民主的平和――民主国家どうしは戦わないか — Epoché
国際と日本 国際政治 約 23 分 本文 約 10,200 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 発見・説明・批判の 3 つ 発見 民主国家どうしの暴力的な衝突はまれだが、民主国家が一般に平和的なわけではない 説明 カントの「費用を負う市民が決める」を起点に、規範と制度の二つの説明がある 批判 相関は保たれても、民主制が原因かどうかは豊かさなど別の条件をめぐって争われている はじめに 「民主国家どうしは戦争をしない」という言い方を、ニュースや評論で耳にすることがあります。民主主義の国が増えれば世界は平和になる、という期待もそこから生まれます。1997 年の参議院の調査会では、国際政治学者の高木誠一郎が、この考えを「一時非常にはやった議論」として紹介しました [8] 。研究の世界でも外交の世界でも、長く語られてきた考えです。 けれども、この一文には別々の問いが混ざっています。民主国家はそもそも戦争をしにくいのでしょうか。それとも、民主国家と民主国家の組み合わせに限って戦争が起きにくいのでしょうか。さらに、民主国家どうしの戦争が少ないとしても、それは民主制のおかげなのか、豊かさなど別の事情のせいなのか、という問いも残ります。どの問いに答えているのかを分けないと、同じ証拠から正反対の結論が引き出されてしまいます。 この課では、18 世紀末のカントの議論を起点に、20 世紀後半からの研究が何を見つけ、どう説明し、どこで争っているかをたどります。この課程の『戦争の原因』の課では、国どうしの交渉がなぜ失敗して戦争になるのかを見ました。ここでは、国の内側の政治の仕組みが、その失敗の起こりやすさを変えるのかを考えます。最後に、この理論が日本の国会でどう語られてきたかにも触れます。 この課の問い 民主国家どうしは本当に戦わないのでしょうか。戦わないとすれば、それは民主制そのものの働きなのでしょうか。 この課のことば 民主的平和 民主国家どうしの間では戦争がまれだという発見と、それを説明する理論をまとめた呼び名です。「民主国家はどこの国とも戦わない」という意味ではありません。 二国の組(ダイアド) 紛争を数えるときに、一つの国ではなく「フランスとドイツ」のような二国の組を単位にする考え方です。組の両方が民主国家かどうかで分けて比べます。 共和的な体制 カントの言葉で、法を作る人と法を実行する人が分かれている統治の仕方です。王がいるかいないかとは別の区別で、今日の「民主制」とも同じではありません。 規範の説明と制度の説明 前者は、国内で話し合いと妥協で争いを収める習慣が、外の民主国家との争いにも持ち込まれるという説明です。後者は、議会や世論の同意を取りつける手続きが指導者の手を縛るという説明です。 相関と因果 二つのことが一緒に見られること(相関)と、一方が他方を引き起こすこと(因果)の区別です。雨の日に傘の売れ行きと交通事故がともに増えても、傘が事故を生むわけではありません。 民主国家どうしの平和――何が見つかり、なぜそうなるのか この章では、まず研究が見つけたことを正確に言い直し、次にカントから始まる説明を見ます。そのうえで批判と応答を並べ、最後に民主国家の数の移り変わりと、この理論が外交の言葉として使われた例を見ます。発見・説明・批判の三つを分けて読むことが、この章の要点です。 問いを分ける――「民主国家は平和的か」と「民主国家どうしは戦うか」 マオズとラセットは 1993 年の論文で、民主国家は一般に非民主国家とほぼ同じほど紛争や戦争を起こしやすいが、民主国家どうしが暴力的に衝突したことはまれだと述べました [4] 。この一文の前半と後半は、まったく別のことを言っています。 前半は、一つの国の性質についての主張です。民主国家を一国ずつ取り出して、紛争や戦争に加わった度合いを見ると、独裁の国と大きくは変わらないということです。後半は、二国の組についての主張です。両方が民主国家である組だけを集めると、その組の間の暴力的な衝突は少ない、ということです。本教材では前者を「単独の主張」、後者を「対の主張」と呼んで分けます (図 1) 。 単独の主張 対の主張 問い:民主国家は 平和的か 問い:両方が 民主国家なら 単位:一つの国 単位:二国の組 答え: 非民主国家並み 答え:暴力的な 衝突はまれ 対象:民主国家の 全戦争 対象:民主国家間の 戦争 図 1 単独の主張と対の主張の違い。答えの行は、民主国家は一般に「ほぼ同じほど」紛争し、民主国家どうしの衝突は「まれ」とするマオズとラセット [4] の要旨による。 二つが両立するのは、民主国家が戦う相手の多くが民主国家でない国だからです。