自分で選ぶとは何か――キルケゴールの実存 — Epoché
解説 自己になることは、課題でもある キルケゴールの自己は、完成した物のようにあるだけではない。与えられた限界を引き受けながら、可能性を実現していく課題でもある。可能性ばかりを増やして決めないことも、何も変えられないと思うことも問題となる。 絶望は単なる気分でなく、自己のあり方の問題。好きな自分を無制限に作るという説ではない。 出典1 考えることと、選ぶこと 仮名著者ヨハネス・クリマクスは、反省は必要だが、考え続けるだけでは選択に至らないと論じる。ある可能性に関わり、実現しようとして考察を区切る決断が要る。 思考の放棄ではない。作中の仮名著者たちの発言全てを、キルケゴール本人の断言としない。 出典1 生き方を比べる、三つの領域 美的・倫理的・宗教的な領域は、人生の価値をどう捉えるかという見取り。『あれか、これか』では、関与を避ける美的な生に対し、ウィリアム判事は関係や役割への責任を引き受ける生を語る。宗教的な生には神との関係が関わる。 全員が自動的に三段階を上がる発達法則ではない。判事の慣習的役割への信頼にも異論がある。単なる自分らしさの標語へ還元しない。 出典1 選択の課題を、二つの偏りから見る あり方 考える点 可能性だけを増やす 現実の選択と行為を避ける 必然性だけを見る 何も変えられないと諦める 両方を引き受ける課題 限界の中で可能性を実現する 『死に至る病』などの自己論の見取り。臨床診断や三領域の必然的な順番ではない。 参考文献 [1] Lippitt, John; Evans, C. Stephen「Søren Kierkegaard」。 出典