民主主義の行方――信頼の低下と新しい参加 — Epoché
国際と日本 結び 約 27 分 本文 約 11,300 字 図 6・表 2 資料 2 節 この課の要点 数・見方・参加の 3 つ 数 投票率と信頼の数は何を測り、何を測らないか 見方 危機論・批判的市民論・年齢効果の三つの読み方 参加 くじ・話し合い・請願という新しい参加の回路 はじめに この課程の最後の編では、政治学の道具を今の民主主義に当ててみます。この課の主題は、民主主義がこれからどこへ向かうのかという大きな問いです。ニュースでは「投票率が下がった」「政治への信頼が落ちた」という言葉がよく聞かれます。そこから「民主主義は危ない」と結論する声もあれば、「市民の参加の形が変わっただけだ」と見る声もあります。 この課では、まず数を確かめます。日本の衆院選の投票率、政策に民意が反映されているかを尋ねた政府の世論調査、そして OECD の国際調査の三つです。次に、同じような数を前にした研究者の読み方が、どのように分かれたかを見ます。最後に、選挙のほかに生まれてきた参加の回路として、くじで選ばれた市民の会議、討論型世論調査、議会への電子請願を取り上げます。 この課程の『投票参加』の課では、人がなぜ投票に行くのかを一人ひとりの損得から考えました。『熟議と参加』の課では、話し合いで決める民主主義の考え方を学びました。『民主主義の後退』の課では、選挙が残ったまま自由が削られる国々を見ました。この課はそれらをつなぎ、「市民と政治の距離」を数と見方と制度の三つの面から見渡します。 読み進めるときは、数が何を測っているのかに気をつけてください。投票に行った人の割合と、政府を信頼する人の割合と、民主主義という仕組みを支持する人の割合は、同じものではありません。この区別が、この課の議論を見通す鍵になります。 この課の問い 投票率や政治への信頼の数が下がるとき、それは民主主義そのものが支持を失っているしるしなのでしょうか。それとも、市民が政治に関わる形が変わりつつあるのでしょうか。 この課のことば 政治への信頼 政府や国会などの機関が、自分たちのためにきちんと働くと期待できる気持ちです。調査では「0〜10 でどれほど信頼するか」のように尋ねます。 体制の正統性 今の政権が好きかどうかとは別に、選挙で代表を選ぶという仕組みそのものを受け入れているかどうかです。内閣に反対でも、次の選挙で代えればよいと考える人は、仕組みは支持しています。 世代の効果と年齢の効果 ある考えが、その世代に一生残る特徴なのか(世代の効果)、若いうちだけの特徴で年をとると変わるのか(年齢の効果)の違いです。 熟議 情報を得て、ほかの人の理由を聞きながら、じっくり話し合って考えを練ることです。多数決の前に話し合いの質を重んじる考え方を指します。 討論型世論調査 無作為に選んだ人にまず意見を尋ね、資料と話し合いの機会を設けた後で、もう一度尋ねる調査です。話し合いで意見がどう変わるかが分かります。 民主主義は弱っているのか――数と三つの見方 この章では、まず市民と政治の距離を示すといわれる数を確かめます。次に、その数をめぐる研究者の論争を二つの側から読みます。最後に、選挙のほかに生まれてきた参加の回路を見ます。数が示すことと、そこからの推論を分けて読むことが、この章を通しての課題です。 離れていく市民?――投票率と信頼の数 日本の衆院選の投票率は、長い目で見ると下がってきました。1990 年の回は 73.31%でした [1] 。2014 年の回は 52.66%で、1946 年以後の 30 回の衆院選の中で最も低い値です [1] 。その後の回ごとに見ると、2024 年は 53.85%、2026 年は 56.26%でした [1] 。四半世紀ほどの間に、投票に行く人の割合はおよそ 7 割から 5 割台へ移ったことになります。 政府の世論調査にも、政治との距離を示す数があります。内閣府の「社会意識に関する世論調査」は、国の政策に国民の考えや意見がどの程度反映されていると思うかを尋ねています [2] 。2023 年 11 月の調査の場合、全国の 18 歳以上の 3,000 人に郵送で尋ねています [2] 。「あまり」と「ほとんど」を合わせた「反映されていない」は、2021 年 12 月の調査で 66.9%でした [2] 。2022 年 12 月は 71.4% [2] 、2023 年 11 月は 75.7%です [2] 。ただし内閣府は、面接で尋ねていた 2020 年 1 月までの調査とは、方法が違うので単純には比べないとしています [2] 。 国際的な数として、OECD が加盟国などで行う信頼の調査があります。