3.5 疑問と否定 — 語順を変えずに問う — Epoché
この課でできるようになること 三つの疑問の印( -ne ・ nōnne ・ num )を予想する答えとともに使える。 疑問詞 quis・quid・cūr・ubi・quōmodo・quandō で問いを作れる。 否定語( nōn・nēmō・nihil・nūllus・numquam )を使い、二重否定が肯定になることを知っている。 前提 : 3.4 まで。 疑問文の作り方は、 音編 7課 で予告したとおり 語順を変えない ——日本語と同じです。英語の Is he …? のような倒置はありません。印は三つの小さな語と疑問詞。この課はそれに 否定 を合わせて扱います。疑問と否定は組み合わさって「〜ではないのか」「誰も〜ない」を作るからです。 三つの疑問の印 問いの印 予想する答え 例文 -ne (文頭の語に付く) 中立(はい/いいえ どちらも) Vidēsne? 見えるか? / Esne amīcus? 君は友か? nōnne (文頭) はい を予想(〜だろう?) Nōnne vidēs? 見えるだろう? num (文頭) いいえ を予想(まさか〜ではあるまい?) Num vidēs? まさか見えるのか? -ne は 問いたい語 に付きます。 Tūne vidēs? ( 君が 見るのか)と Vidēsne tū? (君は 見る のか)で焦点が動く。日本語なら「君が?」「見えるの?」の違いです。答えは ita (そう)・ sīc (そのように)・ minimē (少しも)・ nōn 、あるいは動詞を繰り返す( Vidēsne? — Videō. 見えるか——見える)。ラテン語に yes / no にあたる一語はありません。 疑問詞 — 誰・何・なぜ・どこ・どのように・いつ 疑問詞 意味と例 quis/quid 誰/何。 Quis est? 誰か / Quid est hoc? これは何か quī/quae/quod どんな・どの(形容詞的)。 Quod nōmen? 何の名 / hic quī est? この人はどんな人か cūr/quārē なぜ。 Cūr venīs? なぜ来るのか ubi/unde/quō どこに/どこから/どこへ。 Ubi est ille? あの人はどこに quōmodo どのように。 Quōmodo? どうやって quandō いつ。 Quandō venīs? いつ来るか quantus/quot どれほど大きい/いくつ。 Quot sunt? いくつあるか 否定 — nōn と、否定を含む語 ふつうの否定は nōn を 否定したい語の直前 に置きます(多くは動詞の前)。 Nōn est hīc (ここにはいない)。そのほかに、一語で否定を含む語があります。 語形 意味 nēmō 誰も〜ない( nē + homō ) nihil 何も〜ない nūllus, -a, -um どんな〜も〜ない(形容詞) numquam 決して〜ない( nē + umquam かつて) nusquam どこにも〜ない neque/nec そして〜ない。 neque … neque =〜も〜も〜ない ★ 二重否定は肯定 です。 nōn nihil =何かはある、 nōn numquam =時には。日本語の「誰も来なかった」は否定語と動詞の否定が重なりますが、ラテン語では nēmō vēnit (誰も来た=誰も来なかった)と 動詞は否定しない 。英語の nobody came と同じです。ここは日本語話者が必ず一度は間違えるところ。 実文で問いと否定を読む 原文 日本語訳 見るところ hic qui est? [1] この人は誰か。 quī (どんな人)。語順は平叙文と同じ Quod est hoc? [2] これは何か。 quod (何) Ubi est ille? [3] あの人はどこにいるか。 ubi (どこに) et novem ubi sunt? [4] では、九人はどこにいるのか。 ubi sunt 。 novem (九)は不変化の数詞 Amice, ad quid venisti? [5] 友よ、何のために来たのか。 ad quid (何へ=何のために)。呼格 Amīce Quis est iste rex gloriæ? [6] この栄光の王とは誰か。 quis ・ iste (その) deus nihil habet. [7] 神は何も持たない。 nihil 一語で否定。動詞 habet は肯定形 Non est hic: [8] 彼はここにはいない。 nōn est Nihil mihi tecum, fortuna. [9] 運命よ、私には君と何の関わりもない。 nihil 。動詞なし 背景 — 疑問の印は「か」と同じ仕組み、否定は「無」の語源 -ne は文法用語で 後接語 (前の語にくっついて一語のように発音される小さな語)です。ラテン語には後接語が三つあり、 -que (そして)・ -ve (または)・ -ne (〜か)。どれも前の語の最後の音節に強勢を引き寄せます( vidēs-ne は「ウィデースネ」でなく「ウィデース ネ 」に近い)。日本語の「か」が文末に付いて上げ調子を呼ぶのと、仕組みとしては同じです。違うのは付く位置——日本語は文末、ラテン語は 問いたい語 。だから -ne の付いた語が文頭に出て、それが焦点になります。 nōnne と num の使い分けは、キケロの弁論を読むときに大切になります。弁論家は聴衆に「〜ではないか?」( nōnne )と同意を迫り、相手の主張を「まさか〜と言うのか?」( num )と退ける。カティリーナ弾劾の冒頭 Quō ūsque tandem abūtēre, Catilīna, patientiā nostrā? (いったいいつまで、カティリーナよ、我らの忍耐を濫用するのか)は疑問詞 quō ūsque (どこまで)で始まる修辞疑問——答えを求めない問いです。第 3 期の特別編で全文を読みます。 否定語の多くは nē (古い否定の小辞)との合成です。 nē+homō → nēmō (誰も〜ない)、 nē+hīlum (少しも)→ nihil 、 nē+ūllus → nūllus 、 nē+umquam → numquam 、 nē+que → neque 。 nōn 自身も nē+oinom (一つも〜ない)が縮んだもの。つまり ラテン語の否定語はすべて「無+何か」の合成 で、否定は語の中に一度だけ入っている。だから重ねると打ち消し合って肯定になる——二重否定が肯定になる理由はここにあります。日本語の「誰も〜ない」は、「誰も」自体に否定が含まれず、動詞の「ない」が否定を担う。構造が違うだけで、どちらが論理的ということはありません。 日本語ならどう言うか 日本語の疑問は文末の「か」と上げ調子、ラテン語は文頭の印( -ne )と上げ調子。位置が文頭か文末かの違いだけで、 語順を変えない 点は同じ。 