0.6 復元式・教会式・独逸式・日本の伝統 — シーザーとカエサルは同じ人 — Epoché
この課でできるようになること 同じ語を復元式・教会式・独逸式・英語式で読んだときの違いを、規則として言える。 日本語のカタカナに入っているラテン語の名前(シーザー・カルテシウス・ウイルス)を、原音と結びつけられる。 宗教音楽・医学・法学・学名でラテン語を聞いたとき、どの流派の音かが分かる。 前提 : 0.5 まで。 ラテン語は二千年のあいだ、それぞれの国の人が 自分の言語の癖で 読んできました。だから同じ Caesar が、ドイツでは「ツェーザル」、イタリアでは「チェーザレ」、英語では「シーザー」、そして復元式では「カイサル」になります。どれも間違いではなく、 流派 です。この課程は復元式で読みますが、ほかの音を聞いたときに「ああ、あの語だ」と分かるようにしておく——それがこの課の目的です。 四つの流派を 1 表で 語形 復元式(この課程) 教会式 / 独逸式 / 英語式 Caesar カイサル チェーザル / ツェーザル / シーザー Cicerō キケロー チチェロ / ツィツェロ / シセロ Vergilius ウェルギリウス ヴェルジリウス / ヴェルギーリウス / ヴァージル caelum カイルム チェールム / ツェールム / シーラム vīta ウィータ ヴィータ / ヴィータ / ヴァイタ gēns ゲーンス ジェンス / ゲンス / ジェンズ ratiō ラティオー ラツィオ / ラツィオ / レイシオ Iēsūs イエースース イエズス / イェーズス / ジーザス 違いはほぼ 4 か所に集中します。 ① e・i の前の c と g (ク/チ/ツ/ス)、 ② v (ウ/ヴ)、 ③ ae (アイ/エ)、 ④ 母音の前の ti (ティ/ツィ)。英語式はさらに母音全体が英語の音になります( vīta ヴァイタ)。この 4 か所を知っていれば、どの流派の音でも綴りに戻せます。 日本語の中のラテン語 — どの流派で入ったか 日本語のカタカナ語には、ラテン語が いろいろな流派の音で 入っています。 日本語 ラテン語 どの音で入ったか シーザー Caesar 英語式。「カエサル」は復元式で、歴史の教科書はこちら カルテシウス Cartesius デカルト( Descartes )のラテン語名。ラテン語で著作を書いた学者は名をラテン語化した ウイルス vīrus 復元式に近い(英語なら「ヴァイラス」)。医学用語はドイツ経由で復元式に近い音が多い エトセトラ et cētera 「その他」。c はケ(復元式)でもチェ(教会式)でもなく、日本ではセと英語式 アヴェ・マリア Avē Marīa 教会式(v はヴ)。音楽で聞く音 グロリア・レクイエム glōria ・ requiem 教会式。 requiem は「安息を」(対格) ホモ・サピエンス Homō sapiēns 学名。復元式に近い。生物の学名はラテン語(二名法) カルテ ドイツ語 Karte ← charta ドイツ語経由。ラテン語 charta (紙)の孫 ★ ラテン語で書いた学者はラテン語の名を持っていた ことを覚えておいてください。この課程の第 5 期で読むデカルト( Cartesius )・スピノザ( Spinoza )・ニュートン( Newtonus )・リンネ( Linnaeus )は、表紙にラテン語名で署名しています。カルテシウス座標(デカルト座標)はここから来た語です。 なぜ日本の教室は復元式なのか 日本の大学のラテン語教育は明治期にドイツから入りました。ドイツの古典学は 19 世紀にラテン語の古代音を復元する研究を進め、その成果が「復元式」です。日本の辞書(田中秀央・水谷智洋ほか)もこの流派で、教科書も同じ。だから日本でラテン語を学ぶ人は復元式で読みますし、当館の音声もそう作ってあります。 一方、 教会式 はカトリック教会が典礼で使う音で、ミサ曲(キリエ・グロリア・アニュス・デイ)やグレゴリオ聖歌は全部この音です。音楽をする人はこちらで覚えています。 医学・薬学 の用語はドイツ経由で入ったので独逸式が混ざり、 法学 の格言( pacta sunt servanda 合意は守られなければならない)は復元式で読むのが普通です。英語式は英米の教室でも 20 世紀に復元式に置き換わり、いまは固有名詞(シーザー・ヴァージル)に残るだけです。 実文 — 二人の書き手の同じ動詞 小プリニウス(帝政期の書簡)とセネカの短い文です。どちらも amō (愛する)の形が入っています。復元式で読んでください。 原文 日本語訳 見るところ Amatur a me; [1] 私は彼に愛されている。 amātur (受動・3 人称単数) In primis ama hominem; [2] 何よりも、人を愛せ。 ama (命令)。 prīmīs Nunc enim amas me, amicus non es. [3] いま君は私を愛しているが、友ではない。 amās ・ amīcus 。セネカの手紙 35 の一節 quaere, quem ames. [4] 誰を愛するべきかを探せ。 quaere (クァイレ。 qu と ae ) 新出語 語(品詞) 意味 注 Cartesius la 名詞・第 2 変化・男性( -ī ) デカルト(ラテン語名) 日本語との差 第 5 期で『省察』を読む "Cogito, ergo sum," inquit Renatus Cartesius. [5] 「我思う、ゆえに我あり」とルネ・デカルトは言った。 vīrus la 名詞・第 2 変化・中性( -ī ) 毒、粘液 日本語との差 近代に「ウイルス」の意味を得た。複数形は無い "Quis est vir in pictura?" "Nescio quis sit." [6] 「写真に写ってるやつは誰?」「誰か知らないよ」 cēterus la 形容詞・第 1・2 変化( -a , -um ) その他の 日本語との差 et cētera =「そしてその他のもの」 Sumite ceteras rosas easque in aqua ponite! [7] 残りのバラを水に入れてください! glōria la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 栄光、名声 日本語との差 英語 glory の元 Gloria virtutem tanquam umbra sequitur. [8] 栄光は影のように徳に従う。 sapiēns la 形容詞・第 3 変化( sapientis ) 賢い、知恵のある 日本語との差 Homō sapiēns 。名詞で「賢者」 Didymus est magis sapiens quam intelligens. [9] ディデュムスは賢いというより物知りだ。 