました。自由は、その権力に人がどう向き合うかを測る物差しになります。なお、自由をめぐる議論は「どうあるべきか」を争う規範の議論です。この課では、それぞれの主張が誰のものかを示し、どの立場が正しいかは決めません。 この課の問い 「自由である」とは、他人から邪魔されないことでしょうか、それとも自分(たち)のことを自分(たち)で決められることでしょうか。邪魔されていなくても、いつでも邪魔できる者の下にいる人は自由でしょうか。 この課のことば 消極的自由 他人から干渉・妨害されない範囲の広さとしての自由です。「〜からの自由」とも言います。例:誰にも止められずに好きな本を読めること。 積極的自由 自分を自分で治めること(自己支配・自己決定)としての自由です。例:衝動に流されず自分の決めた目標に沿って生きること、市民が自分たちの法を自分たちで決めること。 非支配 他人の恣意的な力の下に置かれていないことです。共和主義の自由の定義で、実際に干渉されているかどうかとは別に問われます。 恣意的な力 決まった規則や、力を受ける側の統制に縛られず、持ち主の思いのままに使える力です。例:基準も手続きもなく上司の気分で決まる異動。 パターナリズム 本人のためを理由に、本人の意思に反して干渉することです。親が子に対してするような干渉を、国家などが大人にすることを指して使われます。 自由とは何か――何からの、何をする自由か 自由をめぐる論争は、同じ「自由」という語で別のものを指していることから起きることが少なくありません。この章では、まず自由の二つの問いを分け、その一方に潜む危うさを見ます。次に第三の見方を加え、最後に三つの見方のあいだの争点を整理します。 二つの問い――どこまで放っておかれるか、誰が決めるか たとえ話から入ります。車で町を走っていて、分かれ道で左に、交差点で右に曲がったとします。道をふさぐ者も、検問もありません。運転者としては、まったく自由に見えます。ところが、左へ右へと曲がった理由が、たばこをやめられず、店が閉まる前にたばこ屋へ着きたい一心だったとしたらどうでしょう。しかも右に曲がったせいで、大事な約束に向かう列車に乗り遅れそうだと、本人も分かっています。この運転者は、運転しているというより、衝動に運転させられているとも言えます。これは、自由の二つの概念についての代表的な解説が冒頭に置くたとえです [1] 。 この話から、自由の二つの考え方が出てきます。一つは、自由を「本人の外にある妨げが無いこと」と見る考え方です。誰も止めていないので、この運転者は自由です。もう一つは、自由を「本人が自分を統制していること」と見る考え方です。運転者は、自分でも捨てたいと思っている衝動に引かれ、自分の本当の利益を実現できていないので、不自由です。前者は、本人の前に開いている扉の数を問います。後者は、正しい理由で正しい扉を通っているかを問います [1] 。二つの見方の違いを図1にまとめます (図 1) 。 消極的自由 積極的自由 問い:どこまで 放っておかれるか 問い:誰が・何が 自分を統制するか 妨げ:他人の干渉 (外の妨げ) 妨げ: 衝動・他人への従属 (内も含む) 開いている扉の数を 問う 正しい理由で扉を 通るかを問う たとえ:道をふさぐ 者がいないので自由 たとえ:衝動に 運転させられ不自由 図 1 バーリンの二つの自由概念。運転者のたとえでは、消極的自由の見方なら自由、積極的自由の見方なら不自由になります。 1958 年に初めて公表された講演「二つの自由概念」で、哲学者アイザイア・バーリン(1909–1997)は、前者を消極的自由、後者を積極的自由と名づけました [1] 。名前の由来は、前者が何か(妨げ・干渉)の不在で定義され、後者が何か(統制・自己支配)の存在で定義されることにあります。バーリン自身は、二つを別々の問いへの答えとして説明しています。消極的自由は「人がほかの人から干渉されずに、自分にできることをし、なりうるものになるよう放っておかれる範囲はどこまでか」という問いに答えます。積極的自由は「人がこれでなくあれをする、あれになると決める統制や干渉の源は何か、誰か」という問いに答えます [1] 。 外の妨げと内の自己統制の区別は、心理学や個人の道徳の話のようにも見えます。それが政治の問いになるのは、国家が市民に代わって積極的自由を促せるのか、促すことは望ましいのか、が争われてきたからです [1] 。西洋の政治思想の古典は、この問いへの答えで分かれます。コンスタン、フンボルト、スペンサー、ミルは「否」と答え、消極的自由を擁護した側に分類されることが多いとされます。ルソー、ヘーゲル、マルクス、グリーンは「是」と答え、積極的自由を擁護した側に分類されることが多いとされます [1] 。 積極的自由には、集団で実現するものと個人で実現するものがあります。前者の典型はルソーです。共同体が「一般意志」に沿って自らの事柄を治める過程に参加することで、個人は自由になるとされます。民主的な社会は自ら決める社会なので自由であり、その成員は民主的な過程に参加する程度に応じて自由だ、という考え方です。後者の例としては、国家は個人が自立し自己を実現するための条件を積極的に整えるべきだ、という主張があります。福祉国家やベーシックインカムが、この根拠で擁護されることがあります [1] 。これに対して消極的自由は、移動・信教・言論の自由のような憲法上の自由を擁護する議論や、本人のためと称する国家の干渉に反対する議論で、最もよく前提にされます [1] 。 日本国憲法にも、二つの問いに対応する規定が並んでいます。