11.87 史記 廉頗藺相如列傳 負荊請罪 — 先んずるは國家の急、後にするは私の讎 — Epoché
この篇でできるようになること 廉頗の言い分と相如の行動を、それぞれ本文の句で示せます。 三つの理由を述べる形を、話し手と内容に結び付けられます。 比較と反語から、国の危機を先にする判断へ進む順を説明できます。 前提 :11.86「史記 廉頗藺相如列傳 完璧歸趙」。同じ列傳ですが、前の抄とこの抄の間にある澠池の会は、ここに載る本文には含まれていません。 上の位に置かれた相如 相如の功が大きいとして、上卿に任じられるところから始まります。 位在廉頗之右 は、位が廉頗の上にあるという意味です。 この場面では右が上位です。日本の左大臣・右大臣の順から、右だから下だ、と取らないでください。 人物の優劣を作者が先に説明するのでなく、位が変わった事実を置き、その後に廉頗の発言を続けます。何が怒りのきっかけになったかを、この順で受け取ります。 戦場の功と、口の功 廉頗は、自分には城を攻め野で戦った大きな功があると言います。それに対して相如は 徒以口舌爲勞 、口先だけで功としたのに、自分より上にいると述べます。 戦った自分と話した相如を対にし、さらに相如の元の身分の低さも挙げます。これは廉頗の言い分で、作者が相如の働きを口先だけだと評価しているわけではありません。 言い分を先に読むため、読者はまず廉頗がなぜ納得できないかをたどれます。続く 我見相如,必辱之 で、会えば必ず辱めるという行動の予告になります。 病と言い、車を避ける 相如は聞いても、言い返す場面を持ちません。会おうとせず、朝廷へ出る時には病だと言い、席次を争いません。外で廉頗を遠くに見ると、車を引いて避け、隠れます。 引車避匿 は動作を並べた形です。 匿 は nì、隠れることです。理由はまだ書かれていないので、まず何をしたかを追います。 前の篇で秦王に向かった人が、今は同じ国の将軍を避けています。この隔たりが、家臣たちの問いを生みます。理由を先に読者へ明かさないため、家臣の不満を経て相如の言葉を聞くことになります。 義を慕ったから、去ろうとする 舍人たちは、身内を離れて仕えたのは、高い義を慕ったからだと言います。 徒慕君之髙義也 の 徒 は、ただそれだけを強めます。原文の高いという字は 髙 です。 その人が悪口を恐れて隠れている、と家臣たちは見ています。義を慕って仕えたという理由を述べるからこそ、今の姿への失望が強く響きます。これは家臣たちが見た相如の姿で、まだ本人の説明ではありません。 且庸人尚羞之,況於將相乎 は、普通の人でさえ恥じる、まして将軍や宰相ならなおさらだ、という抑揚です。 尚 で先の例を強め、 況 から後の例へ進みます。前後を合わせて読む形です。 現代語では 型編 31課 の 连 ・ 都 と 何况 を使えます。最後の 請辭去 は、おいとまさせてください、という申し出です。 理由を語る前に、比べさせる 相如は家臣を引き止め、 公之視廉將軍孰與秦王 と問います。廉将軍と秦王とではどちらが上か、という比較です。家臣は 不若也 と、廉頗は秦王に及ばないと答えます。 相如は、自分は秦王を朝廷で叱り、群臣にも恥をかかせたと続けます。先に説明を押し付けず、家臣自身に秦王との力の差を認めさせています。そのため、廉頗が怖いから避けるという理解を問い直せます。 孰與 は、二つを並べ、どちらが上かを問う形です。 型編 21課 の比較と 型編 3課 の疑問を足場に、現代語でも比較する二人を明示して問いましょう。答える時にも、どちらが及ばないかを逆にしません。 恐れるわけではない、という反語 相如雖駑,獨畏廉將軍哉 は、自分は鈍いとはいえ、どうして廉将軍を恐れようか、という反語として読めます。 駑 は nú、鈍いことを表し、自分を低く言う語です。 獨 を「ひとりで」として、ひとりで廉将軍を恐れる、とは訳しません。どうして、という反語の副詞に取る読みと、廉将軍だけを、という限定に取る読みがあります。ここでは前者で訳します。どちらの読みでも、秦王に向かったという前置きと、文末の反語を合わせて考えます。 恐れているのではないと分かったところで、本当の理由へ進みます。反語が相手を打ち負かすだけの句で終わらず、次の説明を聞く準備になります。 国を支える二頭の虎 強い秦が趙に兵を加えようとしないのは、自分たち二人がいるからだ、と相如は述べます。 兩虎共鬥,其勢不俱生 は、二頭の虎が争えば、二頭ともそろって生き残ることにはならない、という意味です。 自分だけが強く相手は弱い、と数えるのでなく、二人をともに虎としています。どちらが勝つかよりも、二人がいることで国を守れるという関係を示します。「二人とも必ず死ぬ」と、否定の範囲を強める必要もありません。 続く 以先國家之急而後私讎也 で、国の危機を先にし、私的な恨みを後にする、と理由を結びます。 先 と 後 はここでは動詞として、何を先に、何を後に置くかを述べます。 型編 24課 の 把 を使う現代語へ直す時も、先に置く対象は国の危機です。 