アンセルムス――それより大きなものを考えられない存在がある(存在論的証明) — Epoché
中世 教父哲学と初期スコラ 約 16 分 本文 約 6,500 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 動機・証明・反論の 3 つ 動機 アンセルムスは信じている者として、信じていることを理性で分かろうとした(知解を求める信仰)。それでも証明は、神はいないと言う「愚か者」をも説得するように組まれている。 証明 「それより大きなものを考えられない何か」は、その言葉を分かる愚か者の知性の中にもある。知性の中だけにあるなら、現実にもあると考えられ、そのほうが大きい。これは矛盾だから、それは現実にもある(P 2)。 反論 同時代の修道士ガウニロは、同じ運びで、人の住むどの土地よりも富でまさる島も現実にあることになる、と批判した。アンセルムスは答弁で島に触れつつ自分の議論の読み方を正したが、それで十分に答えたかは解釈が分かれる。 はじめに アンセルムスは 11 世紀の修道士で、のちにカンタベリー大司教になった人です。アルプスの南のアオスタの近くに生まれ、ノルマンディーのベック修道院に入って、副院長・院長を務めました [1] 。 ベックの時代に、彼は『モノロギオン』(1075〜76 年)と『プロスロギオン』(1077〜78 年)を書きました [1] 。この課で読むのは、後者の第 2 章の短い議論です。神を「それより大きなものを考えられない何か」と言い表し、その言葉の意味だけから、神が現実にいることを示そうとします。 考えたものがそのまま現実にもある、という結論は、手品のように聞こえます。どこかに仕掛けがあるのでしょうか。この課では本人の運びをたどり、同時代の修道士ガウニロの反論とアンセルムスの応じ方を読みます。 この課の問い 前の課の偽ディオニュシオスは、神は人の言葉も知も超えている、と説きました。それなら、神についての一つの言葉を手がかりに、神がいることを理屈だけで示すことはできるのでしょうか。頭の中で考えたものが、そのまま現実にもある、と言える場合はあるのでしょうか。 この課のことば 知解を求める信仰 すでに信じている人が、信じていることの理由を分かろうとして考えること( fides quaerens intellectum )。信仰を理解に取り替えることではありません。 それより大きなものを考えられない何か アンセルムスが神を言い表した言葉( aliquid quo nihil maius cogitari possit )。どんなに考えを伸ばしても、それを上回るものは思い描けないもの、という意味です。 愚か者 詩編の「愚か者は心の中で『神はいない』と言った」に出てくる人。神を信じない人の代表として、議論の相手に立てられます。 知性の中にある/現実にある 考えとして頭の中にあること( in intellectu )と、頭の外に実際にあること( in re )。描く前の絵と、描き上がった絵の違いです。 背理法 「もしそうでないとしたら」と仮に置き、そこから矛盾が出ることを示して、もとの主張を認めさせる議論の運び方です。 存在論的証明 経験や世界の観察に頼らず、神という考えの中身だけから神の存在を示す議論。後の時代の呼び名で、アンセルムス自身の言葉ではありません。 存在論的証明――考えるだけで神がいると言えるのか 前の課の偽ディオニュシオスは、言葉を取り去って神に近づこうとしました。アンセルムスは逆に、たった一つの言葉から神の存在を示そうとします。この章では、なぜ信じている者が証明を求めたのか、証明はどう運ぶのか、どんな反論を受けたのかを順に読みます。 知解を求める信仰――信じる者が理由を求める 『モノロギオン』の議論は、65 の章にわたる長い鎖でした。アンセルムスは振り返って、もっと簡単な道を望みます。『プロスロギオン』の序文によれば、彼が探したのは、それ自身のほかに何も要らず、それだけで神が本当にいることを示せる「一つの議論」でした(P 序文) [1] [3] 。考えあぐねてあきらめかけたとき、その議論は向こうから現れた、と序文は語ります [3] (図 1) 。 1033 年 アオスタの近くに生まれる 1059 年 ノルマンディーへ来る 1060 年 ベック修道院に入る (師ランフランクス) 1063 年 ベック修道院の副院長になる 1075〜76 年 『モノロギオン』を書く 1077〜78 年 『プロスロギオン』で「一つの 議論」を示す 1078 年 ベック修道院の院長になる その後 ガウニロの反論と答弁(年は 推定) 1093 年 カンタベリー大司教になる 1097〜1100 年 一度目の国外滞在(ウィリアム 2 世と争う) 1103〜1106 年 二度目の国外滞在(ヘンリー 1 世と争う) 1107 年 王との争いが決着する 1109 年 4 月 21 日に没する 図 1 アンセルムスの一生。