ディオゲネス――慣習を捨てて自然に生きる(キュニコス派) — Epoché
古代 ヘレニズムとローマの哲学 約 17 分 本文 約 7,200 字 図 5・表 1 原典 1 節 この課の要点 自然・自由・世界の 3 つ 自然 よく生きる手がかりは、人が取り決めた慣習(ノモス)でなく自然(ピュシス)にある。ディオゲネスは甕(ピトス)を住まいとし、慣習の恥をわざと破って「犬」と呼ばれ、その名を自ら引き受けたと伝えられる(IEP)。 自由 自由とは、必要を少なくして満ち足りる自足と、誰にでも本当のことを言う率直さ(パレーシア)であり、体を鍛える訓練(アスケーシス)で身につく。アレクサンドロスに「日なたをどいてくれ」と言った、昼にランプを灯して人間を探した、と伝えられる(『哲学者列伝』6.38、6.41)。 世界 どこの人かと問われ「世界市民(コスモポリテース)だ」と答えたと伝えられる(6.63)。本性上ポリスの共同生活に加われない、またはそれを要しない者は獣か神だとしたアリストテレスと並べると(本教材の対比)、ディオゲネスはこの答えで「ポリスがない」とは言わず、世界に属すると名乗った。ただし逸話のほとんどは数百年後の伝えで、史実かどうかは確かめられない。 はじめに ディオゲネスは、黒海の南の岸にある町シノペの人です。前 4 世紀に、アテナイで、のちにはコリントスでも暮らしたと伝えられます [2] 。生まれは前 412 年ごろとも前 404 年ごろともいわれ、亡くなったのは前 323 年ごろです。アレクサンドロス大王と同じ日に没したという伝えもあります [2] 。故郷を追われた事情については、貨幣にかかわる話がいくつかの形で伝わりますが、どれが本当かは分かりません [2] 。 ディオゲネスの書いたものは一つも残っていません [1] 。私たちが知る姿は、ほとんどが 3 世紀ごろの著述家ディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』第 6 巻に集められた、短い言行の逸話によります [2] 。本人からおよそ 500〜600 年後の書物です。名前が同じなので、伝える人と伝えられる人を取り違えないようにしましょう。 IEP は、キュニコス派を、理論を書き残すより、生き方そのもので倫理を示した人々として描きます。そして、彼らが文学上の人物として名高くなりすぎたため、歴史上の個人について語るのが難しい、と注意します [1] 。この課で読む逸話も後の時代の伝えで、実際にあったかどうかは確かめられません。それでも、逸話が何を言おうとしているかは読めます。この課では、自然に従う暮らし、率直さと訓練、世界市民という三つの考えを、逸話を手がかりに見ていきます。 この課の問い 人がよく生きるために、町の決まりや世間の体面(慣習)はほんとうに必要なのでしょうか。それらを捨てて、自然が求めるものだけで生きるとしたら、どんな暮らしになり、町や国とはどう向き合うことになるのでしょうか。 この課のことば キュニコス派 ディオゲネスをはっきりした始まりとする哲学の流れです(アンティステネスを祖とする伝えもあります)。名はギリシア語の「キュニコス(犬のような)」から来ており、日本語では「犬儒派」とも訳します。 ノモスとピュシス ノモス(慣習・法)は、人が取り決めて守っている決まりごとで、礼儀や何を恥とするかの習わしも含みます。ピュシス(自然)は、取り決めの前からもともとそうであるものです。 パレーシア(率直な言論) 相手が誰でも、思ったことを包み隠さず言うことです。とくに、言えば身が危うくなる相手に、あえて本当のことを言う勇気を指します。 アスケーシス(訓練) もとは運動選手の練習を指す語です。キュニコス派では、暑さ寒さや貧しさに耐えられるよう、心のために体を鍛えることを言います。 アウタルケイア(自足) 必要を少なくし、富や地位、他人の評価に左右されずに満ち足りることです。人と一切かかわらないという意味ではありません。 コスモポリテース(世界市民) コスモス(世界・宇宙)とポリーテース(ポリスの市民)を合わせた語です。一つの町でなく、世界に属する者だという名乗りです。 犬と呼ばれた哲学者――慣習を捨てたとき、人はどう生き、どこに属するのか 前の編のアリストテレスの課では、人間は本性上ポリス的動物だ、という考えを見ました。同じころのギリシアに、町の決まりや体面を笑い飛ばし、甕に住んで「犬」と呼ばれた人がいたと伝えられます。慣習を捨てたとき、人はどう生き、どこに属するのでしょうか。 自然に従って生きる――慣習(ノモス)より自然(ピュシス) キュニコス派にとって、よく生きるとは自然に従って生きることでした [1] 。IEP によれば、慣習はそれ自体が悪いのではありません。