14.81 小さな買い物から、人の一生へ — たとえ話の型 — Epoché
この篇でできるようになること ★ たとえ話の型 ——小さな話を置いてから広げる書き方が読める。 ★ 同じ形を六度くり返して例を並べる 書き方が読める。 ★ 虫に語らせて人を語る やり方が分かる。 ★ 十八世紀の記号の置き方 が読める。 前提 : 特別編に門はありません。第 5 期まで済んでいれば、どこからでも読めます(目安は 3.40 まで/4.60 まで)。 読む前に ★ 特別編はどの篇から読んでもかまいません 。★前の篇を読んでいなくても通じるように書いてあります。 ★ 二通とも手紙です ——★読む相手は 一人 。★「かげろう」のほうは本文の中で my dear friend と呼びかけ、結びに Brillante の名が出ます。★ 「口笛」は相手を名指ししません ——★手紙なのに、読むと随筆のように見えるのはそのためです。 どちらのことか 確かめること ★ ことばのこと ★英語の語には 短い層と長い層 がある—— whistle と corporeal のような差( 12.1 知編 ) ★ 背景のこと ★フランクリンは この二通をパリで書きました ——アメリカがまだ独立の途中だった時期です( 12.12 知編 ) ★ 同じ人の文はそちらにもあります ——★ どちらも この篇とは別の本 です。 どこか 何を読むか 8.177 読編 ★ 『富に至る道』(1758)。 格言を人に言わせて重ねる文 (読編) 8.105 読編 ・ 8.106 読編 ・ 8.107 読編 ・ 8.108 読編 ★ 『自伝』(1791) の四篇。 自分の来し方を項目に割って書く文 (読編) ★ そちらの二冊は 人に読ませるために組んだ本 、★ この篇の二通は 友に出した手紙 です。★ だから そのどちらよりも短くやわらかい ——★ 相手が一人だから です。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1223 語、段落は 13 つ、文は 43 本、一文の平均は 28.4 語です。 どの手紙か どこからどこまで 語数 ★ 口笛 ★ 始めから 10 段落目まで ★ 504 語 ★ かげろう ★ 11 段落目から終わりまで ★ 719 語 ★ 段落の長さがまったくそろっていません ——★ いちばん短い段落が 29 語、いちばん長い段落が 365 語 。★ 短い段落は「口笛」の例、長い段落は「かげろう」の独白 です——★ 段落の長さが、そのまま二通の作りの違いになっています 。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 私が七つの子どもだったころ、ある祝日に、友人たちが私のポケットを銅貨でいっぱいにしてくれました。私はまっすぐ子ども向けのおもちゃを売る店へ向かいました。ところが途中で、ほかの男の子が持っていた笛の音にすっかり心を奪われ、自分から進んで、それと引きかえに持っているお金を全部差し出してしまいました。それから家に帰り、笛がとても気に入って、家じゅうを吹き鳴らして歩き回りましたが、家族みんなの迷惑になりました。兄弟や姉妹やいとこたちは、私のした取り引きを知ると、お前はその笛の値打ちの四倍も払ったのだと言いました。それを聞いて、残りのお金でどんなに良いものが買えたかに思い当たりました。そしてみんなが私の愚かさをひどく笑ったので、私はくやしくて泣きました。あとで思い返したくやしさは、笛がくれたうれしさよりも大きかったのです。 けれども、このことはのちに私の役に立ちました。その印象が心に残り続けたからです。それで、何か要らないものを買いたくなったとき、私はよく自分に「笛に払いすぎるな」と言い聞かせ、そうしてお金を倹約しました。 大きくなり、世の中に出て、人々の行いを見るにつけ、笛に払いすぎている人に、たくさん、本当にたくさん出会ったように思いました。 宮廷の寵愛をあまりに強く望み、それを得るために、伺候や朝の謁見に時間を、そして安らぎを、自由を、徳を、ことによると友人までも犠牲にしている人を見るたびに、私は「この人は自分の笛に払いすぎている」と自分に言い聞かせてきました。 また、人気を好み、いつも政治の騒ぎに身を投じて、自分の用事をおろそかにし、そのおろそかさで用事をだめにしている人を見ると、私は「なるほど、この人は自分の笛に払いすぎている」と言うのです。 富をためるために、あらゆる快適な暮らしを、他人に良いことをするあらゆる喜びを、同じ市民からのあらゆる尊敬を、そして思いやりのある友情の楽しみを捨ててしまった守銭奴を知っていれば、私は「気の毒な人だ、あなたはまったく自分の笛に払いすぎている」と言います。 