6.32 빈처(貧しい妻) — Epoché
前提 ぜんてい : 6.31 まで。 この 篇 へん でできるようになること 妻 つま 自身 じしん の 言葉 ことば と「 私 わたくし 」の 推測 すいそく を 分け わけ 、 心 こころ の 読み よみ 方 かた を 説明 せつめい できる。 呼び名 よびな と 台詞 せりふ の 相手 あいて を 確かめ たしかめ 、 同じ おなじ 用件 ようけん を 今 いま の 丁寧 ていねい な 形 かたち で 言える いえる 。 古い ふるい 綴り つづり や 長い ながい 修飾 しゅうしょく をほどき、 文 ぶん の 骨 ほね を 書ける かける 。 この 文章 ぶんしょう について 玄 げん 鎭健の 小説 しょうせつ です。 語り手 かたりて は 作家 さっか を 目指す めざす 「 私 わたくし 」。 暮らし くらし を 支える ささえる 妻 つま を 見 み て、 同情 どうじょう しながら 不快 ふかい にもなり、その 心 こころ を 推し量り おしはかり ます。 読者 どくしゃ は「 私 わたくし 」が 語る かたる ことを 通し とおし て 妻 つま を 知り しり ますが、 妻 つま 自身 じしん の 台詞 せりふ も 聞け きけ ます。この 二 ふた つを 読み比べ よみくらべ てください。 洋傘 ようがさ 、 絹 きぬ の 服 ふく 、 綿 めん の 履物 はきもの が、 親戚 しんせき どうしの 暮らし くらし の 違い ちがい を 見せ みせ ます。「 私 わたくし 」は 物 もの への 願い ねがい をどう 受け取り うけとり 、 最後 さいご にどこで 考え直す かんがえなおす のでしょうか。 語釈 ごしゃく — 服 ふく と 親族 しんぞく 語 ご 本文 ほんぶん の 意味 いみ 모본단 ・ 당목 模様 もよう を 織っ おっ た 絹 きぬ ・ 綿布 めんぷ 。 質 しつ に 入れ いれ た 衣服 いふく と、 今 いま 着 き られる 衣服 いふく を 比べる くらべる 。 두루마기 ・ 청목당혜 上 うえ に 羽織る はおる 外衣 がいい ・ 青い あおい 木綿 もめん を 張っ はっ た 女性 じょせい の 履物 はきもの 。 전당포 ・ 문학 ・ 창작 質屋 しちや ・ 文学 ぶんがく ・ 創作 そうさく 。 生活 せいかつ の 手だて てだて と、 語り手 かたりて が 打ち込む うちこむ もの。 처형 ・ 처제 ・ 당숙 妻 つま の 姉 あね ・ 妻 つま の 妹 いもうと ・ 父 ちち のいとこにあたる 男性 だんせい 。 아니하였다 ・ 이야요 底本 ていほん の 字 じ 。ふつうは 아니했다 ・ 이에요 など。「しなかった」・ 丁寧 ていねい な 断定 だんてい 。 촌 は 親族 しんぞく の 隔たり へだたり を 数える かぞえる 単位 たんい です。 本文 ほんぶん の 오촌 당숙 は 父 ちち のいとこにあたる 男性 だんせい 。 오촌 だけなら 五 ご 親等 しんとう の 関係 かんけい を 指し さし ます。 처형 は 妻 つま の 姉 あね で、 妹 いもうと は 처제 です。 文法 ぶんぽう メモ — 誰 だれ がそう 思う おもう か 型 かた 編 へん 9 課 か の 推量 すいりょう の 形 かたち が、 妻 つま の 気持ち きもち を 語る かたる 地 ち の 文 ぶん にも 現れ あらわれ ます。 実際 じっさい に 妻 つま が 言っ いっ たこと、「 私 わたくし 」が 表情 ひょうじょう から 判断 はんだん したこと、 将来 しょうらい への 期待 きたい を 分け わけ てみましょう。 型 かた 編 へん 21 課 か の- 더 -は、 見聞き みきき したことを 振り返る ふりかえる 手がかり てがかり です。 다가앉았더라 には、いつの 間 あいだ にかそばへ 寄っ よっ ていた 妻 つま の 姿 すがた を 思い返す おもいかえす 語り かたり があります。 「 私 わたくし 」の -구려 ・ -소 は 하오 体 からだ で、ぞんざいな 반말 ではありません。 해 体 からだ より 一 いち 段 だん 高い たかい 言い いい 方 かた です。 怒鳴っ どなっ ているかどうかは 語尾 ごび の 高 たか さではなく、 台詞 せりふ の 中身 なかみ ( 誰 だれ が 俺 おれ のところへ 嫁 よめ に 来い こい と 言っ いっ た)と 前後 ぜんご の 動き うごき で 読み よみ ます。 -소 ・ -구려 は 하오 体 からだ の 語尾 ごび です。 