charta la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 紙、パピルス 日本語との差 英語 chart ・ card 、独 Karte 、日本語カルテ Haec capsa e charta facta est. [10] この箱は紙でできている。 quaerō la 動詞・第 3 活用( quaerere , quaesīvī , quaesītum ) 探す、尋ねる 日本語との差 英語 question ・ inquire の元 quaere, quem ames. 誰を愛するべきかを探せ。 Conversus autem Iesus et videns eos sequentes se dicit eis: "Quid quaeritis?" [11] イエス振反りて、その從ひ來たるを見て言ひ給ふ「何を求むるか」。 prīmus la 形容詞・第 1・2 変化( -a , -um ) 最初の 日本語との差 in prīmīs =何よりも Hoc ubi primum dixi, hoc dolui. [12] それを言ったとたんに後悔した。 流派の歴史 — エラスムスから復元式まで ラテン語の発音が国ごとにばらばらであることに最初に正面から異を唱えたのは、人文主義者エラスムスです。1528 年の対話篇『正しい発音について』で、各国の学者が自分の母語の癖で読むために互いに通じないことを笑い、古代の音に戻ることを説きました。第 5 期に読むエラスムスは、この課程の発音の方針の先祖でもあります。ただし当時は古代の音を復元する材料が足りず、実際に復元が進んだのは 19 世紀のドイツの文献学でした。 19 世紀後半、ドイツの学者たちがギリシア語の転写・碑文の綴り・詩の韻律・ロマンス諸語の対応を突き合わせて古代の音を再建し、それが大学の標準になりました。日本の大学のラテン語教育は明治期にこのドイツの学問を取り入れたので、日本の標準も復元式です。一方、カトリック教会は 1912 年に教皇ピウス 10 世がイタリア式の発音を典礼の標準として勧め、各国の教会でばらばらだった読み方が教会式に統一されていきました。二つの標準が並び立つのはこの事情によります。 日本語話者がラテン語に出会う場面を思い浮かべてください。合唱団でレクイエムを歌うなら教会式。医学部で解剖学の名称を覚えるならドイツ経由の音が混ざる。法学部で pacta sunt servanda を習うなら復元式。生物の学名( Homō sapiēns ・ Canis lupus )は復元式に近い音で読むのが普通です。そして古典を読む——この課程の目的——なら復元式。 場面ごとに流派が違うのは、ラテン語が二千年のあいだ使われ続けた証拠 です。 練習 練習 1 — どの流派か 次のカナ書きは、復元式・教会式・独逸式・英語式のどれですか。 チチェロ ツェーザル ヴァージル カイルム レイシオ アニュス・デイ 練習 2 — 復元式に直す 次の日本語のカタカナ語を、元のラテン語の綴りと復元式の読みに直してください。 シーザー エトセトラ ウイルス ホモ・サピエンス 練習 3 — 本文を隠して復唱する 上の 4 文を音声で聞き、本文を伏せて復唱してください。 quaere の qu ・ ae に注意。 この課のまとめ 流派の違いは 4 か所: e・i の前の c/g、v、 ae 、母音の前の ti 。 復元式=古代の音の復元=日本の教室の標準=この課程。教会式=音楽と典礼の音。 日本語のカタカナには複数の流派が混ざる(シーザー/カエサル/チェーザレ)。 ラテン語で書いた学者はラテン語名を持つ( Cartesius ・ Newtonus ・ Linnaeus )。 次の課へ 第 0.7 課は 句の読み方と音読の型 です。語の後ろにくっつく -que ・ -ne 、句の切れ目、疑問文の抑揚。そして、この課程で毎課使う「本文を隠して復唱」のやり方を決めます。 答え 練習 1 : (1) 教会式。(2) 独逸式。(3) 英語式。(4) 復元式。(5) 英語式。(6) 教会式( Agnus Deī 。復元式ならアグヌス・デイー)。 練習 2 : Caesar カイサル/ et cētera エト・ケーテラ/ vīrus ウィールス/ Homō sapiēns ホモー・サピエーンス。 参考文献 Plin . Ep . 3.3.5( Amatur a me; )。 Perseus Digital Library ( phi 1318. phi 001)。 CC BY-SA 4.0 Plin . Ep . 2.13.10( In primis ama hominem; )。 Perseus Digital Library ( phi 1318. phi 001)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 4.35.1( Nunc enim amas me, amicus non es. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 7.63.11( quaere, quem ames. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Tatoeba 文 #10323441( "Cogito, ergo sum," inquit Renatus Cartesius. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/10323441 Tatoeba 文 #1411232( "Quis est vir in pictura?" "Nescio quis sit." )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/1411232 Tatoeba 文 #3659728( Sumite ceteras rosas easque in aqua ponite! )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/3659728 Tatoeba 文 #3742763( Gloria virtutem tanquam umbra sequitur. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/3742763 Tatoeba 文 #5031013( Didymus est magis sapiens quam intelligens. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/5031013 Tatoeba 文 #1142289( Haec capsa e charta facta est. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/s