12.21 英語が世界語になった道 — Epoché
この課で分かるようになること ★ 英語が広まった理由 が言える。 ★ 三つの波 が分けられる。 ★ 学術の言語が入れ替わった ことを知る。 ★ いま使う人の多数が母語話者でない ことの意味が分かる。 前提 : 12.20 まで。商は 11.18 まで。読は 8.192 まで。語は 4.76 まで。 ★言語の性質のせいではない ★ 先に、 いちばん多い誤解 を外しておきます。 よく言われること 実際は ★ 文法が簡単だから ★ 語形の変化は少ないが、綴りと前置詞は難しい ★ 語彙が豊かだから ★ 豊かなのは、借りた結果( 12.19 知編 ) ★ 論理的だから ★ どの言語でも、論理は書き手が作る ★ 言語が広まるかどうかを決めるのは、 その言語の性質ではありません 。 ★ 話す人が どれだけの船と工場と金庫を持っていたか です。 ★ これは、 英語をけなす話ではありません 。 ★ ラテン語も、アラビア語も、漢文も、 同じ理由で広まりました 。 ★三つの波 ★ 英語が広まった道は、 三つの波 に分けられます。 どの波か いつごろか 何が押したか ★ 一 海と植民 ★ 十七〜十九世紀 ★ 船と、入植 ★ 二 工業と金融 ★ 十九世紀 ★ 工場と、ロンドンの金庫 ★ 三 戦後の経済と学術 ★ 二十世紀後半 ★ 米国の経済と、研究と、技術 二つめの波 — ロンバード街 ★ 8.187 読編 のバジョットが書いたのは、 二つめの波のただ中 です。 I venture to call this Essay 'Lombard Street,' and not the 'Money Market,' [1] ★ ロンバード街は、 ロンドンの一本の通り です。 ★ そこに、 世界じゅうの金が集まっていました 。 ★ 金が集まる場所の言語は、 取引の言語になります 。 ★ 12.19 知編 で見た イタリア語からの商いの語 ——★ あれは、 金が集まる場所がイタリアだった時代 の名残 です。 ★ つまり、 同じことが前にも起きていた ——★ そして、 場所が移った 。 三つめの波 — 工場を作る、という国家の計画 ★ 8.186 読編 のハミルトンの報告は、 一七九一年 のものです。 ★ 合衆国が独立してまもないころ ——★ まだ農業の国 でした。 the expediency of encouraging manufactures in the United States [2] ★ 「合衆国において製造業を奨めることの是非」。 ★ この報告が、 のちの工業国の設計図 になりました。 ★ 読 G の二十篇を 時代順に並べ直す と、★ この線が見えます ——★ ハミルトン(一七九一)→バジョット(一八七三)→テイラー(一九一一) 。 だれが 何を作ろうとしたか ★ ハミルトン ★ 工業そのもの ★ バジョット ★ それを支える金融 ★ テイラー ★ 工場の中の仕組み ★ 第 7 期の読編がこの三人を並べたのは、 偶然ではありません 。 ★ いま使っている仕事の語の多くが、 この百五十年のあいだに作られた から です。 ★学術の言語は、入れ替わった ★ いちばん知られていないのが、 これ です。 ★ 十九世紀の終わりごろまで、 学問の中心の言語は独語でした 。 ★ 化学も、物理も、心理学も、 読むには独語が要りました 。 いつごろか 学術の主な言語 ★ 十七〜十八世紀 ★ ラテン語 ★ 十九世紀 ★ 独語・仏語・英語が並ぶ ★ 二十世紀後半以降 ★ 英語 ★ つまり、 いまの姿になってからまだ百年たっていません 。 ★ 「昔から英語だった」わけではない のです。 ★ そして、 入れ替わりには理由がありました ——★ 二つの大戦と、そのあとの研究の資金の流れ 。 ★ 言語の優劣ではなく、 人と金の動き です。 ★ 12.18 知編 で「名前が変わるとあとの世代は形のほうを受け継ぐ」と置きました。 ★ 言語も同じ です——★ いまの研究者は、 英語で書くのが当たり前 だと思っています。 日本語は、どうしたか 入れ替わりの話には、日本語の側から見た筋もあります。学問の中心の言語が動いていたころ、日本語が選んだのは 訳す という手でした。西洋の学術語を漢語で作り直し( 12.19 知編 )、教科書を日本語で書けるようにしたのです。だから、いまも日本語だけで大学の課程を終えられます。 これは、世界を見わたすと多くはない形です。多くの言語では、高等教育のどこかの段から英語の教科書に移ります。日本語を母語とする人が「英語を読まずに済む」時間を長く持てたのは、この選択のおかげです。 代価も、同じところから来ています。