心の、あるいは自分の財産の、ほめられるべき向上をことごとく、ただの肉体の感覚のために犠牲にしている快楽好きの人に出会うと、私は「心得違いの人だ、あなたは自分に喜びではなく苦しみを用意している。自分の笛に払いすぎている」と言います。 立派な服や、立派な家具や、立派な馬車を好み、それがみな身の丈を超えていて、そのために借金を重ね、ついには牢屋で生涯を終える人を見ると、私は「ああ、あの人は自分の笛に高く、とても高く払ったものだ」と言います。 美しく気立ての優しい娘が、意地の悪い夫と結婚しているのを見ると、私は「なんと気の毒なことだろう、あの娘は笛一つにあんなに払ってしまった」と言います。 つまり私は、人類の不幸の大部分は、物の価値を見誤り、自分の笛に払いすぎることによって、人々が自ら招いたものだと考えるようになったのです。 覚えておいででしょう、親愛なる友よ、先日私たちがムーラン・ジョリの心地よい庭と楽しい集まりの中であの幸せな一日を過ごしたとき、散歩の途中で私が少し立ち止まり、しばらく一行から遅れていたことを。私たちは、エフェメラ(カゲロウ)と呼ばれる小さな羽虫の一種の抜け殻を数えきれないほど見せてもらいました。聞くところでは、その代々の世代は、一日のうちに生まれ、そして死んでいくのだそうです。私はたまたま、一枚の葉の上に、生きているカゲロウの一団がいて、何やら話をしているらしいのを見かけました。ご存じのとおり、私は下等な動物の言葉なら何でもわかります。その研究にあまりに打ち込みすぎたことが、あなたの魅力的な言葉がほとんど上達していないことについて、私がいちばんうまく言える言い訳です。私は好奇心から、この小さな生き物たちの話に耳を傾けました。しかし、彼らはお国柄の陽気さで三、四匹がいっしょにしゃべるので、話の中身はほとんどつかめませんでした。それでも、ときどき聞こえる切れ切れの言葉から、二人の外国の音楽家、一方はクザン(ブヨ)、もう一方はモスケート(蚊)の優劣について、熱心に言い争っているのがわかりました。その言い争いに彼らは時間を費やしていて、まるで一か月は生きられると確信しているかのように、命の短さなど気にもとめていないようでした。幸せな人たちだ、と私は思いました。あなたがたはきっと、賢く、公正で、穏やかな政府のもとにいるのでしょう。訴えるべき公の不満も無く、外国の音楽の出来不出来のほかには争いの種も無いのですから。私は彼らから顔をそむけ、別の葉の上にひとりでいて、独り言を言っている白髪の年寄りのカゲロウのほうを向きました。その独白がおもしろかったので、私はそれを書きとめました。あらゆる楽しみの中で最も心地よいもの、つまりそのすばらしいお付き合いと天上の調べとで、私がたいへんお世話になっている方を、これがやはり楽しませてくれればと願ってのことです。 「私たちの種族の学識ある哲学者たち、私の時代よりずっと前に生きて栄えた人々の意見では、この広大な世界、ムーラン・ジョリそのものも、十八時間より長くは存続できないとのことだった。そして、その意見にはいくらかの根拠があったと思う。あらゆる自然に命を与えるあの大きな光の見かけの動きからすると、それは私の生きているあいだにも、私たちの大地の果てにある大洋のほうへ明らかにかなり傾いてきているのだから、そのときにはその道のりを終え、私たちを取り巻く水の中で消え、世界を寒さと闇の中に残し、必然的にすべてのものの死と破滅をもたらすにちがいない。私はその時間のうち七時間を生きてきた。四百二十分にもなる、大変な高齢だ。これほど長く生き続ける者は、私たちのうちにどれほどわずかなことか。私は、いくつもの世代が生まれ、栄え、そして死んでいくのを見てきた。今の友人たちは、若いころの友人たちの子や孫であり、その若いころの友人たちも、今はもういない。そして私もまもなく彼らの後を追わねばならない。自然の成り行きからすれば、まだ達者ではあっても、あと七、八分より長く生きることは望めないのだから。生きて味わうこともできないのに、この葉の上に甘露をためこもうとしてきた私の骨折りと労苦のすべてが、今さら何の役に立とう。この茂みに住む同胞のためにかかわってきた政治の闘いが、あるいは私たちの種族全体のためにしてきた哲学の研究が、何になろう。政治においては、道徳が無くて法律に何ができよう。今の私たちカゲロウの世代も、数分のうちには、ほかのもっと古い茂みの者たちと同じように腐敗し、それゆえ同じようにみじめになるだろう。そして哲学においては、私たちの進歩はなんとわずかなことか。ああ、技は長く、生は短い。友人たちは、私が後に残すという名のことを思わせて、私をなぐさめようとしてくれる。そして、自然に対しても栄誉に対しても、私はもう十分長く生きたと言ってくれる。