0.2 高校の古文が分からなかった三つの理由 — Epoché
この課でできるようになること 高校の古文が分からなかった理由を、「順序」「用語」「量」の三つに分けて言える。 この課程が三つの理由をそれぞれどう避けているかを知り、何を信じて進めばよいかが分かる。 古文を読むときの三つの問い——どこで切れるか・誰がしているか・いつの話か——を持てる。 前提 : 0.1 まで。 古文が分からなかったのは、あなたの頭が悪かったからではありません。教え方の順序が、読む人の側から見て逆だったからです。この課では、その「逆」を三つに分けて名指しします。分からなかった理由が分かると、同じところで二度つまずかなくて済みます。 現代語に残っている形 まず、いまの日本語で考えてみます。「食べる」の活用を、あなたは言えるでしょうか。「食べない・食べます・食べる・食べるとき・食べれば・食べろ」——言えます。では「食べる」が何活用か、言えるでしょうか。「下一段活用」です。言えなかった人が多いはずです。 使えることと、名前を知っていることは、別の能力です。 使えるほうが先で、名前は後から付いてきます。あなたは日本語の活用を、名前を知らないまま完璧に使っています。 高校の古文は、この順序を逆にしました。「四段活用・上二段活用・下二段活用……」という名前を先に配り、「已然形」「未然形」という用語を覚えさせ、それから原文を読ませた。使う前に名前を覚えさせられ、しかも原文を読む量は教科書の数ページだけ。これでは分からなくて当然です。 古文ではこうなる 分からなかった理由を、三つに分けます。 理由一: 順序が逆だった 活用表と助動詞の一覧を先に暗記させ、それから原文を読ませる。これは、料理を一度もせずに調味料の一覧を暗記させるようなものです。「この場面ではこの調味料」という結びつきが無いので、表は頭に残りません。 この課程は逆に進めます。 現代語に残っている形 → 古文ではこうなる → 原文で確かめる 。表は、各課の最後の「まとめ」で初めて出します。そのときには、表の中身をあなたはもう原文で見ています。表は暗記の道具ではなく、見たものを整理する道具になります。 理由二: 用語が役目を隠していた 「未然形」「連用形」「終止形」「連体形」「已然形」「命令形」。この六つの名前は、じつは 役目の名前 です。 名前 役目 後ろに来る語 未然形 まだそうなっていない ず(打消)・む(〜しよう)・ば(もし〜なら) 連用形 用言(動詞など)に連なる て・けり・たり・つ・ぬ 終止形 文を終える 。(句点)・べし・らむ 連体形 体言(名詞)に連なる 人・こと・とき(名詞) 已然形 すでにそうなった ば(〜すると)・ども(〜けれども) 命令形 命じる 。(言い切り) 「未然」は「未だ然らず」——まだそうなっていない。だから打消の「ず」と意志の「む」が付きます。「已然」は「已に然り」——すでにそうなった。だから「なせば成る」の「なせ」がここです。名前の中に役目が書いてあるのに、名前を音として暗記させられたので、役目が見えなくなっていました。形編の最初の課「形の名前は役目の名前」で、ここを丁寧にやり直します。 理由三: 量が足りなかった 高校三年間で読む古文の量は、教科書に載っている分だけなら、原稿用紙で数十枚です。外国語なら、その量でその言語が読めるようになると思う人はいません。古文も同じです。 規則を知っていても、量を読まなければ読めるようにはなりません。 この課程では、読編「読」に六十の読み物を置き、そこへ向けて他の編を組んであります。第 1 期の終わりには『宇治拾遺物語』の説話を八話、第 2 期には『徒然草』『方丈記』『枕草子』、第 3 期には日記と物語、第 4 期には『平家物語』と『おくのほそ道』、第 5 期には『源氏物語』を、本物の原文で読みます。文法の課は、次の読み物を読むために要るものだけを、その直前に置いてあります。 原文で確かめる 三つの理由が実際の原文でどう見えるか、『枕草子』の書き出しで確かめます。 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。 [1] 高校では、この一文で「やうやう」の読み、「明りて」の活用、「たる」の意味を順に問われました。しかし読む人がまず持つべき問いは、別のものです。 どこで切れるか。 「春はあけぼの。」で一度切れ、次は「たなびきたる。」まで続く。文の終わりは「たる」で、これは「〜ている(様子)」。だから二文目の骨は「雲がたなびいている(のがよい)」。 誰がしているか。 「白くなりゆく」のは山ぎわ(空)。「たなびきたる」のは雲。主語が省かれていないので、この文は易しい。 いつの話か。 「たる」は「〜ている」で、いま目の前の様子。過去の話ではない。 この三つの問い—— どこで切れるか・誰がしているか・いつの話か ——に答えられれば、その文は読めています。活用の名前は、この問いに答えるための道具にすぎません。切編、敬編、辞編は、この三つの問いに対応しています。 読み上げと音読 『枕草子』の一文を、読み上げで聞いてから、声に出して読んでください。「やうやう」は「ようよう」、「山ぎは」は「やまぎわ」、「明りて」は「あかりて」。読み替えは音編で規則にしますが、いまは耳で真似るだけで十分です。声に出すと、「春はあけぼの。」で息を切り、「たなびきたる。」まで一息で読むのが自然だと分かります。 息の切れ目は文の切れ目です。 音読が切れ目の練習になるのは、このためです。 練習 「未然形」「已然形」の名前の意味を、漢字から説明してください。 0.1 の三十例から「まだ見ぬ人」「なせば成る」「若かりし頃」を選び、それぞれの太字の語がどの役目(未然・連用・終止・連体・已然・命令)にあるかを、上の表の「後ろに来る語」から判断してください。 『枕草子』の一文を、三つの問い(切れ目・誰が・いつ)に自分で答えながら、二回、声に出して音読してください。 この課のまとめ 分からなかった理由は三つ。順序が逆(表が先)、用語が役目を隠していた、量が足りなかった。 この課程は、形→規則→原文の順で進み、表は各課の最後に出す。文法の課は読み物の直前に置く。 読むときの三つの問い: どこで切れるか・誰がしているか・いつの話か。 次の課へ 0.3 では、この課程の読み方——対訳・ふりがな・訳語・読み上げ・音読の使い方——を説明します。読書ページの道具を知っておくと、読み物の課で迷いません。 答え 未然=未だ然らず(まだそうなっていない)。已然=已に然り(すでにそうなった)。 「見ぬ」の「見」→ 後ろが「ず(ぬ)」なので未然形。「なせば」の「なせ」→ 後ろが「ば(〜すると)」で確定条件なので已然形。「若かりし」の「若かり」→ 後ろが過去の「き(し)」で、連用形。 切れ目: 「あけぼの。」と「たなびきたる。」/誰が: 山ぎわ(空)が白くなる、雲がたなびく/いつ: いま目の前の様子(「たる」=〜ている)。 参考文献 清少納言『枕草子』第一段(Wikisource 版)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/枕草子_(Wikisource)