読まずに済む体制は、 書いて出す側に回る 訓練を要求しません。 11.18 商編 で置いた「母語話者でない相手に通じる英語」がいま急に要るようになったのは、訳す手だけでは足りなくなったからです。この課程が読むことと書くことを同じ重さで置いているのは、そのためです。 ★いま使う人の多数は、母語話者ではない ★ 11.18 商編 で置いたことを、 数の側から 見ておきます。 ★ 英語を使う人のうち、 母語とする人は少数 です。 ★ 正確な数は数え方で変わりますが、 どの数え方でも少数 になります。 どういう場か だれが多いか ★ 国際の会議 ★ 母語話者でない人 ★ 学術の論文 ★ 母語話者でない書き手 ★ 仕事のメール ★ どちらも母語話者でないことが多い ★ これが意味するのは、 目標が変わった ということ です。 古い目標 いまの目標 ★ 母語話者のように話す ★ だれにでも取り違えられずに伝える ★ 訛りを消す ★ 強勢を外さない( 1.4 音編 ) ★ 慣用句を覚える ★ 慣用句を避ける( 11.18 商編 ) ★ この課程が やさしい語で書くこと をくり返し置いてきたのは、★ 丁寧さのためではありません ——★ それが、 いちばん通じるから です。 相手の英語も、同じように途中である 多数が母語話者でないということは、聞く側にも効きます。相手の英語も、自分のものと同じように途中です。聞き取れなかったとき、まず自分の耳を疑うのは半分しか当たっていません——相手の言い方が外れていることも、同じくらいあります。 だから、聞き返しは失礼ではなく 作業 です。 6.52 話編 で数と綴りを書き込みに回したのも、同じ考えからでした。どちらの英語も完全でないと分かっていれば、確かめる手間を早いうちに払えます。後から直すほうが、いつでも高くつきます。 目標が「母語話者のように」から「取り違えられずに」へ動いたというのは、つまり 落ち度の置き場所が動いた ということです。通じなかったのはどちらか一方の失敗ではなく、二人で直すもの——この構えのほうが、実際の場では強く働きます。 ★これから — 機械が訳す時代に ★ 最後に、 いちばん新しい問い を置いておきます。 ★ 機械が訳せるなら、 学ぶ必要はあるのか 。 ★ この課程の答えは、 三つ です。 どういうときか なぜ自分の語が要るか ★ 交渉の場 ★ 間が勝負になる。訳を待つ間が空く ★ 書いたものが残る場 ★ 訳の取り違えの責めは、署名した側にある ★ 読むとき ★ 訳では、書き手の構えが落ちる( 7.13 訳編 ) ★ 三つめが、 この課程の芯 です。 ★ 8.187 読編 のバジョットが 題を選んだ理由を一行目に書いた ——★ あれは、 訳では伝わりにくいところ です。 ★ 機械は、 意味を運びます 。 ★ けれども、 書き手がどの語を選び、どこで言い切り、どこを開けておいたか ——★ それは、 原文を読んだ人にしか見えません 。 ★第 7 期の知編、三つ この期の三課で置いたものを、まとめておきます。 どの課 何を置いたか 12.19 知編 ★ 語の出どころ — 三層と、商いの語 12.20 知編 ★ 法の考え方 — なぜ契約書は長いのか ★ この課 ★ 英語が世界語になった道 ★ 五つの期を並べると、知編の線が見えます。 どの期か 何を見た期か ★ 第 3 期 ★ ことばのしくみ ★ 第 4 期 ★ 文字と、書きことば ★ 第 5 期 ★ ことばと社会 ★ 第 6 期 ★ 考えの線と、学問の分かれ ★ 第 7 期 ★ 仕事のことばの来歴 ★ 三課とも、 「いまそうなっている」ものがいつからそうなのか を問いました。 ★ 答えは、どれも同じ形をしています ——★ 思ったより新しく、 そして変わりうる 。 ★二つの波の、五つの一文 この課で引いた二つを、原典の一文に戻し、同じ節の前後を足して並べます。上の二行が二つめの波、下の三行が三つめの波の出どころです。行を押して、金融の文と国家の報告の文を聞き比べてください。 英文 日本語訳 見るところ I venture to call this Essay 'Lombard Street,' and not the 'Money Market,' or any such phrase, because I wish to deal, and to show that I mean to deal, with concrete realities. [1] 私はこの論考を「貨幣市場」などとは呼ばず、あえて「ロンバード街」と名づけます。具体の現実を扱いたいし、扱うつもりだと示したいからです。 