ベックの時代に二つの著作を書き、大司教として王と争いました。二度目の国外滞在は 1103〜1106 年で、1107 年の決着とは別の出来事です。ガウニロとのやりとりの年は推定にとどまります。 序文によれば、二つの作ははじめ『信仰の理拠について黙想する手本』と『知解を求める信仰』と題されていました。のちにリヨン大司教フーゴーらの求めで著者の名を掲げることになり、それに合わせてアンセルムスが題を『モノロギオン』『プロスロギオン』に改めました(P 序文) [3] 。 第 1 章の終わりで、彼は「信じるために理解しようとするのではなく、理解するために信じる」と言い、イザヤ書の「信じなければ、理解しないだろう」を引きます(P 1) [3] 。第 1 章そのものは、騒がしい思いから離れ、心の部屋に入って戸を閉め、神を探せ、と自分に呼びかける祈りです [3] 。証明は、この祈りの中から出てきます。 SEP の著者は、この標語に二つの誤解が生まれやすいと言います [1] 。一つは、信仰を理解に置き換える計画だと読むことです。アンセルムスにとって信仰は、人の言葉をうのみにする劣った知り方ではなく、神への愛と、神の望むように行おうとする意志です。だから標語は、神を愛する者がもっと深く神を知ろうとすることを言います [1] 。もう一つは、信じている人だけに向けた話だと読むことです。『プロスロギオン』は、詩編の「愚か者は心の中で『神はいない』と言った」(詩編 14:1・53:1)の、その愚か者を説得しようとします [1] 。 ここで間違えやすい 「信仰が先だから、信じない人には関係のない話だ」と取らないようにしましょう。アンセルムスは、神はいないと言う愚か者を相手に立て、言葉の意味さえ分かれば認めざるをえない、という形で論じます [1] 。逆に、理性で証明できれば信仰は要らなくなる、と取るのも誤りです。 証明の運び――頭の中にあるなら現実にもある 第 2 章は、祈りの言葉で神の名を置くところから始まります。「私たちは、あなたを、それより大きなものが何も考えられない何かだと信じています」(P 2) [3] 。ここでの「大きい」は、寸法や重さのことではありません。よりすぐれている、より完全である、という意味です。 愚か者もこの言葉を聞けば、意味は分かります。分かったものは知性の中にあります。けれども、あるものが知性の中にあることと、それが現実にあると分かることは別です。アンセルムスは画家で説明します。描く前の画家は、描くものを知性の中に持っていますが、まだそれがあるとは思いません。描き終えると、知性の中にも持ち、それがあるとも分かります(P 2) [1] [3] (図 2) 。 描く前 まだ白いまま 知性の中にある まだ現実にはない 描いた後 知性の中にも、現実にもある 描いて現実にもたらした 図 2 画家のたとえ(P 2)を絵にしたものです。一つ目は描く前で、絵は画家の頭の中にだけあります。二つ目は描いた後で、絵は頭の中にもカンバスの上にもあります。風景の中身は本教材の描き方です。アンセルムスの問いは、「それより大きなものを考えられない何か」が一つ目のままでいられるか、です。 ここから議論は背理法に入ります (表 1) 。仮に、それより大きなものを考えられない何かが、知性の中だけにあるとしましょう。ところが、それが現実にもあると考えることはでき、現実にもあるほうが大きいので、もとのものより大きなものが考えられることになります。それでは、それより大きなものを考えられない何かが、それより大きなものを考えられるものになってしまいます。これは矛盾なので仮定は退けられ、それは知性の中にも現実にもある、と結ばれます(P 2) [2] [3] 。 この表で分かること: 証明は、愚か者も認める一歩から始め、「知性の中だけにある」と仮に置いて矛盾を出す背理法の形をしています。 段 言っていること 支え 箇所 ① 意味が分かる 愚か者もこの言葉を分かる 聞けば分かる P 2 ② 知性の中にある 分かったものは知性の中にある 画家の描く前の絵 P 2 ③ 仮に置く 知性の中だけにあるとする 背理法の仮定 P 2 ④ 矛盾 現実にもあるほうが大きい より大きなものが考えられる P 2 ⑤ 結論 知性の中にも現実にもある ③を退ける P 2 ⑥ さらに ないとは考えられない 必ずあるほうが大きい P 3 表 1 『プロスロギオン』第 2・3 章の運びを段に分けたもの(本教材の整理)。①〜⑤は SEP の二つの項目が紹介するよくある再構成にほぼ沿います [1] [2] 。 