ドイルは 1986 年の論文で、自由主義の国は「たしかに平和的」だが「戦争もしやすい」と書きました [3] 。自由主義の国どうしはカントが予想したとおり別個の平和をつくった一方で、カントが恐れたとおり攻撃のための自由主義的な理由も見つけた、というのがドイルのまとめです [3] 。ドイルはこの論文で、シュンペーター、マキャヴェリ、カントという自由主義の三つの伝統を比べ、カントの伝統がこの二面をいちばんよく説明すると論じています [3] 。 では、対の主張はどう確かめられたのでしょうか。マオズとラセットは 1946〜1986 年について、国際紛争の複数のデータと多くの指標を使って調べました [4] 。そのうえで、この期間の二国の組について、民主主義はそれ自体として、組の紛争や紛争の激化の起こりやすさを一貫して下げると報告しています [4] 。ただし、紛争の少なさを説明するのは民主主義だけではなく、ほかの要因もともに働いているとも書いています [4] 。民主主義は原因の一つとして数えられているのであって、唯一の原因とされているわけではありません。 その後も研究は積み重なりました。2014 年に研究を総ざらいしたヘグレは、民主国家の組はほかの組より国家間紛争の危険が低いという発見は、おおむね保たれていると評価しています [5] 。ヘグレの総説は国家間の紛争だけでなく国内の紛争も扱っており、民主的な制度が両方にどう効くかを並べて論じています [5] 。 本教材の作例で確かめましょう。ある年に、民主国家 A が独裁の国 B と戦争をしたとします。この戦争は、単独の主張を確かめるときには民主国家の戦争の一件として数えますが、対の主張を確かめるときの数には入りません。一方、民主国家 C が A と戦った場合は、両方が民主国家の組の衝突として、対の主張の数に入ります。ただし、どちらの主張も起こりやすさの話なので、一件の戦争だけで崩れるわけではありません。一件で崩れるのは「民主国家どうしは決して戦わない」という断定です。「戦争しにくい」という主張は、民主国家の組で衝突が起こる率を、ほかの組の率と比べて確かめます(本教材の整理)。一つの戦争がどちらの主張の数に入るのかを、まず確かめる必要があるのです。 もう一つ、主張の範囲にも気をつけます。研究が言うのは戦争や暴力的な衝突の少なさです。民主国家どうしの間に、外交上の対立や貿易の摩擦、領土をめぐる争いが無いという主張ではありません(本教材の整理)。争いはあっても、それが武力の衝突にまで至りにくい、というのが対の主張の中身です。 ここで間違えやすい 「民主国家は戦争をしない」と覚えるのは誤りです。民主国家は一般には独裁の国とほぼ同じほど紛争に加わっており、少ないのは民主国家どうしの組の間の暴力的な衝突です。それも「まれ」であって「皆無」ではありません。 カントの起点と二つの説明――費用を負う人が決めるとき 民主的平和の考えの源として最もよく挙げられるのは、カントが 1795 年に出した『永遠平和のために』です。カントはその第一確定条項で、各国の市民的な体制は共和的でなければならないと書きました [1] 。この本は、戦争の可能性を減らすための六つの予備条項と、それだけでは作れない永続的な平和のための確定条項からなります [2] 。第二確定条項は国家の連合への参加、第三確定条項は世界市民としての訪問の権利を定めています [2] 。 カントの理由は、戦争の費用を誰が負うかにあります。共和的な体制では、戦争をするかどうかを決めるのに国家市民の同意が必要になる、とカントは言います [1] 。そうなれば市民は、自分で戦い、戦費を自分の財産から出し、戦争が残した荒廃を苦労して立て直さなければなりません [1] 。だから市民は、そんな悪い賭けを始めることを大いにためらうだろう、というのです [1] 。SEP の整理の言葉でいえば、戦争を決める人と、その代価を税と血で払う人が同じになるということです [2] 。その結果、共和国は戦争に踏み切るのをためらい、戦争より交渉を受け入れるだろう、とカントは見込みました [2] 。 これと対照的に、共和的でない体制の元首は国家の仲間ではなく国家の持ち主であり、戦争をしても食卓や狩りや離宮を少しも失わない、とカントは書きます [1] 。そのため元首は、遊興のように取るに足りない理由で戦争を決めかねない、というのです [1] (図 2) 。下の絵は、このカントの対比を本教材が場面にしたものです。 君主が決める国 戦争を始めよう 宴も狩りも失わない 市民が決める国 本当に戦うのか 戦う・払う・建て直すのは自分たち 図 2 カントの対比を本教材が絵にした作例。