19 条の「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」、21 条の表現の自由、22 条の居住・移転・職業選択の自由は、国家に対して「ここから先には干渉するな」という範囲を定める規定と読めます。他方、15 条は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と定めます。こちらは、自分たちを治める者を自分たちで決めるという、統制の源を問う規定と読めます [3] 。もっとも、憲法がバーリンの区別に沿って作られたわけではありません。条文を二つの問いに振り分けたのは本教材の整理です。 ここで間違えやすい 「消極的」「積極的」は良し悪しの評価ではありません。消極的自由は何か(妨げ)が無いことで、積極的自由は何か(自己統制)が有ることで定義される、という定義の形の違いを表す名前です。 積極的自由の逆説――「本当の自分」の名による強制 バーリンは、二つの自由のうち積極的自由のほうに、権威主義に転じる危うさがあると見ました [1] 。バーリンが書いたのは冷戦のさなかでした。自己支配・自己実現という一見気高い理想が、20 世紀の全体主義の独裁者たち、とくにソ連の指導者たちによってねじ曲げられたことに、バーリンは動かされていた、と解説されています。独裁者たちは、西側の自由主義諸国ではなく自分たちこそが本当の自由の擁護者だと主張していたのです [1] 。 バーリンによれば、この逆説へのすべり坂は「分裂した自己」という考えから始まります [1] 。先の運転者は、約束に間に合いたい自分と、たばこ屋に行きたい自分に分かれています。ここで、約束を守る自分こそが理性的で反省する「高い自己」、つまり本当の自己であり、衝動に従う自分は「低い自己」だと考えたとします。すると、高い自己が低い自己を統制しているときに人は自由だ、ということになります。次の一歩は、人によって理性の程度が違い、より理性的な者はほかの人の理性的な利益を本人よりよく知っている、と言い出すことです。そう考えると、理性の劣る者に理性的なことを強制するのは、その人を目先の欲望から「解放」することだ、と言えてしまいます。さらに、自己を個人より広げて、部族・民族・教会・国家といった全体で代表させれば、個人はその全体の利益のために強制されてよい、という結論に至ります [1] 。この筋道を図2に示します (図 2) 。 分裂した自己 約束を守りたい自分と、衝動に従う自分 高い自己=本当の自己 理性的な自己が衝動を統制するとき 自由だとする 賢い者が代わりに知る より理性的な者が他人の本当の利益を 知ると称する 全体の名での強制 国家などの全体を本当の自己とし、 強制を「解放」と呼ぶ 図 2 バーリンが描いた積極的自由のすべり坂。点線の段は、ここまで進むと強制が「解放」と呼ばれてしまう段です。 バーリンは、この考えを取ると人々の実際の願いを無視できる立場に立ってしまう、と書いています。その「本当の」自己の名において、またその自己に代わって、脅し、抑圧し、拷問することさえできてしまうというのです [1] 。ここで注意したいのは、バーリンが区別したのが、強制することそのものと、強制を別の名で呼ぶことだという点です。バーリンは、「本人には見えていない本人の利益のために強制されることがある」と言うことと、「それが本人の利益なら、本人は実はそれを望んでいるのだから、強制されてはおらず自由なのだ」と言うことは別だと述べています [2] 。前者は、強制を強制と認めたうえで、その正当化を論じます。危ういとされるのは後者です。強制が自由の名で呼ばれるために、強制であること自体が見えなくなるからです。 身近な例で考えてみます。道路交通法 71 条の 3 は、自動車の運転者に、座席ベルトを装着しないで運転してはならないと定めています [6] 。この規定には運転者本人の安全を守る面があり、本人のためを理由に本人の行動に干渉するパターナリズムの例として考えることができます(本教材の当てはめ)。バーリンの区別を当てはめると、これを「安全のための、法による干渉である」と言うことは前者に当たります。しかし「装着したくない人も本当は安全を望んでいるのだから、これは干渉ではない」と言えば、後者の言い換えになります。干渉が正当かどうかは別に論じられる問いです。ここで分かるのは、干渉を干渉と呼ぶかどうかで、議論の形が変わるということです。 消極的自由の側は、このすべり坂を最初の一歩で断ち切ろうとします。自由と欲望の結びつきを切り、自由を「望むことを妨げられないこと」ではなく「望むかもしれないどんなことも妨げられないこと」と定義するのです [1] 。もし自由が「望むことを妨げられないこと」なら、望みを減らせば自由が増えることになります。すると、自分の境遇に満足しきった奴隷は完全に自由だ、という奇妙な結論になります。私たちはふつう、奴隷の状態を自由の反対と考えます。また、自由は幸福とも別のものです。自由な人が不幸なことも、不自由な人が幸福なこともありえます [1] 。 一方で、積極的自由を論じる人がみな権威主義に向かうわけではありません。バーリン以後も積極的自由の概念は分析され続けており、たとえばクリストマンは、積極的自由が自由主義と両立すると論じています [1] 。バーリンの議論は、積極的自由の理想そのものを退けるものとしてではなく、その理想が強制の言い訳に変わる筋道への警告として読むことができます。 ここで間違えやすい バーリンの警告は「自己決定を目指すのは危険だ」という主張ではありません。問題にされたのは、「本当の自分」を他人が代わりに知っていると称して強制し、それを自由と呼ぶ筋道です。 支配されないこと――共和主義の第三の見方 二つの見方のどちらにも収まらない、第三の見方があります。自由とは、干渉されない範囲を持