11.91 司馬遷 報任少卿書 — 天人の際を究め、古今の變に通ず — Epoché
この篇でできるようになること 境遇と著作を結ぶ八つの例を、本文の句で示せます。 書ききれないという形と、所がまとめる内容を現代語と比べられます。 史記の部立てと篇数、結びの三句を挙げられます。 前提 :11.90「史記 屈原賈生列傳」。屈原の怨みと離騷を結ぶ読みから、司馬遷自身が書く理由を述べる手紙へ進みます。 友人への手紙で、書く理由を語る 報任少卿書は、司馬遷が任安にあてた手紙です。少卿は任安の字です。文選に収められ、漢書の司馬遷傳にも引かれています。この抄は末尾近く、史記を書く理由と、その仕事の全体を述べる部分です。 司馬遷は李陵をかばって宮刑を受けました。その事情を詳しく述べる部分はこの抄の外にあります。ここでは背景として押さえ、目の前の文章がどのように著述へ話を進めるかを読みます。 先に自分の苦しみを言うのでなく、名を失った人々と、名を伝えられる人々の違いから始めます。他人の例を重ねてから自分へ移る順が、手紙の説得を支えます。 富と位があっても、名は残らない 古者富貴而名磨滅 は、昔、富や位を得ながら名が消えた人々を述べます。富貴を得ても、名が後に残るとは限りません。続く 唯倜儻非常之人稱焉 で、なみ外れて優れた人だけが称えられる、と基準を絞ります。 倜儻 は tì tǎng と読みます。ここでは、普通の枠に収まらない優れた人物を表します。唯は、ただそれだけ、という限定です。 不可勝記 の勝は shēng、しきれる、という意味です。勝負に勝つという読みではありません。多すぎて記しきれないと述べています。 型編 19課 の可能補語なら 记不完 が足場になります。記録する動作が終わりまで届かないことを表し、できない理由が多さにあると文脈から読みます。 境遇と著作を、同じ形で重ねる 文王拘而演周易 では捕らえられたことと周易を述べたことが結ばれます。 仲尼戹而作春秋 では行き詰まったことと春秋を作ったことが結ばれます。 戹 は è と読み、厄と同じ意味です。 屈原は放逐されて離騷を賦し、左丘は失明して國語があります。孫子は足を損なわれて兵法を整えます。ここでいう孫子は孫臏です。 臏 は bìn、 厥 は jué と読みます。 呂不韋と韓非の後に詩三百篇が置かれます。七人と一つの書物を合わせた八つの例であり、八人を数えているのではありません。人名、境遇、著作を重ねる排比が、不遇と著述の結び付きを強めます。 書物ができた年表とは分ける この並びを、そのまま全著作が成立した時間の順として読まないようにします。史記自身には、呂覽が呂不韋の宰相時代に編まれたことが書かれています。秦王が韓非の書を先に読んでいたことも書かれています。 ここでは境遇と著作を対にする修辞として読みます。苦難の後に必ずその書物を書き始めた、と全例について言い切ると、手紙の並べ方を史実の順に置き換えてしまいます。 最後の 大底賢聖發憤之所爲作也 ( 大底 =大抵、おおむね)は、おおむね賢者や聖人が思いをたぎらせて作ったものだ、と例をまとめます。 所がまとめるのは、何か 例の後に 此人皆意有所鬱結 が置かれます。これらの人には皆、心につかえるものがあるという説明です。 鬱 は yù と読みます。自分の道を通せないので、過去のことを書き、後の人へ思いを向ける、と理由が示されます。 所は動詞の前に置かれ、その動作の内容や対象をまとまりにします。ただし、所があるたびに同じ物を指すわけではありません。所鬱結は心につかえているもの、所爲作は作ったものです。 前者を、書かれた書物そのもの、と取らないことが大切です。先に心の内の行き詰まりがあり、次に書く行為へ進むという関係が失われるためです。後ろの動詞と、前後の話を合わせて指す内容を確かめます。 低く呼ぶ文章で、自分を現す 退而論書策以舒其憤 では、退いて書物を論じ、それによって憤りを晴らすと述べます。 舒其憤 は憤りを晴らす、という動作と対象の関係です。 続く 思垂空文以自見 には、低い言い方と強い願いが同居しています。空文は、行いを伴わない文章という控えめな呼び方です。一方、自見は、自分を世に現すことを言います。この 見 は xiàn と読みます。 空文という一語だけを取り、意味のない文章だと片付けると、後半の自見と結び付きません。実行できない境遇でも、文章を後へ残すことで自分を示そうとする考えを、一句の両側から読みます。 へりくだりから、史記の規模へ 僕竊不遜 で自分の仕事へ移ります。僕はへりくだった自称、竊は自分の行為を控えめに述べる語です。身のほどをわきまえず、と低く構え、無能の文章に身を寄せたと続けます。 ところが、そこから述べる仕事は小さくありません。散り失われた昔の伝えを集め、事実を調べ、始めと終わりを通し、成敗や興亡の筋道を考えます。低い言い方のまま、大きな仕事の中身を示していきます。 