해 体 からだ より 一 いち 段 だん 高く たかく 、 夫婦 ふうふ や 対等 たいとう の 大人 おとな の 間 あいだ で 使い つかい 、 目上 めうえ には 使い つかい ません( 어서 펴보구려 = 早く はやく 開い ひらい てごらん)。 -ㅁ이라 は 名詞化 めいしか に 이라 が 付い つい た 形 かたち で、「〜だからである」と 理由 りゆう を 言い いい ます(6.31 の -음이다 と 同じ おなじ 仲間 なかま )。 長い ながい 文 ぶん は 型 かた 編 へん 26 課 か のように、 名詞 めいし を 説明 せつめい するまとまりを 先 さき に 分け わけ ます。 誰 だれ が 何 なん をしたかを 残す のこす と、 語り手 かたりて の 目 め がどこに 向く むく かが 分かり わかり ます。 対訳 たいやく 「あれがどうして 無い ない のだろう?」 妻 つま が 箪笥 たんす を 開け あけ て 何 なん かを 探し さがし ていたが、 口 くち の 中 なか でつぶやく。 「 何 なん が 無い ない んだ?」 私 わたくし はぼんやりと 机 つくえ のそばに 座っ すわっ て 本 ほん のページをぱらぱらめくっていたが、 尋ね たずね てみた。 「 模本 もほん 緞のチョゴリが 一 ひと つ 残っ のこっ ていたのに……。」 私 わたくし はそのまま 黙っ だまっ た。 妻 つま がそれを 探し さがし て 何 なん をしようとしているのか 分かる わかる からである。 今夜 こんや 、 隣 となり の 家 いえ の 婆 ばあ さんに 頼ん たのん で 質 しつ に 入れよう いれよう というのだ。 この 二 に 年 ねん のあいだ、 金 かね の 入る はいる ところは 一 ひと つもなく、そのまま 飢えれ うえれ ば 腹 はら がへると 分かっ わかっ ているから、 道具 どうぐ や 衣服 いふく を 質屋 しちや の 倉庫 そうこ に 押しこむ おしこむ か、 古物 こぶつ 商 しょう の 片隅 かたすみ に 立て たて ておいて 金 きん を 借り かり てくるほかなかった。いま 妻 つま が 一 ひと つ 残っ のこっ た 模本 もほん 緞のチョゴリを 探し さがし ているのも、 朝 あさ の 食べ物 たべもの を 用意 ようい しようというのである。 私 わたくし は 舌 した をぺちゃぺちゃ 鳴らし ならし 、 開い ひらい ていた 本 ほん を 閉じ とじ て、ふう――と 息 いき をついた。 春 はる はもう 半ば なかば を 過ぎ すぎ たというのに、 露 ろ を 載せ のせ たような 夜 よる の 冷え ひえ が 部屋 へや の 隅 すみ からじりじり 這い出し はいだし て 人 ひと にまとわりつき、 雨 あめ が 降る ふる せいか、 夜 よる はまだ 深く ふかく もないのに 人 ひと の 気配 けはい さえ 絶え たえ て、 天地 てんち がまるで 空 そら になったように 静か しずか なのに、ぽたぽたと 落ちる おちる 雨 あめ の 音 おと がかぎりなく 悲しい かなしい 思い おもい を 誘い出す さそいだす 。 「ちくしょう、なるようになれ。」 私 わたくし はだんだん 耐え たえ られなくなって、 両手 りょうて で 乱れ みだれ た 髪 かみ を かき上げ かきあげ ながらつぶやいてみた。この 言葉 ことば がいっそう 心細い こころぼそい 思い おもい を 起こす おこす 。 私 わたくし はもう 一 いち 度 ど 「ふう――」と 息 いき をつき、 左腕 ひだりうで を 枕 まくら にして 机 つくえ に 突っ伏し つっぷし 、 目 め を 閉じ とじ た。 この 瞬間 しゅんかん に、 今日 きょう のできごとがふいに 思い出さ おもいださ れる。 遅く おそく に 昼飯 ひるめし を 済ま すま せて、 私 わたくし がちょうど 巻 まき 煙草 たばこ を 一 いち 本 ぽん くわえて 火 ひ をつけたとき、 漢城 はんすん 銀行 ぎんこう に 勤める つとめる Tが、 休み やすみ だからと 遊び あそび に 来 き ていた。 親戚 しんせき はみな 遠く とおく ないところに 住ん すん でいても、 貧しい まずしい 様 さま を 見せる みせる のもいやだし、 訪ね たずね ていくたびに 何 なん かを 貸し かし てくれとせがんだこともないのに、ひょっとして 苦しい くるしい 話 はなし をされるのではと 先回り さきまわり して 盾 たて を 構え かまえ 、 眉 まゆ をひそめるように 見える みえる ので、 私 わたくし は 足 あし を 向け むけ なくなり、したがって 訪ね たずね てくる 者 もの もいなかった。ただこのTは 血 ち の 近い ちかい せいか、しばしば 私 わたくし たちを 訪ね たずね てきた。 彼 かれ は 誠実 せいじつ で 従順 じゅうじゅん で、ささいなことに 悲しみ かなしみ 喜ぶ よろこぶ 人物 じんぶつ だった。 同 どう 年輩 ねんぱい である 私 わたくし たち 二人 ふたり は、いつも 親戚 しんせき の 間 あいだ で 比べもの くらべもの にされていた。そして 私 わたくし の 評判 ひょうばん はいつもよくなかった。 「Tは 金 かね を 知っ しっ ていて 人柄 ひとがら が 真面目 まじめ だから、あの 子 こ は 金 かね を 貯める ためる だろう! だがK( 私 わたくし の 名 な )は 何 なん の 役 やく にも 立た たた ん 奴 やつ だ。あのつまらん 諺文 おんもん を 混ぜ まぜ て 何 なん やら 書きなぐっ かきなぐっ て、 身のほど みのほど も 知ら しら ず 朝鮮 ちょうせん の 有名 ゆうめい な 文学 ぶんがく 家 か になるだと! ろくでなしめ!」 これが 彼 かれ らの 評判 ひょうばん だった。 私 わたくし が 文学 ぶんがく だか 何 なん だかをやっているという 話 はなし が、 理由 りゆう もなく 彼 かれ らの 気 き に 障る さわる のである。まして 私 わたくし は 彼 かれ らの 誕生 たんじょう 日 ひ や 大事 だいじ のときに 金 かね 一 ひと つ 出し だし たことがなく、Tはいわゆる 着実 ちゃくじつ に 金 かね を 稼い かせい で、 麺 めん の 一 いち 鉢 ばち くらいの 足し たし をするからである。 「いくらもたたないうちにTは 裕福 ゆうふく になり、Kは 乞食 こじき になるから、 見 み ておれ!」 父 ちち のいとこにあたる 叔父 おじ はこんなことまで 言っ いっ たという。 口 くち には 出さ ださ なくても、 実 じつ の 親 おや 、 実 じつ の 兄弟 きょうだい までが 心 こころ の 中 なか ではみなこう 思っ おもっ ているのだろう。それでも 親 おや は 違っ ちがっ て、 腹 はら が 立つ たつ と「 お前 おまえ がそんなことをしていては、 末 すえ には 乞食 こじき になってしまうぞ」と 叱り しかり はしても、「 人 ひと というものは 晩年 ばんねん の 運 うん が 分から わから んものだ」「そういう 人 ひと はまたそういうふうになるものだ」とおっしゃるのが、 自分 じぶん を 慰める なぐさめる 言葉 ことば であり、また 嫁 よめ を 慰める なぐさめる 言葉 ことば であった。これを 見 み ても、どうにもならん 奴 やつ だと 諦め あきらめ ながら、それでもよくなることを 望み のぞみ 、 祈っ いのっ ておられるのが 分かっ わかっ た。 ともかく、これだけでTの 人柄 ひとがら はだいたい 分かる わかる 。そして 彼 かれ が 我が家 わがや に 来る くる ときは、わざと 快活 かいかつ に 笑い わらい 、 努め つとめ て 面白い おもしろい 話 はなし をした。 二人 ふたり きりで 寂しく さびしく その 日 ひ その 日 ひ を 送る おくる 私 わたくし たちには、この 上 うえ なくうれしかった。 今日 きょう も 彼 かれ は 元気 げんき よく 家 いえ にすっと 入っ はいっ てくると、 新聞 しんぶん 紙 し に 包ん つつん だ 細長い ほそながい ものを「これを 見ろ みろ 」というように 縁側 えんがわ の 上 うえ に 置き おき 、 忙しく いそがしく 靴紐 くつひも をほどく。 「それは 何 なん だ。」 私 わたくし は 尋ね たずね てみた。 「あの―― 家内 かない の 洋傘 ようがさ ですよ。 使っ つかっ ていたのがもうすっかり 古び ふるび て、それに 骨 ほね が 折れ おれ たというんで。」 彼 かれ は 靴 くつ を 脱い ぬい で 縁側 えんがわ に 上がり あがり ながら、こぼれる 笑い わらい をおさえきれずにこにこしながら 答える こたえる 。 彼 かれ は 私 わたくし の 妻 つま を 見 み て、ふいに、 「お 姉 あね さん、ちょっと ご覧 ごらん になりますか。」 と 言い いい 、 包ん つつん だ 紙 かみ と 袋 ふくろ をはずして 洋傘 ようがさ を 開い ひらい て 見せる みせる 。 白い しろい 絹地 きぬじ に 梅 うめ を 二 に 枝 えだ ばかり 刺繍 ししゅう した 洋傘 ようがさ だった。 「 黒い くろい のはいい