題を選んだ理由を、一行目に書いている But I maintain that the Money Market is as concrete and real as anything else; that it can be described in as plain words; that it is the writer's fault if what he says is not clear. [1] けれども私は、貨幣市場もほかの何かと同じように具体で現実のものだと考えます。同じくやさしい言葉で書けるはずで、はっきりしないのは書き手の落ち度なのです。 やさしい言葉で書けるのは、書き手の落ち度 The expediency of encouraging manufactures in the United States, which was not long since deemed very questionable, appears at this time to be pretty generally admitted. [2] 合衆国において製造業を奨めることの是非は、少し前まで大いに疑わしいとされていましたが、いまではおおむね認められているようです。 のちの工業国の設計図になった報告 The embarrassments which have obstructed the progress of our external trade, have led to serious reflections on the necessity of enlarging the sphere of our domestic commerce. [2] 対外の交易の進みを妨げてきた難儀は、国内の商いの範囲を広げる必要について、真剣な省察を促してきました。 外の交易が詰まって、内に工業を作る話になる There still are, nevertheless, respectable patrons of opinions unfriendly to the encouragement of manufactures. [2] それでもなお、製造業の奨励に好意的でない意見を、立派な人たちが支えています。 反対の意見を、先に自分で立てる やってみる ★ 三つの波を、自分の分野に当てる 。★ 自分の仕事の分野で、 英語が使われるようになったのはいつからか を調べる。 ★ 学術の言語の入れ替わりを調べる 。★ 自分の分野で、 いちばん古い英語の主要な文献 がいつのものかを調べる。 ★ その前は何語だったかも。 ★ 目標を書き直す 。★ 自分が英語を学ぶ目標を 一文で書く 。 ★ 「母語話者のように」と書いていたら、 だれに何を伝えるためか に書き直す。 ★ 訳では落ちるものを探す 。★ 読 G の篇から一つ選び、 機械の訳と原文 を並べる。 ★ 落ちているものを三つ書き出す。 この課のまとめ ★ 言語が広まる理由は、言語の性質ではない ——船と工場と金庫。ラテン語も漢文も同じ。 ★ 三つの波 ——海と植民(十七〜十九世紀)/工業と金融(十九世紀)/戦後の経済と学術。 ★ 金が集まる場所の言語が、取引の言語になる 。イタリア語の商いの語は、その前の時代の名残( 12.19 知編 )。 ★ 読 G は時代順に並べ直せる ——ハミルトン(工業)→バジョット(金融)→テイラー(工場の仕組み)。 ★ 仕事の語の多くは、この百五十年に作られた 。 ★ 学術の言語は入れ替わった ——ラテン語→独語・仏語・英語→英語。いまの姿は百年たっていない。 ★ 入れ替わりの理由は、人と金の動き 。言語の優劣ではない。 ★ いま英語を使う人の多数は、母語話者ではない ( 11.18 商編 )。 ★ だから目標が変わった ——母語話者のように話すことではなく、だれにでも取り違えられずに伝えること。 ★ 訳では、書き手の構えが落ちる ——どの語を選び、どこで言い切り、どこを開けておいたか( 7.13 訳編 )。 次の課へ 知編の第 7 期はここで終わりです。★第 7 期の学習順では、知の次は 復 です。次の課は 13.13 、 第 13 編「復」の第 7 期のはじめ です。★ 八十二課ぶんを、 二課でたたみ直します 。 答え 「やってみる」の四つの答えです。 ★ 調べてみると、 思ったより新しい はずです。 ★ 分野によっては 一九六〇年代から ——★ つまり、 いま現役の人の親の世代 です。 ★ 「ずっと英語だった」と思っていたものの多くが、 二世代ぶんの歴史 しかありません。 ★ 古い文献をたどると、 独語か仏語に行き当たる 分野が多い はずです。★ そして、 いまも使われている術語にその痕が残って います ——★ 独語から来た術語は、 訳されずに綴りのま