2025 年の調査では、国の政府への信頼が「低い」か「無い」人が OECD の平均で 43%となり、「高い」か「やや高い」人の 40%を上回りました [3] 。ここでの「高いかやや高い信頼」は、0〜10 の尺度で 6〜10 と答えた人のことです [3] 。3 回の調査すべてにデータのある 18 か国を OECD-18 と呼びます [3] 。その平均は 2021 年 43.2%、2023 年 40.8%、2025 年 42.7%と動きました [3] (図 1) 。OECD は、国ごとの動きは別として、平均では 2021〜2023 年に下がった後、2023〜2025 年は持ちこたえたとまとめています [3] 。 0 20 40 60 43.2% 2021年 40.8% 2023年 42.7% 2025年 出典:OECD (2026), OECD Survey on Drivers of Trust in Public Institutions 2026 Results, Figure 1.3 の 本文の数(OECD-18) 定義:「0〜10 で国の政府をどれほど信頼するか」に 6〜 10 と答えた人の割合(単位 %)/対象 OECD-18(2021・ 2023・2025 年のすべてにデータのある国)/時点 2021 ・2023・2025 年の調査/分子 6〜10 と答えた人・分母 回答者(各国の平均を国どうしで平均)/除外 3 回のどれ かにデータの無い国 図 1 国の政府への信頼が「高い」か「やや高い」人の割合(OECD-18、2021・2023・2025 年の調査)。出典:OECD Survey on Drivers of Trust in Public Institutions 2026 Results 平均の裏では、国ごとの動きが違います。OECD によれば、多くの国では信頼が安定したか、2021 年からの向きが逆になりました [3] 。2021 年と 2025 年に参加した少数の国の中では、日本は高いかやや高い信頼の割合が 22 ポイント上がりました [3] 。この数は上がり幅で、日本の信頼の水準そのものを示すものではありません。 では、これらの数から「市民が民主主義から離れている」と言えるでしょうか。本教材の解釈では、そこまでは言えません。理由は三つあります。第一に、三つの数は別のものを測っています。投票率は行動の数、内閣府の問いは政策への評価、OECD の問いは政府という機関への信頼です。第二に、投票率と信頼の数が同じ向きに動いても、片方がもう片方の原因だとは言えません。並んで動く数だけでは、逆向きの因果や、両方に効く別の要因を見分けられないからです。第三に、本教材で取り上げた内閣府の郵送の調査は 2021〜2023 年の 3 回分で、これだけで長い傾向とは言えません。たとえば、ある回に投票に行かなかった人が、政府を信頼していないとは限りません。仕事の都合で行けなかった人もいれば、どの候補でも大差ないと考えて棄権した人もいるでしょう。数は議論の出発点であって、結論ではないのです。 ここで間違えやすい 投票率が下がったことを「民主主義が嫌われた証拠」と読みがちです。投票率は投票に行った人の割合で、民主主義という仕組みへの支持を直接には測りません。忙しさや選挙の争点の有無でも動きます。何を測った数かを確かめてから読むことが大切です。 危機とみる見方――「脱定着」の警告 政治学には、支持の対象を二つに分ける区別があります。D・イーストンが 1975 年に示した区別に沿って、多くの学者は今の政権への支持、つまり「政権の正統性」が下がってきたことを認めてきました [4] 。その一方で、民主主義という仕組みへの支持、つまり「体制の正統性」は堅固だとも考えてきました [4] 。政権への不満は、選挙で政権を代えれば解消できるからです。 R・S・フォアと Y・モンクは、2016 年の論文でこの安心に疑いを向けました。二人は 1995〜2014 年の世界価値観調査を使い、政権ではなく体制の正統性を示す指標を調べました [4] 。体制そのものへの支持、市民的な権利への支持、既存の制度の中で主張する意欲、軍による統治のような権威主義の選択肢への開かれ方の四つです。 二人が示した数の一つは、世代による違いです。米国では、両大戦の間に生まれた人々にとって、民主的な統治はほとんど神聖な価値です。第二次大戦の前に生まれた人の 72%が、民主国に住むことの大切さに 1〜10 で最高の 10 をつけました [4] 。オランダの同じ世代では 55%でした [4] 。また米国では、「議会や選挙に煩わされない強い指導者」をよいとする人が、1995 年の 24%から 2011 年の 32%に増えました [4] 。