しかし慣習はしばしば人の自由を損ない、自然と理性に反する決まりを作ります [1] 。ディオゲネスは、アテナイの暮らし・宗教・政治の習わしが勝手な取り決めにすぎないことを示し、何を恥とすべきかを人々に考え直させた、とされます [1] 。 慣習(ノモス)が 言うこと 自然 (ピュシス)から 見ると 住まい:家と財が なければ恥ずかしい 住まい:雨風をしの げれば甕で足りる 恥:食べるのは 人目のない所で 恥:魂を生き方に 合わせないこと (6.65) 祈り:よく見える ものを願う 祈り:本当によい ものを求めよ (6.42) 逸話は『哲学者列伝』第 6 巻の伝えで、史実かどうかは 確かめられません。 図 1 同じ三つの事柄を、慣習の物差しと自然の物差しで見比べた図です(本教材の整理)。右の列はディオゲネスの逸話によります。 たとえば、人々は祈りで、本当によいものでなく、よく見えるものを求めている、と咎めたと伝えられます(『哲学者列伝』6.42) [2] (図 1) 。ここで大事なのは、キュニコス派が「何でもよい」という相対主義ではないことです。慣習の代わりに自然を物差しに置き、恥の向け先を変えたのです。竪琴の調子は合わせるのに、自分の魂を生き方に合わせない者を咎めた、とも伝えられます(6.65) [2] 。 暮らし方もその考えを示しています。ディオゲネスは家を持たず、神々の母の社(メトローン)にあった大きな甕(ピトス)を住まいにした、と伝えられます(6.23) [2] 。夏には熱い砂の上を転がり、冬には雪をかぶった像を抱いて、暑さ寒さに体を慣らしたともいいます(6.23) [2] 。子どもが手で水をすくって飲むのを見て「子どもに負けた」と言い、持っていた杯を捨てた、という話もあります(6.37) [2] (図 2) 。なくても生きられるものは手放す、という暮らしを示す逸話として語られてきました。 なくても生きられるものは手放す 子どもに負けた もう要らない 甕(ピトス)に住むディオゲネス 子ども 泉 6.37 の伝えによる(本教材の絵) 図 2 甕に住むディオゲネスが、手で水を飲む子どもを見て杯を捨てる場面です(本教材の絵)。『哲学者列伝』6.37 の伝える逸話を描いたもので、史実かどうかは確かめられません。 「キュニコス(犬のような)」という名の由来には三つの説があります。アンティステネスが教えたという体育場キュノサルゲスの名から、アンティステネスのあだ名「ただの犬」から(6.13)、そしてディオゲネスの犬のような暮らしから、です [1] [2] 。IEP は、前の二つには疑わしい点があり、悪口として始まった呼び名かもしれないとします [1] 。大事なのは、彼らがこの名を自ら引き受けたことです。なぜ犬と呼ばれるのかと問われ、「くれる者には尾を振り、くれない者には吠え、悪い者には噛みつくからだ」と答えた、と伝えられます(6.60) [2] 。 ここで間違えやすい 「慣習を捨てる」を、何の決まりもなく好き勝手に生きることだと取らないようにしましょう。ディオゲネスは慣習の代わりに自然を物差しにしました。また、英語の cynic(冷笑家)と同じ意味だと思うのも誤りです。冷笑的な人という意味はずっと後の時代に生まれたもので、古代のキュニコス派は、笑いながらも本気でよい生き方を求めた人々でした。 率直さと訓練――王の前でも本当のことを言うために IEP は、キュニコス派の自由を三つの形で説明します。縛られない自由(エレウテリア)、自足(アウタルケイア)、率直な言論(パレーシア)です [1] 。ここでの自足は、必要を少なくし、富や地位や他人の評価に左右されずに満ち足りることです。人とのかかわりを一切断つことではなく、ディオゲネスにも人から物を受け取る話が伝わっています [2] 。 率直さを示すのが、アレクサンドロスとの逸話です。コリントスの近くのクラネイオンで日なたぼっこをしていたディオゲネスの前に、王アレクサンドロスが来て立ち、「望みのものを何でも言え」と言いました。ディオゲネスは「日なたをどいてくれ」と答えた、と伝えられます(『哲学者列伝』6.38) [2] (図 3) 。王の贈り物よりも、誰にでもただで届く日の光を選んだ話として語り継がれてきました。この世でいちばん美しいものは何かと問われ、「率直な言論(パレーシア)」と答えたともいいます(6.69) [2] 。 王にも本当のことを言う(6.38) 望みのものを何でも言え 日なたをどいて アレクサンドロス ディオゲネス 王の影が日の光をさえぎる 人間はどこにいるか(6.41) 人間を探している 昼間にランプとは ディオゲネス 笑う市民 広場(アゴラ)の真昼 図 3 一つ目の絵は、日なたぼっこをするディオゲネスの前にアレクサンドロスが立ち、影で日の光をさえぎる場面(6.38)。