精読:ボエティウス『哲学の慰め』から、予知と自由を扱う一節 — Epoché
解説 「必然」を二つに分ける 原文:Duae sunt etenim necessitates, simplex una, ueluti quod necesse est omnes homines esse mortales, altera condicionis, ut si aliquem ambulare scias, eum ambulare necesse est. 訳:必然性には二つある。一つは単純な必然性で、たとえば人間は皆、死すべきものであるということ。もう一つは条件つきの必然性で、たとえば誰かが歩いていると知っているなら、その人は歩いていなければならない。 「哲学」の女神が語り手へ答える場面。単純な必然性は、そのものの性質に基づく。条件つきの必然性は、知っているという条件のもとで成り立つ。 出典1 知ることは、歩かせることか 原文:quod enim quisque nouit, id esse aliter ac notum est nequit. sed haec condicio minime secum illam simplicem trahit. hanc enim necessitatem non propria facit natura sed condicionis adiectio. nulla enim necessitas cogit incedere uoluntate gradientem, quamuis eum tum cum graditur incedere necessarium sit. 訳:知っている事柄は、知られているのと異なっていることはできない。だが、この条件が先の単純な必然性を伴うわけでは全くない。この必然性を生むのは、それ自体の本性ではなく、条件が加わることだからである。自分の意志で歩く人を、必然性が歩くよう強いるわけではない。その人が歩いている間には、歩いていることが必然であっても。 「歩いていると知るなら、歩いている」は成り立つ。しかし、知ることがその人を無理に歩かせるわけではない。自発的に歩く例である。 出典1 神の知へ、類比を移す 原文:Eodem igitur modo, si quid prouidentia praesens uidet, id esse necesse est, tametsi nullam naturae habeat necessitatem. atqui deus ea futura quae ex arbitrii libertate proueniunt praesentia contuetur. 訳:したがって同じように、摂理が何かを現在のものとして見るなら、それは存在していなければならないが、本性による必然性を全く持たないこともある。ところで神は、意志の自由から生じる未来のことを、現在のものとして見ている。 摂理は神の見通しのこと。未来を現在として見るという前提のもとで、知られる確実さと、出来事そのものの強制を分ける。歩行例だけで神や永遠性を証明したわけではない。 出典1 知っている条件と、出来事の性質 必然性 例 分ける点 単純な必然性 人間は死すべきもの そのものの性質に基づく 条件つきの必然性 歩いていると知るなら、歩いている 知っている条件から成り立つ 自発性 本人の意志で歩く 知られることだけで強制にはならない 女神の議論を整理したもの。予知と自由の論争全体を、この例だけで決着させない。 参考文献 [1] Boethius/Rudolf Peiper編1871。原版p143から本教材が独自転記・日本語訳。「ボエティウス『哲学の慰め』第5巻・散文6(Peiper1871 p143)」。 出典 本教材の独自訳・解説 CC BY-SA 4.0(古典原文)