選挙制度――多数代表と比例代表 — Epoché
制度と行動 選挙・政党・市民 約 30 分 本文 約 13,600 字 図 4・表 2 資料 2 節 この課の要点 仕組み・理念・日本の 3 つ 仕組み 選挙制度は計算の式・投票の構造・定数で票を議席に変える。定数 1 の相対多数は最大の党に議席を上乗せしやすく、比例代表は議席を得票の割合に近づけようとする 理念 多数代表は単独政権と責任の明確さ、比例代表は少数派を含む公正な代表を長所に挙げられ、短所はその裏返し。どれを重んじるかは規範の問い 日本 衆議院は小選挙区 289・比例 176 の並立制で、比例は小選挙区のずれを埋め合わせない。2024 年は比例でも最大の党の議席率が得票率を上回った はじめに ある選挙区で、100 人の有権者が A・B・C の三つの党に 45 票・35 票・20 票を投じたとします。議席が 1 つなら、A がその 1 議席を取り、B と C に入った 55 票はどの当選にも結びつきません。議席が 5 つあり、この課で見るドント式という計算で配るなら、A が 2、B が 2、C が 1 議席になります。同じ 100 人が同じ気持ちで投票しても、票を議席に変えるルールしだいで、議会の姿は大きく変わります(本教材の作例)。 このルールを選挙制度と呼びます。世界の選挙制度には、二つの大きな家族があります。選挙区で最も多く票を得た候補者が議席を取る多数代表と、党の得票の割合に近い割合で議席を配る比例代表です。二つを組み合わせた混合の制度もあります [1] 。日本の衆議院は、その組み合わせの一つです。公職選挙法は、465 人の議員のうち 289 人を小選挙区から、176 人を比例代表から選ぶと定めています [3] 。 この課では、まず選挙制度を形づくる部品(計算の式・投票の構造・定数)を見分けます。次に、比例代表の計算と、結果を大きく左右する定数の働きを確かめます。そのうえで、二つの型がそれぞれ何を重んじ、何を犠牲にするとされるのかを並べます。最後に、日本の衆議院と参議院の仕組みと、2024 年の総選挙の結果に当てはめます。 最初に一つ断っておきます。「どちらの制度がよいか」は、何を大事にするかで答えが変わる規範の問いです。この課は、仕組みと、それぞれの擁護論と批判を並べるところまでにとどめ、答えを一つに決めません。選挙制度が政党の数にどう効くかという実証の問いは、次の課「制度と政党の数」で扱います。 この課の問い 同じ票でも、数え方のルールが違えば議会の姿はどう変わるのでしょうか。多数代表と比例代表は、それぞれ何を重んじる仕組みなのでしょうか。 この課のことば 定数 一つの選挙区から選ぶ議員の数です。選挙区に住む人の数ではありません。衆議院の小選挙区は 1、比例代表のブロックは数人から数十人です。 多数代表制 選挙区で最も多く票を得た候補者が議席を取る仕組みです。過半数が要らない相対多数のほか、二回投票や選択投票があります。 比例代表制 党の得票の割合に近い割合で議席を配る仕組みです。党の名簿に投じる名簿式がよく使われます。 死票 どの当選にも結びつかなかった票です。定数 1 の選挙区で負けた候補者に入った票がその例です。 ドント式 各党の票を 1、2、3…で順に割り、できた数(商)の大きい順に議席を配る計算です。日本の衆議院の比例代表で使われます。 並立制と併用制 選挙区と比例代表の二つの部分を別々に数えるのが並立制、比例の部分で選挙区の結果のずれを埋め合わせるのが併用制です。 票を議席に変えるルール――多数代表と比例代表はどこが違うか 選挙は、票を数えて終わりではありません。票は、計算のルールを通ってはじめて議席になります。この章では、そのルールを部品に分け、比例代表の計算と定数の働きを確かめ、二つの型が何を重んじるかを並べてから、日本の制度に当てはめます。 選挙制度の部品――計算の式・投票の構造・定数 選挙制度とは、総選挙で投じられた票を、党や候補者の議席に変える仕組みです。民主主義・選挙支援国際研究所(International IDEA)の選挙制度の手引きは、その鍵になる部品として三つを挙げます [1] 。一つ目は計算の式で、多数代表か比例代表か、どんな計算で議席を配るかです。二つ目は投票の構造で、候補者に投じるか党に投じるか、一人だけを選ぶか順位を付けるかです。三つ目は定数で、一つの選挙区から選ぶ議員の数です。手引きは、定数は「その選挙区に住む有権者の数」ではない、と念を押しています [1] 。 部品の組み合わせ方によって、制度はいくつかの家族に分かれます。手引きは、多数代表・比例代表・混合の三つの大きな家族を立て、どれにも収まらない方式を「その他」としています (図 1) [1] 。かつての日本の衆議院の制度だった単記非移譲式(SNTV:定数 2 以上の選挙区で、有権者が候補者一人に 1 票を投じる方式)も、この「その他」に入ります [1] 。 選挙制度 票を党と候補者の議席に変える 仕組み 多数代表 相対多数の小選挙区制(FPTP)・ 二回投票・選択投票など 比例代表 名簿式・単記移譲式(STV) 混合 並立制・併用制(MMP) その他 単記非移譲式(SNTV)など 図 1 選挙制度の家族。IDEA の手引き [1] の分け方から、主な方式だけを載せる。上の根の説明は、下の四つの枝のすべてに当てはまる。 多数代表の中でも、勝者の決め方は一通りではありません。最も単純なのは、相対多数の小選挙区制(英語の略で FPTP)です。定数 1 の選挙区で、有権者は候補者の一人だけを選び、最も多く票を得た人が当選します [1] 。過半数は要りません。手引きによれば、理屈の上では、ほかの候補者がみな 1 票しか得なければ、2 票でも当選しえます [1] 。 二回投票制では、1 回目に決められた割合(ふつうは有効投票の過半数)を得た人がいなければ、2 回目の投票を行います [1] 。最も多い形は上位 2 人の決選投票です。手引きが書かれた時点のフランスの議会選挙では、1 回目に登録有権者の 12.5% を超える票を得た候補者が 2 回目に進みました。2 回目は、過半数でなくても最も多く票を得た人が当選しました [1] 。選択投票(AV)では、有権者が候補者に 1・2・3 と順位を付けます。第一順位で過半数を得た人がいなければ、第一順位の票が最も少ない人を外し、その人の票を次の順位に回して数え直します [1] 。手引きは、AV を使う国としてオーストラリアなどを挙げています [1] 。 部品の違いが結果を変える様子を、はじめにの作例で確かめましょう(本教材の作例)。A が 45 票、B が 35 票、C が 20 票です。相対多数なら A が当選し、B と C に入った 55 票はどの当選にも結びつきません。こうした票を死票と呼びます [1] 。選択投票なら、まず C が外され、C に入れた 20 人の第二順位が B に多く流れれば、B が逆転することもありえます。二回投票でも、2 回目に進んだ候補者の間で C の支持者がどちらに入れるかで、結果は変わりえます。 日本の衆議院の小選挙区は、公職選挙法 13 条が各選挙区の議員の数を 1 人と定めています [3] 。当選の決め方は 95 条にあり、原則は「有効投票の最多数を得た者」が当選人です [3] 。ただし小選挙区では、有効投票の総数の 6 分の 1 以上の得票がなければなりません [3] 。日本の小選挙区は、相対多数を原則にしつつ、ごく少ない得票での当選を防ぐ条件を付けた形だといえます(本教材の整理)。 ここで間違えやすい 「小選挙区」と「多数代表」は同じ意味の言葉ではありません。小選挙区は定数が 1 の選挙区という部品の名前で、多数代表は勝者の決め方の家族の名前です。定数 1 の選挙区でも、相対多数・二回投票・選択投票と決め方は分かれます。また定数は、選挙区に住む有権者の数ではなく、選ぶ議員の数です [1] 。 比例代表の計算――名簿・除数・定数の大きさ 比例代表の根にある考えは、党の全国の得票の割合と議席の割合の差を、意識して小さくすることです [1] 。手引きの例では、40% の票を得た大きな党は議席もおよそ 40%、10% の票の小さな党は議席もおよそ 10% になるべきだとされます [1] 。最もよく使われるのは名簿式で、各党が定数 2 以上の選挙区に候補者の名簿を出し、有権者は党に投じます [1] 。世界の名簿式の多くは、当選の順位を党が決め、有権者は候補者を選べない拘束名簿です。西欧の名簿式には、党と党の中の候補者の両方を選べる非拘束名簿が多く見られます [1] 。 党の得票を議席の数に直す計算には、いくつかの式があります。代表的なのは、党の票を順に割っていく除数の方式です。ドント式では、各党の票を 1、2、3…で割り、できた数(商)を大きい順に並べて、定数に達するまで議席を配ります [1] 。表 1 は、A 党 10 万票・B 党 8 万票・C 党 3 万票、定数 5 の作例です (表 1) 。大きい順の 5 つの商は、A の 100,000、B の 80,000、A の 50,000、B の 40,000、A の 33,333 です。A が 3 議席、B が 2 議席、C は 0 議席になります(本教材の作例)。 この表で分かること: ドント式では、商の大きい順に議席が配られます。定数 5 の作例では、C 党は議席に届きません 割る数 A 党(10 万票) B 党(8 万票) C 党(3 万票) 1 100,000 ① 80,000 ② 30,000 2 50,000 ③ 40,000 ④ 15,000 3 33,333 ⑤ 26,667 10,000 表 1 ドント式の作例(本教材の作例)。定数は 5。丸数字は議席が配られる順で、A 党が 3、B 党が 2、C 党が 0 議席になる。 同じ票を、1、3、5…で割るサンラグ式で数えると、結果が変わります [1] 。A の商は 100,000・33,333・20,000、B は 80,000・26,667、C は 30,000・10,000 となります。大きい順の 5 つは、A の 100,000、B の 80,000、A の 33,333、C の 30,000、B の 26,667 です。A が 2、B が 2、C が 1 議席になります(本教材の計算)。手引きは、用いられる式のうち、ドント式が大きな党に最も有利になりやすいと述べており [1] 、この作例はその傾向の一つの例です。 比例性をさらに大きく左右するのが定数です。手引きは、票を比例して議席に移す力を決める最も重要な要素は定数だという点で、専門家の見方はほぼ一致していると述べます [1] 。定数が大きいほど小さな党も議席に届きやすく、最も比例的な制度はとても大きな選挙区を使います [1] 。図 2 は、同じ 10 人の票が、定数 1 と定数 5 の選挙区で議席にどう変わるかを描いた作例です (図 2) 。 定数1の選挙区 A 5人 B 3人 C 2人 議席 BとCの5人の票は死票になる 定数5の選挙区(ドント式) A 5人 B 3人 C 2人 A 3議席・B 1議席・C 1議席 図 2 同じ 10 人(A 党 5 人・B 党 3 人・C 党 2 人)の票の作例(本教材の作例)。上の絵:定数 1 の選挙区では A が 1 議席を取り、B と C に入った 5 票は死票になる。下の絵:定数 5 の選挙区でドント式を使うと、A が 3、B が 1、C が 1 議席になる。 定数が小さいと、法律に書かれていなくても事実上の足切りが生じます。手引きはこれを実効的な阻止条項と呼び、定数 4 の比例代表の選挙区では、得票が 20% を超えれば当選し、およそ 10% に満たなければ当選しにくいと説明します。正確な値は党や候補者、票の配置で変わります [1] 。これとは別に、法律で得票の下限を定める正式の阻止条項もあります。手引きの時点で、ニュージーランドの比例の部分の下限は 5% で、選挙区で 1 議席を取った党はこの下限を満たさなくても名簿の議席を得られました [1] 。 では、定数は大きければ大きいほどよいのでしょうか。手引きは、選挙区を大きくすると議員と地元の結びつきが弱まるという反論を挙げ、多くの研究者が一般原則として定数 3〜7 がうまく働きやすいと考えていると紹介します。ただし、それは大まかな目安にすぎないとも断っています [1] 。日本の衆議院の比例代表は、全国を 11 のブロックに分けて行われ [4] 、議席の配分は公職選挙法 95 条の 2 が定めるドント式です [3] 。 ここで間違えやすい 「比例代表なら得票と議席が必ず一致する」は誤りです。議席は整数でしか配れないうえ、定数・除数の方式・阻止条項によって、大きな党にやや多く、小さな党に少なく配られる差が残りえます [1] 。比例代表は差を小さくしようとする考え方で、差がゼロになる保証ではありません。 二つの理念――政権の選択と責任か、公正な代表か 多数代表と比例代表のどちらがよいかは、「どうあるべきか」を問う規範の問いです。スタンフォード哲学百科事典の「民主主義」の項目は、どんな代表の制度を選ぶかは三つのことに大きく左右される、と述べています。民主主義を道徳的にどう正当化するか、市民であることをどう考えるか、そして制度がどう働くかについての経験的な理解です [2] 。ここでは、それぞれの擁護論と批判を並べます。 小選挙区を擁護する論の一つは、政府の安定です。百科事典によると、比例代表は市民を硬直した陣営に分け、妥協しない多くの党の連立はすぐに崩れやすいのに対し、小選挙区は二党制を促して政府を安定させる、と論じられてきました。百科事典は、戦後イタリアの経験がこの仮説を支えるように見える、とも書いています [2] 。また、哲学者のチャールズ・ベイツは、小選挙区は二党制への傾向を通じて、党が中位の有権者に訴えるよう政策を穏健にさせる、と論じたと紹介されています [2] 。IDEA の手引きも、FPTP の長所としてよく挙げられるものに、単独政権のできやすさ、まとまった野党、議員と選挙区の結びつき、党でなく人を選べることを数えま