欧州と北米では、1980 年以後に生まれた最も若い世代で、自己申告の政治的な急進性がそれまでのどの世代よりも高いとも述べています [4] 。 こうした数から、二人は米国やいくつかの西側の民主国が「脱定着」の危険にあるおそれがあるという兆しを読み取りました [5] 。脱定着とは、いったん定着したと思われた民主主義が、市民の支持の面から揺らぎ始めることを指す言葉です。選挙や議会という形が残っていても、それを支える気持ちが薄れれば、仕組みは中から弱るかもしれないという警告です。 本教材の整理では、危機論が注目を集めたのは、それまでの安心の前提を問い直したからです。政権への不満なら選挙で解消できます。しかし仕組みへの支持が薄れれば、選挙そのものが不満の受け皿になりにくくなります。この課程の『ポピュリズム』や『民主主義の後退』の課で見た動きを、市民の側の気持ちから説明しようとする試みだったとも言えます。 二人は自分たちの発見の弱さも認めています。豊かな市民の間で軍による統治への支持が増えたという発見について、直感に反するので懐疑を招くのは当然だと書いています [4] 。この見方を身近な場面に置き換えてみます。学級会の決め方に不満な生徒が増えたとします。それが今の議長への不満なのか、話し合いで決めるやり方そのものへの不満なのかを見分けよう、という問いになります。危機論は、後者が広がり始めたのではないかと疑う立場です。 ここで間違えやすい 米国の数をそのまま西側全体や日本に当てはめるのは誤りです。72%や強い指導者の 24%から 32%への増加は、米国について示された数です。どの国のどの世代の数かを確かめ、ほかの国にも同じことが言えるかは別の証拠で確かめる必要があります。 疑う見方――批判的市民と年齢の効果 フォアとモンクの論文には、すぐに反論が出ました。P・ノリスはまず方法を問題にしました。二人は、同じ問いを長い年月にわたって測る縦断の調査の代わりに、生まれた年ごとに比べるコーホート分析を使ったと指摘します [5] 。そのうえで、英米系の民主国では若い世代の民主的な価値への支持が弱いことは確かに見られるが、20 余りの西側の民主国を通して一貫した型ではないと述べました [5] 。 ノリスは、世界価値観調査の第 5・6 波をまとめて 24 の社会を比べました。民主的な政治体制への賛成と出生の世代との関係を見ると、若い世代ほど有意に低い社会が 12、有意な低下が無い社会が 12 でした。日本は低下の側に入っています [5] 。ノリスは、二人の示した世代の差は、事例の選び方と調査の数の見せ方によって誇張されていると論じました [5] 。制度の面でも、フリーダムハウスの推計からは、1972 年から 2016 年末までに西側の民主国で権利と自由を守る制度の質が悪化した証拠は無いとしています [5] 。 ノリスは、市民の不満そのものの意味も問い直しました。1999 年の『批判的市民』という本が結論したように、文化の変化の意味は単純には読めないといいます [5] 。選挙や議会の働きへの深い幻滅は、場合によっては政治を不安定にする可能性があります [5] 。しかし、不満が本当の問題を映しているときには、批判的な市民が民主主義を良くする改革を求める草の根の圧力になることもありえます [5] 。不満は危険のしるしにも、改善の力にもなりうるのです。 E・ボーテンも、同じデータを国の選び方を変えて調べました。2017 年の論考によれば、当時のデータで見るかぎり、民主主義とそれに代わる仕組みへの全体の支持の傾向は、それまでの約 20 年間ほとんど変わっていませんでした [6] 。若い世代がやや非民主的な仕組みに好意的に見える点は、おおむね世代ではなく年齢の効果だと考えました [6] 。ただし大きな例外は米国です。米国の若い世代は、20 年前の同じ年頃の人よりやや民主主義に懐疑的だという証拠があるとしています [6] 。 本教材の整理として、年齢の効果と世代の効果の違いを作例で確かめます。ある年の調査で、20 代が 60 代より強い指導者に好意的だったとします。もしそれが年齢の効果なら、今の 20 代も年をとれば今の 60 代に近づきます。世代の効果なら、その考えは世代とともに残り、世代が入れ替わるにつれて社会全体が変わります。一回の調査だけでは、この二つを見分けにくいのです (図 2) 。 支持の弱まりをどう読むか 政権への不満か、仕組みへの 不満か 危機とみる 若い世代の支持が弱く、脱定着の おそれがある(フォアとモンク) 批判的市民とみる 不満は不安定にも改革の力にもなりうる (ノリス) 年齢の効果とみる 全体の支持は平らで、差は おおむね若さによる(ボーテン) 図 2 「民主主義への支持の