しかし、もはや存在しないカゲロウにとって、名声が何になろう。そして十八時間目に、世界そのもの、ムーラン・ジョリ全体さえもが終わりを迎え、すべてを覆う廃墟に埋もれるとき、あらゆる歴史はどうなってしまうのだろう。」 熱心にあれこれ追い求めてきたあげく、今の私に残っている確かな楽しみは、善意をもって過ごした長い一生を振り返ること、何人かの良きご婦人のカゲロウたちとの分別ある会話、そしてときおり、いつも愛らしいブリヤントがくれる優しいほほえみと一曲の調べのほかには、何も無いのだ。 語釈 帯の外の語は 63 語です。★ 十八世紀の暮らしの語 が並びます—— levees (君主の朝の参内)・ equipages (馬車と供ぞろい)。★ いまは使わない語ですが、当時の読者には説明が要りませんでした 。★ 意味を取るのに要るのは数語だけ です。 語(品詞) 意味 注 Brillante en 名 ブリランテ。老カゲロウの独白に出る、愛らしいご婦人の名 Joly en 名 ジョリ。庭園の名 Moulin Joly の一部 Mistaken en 形 思いちがいをしている You are entirely mistaken if you think the shop is closed today. 今日その店が閉まっていると思っているなら、それは大きな思いちがいです。 Moulin en 名 ムーラン。庭園の名 Moulin Joly の一部 amassing en 動 積み上げること The old miser spent his whole life amassing a hidden fortune. その老いたけちな男は、生涯を隠し財産を積み上げることに費やしました。 amiable en 形 人好きのする Their new neighbor turned out to be an unusually amiable man. その新しい隣人は、なんとも人好きのする男だとわかりました。 amuse en 動 楽しませる The clown juggled colorful balls to amuse the waiting children. その道化師は、待っている子どもたちを楽しませようと色とりどりのボールを回しました。 amused en 形 面白がっている She looked thoroughly amused by the puppy's clumsy antics. 彼女は、その子犬のぎこちない仕草をすっかり面白がっている様子でした。 amusements en 名 娯楽(複数) The seaside town offered plenty of amusements for summer visitors. その海辺の町は、夏の行楽客のためにたくさんの娯楽を用意していました。 avails en 動 役に立つ Little wealth avails a man who has lost his own health. 自分の健康を失った人には、わずかな富もほとんど役に立ちません。 benevolent en 形 情け深い The benevolent landlord forgave the widow's unpaid rent entirely. その情け深い家主は、その未亡人の未払いの家賃をすべて免除しました。 bush en 名 やぶ・低い木 A small rabbit darted behind the thick bush near the fence. 小さなウサギが、柵のそばの茂った低木の陰へさっと駆け込みました。 bushes en 名 低木(複数。) Wild berries grew thickly among the bushes along the path. その小道沿いの低木の間には、野いちごがびっしりと茂っていました。 bustles en 名 せわしい動き(複数) The market square fills with bustles of activity every Saturday morning. その市場の広場は、毎週土曜の朝せわしい人の動きで満たされます。 chagrin en 名 くやしさ Much to her chagrin, the train had already left the station. 彼女はひどくくやしがりましたが、列車はすでに駅を出たあとでした。 compatriot en 形 同じ国の・同じ土地の He greeted the young traveler warmly as a compatriot soldier. 彼は、その若い旅人を同じ国の兵士として温かく迎