二つ目の絵は、真昼の広場でランプを掲げて人間を探すディオゲネスと、それを笑う市民です(6.41)。どちらも後代の伝える逸話を描いた本教材の絵で、史実かどうかは確かめられません。 パレーシアには、言えば身が危うくなる相手にこそ本当のことを言う、という危険がともないます [1] 。貧しさは、この自由を支えます。レタスを洗うディオゲネスに、プラトンが「僭主ディオニュシオスに仕えていれば、レタスなど洗わずにすんだのに」と言うと、「レタスを洗えていたら、ディオニュシオスに仕えずにすんだのに」と返した、と伝えられます(6.58) [2] 。IEP は、多くの哲学者が支配者のそばにいたのに対し、キュニコス派はそれを避けたとします [1] 。 この自由は、訓練(アスケーシス)で身につけるものでした。キュニコス派は競技のためでなく、心のために体を鍛えます [1] 。ディオゲネスは雪の中を裸足で歩いた、と伝えられます(6.34) [2] 。合唱の指導者が音を少し高めに取って皆を正しい音に導くように、自分も少し厳しくするのだ、と言ったともいいます(6.35) [2] 。昼間にランプを灯して「人間を探している」と歩いた話(6.41)は、笑いと批判が一つになった姿です [2] 。ニーチェは『悦ばしき知識』125 節で、昼にランプを灯して神を探す狂人を描き、この逸話を下敷きにしています [1] 。 ここで間違えやすい アレクサンドロスとの対面やランプの話を、実際の出来事の記録だと取らないようにしましょう。どちらも数百年後の書物が伝える逸話で、史実かどうかは確かめられません。また、パレーシアを「失礼なことを平気で言うこと」とだけ取るのも誤りです。要点は、力をもつ相手にこそ、身の危険を引き受けて本当のことを言う点にあります。 世界市民――ポリスの外に立つ生き方 どこから来たのかと問われ、ディオゲネスは「世界市民(コスモポリテース)だ」と答えた、と伝えられます(『哲学者列伝』6.63) [2] 。IEP は、ディオゲネスが新しく作ったらしい語だとします [1] 。期待された「シノペ」と答えないことで、彼はシノペの人々への務めも、彼らに助けてもらう権利も捨てています [1] 。ただし、この答えでは、自分はポリスを持たない者(アポリス)だとは言っていません。世界への帰属を名乗ったのです [1] (図 4) 。 どこの人か 出身を問われたとき、どう 答えるか シノペ ふつうの答え。その町の法に守られ、 町への務めを負う ポリスはない(アポリス) 本性上、共同生活に加われない、または それを必要としない者。 アリストテレスなら獣か神 世界市民 ディオゲネスの答えと伝えられる (6.63)。世界に属すると名乗る 図 4 出身を問われたときの三つの答え方です(本教材の整理)。上から、ふつうの答え、アリストテレスの言う「ポリスの外の者」、ディオゲネスの答えと伝えられるものの順です。世界市民の考えは、のちのストア派の先駆けとも見られます(IEP)。 古典期・ヘレニズム期のギリシアの男性にとって、市民権は最も大切なものの一つでした。市民になれる人は限られ、その限りが特権になっていました。キュニコス派はこの限りをばかげたものと見た、と IEP は言います [1] 。 ここで、前の編のアリストテレスと向き合わせてみます。アリストテレスは、本性上、ポリスの共同生活に加われない者、またはそれを必要としない者は、獣か神だとしました(『政治学』I.2、1253a) [3] 。これは、ただ町を追われた人の話ではありません。ディオゲネスは町の慣習の外に立ちながら、この答えでは「ポリスがない」とは言わず、世界という大きな帰属先を名乗りました。二人をこう並べるのは、本教材の読み方です。 IEP によれば、世界市民の考えは、個人の政治上の務めを考え直させ、町の法と慣習でなく自然に従って生きることを許します。ポリスはただ捨てられるのでなく、世界によって置き換えられるのです [1] 。これは、自然を宇宙と同じと見るストア派の先駆けとも見られます [1] 。一方で、世界市民の考えはストア派が始めたとされることも多く、キュニコス派のものは「町を捨てる」という否定にすぎない、という見方もあります。IEP は J. L. Moles の論を挙げつつ、キュニコス派の文脈の中でも十分に理解できる、とします [1] 。 ここで間違えやすい 「世界市民」を、どこの国でもうまくやっていける国際人の意味に取らないようにしましょう。ディオゲネスの名乗りは、一つの町の市民であることの特権と務めを捨て、自然に従って生きるという宣言として伝えられています。この答えも後の時代の伝えで、本人が実際にそう言ったかは確かめられません