同じ形が、三つの理由を受ける 所以 と 者 を含む理由の形は、三か所です。最初は家臣が、なぜ身内を離れて仕えたかを言います。次は相如が、なぜ秦が趙に兵を加えないかを言います。最後は相如が、なぜ自分が避ける行動を取るかを言います。 前に「何の理由か」を置き、後ろで理由を述べるところが共通です。しかし主語も内容も同じではありません。同じ字を見つけたら、誰が話しているか、理由を求める行動はどれかを確かめます。 現代語の 的原因 という名詞のまとまりを足場にできます。形だけを覚えるのでなく、家臣の理由から国の理由、本人の理由へと進む順を読みます。 姿を変えて、門に来る 理由を聞いた廉頗は、肩をはだけ、いばらを背負います。そして、客分の人を介して相如の門に来ます。いばらは、自分を打ってほしいという謝罪の姿を示します。長い弁解を並べず、相手の寛大さを知らなかったと言います。 初めには会ったら辱めると予告した人が、最後には自分から会いに来て謝ります。会うのを避けた中ほどと、この訪問を対応させると、行動の意味の変化が分かります。 二人は喜び合い、 刎頸之交 を結びます。首をはねられても悔いないほどの深い交わり、という成語です。読みは wěn jǐng zhī jiāo です。勝者を決めて終わるのでなく、二人の関係が結ばれるところで閉じます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 右 名詞 上位 この場面では右を上とする 位在廉頗之右 位は廉頗より上である 匿 動詞 隠れる 相如の行動 引車避匿 車を引いて避け隠れる 駑 形容詞 鈍い 自分を低く言う 相如雖駑 相如は鈍いとはいえ 讎 名詞 恨み 私的な争いを指す 後私讎也 私の恨みを後にする 袒 動詞 肩をはだける 謝罪の姿 肉袒負荊 肩をはだけ、いばらを背負う 荊 名詞 いばら 謝罪のため背負う 負荊 いばらを背負う 不肖 形容詞 ふつつかだ 自分をへりくだる 臣等不肖 私どもはふつつかです 刎頸 動詞句 首をはねる 交わりの深さを強める 爲刎頸之交 命をかけるほどの友となる 練習 所以 を含む三か所を示し、誰が何の理由を述べるか説明してください。また、家臣の理由を現代語の 的原因 を使って言ってください。 原文の字を補って書いてください。 且庸人_羞之,_於將相乎 原文の字を補って書いてください。 公之視廉將軍__秦王 原文の字を補って書いてください。 兩虎共鬥,其勢不_生 原文の字を補って書いてください。 以_國家之急而_私讎也 且庸人尚羞之,況於將相乎 を、現代語の 连 ・ 都 ・ 何况 ・ 呢 を使って言い換えてください。 公之視廉將軍孰與秦王 を現代語の比較の問いに書き換え、 不若也 も、誰が誰に及ばないか分かる文で書いてください。 激动 ・ 冷静 ・ 诚实 を使い、二人について本文から受けた印象を、短い現代語の三文で書いてください。 兩虎共鬥 と 先國家之急 を引き、避けた理由を二文で説明してください。 相如雖駑,獨畏廉將軍哉 を訳し、 獨…哉 がどんな意味を表すか説明してください。 以先國家之急而後私讎也 を訳し、動詞の 先 と 後 がそれぞれ何を目的語に取るか答えてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 吾所以爲此者,以先國家之急而後私讎也。 吾所以爲此者 で一度切り、 先國家之急 と 後私讎 の対が分かるように、静かにはっきり読んでください。 この篇のまとめ 廉頗の言い分、避ける行動、家臣の諫めを経て、相如の理由を読みました。比較の問いと反語で恐れを否定し、二頭の虎をともに保つため国の危機を先にする、という結びへ進みました。 次の篇へ 次の11.88は史記 刺客列傳の荊軻です。易水の別れから、秦王の前で地図を広げ、匕首が現れる場面へ進みます。 答え 臣所以去親戚而事君者 は家臣が仕える理由、 彊秦之所以不敢加兵於趙者 は相如が説明する秦の出兵しない理由、 吾所以爲此者 は相如自身が避ける理由です。 我们跟着您的原因是尊敬您。 且庸人尚羞之,況於將相乎 公之視廉將軍孰與秦王 兩虎共鬥,其勢不俱生 以先國家之急而後私讎也 连百姓都嫌丢人,何况将相呢? 廉将军和秦王比,谁更厉害? 廉将军不如秦王。 我觉得廉颇很激动。 我觉得蔺相如很冷静。 蔺相如诚实地说出了理由。 兩虎共鬥 となれば二人そろって国を支えられなくなるため、廉頗を避けました。 先國家之急 という判断で、私的な恨みより国の危機を先にしています。 「相如は鈍いとはいえ、どうして廉将軍を恐れようか(恐れはしない)」と訳します。 獨…哉 は「どうして…しようか」という反語で、恐れていることを打ち消します。 「国家の危急を先にして、私的な恨みを後にするからである」と訳します。 先 は 國家之急 を、 後 は 私讎 を目的語に取ります。 参考文献 司馬遷『史記 廉頗藺相如列傳』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/史記/卷081