上の絵は開戦しても宴や狩りを失わない君主、下の絵は戦い・税・荒廃の立て直しを自分で負う市民 [1] 。 ここで注意が要るのは、カントのいう「共和的」が今日の「民主的」とそのまま同じではないことです。カントは、共和的な体制を民主的な体制と混同してはならないと念を押し [1] 、共和主義とは執行する権力を立法する権力から切り離す原理だと定義しました [1] 。言葉の本来の意味での民主制は必然的に専制だ、とまで書いています [1] 。SEP の整理によれば、他の人が執行を担うなら、一人の立法者のもとでも共和的でありうるとカントは考えました [2] 。それでも、選挙で選ばれた代表の立法者が最善の共和制だとも考えていました [2] 。また、カントは女性を投票する人から外しています [2] 。カントを代表民主制の擁護者と読むか、民主的な支配に限界を設けた人と読むかは、研究者の間で分かれています [2] 。 それでも、この考えを現代の研究につないだのがドイルです。SEP の整理によれば、ドイルは 1983 年の論文で、市民の同意が戦争を抑えるという主張をカントの平和論の鍵とみなし、自由民主国どうしの戦争の無さをその証として示しました [2] 。カントの「共和的な体制」が、ここで今日の自由民主国に読み替えられたわけです。 その後の研究は、なぜ民主国家どうしが戦わないのかを二つの型で説明してきました。マオズとラセットのいう規範モデルは、妥協と協力の規範が、利害の対立が暴力的な衝突へ激化するのを防ぐという説明です [4] 。構造モデルは、複雑な政治の動員の手続きが、向き合う二つの民主国家の指導者を制度の面で縛り、暴力的な衝突を実行しにくくするという説明です [4] 。二人は、両方のモデルがデータで支持され、規範モデルへの支持のほうがより頑健で一貫していると報告しました [4] (図 3) 。カントの費用の論理は、市民の同意という手続きに注目する点で、構造モデルに近い形をしています(本教材の整理)。 なぜ戦わないのか 民主国家どうしの暴力的な衝突が まれな理由 規範の説明 妥協と協力の 規範が、利害の 対立の激化を防ぐ 制度の説明 複雑な動員の 手続きが、指導者を 制度の面で縛る 検証(1946〜1986 年) 両方を支持し、規範の説明がより 頑健 図 3 民主国家どうしの平和の二つの説明と、その検証。マオズとラセット [4] による。 ここで間違えやすい 「カントは民主制が平和をもたらすと言った」とまとめるのは不正確です。カントは言葉の本来の意味での民主制を専制の一種と見ており、平和の条件としたのは、立法と執行が分かれた共和的な体制と、戦争の費用を負う市民の同意でした。 相関か因果か――批判と応答 民主国家どうしの平和という観察そのものより激しく争われてきたのは、その原因です。ロサートは 2003 年の論文で、民主的平和論は戦争と平和の原因をめぐる議論への、おそらく最も強力なリベラルの貢献だと認めたうえで [6] 、その因果の論理を一つずつ点検しました。 まず規範の説明について、民主国家は国内の争いを解く規範を確実に外へ持ち出すわけではなく、利害が衝突すると互いを信頼も尊重もしない、とロサートは論じます [6] 。次に制度の説明について、選ばれた指導者が平和を好む公衆や団体に特に強く縛られているわけではなく、民主国家の動員が特に遅いわけでも、奇襲ができないわけでもない、と述べます [6] 。 さらに、開かれた政治の競争があれば決意についての内々の情報が相手に伝わり紛争を避けられる、という説明についても、そうなる保証はないとします [6] 。これは、この課程の『戦争の原因』の課で見た「相手の決意が分からないことが交渉を失敗させる」という考えを、民主制に当てはめた説明への批判です。ロサートの結論は、民主国家の間に平和があることは確かだが、それは民主的な性格が原因ではないかもしれない、というものです [6] 。 これに対してスランチェフらは 2005 年に、ロサートは民主的平和をめぐる多くの議論が確率的な主張であることを誤解していると反論しました [7] 。民主制は戦争の確率を下げると言っているのであって、すべての場面で働く法則だと言っているのではない、という指摘です。さらに、選択の偏りに注意を払わずに事例とデータを使ったため、ロサートの例はかえって、彼が崩そうとした理論を支える例になっていると論じました [7] 。 この表で分かること: 擁護と批判は、民主国家どうしの平和の有無より、その原因で分かれています。 論点 擁護の側 批判の側 規範 妥協の規範が激化を防ぐ 利害が衝突すれば信頼しない 制度 動員の手続きが指導者を縛る 動員は遅くなく奇襲もできる 情報 開かれた競争が決意を伝える 伝わる保証はない 因果 民主制そのものが紛争を下げ