上計軒轅、下至于茲 は、上は黄帝から、下は今までという範囲です。 軒轅 は Xuān yuán、黄帝の名です。資料を集めるだけでなく、長い時間を通して考える仕事として描いています。 五つの部立てを、数で示す 表が十、本紀が十二、書が八章、世家が三十、列傳が七十です。合わせて百三十篇です。十・十二・八・三十・七十を足すと百三十になり、この本文の数は確かめられます。 ただし、篇数が合うことと、全ての篇が同じ状態で今まで残ったことは別です。漢書には、そのうち十篇が欠けていたという記録があります。篇数が合っていても、今の史記と同じ中身がすべてそろっていたとは限りません。 結びの三句に、著者の目標を読む 究天人之際 は、天の働きと人の営みがどう関わるかを究めることを指します。 天地 (天と地)ではなく 天人 (天と人)である点に気をつけましょう。 その後の 通古今之變 は古今の移り変わりに通じることです。 成一家之言 は一つの筋を持つ自分の説を立てることです。資料の量や篇数に加え、どのような著述を目指すかが結びに示されます。 11.90では屈原の怨みと離騷を結びました。この手紙では、古人の行き詰まりと著作を並べ、自分の仕事へ移ります。他人を論じた見方が、自分の書く理由を説明する言葉にもなっています。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 倜儻 形容詞 なみ外れて優れている 人物を限る語 唯倜儻非常之人稱焉 なみ外れた人だけが称えられる 勝 動詞 しきれる 勝負の勝つとは違う 不可勝記 記しきれない 戹 動詞 行き詰まる 厄と同じ意味 仲尼戹而作春秋 孔子は行き詰まって春秋を作る 臏 動詞 膝の骨を削ぐ ここでは刑を受けること 孫子臏腳 孫臏は足を損なわれる 鬱結 動詞 心につかえる 気持ちが通らない 意有所鬱結 心につかえるものがある 竊 副詞 ひそかに、おそれながら 手紙ではへりくだり 僕竊不遜 私はおそれながら身のほどをわきまえず 軒轅 固有名詞 黄帝の名 歴史をさかのぼる起点 上計軒轅 上は黄帝から数え起こす 空文 名詞 行いを伴わない文章 著述を低く呼ぶ 思垂空文以自見 文章を残して自分を現そうとする 練習 七人の境遇と著作を結び、八つ目の例を挙げてください。 この課の原文の字を補って書いてください。 古者富貴而名磨滅、不可_記 この課の原文の字を補って書いてください。 此人皆意有_鬱結 この課の原文の字を補って書いてください。 僕_不遜 この課の原文の字を補って書いてください。 亦欲以究天_之際 不可勝記 を、可能補語を使う現代語にしてください。同じ内容を「数えきれない」でも一文書いてください。 文王拘而演周易 と 屈原放逐、乃賦離騷 を、 被 ・ 以后 を使った現代語に直してください。 この手紙から受ける司馬遷の印象を、 失望 ・ 专心 ・ 自信 を一語ずつ使い、短い現代語の三文を書いてください。 思垂空文以自見 の控えめな言い方と強い願いを、二文で説明してください。 所鬱結 と 所爲作 を、現代語の 的 を使った言い方にしてください。 史記の五つの部立ての名と、それぞれの篇数を挙げてください。合わせて何篇ですか。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 爲十表、本紀十二、書八章、世家三十、列傳七十、凡百三十篇 五つの部立てと数を一つずつ区切り、最後の 凡百三十篇 でまとめるように読んでください。 この篇のまとめ 境遇と著作の例を並べてから、心の行き詰まりという理由を置きます。所が指す内容を区別し、へりくだる自称から史記の規模と目標へ進む手紙の調子を読みました。 次の篇へ 次の11.92は王勃 滕王閣序です。宴の席で土地と景色と客をたたえ、自分の不遇へ移り、七言の詩で結ぶ文章を読みます。 答え 文王は捕らえられて周易、孔子は行き詰まって春秋、屈原は放逐されて離騷、左丘は失明して國語、孫臏は足を損なわれて兵法、呂不韋は蜀へ移されて呂覽、韓非は秦に捕らわれて說難・孤憤です。八つ目は詩三百篇です。成立の年表ではなく、この手紙の対として結びます。 古者富貴而名磨滅、不可勝記 此人皆意有所鬱結 僕竊不遜 亦欲以究天人之際 ( 天地 ではなく、天と人の関わり) 富贵的人多得记不完。 这样的人多得数不过来。 文王被囚禁以后写了《周易》。 屈原被放逐以后写了《离骚》。 受刑以后,他很失望。 他写书写得很专心。 他对自己的书很有自信。 空文は、実行を伴わない文章として自分の仕事を低く呼ぶ言い方です。自見は、それでも文章を後世へ残して自分を示したいという願いを表します。 他们心里郁结的东西 他们写出来的书 表が十、本紀が十二、書が八章、世家が三十、列傳が七十で、合わせて百三十篇です( 凡百三十篇 )。 参考文献 司馬遷『報任少卿書』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷5