11.77 蘇轍 黃州快哉亭記 — 其の中坦然として、物を以て性を傷はずんば — Epoché
この篇でできるようになること 長江、亭の眺め、昔の問答、心の論へ進む順を示せます。 どこへ行っても、という反語を現代語で言い換えられます。 同じ風を快く感じる条件と、快くない場合の結びを説明できます。 前提 :11.76「王安石 答司馬諫議書」。批判を分けて答える手紙の後、風と人の違いを考える記を読みます。 建てた人、名付けた人、書く人 作者の蘇轍は蘇軾の弟で、蘇洵の子です。亭を建てたのは齊安に流されて住む張夢得、名付けたのは作者の兄の蘇軾です。 本文の 余兄子瞻 は、自分の兄、字を子瞻という人を指します。作者が自分で建てて名付けた亭ではありません。建てた人(張夢得)・名付けた人(蘇軾)・書いた人(蘇轍)を分けてください。 張夢得が住まいの西南に亭を作り、長江を眺められるようにしたことを述べます。作者は眺めのすばらしさだけでなく、流された境遇をどう受け取るかへ話を進めます。 亭の前に、川を大きく見せる 長江が西陵を出て平地へ広がり、南と北の川を合わせる、と始まります。赤壁の下では海のようになる、と続きます。亭の名を最初に出さず、まずそこから見える川の勢いを大きくします。 そのあとで、広大な流れを眺める亭を置きます。南北百里、東西一舍という本文の言い方が、見渡す範囲の広さを示します。 一舍 は里程の単位で三十里です。 波と雲が激しく変わり、心や目を驚かせる眺めを、今は机や敷物のある所から楽しめます。川を先に大きく描いたことで、目を上げれば足りる亭の居心地が伝わります。 昼、夜、遠景を分けて見る 晝則舟楫出沒於其前 は、昼の舟の出入りです。 夜則魚龍悲嘯於其下 は、夜に下から響く魚龍の悲しい声という描写です。昼と夜を同じ形で並べ、時間による違いを見せます。 次に西の武昌の山々へ視線を向けます。峰と草木から、もやが消えて日の出た後の漁師やきこりの家まで、指して数えられると述べます。 皆可指數 は、広い眺めの中に小さな家まで見分けられることを示します。漠然と景色がよいと評するより、どこに何が見えるかが具体的です。 流れの大きさ、昼夜の変化、遠くの小さな家という順に、眺めの取り方を変えています。順を入れ替えず読むと、広さと細かさの両方を受け取れます。 三国の跡を通って、昔の問答へ 曹操、孫権、周瑜、陸遜の活動した跡にも触れます。 曹孟德、孫仲謀之所睥睨 は、曹操と孫権がにらみ回した所です。 睥睨 は、ここでは周囲をにらむように見渡すことを表します。 之所 に続く動作を、した所、というまとまりで読みます。 型編 4課 の修飾と比べられます。11.72の前赤壁賦と同じ人物が現れますが、この篇は英雄が今はいないという嘆きへ長く留まりません。 歴史の跡も世の人を快くさせるに足りる、と通り、楚の襄王と宋玉の問答へ進みます。ここで快いという語が、亭の名から昔の王の言葉へつながります。 大王だけの風、と言う宋玉 風を受けた楚王は、快い風だ、庶民とも共にするものかと問います。宋玉は大王だけの雄風だと答え、 庶人安得共之 、庶民がどうして共にできようか、と言います。 王を持ち上げる返事のようですが、蘇轍は 葢有諷焉 と、そこには諷刺があるのだろうと読みます。自然の風にまで身分の違いがあるかのように言う所へ注目しています。 続いて 風無雌雄之異,而人有遇不遇之變 と、風には雌雄の違いがなく、人に恵まれるか恵まれないかの違いがあると述べます。 王が楽しみ、庶民が憂える理由を、風の性質ではなく人の側の違いへ戻します。宋玉の言葉を、風についての事実の分類としてそのまま受け取らない読み直しです。 同じ形で、苦しみと快さを問う 心が満ち足りていなければ、 將何往而非病 、どこへ行っても苦しくないことがあろうか、と述べます。行き先を尋ねる問いではなく、どこへ行っても苦しいという反語です。 次に心がわだかまりなく、外の物で本性を傷つけなければ、 將何適而非快 、どこへ行っても快くないことがあろうか、と返します。 前には 往 と 病 、後には 適 と 快 があります。字は違いますが、どこへ行ってもそうでないことがあるか、という枠は同じです。条件が変わると結論が反対になります。 其中 の 中 は心のうちです。場所の中で、という意味にしないでください。快さを分ける条件が、外の場所から心へ移った所を読みます。 疑問の形を、どこでもという意味にする 現代語でも 哪儿 と否定を使って問い返す形にできます。同じ意味を 哪儿 と 都 で、どこでも、と言い切る形にもできます。 型編 36課 の疑問詞の不定用法と比べましょう。 將何往而非病 を、どこに行けば苦しくないだろう、という行き先探しにしないでください。心が満ち足りないなら、どこへ行っても苦しい、という条件付きの説明です。 条件を取り去って、誰もがどこでも必ず苦しいとするのも違います。二つの心の状態と、それぞれに対応する結論を対にして読みます。 外の物によって、と、患いと見なす 不以物傷性 では、外の物によって本性を傷つけない、と原因やきっかけを表します。一方、 不以謫為患 では、流されたことを患いと見なさない、と対象の捉え方を述べます。 現代語では前者を 因为 、後者を 把 と 当作 で言い換えられます。 型編 34課 の 因为 と 型編 24課 の 把 を手掛かりに、同じ 以 でも後ろの動作と組み合わせて読み分けます。 張夢得は流された境遇を患いとせず、仕事の余力で山水に身を放つ、と本文は評します。だから質素な住まいでも快く過ごせるだろう、まして長江の清流や西山の白雲ならなおさら、と続きます。 而況乎 は、先に挙げた場合でさえそうなのに、まして、という関係です。 最後は、快くない場合へ戻る ところが最後は、そうでなければ、と条件を反転します。連なる山、深い谷、林、清風、明月も、思い悩む人を悲しませ、やつれさせるものになると述べます。 烏睹其為快也哉 は、どうしてそれを快いと見られようか、という反語です。鳥の名を言うのではなく、どうして、という問いの働きを読みます。 快哉亭をほめる言葉だけで終わらず、その名が成り立つ心の条件を示して終えます。景色の価値を否定するのでなく、同じ景色を受け取る人の違いを最後まで残します。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 子瞻 人名 蘇軾の字 作者蘇轍の兄 而余兄子瞻 そして私の兄の 子瞻 舍 量を示す語 里程の単位、三十里 この句では家ではない 東西一舍 東西に三十里 倏忽 様子の語 またたく間 眺めの変化 變化倏忽 変化はまたたく間 睥睨 動詞 にらみ回す 歴史の人物の動作 孫仲謀之所睥睨 孫権がにらみ回した所 諷 名詞 それとなく戒めること 単なるおべっかに取らない 葢有諷焉 おそらく諷刺がある 中 名詞 心のうち ここでは外の場所でない 使其中坦然 心がわだかまりなければ 謫 動詞・名詞 罪を受け遠ざけられること 張夢得の境遇 不以謫為患 流されたことを患いとしない 烏 疑問の語 どうして ここでは鳥でない 烏睹其為快也哉 どうして快いと見られようか 練習 原文の字を補って書いてください。 庶人_得共之 原文の字を補って書いてください。 夫風_雌雄之異 原文の字を補って書いてください。 將何往而_病 原文の字を補って書いてください。 _睹其為快也哉 原文の字を補って書いてください。 不_謫為患 將何往而非病 と 將何適而非快 を、現代語で反語と、どこへ行っても、という言い切りの二通りにしてください。 不以物傷性 と 不以謫為患 を、現代語に言い換えてください。 窗子 ・ 树林 ・ 舒适 ・ 放松 を使い、亭から見る景色を想像した短い現代語の三文を書いてください。 西望武昌諸山 、 夜則魚龍悲嘯於其下 、 晝則舟楫出沒於其前 を、昼・夜・遠景に結び、本文の順に並べてください。 宋玉の答えを蘇轍が諷刺と読む理由を、 風無雌雄之異,而人有遇不遇之變 を引いて二文で説明してください。 次の各段の最初の句を、本文の順に並べてください。 士生於世 / 江出西陵 / 至於長洲之濱 / 清河張君夢得 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 使其中不自得,將何往而非病?使其中坦然,不以物傷性,將何適而非快? 使其中不自得 と 使其中坦然,不以物傷性 の二つの条件を同じ調子で読み、続く 將何往而非病 と 將何適而非快 の反語を対にして、どちらも問い返すように上げて読んでください。 この篇のまとめ 大きな川と細かな眺めから、昔の風の問答へ進みました。人の境遇と心の条件によって、同じ景色が苦しくも快くもなるという対を読み、最後に快くない場合を残す結びを捉えました。 次の篇へ 次の11.78は劉基の賣柑者言です。美しい外見と乾いた中身のみかんを責める買い手に、売り手が官人の姿を重ねて言い返します。 答え 庶人安得共之 夫風無雌雄之異 將何往而非病 烏睹其為快也哉 不以謫為患 他到哪儿不是痛苦呢? 他到哪儿都痛苦。 他到哪儿不是快乐呢? 他到哪儿都快乐。 前者には心が満ち足りないという条件、後者には心がわだかまりないという条件が掛かります。 他不因为外面的事伤害本性。 他不把被贬当作坏事。 我从窗子往外看,能看到一片树林。 亭子里很舒适。 坐在这里,人很放松。 晝則舟楫出沒於其前 (昼の舟)→ 夜則魚龍悲嘯於其下 (夜の魚龍の声)→ 西望武昌諸山 (西の山々という遠景)の順に本文に出ます。 大王だけの風だという答えは、自然の風にまで身分の違いがあるかのように述べています。蘇轍は 風無雌雄之異,而人有遇不遇之變 と人の側の違いを指し、宋玉の答えをそれとなく戒める言葉として読みます。 江出西陵 (長江の流れ)→ 清河張君夢得 (亭と名付け、亭からの眺め)→ 至於長洲之濱 (三国の跡、宋玉の故事)→ 士生於世 (心のありようの論と結び)の順です。 参考文献 蘇轍『黃州快哉亭記』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷11