何かを経験するとはどういうことか――フッサール — Epoché
解説 何を、どう意識しているか 志向性とは、何かを何かとして意識し、信じる・疑う・望むなど特定の仕方で関わること。フッサールは、対象だけでなく、どう与えられているかも記述する。 将来の目標だけを意味する語ではない。痛みなど非志向的な感覚の余地も認め、意識を内的な絵の箱としない。 出典1 旅券を思うことと、見ること 旅券が引き出しにあると思うことと、開けて見ることは、同じ対象でも与えられ方が違う。思われていたものが実際に示されることで確かめられる、と考える。 確証は単なる強い確信ではない。知覚でも全側面を一度に見尽くさず、後の証拠で修正される余地がある。 出典1 当然の前提を、反省の対象にする エポケーは、世界を当然とする態度の妥当性をいったん括弧に入れ、世界がどう現れ意味を持つかを調べる方法。還元は、主体と世界の関係をさらに系統的に分析する。 世界の不存在を断言したり、私的な内面だけに閉じたりしない。超越論的観念論の意味には複数の解釈がある。 出典1 同じ旅券でも、与えられ方を分ける 経験 与えられ方 引き出しにあると思う 対象を思っているが、見えてはいない 開けて旅券を見る 対象がその場で示される 出典にある例の要約。見れば必ず全てが確実になるという意味ではない。 参考文献 [1] Zahavi, Dan「Edmund Husserl」。 出典