第 3 章はさらに進みます。存在しないとは考えられないものは、存在しないと考えられるものより大きいはずです。だから神は、存在しないと考えることさえできない、と言います(P 3) [3] 。では愚か者は、なぜ「神はいない」と言えたのでしょうか。第 4 章の答えは、言葉の音だけを考え、その意味を分かっていなかったから、というものです(P 4) [3] 。本当の証明が第 2 章にあるのか、第 3 章にあるのか、二つで一つなのかは、研究者の意見が分かれます [2] 。 ここで間違えやすい 「頭で考えたものは何でも実在する」という主張だと取らないようにしましょう。証明が当てはまるのは、「それより大きなものを考えられない何か」ただ一つです。画家の例も、頭の中の絵がそのまま現実にある、と言うためのものではありません。知性の中にあることと現実にあることの区別を示す例です。 反論――失われた島と、存在は性質か この証明に対して、修道士ガウニロが『愚か者のための答弁』を書きました。この運びでは、愚か者は神が現実にいると認める理由を少しも得ない、という批判です [1] 。ガウニロは神がいることを疑ったのではありません。アンセルムスも答弁で、彼を信仰を同じくする者として扱っています。 いちばん名高いのは島の例です。大海のどこかに、人の住むすべての土地を富でしのぐ、持ち主も住人もいない島がある、と聞かされたとします(ガウニロ『愚か者のための答弁』6) [3] 。アンセルムスの運びに従えば、その島は知性の中にあり、現実にもなければもっとすぐれた島が考えられるので、現実にもあることになります。誰もそれを信じないのだから推論のどこかが誤っている、とガウニロは言います [1] (図 3) 。同じ形の議論でばかげた結論を出してみせる、このやり方をパロディと呼びます。満点のある試験の「それより高い点を考えられない点」でも同じことができます [2] 。 思い描いた島 富でどの土地もしのぐ島 持ち主も住人もいない だから現実にもある……? ? 空白 同じ運びを島に当てると 島の札は本教材の言い換え 図 3 ガウニロの島のパロディ(ガウニロ『愚か者のための答弁』6)を絵にしたものです。一つ目は、人の住むどの土地よりも富でまさる島を思い描くところです。二つ目は、アンセルムスと同じ運びで「だから現実にもある」と言おうとしても、海図のその場所は空白のままだ、というところです。島の札と、海図・ヤシの木は本教材の言い換えと描き方です。 アンセルムスは答弁の 1 節で島の反論をまとめ、3 節で島に名指しで触れます。この運びを、それより大きなものを考えられない何かのほかに当てはめられる人がいれば、その島を見つけて与えよう、と応じるのです [3] 。これで島のパロディに十分に答えたのかは、解釈が分かれます [1] 。SEP の著者は、アンセルムスがもともと「現実にあるほうが大きい」という一般の原則に頼っておらず、ガウニロの読み方そのものを退けて応じた、と読みます。答弁 8 節では、小さな善から大きな善へ考えを上らせれば、それより大きなものを考えられないものの考えを作れる、と示します [1] 。 のちにカントは『純粋理性批判』で、存在は「実在的な述語」ではない、つまり物の概念の中身を一つ増やすものではない、と論じてこの種の証明を退けました(A598/B626)。文の上で「ある」を述語にできない、という文法の話ではありません。 ここで間違えやすい ガウニロを、神を信じない人だと取らないようにしましょう。彼が疑ったのは、この運びで愚か者を納得させられるかどうかです。また、島の反論で議論がすっかり片づいた、と言い切るのも早すぎます。どの前提が島には当てはまらないのかをめぐって、今も議論が続いています [2] 。 原典を読む 第 2 章の後半を、本教材の訳で読みます。 アンセルムス『プロスロギオン』第 2 章 知性の中にも現実にも 直前で、愚か者もこの言葉を聞けば分かると述べ、ここから画家のたとえに入ります。 1 画家が、これから作るものを前もって考えるとき、たしかにそれを知性の中に持っている。しかし、まだ作っていないものがある、とはまだ理解していない。 2 けれども、すでに描き終えたときには、それを知性の中に持ち、しかも、すでに作ったものがある、と理解している。 3 だから愚か者でさえ、それより大きなものが何も考えられない何かが、少なくとも知性の中にはある、と認めざるをえない。これを聞けば理解し、理解されるものは何であれ知性の中にあるからである。 4 そして確かに、それより大きなものが考えられないものは、知性の中だけにあることはできない。 5 もし知性の中だけにでもあるなら、それが現実にもあると考えることができ、そのほうが大