nōnne は日本語の「〜でしょう?」「〜じゃないか」、 num は「まさか〜?」に当たります。否定で違うのは二重否定——日本語の「誰も〜ない」「何も〜ない」はラテン語では nēmō ・ nihil + 肯定の動詞 。訳すときは自然に「ない」を足してよいが、書くときは足さない。 Nihil mihi tēcum , Fortūna .(運命よ、私には君と何の関わりもない) 語(順に) 意味 読む順 Nihil 何も(ない) ③ mihi 私には ① tēcum, 君と ② Fortūna. 運命よ ④(呼びかけは文頭でも) 動詞 est の省略。日本語では「私には君と何の関わりもない」と否定を最後に置くので、 nihil は後ろへ回る。 新出語 語(品詞) 意味 注 quid la 疑問代名詞中性 何 日本語との差 quis の中性。 ad quid =何のために Amice, ad quid venisti? 友よ、何のために来たのか。 Quid in culina vidisti? [10] 台所で何を見たの? quōmodo la 疑問副詞 どのように 日本語との差 quō modō (どんな仕方で)が一語に quārē la 疑問副詞 なぜ、それゆえ 日本語との差 quā rē (どんな事で)から hic qui est? この人は誰か。 Quis est iste rex gloriæ? この栄光の王とは誰か。 quandō la 疑問副詞・接続詞 いつ、〜のとき 日本語との差 — Quandō venīs? いつ来るか num la 疑問の小辞 まさか〜か(否定の答えを予想) 日本語との差 間接疑問では「〜かどうか」 Num vidēs? まさか見えるのか? Num laborem meum facilem esse putas? [11] 私の仕事簡単だと思う? nōnne la 疑問の小辞 〜ではないか(肯定の答えを予想) 日本語との差 nōn + -ne Nōnne vidēs? 見えるだろう? nēmō la 代名詞( nēminis / nūllīus ) 誰も〜ない 日本語との差 英語 nemo (ネモ船長=「誰でもない」) nūllus la 形容詞・第 1・2 変化( -a , -um ;属格 nūllīus ) どんな〜も〜ない 日本語との差 英語 null ・ annul neque la 接続詞 そして〜ない、〜もない 日本語との差 nec とも。 neque…neque novem la 数詞不変化 九 日本語との差 英語 November (もとは 9 番目の月) et novem ubi sunt? では、九人はどこにいるのか。 Unum, duo, tria, quattuor, quinque, sex, septem, octo, novem, decem. [12] 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十。 読むときの手順 — 疑問と否定を見たら 疑問文は、文頭の語に -ne が付いているか、 nōnne・num か疑問詞で始まるかで見分けます。書き言葉では疑問符が付くので迷いませんが、 読み上げるときは文末を上げる ことを忘れずに。否定は、 nōn がどの語の直前にあるかを見る——動詞の前なら文全体の否定、名詞や形容詞の前ならその語だけの否定( nōn in verbīs sed in rēbus 「言葉の中に ではなく 事柄の中に」)。 nēmō・nihil・numquam を見たら、動詞は肯定形のまま、日本語には「〜ない」を足す。二つ以上の否定語があれば、まず「肯定になるのでは」と疑う。この三つの確認で、第 1 期の疑問と否定は読み違えません。疑問詞は格変化するので、 quis (主格)と quem (対格)で「誰が」と「誰を」が変わることも、格の課の続きとして忘れずに。 練習 練習 1 — 疑問文にする Amīcus venit. (友が来る)を、①中立の問い、②「来るだろう?」、③「まさか来るのか?」の三つにしてください。 練習 2 — 否定を直す 次のラテン語は日本語話者がよく書く誤りです。直してください: Nēmō nōn venit. (「誰も来ない」のつもり) 練習 3 — 本文を隠して復唱する 上の 9 文を 3 段で読んでください。疑問文は文末を上げる。 nihil は「ニヒル」(h は弱く)。 この課のまとめ 疑問は 語順を変えず 印で: -ne (中立)・ nōnne (はいを予想)・ num (いいえを予想)・疑問詞。 答えに yes / no の一語は無い。 ita・sīc・minimē か動詞の繰り返し。 否定は nōn を直前に。 nēmō・nihil・nūllus・numquam は一語で否定。 二重否定は肯定 。 nēmō vēnit =誰も来なかった(動詞は肯定形)。 次の課へ 第 3.6 課は 命令・禁止・呼格 。 Venī et vidē 、 nōlī timēre 、 Amīce 。手紙の書き出しと結び( salūtem dīcit ・ valē )もここで覚えます。 答え 練習 1 : ① Venitne amīcus? ② Nōnne amīcus venit? ③ Num amīcus venit? 練習 2 : Nēmō venit. ( nēmō nōn venit は「来ない者はいない」=全員来る)。 参考文献 Sen . Ep . 20.120.22( hic qui est? )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 20.124.23( Quod est hoc? )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Vulg . Ioh . 7:11( Ubi est ille? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Luc . 17:17( et novem ubi sunt? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Matt . 26:50( Amice, ad quid venisti? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Ps . 23:8( Quis est iste rex gloriæ? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Sen . Ep . 4.31.10( deus nihil habet. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Vulg . Matt . 28:6( Non est hic